心はずっと0798

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毎年書いてること

去年も一昨年も、この時期になると記事に書いてきたこと。

2011年9/12は幼馴染の(推定)命日。

 

その直前の8月どん詰まりから9/1あたりまで彼のお母様の急逝がありいろいろを

手伝いに行っていたことも毎年思い出し記事として書いています。

なので今回はもうくどくなるのでそのあたりは書きません。

6年前のちょうど今頃の時期の、その時の記憶の断片を書きましょう。

 

びっくりしすぎて呆然としていた彼と突発帰省して会った時は彼はかなりの

寝不足でした。

私の母の場合と同じように、寺とは何の縁もないため僧侶を呼ぶでもなし

戒名だの葬儀だのは何もしないというパターンでした。

粛々とやるべきことをやり、後はいつもの帰省時と同じように一緒に車で徘徊するだけでした。

あの時は葬儀社さえ一切絡まず、荼毘に向けていろいろ進行するだけでした。

残った口座とか現金とかそういうものも一切無いということで

そっち関係の雑事は全くありませんでした。

 

荼毘の間、満池谷斎場のすぐそばのあのハルヒで有名なサイゼリヤで待機していました。

入ってもらう墓所はあるのか、いっそ購入するのか、などの話もしました。

とりあえず家の中に遺骨は置いてしばらく過ごすと彼は言いました。

 

あの日のうっすら曇った空をはっきり憶えています。

 

そして一応あれこれを済ませ、私が横浜に帰宅して約1週間で、浜甲団地の管理の方からの電話で真昼間に彼自身の訃報を聞いたわけでした。

 

あの6年前の放心は忘れられません。

彼は孤独死だったので警察が絡み、自称天涯孤独だった彼の血縁者や親類を

周囲の者皆で探してくれましたが結局見つからず10/2だったと思いますが

労働組合葬という形を彼の職場の仲間たちとあるお寺の尽力で実現させたのです。

 

あんまり夢にも出てきてくれない彼ですが、天上界でどうしているでしょうか。

 




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もう帰れなくなった西宮・阪神間を横浜のはずれから想う。
でもいつか戻って暮らしたかった。
その望みはなくなりました。

そういう者です。
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