阪急沿線文学散歩

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昭和11年阪神香櫨園での郊外生活(河野多恵子『みち潮』より)

  河野多恵子さんは昭和11年の夏休み、大阪の日吉用学校から、西宮の建石小学校に転校されました。


『みち潮』を読むと、戦前から小学校の夏休みの宿題には「夏休みの友」があったそうです。戦後生まれの私の小学校時代でも「夏休みの友」でした。今はどうなっているのでしょう。


(写真は昭和24年群馬県の夏休みの友)


<終業式の日にやはり皆と一緒に「夏休みの友」を先生から渡され、これだけはきちんと仕上げて新学期に今度の学校の先生に提出するようにと言われたのである。
 少女は朝食後、毎日その帳面を一日分だけ埋めた、そして、その後すぐに弟妹と女中を連れて泳ぎに行った。午睡とおやつの後、今度はきょうだいだけで川や松並木の処々にある公園へ遊びに行くこともあった。>
松並木の所々にある公園とは、きっと川西町あたりの夙川公園のことでしょう。


<川の上流に跨っているように見える、山の頂は入日に映えていたが、あたりはもう涼しかった。川の水音まで昼間と違って細かく聞こえる。松並木の間から見え隠れする家々は、皆しっかりと塀をめぐらし、如何にも窓らしい窓々に灯りがつきはじめたところだ。遠くの方で、やさしく駅の信号機が鳴っていた。>
香櫨園あたりから見ると甲山は「川の上流に跨っているように見える山」なんですね。

写真で見てもなるほどと思います。

 

「松並木の間から見え隠れする家々」とは当時の川西町あたりのお屋敷だったのではないでしょうか。

 

昭和11年吉田初三郎の絵地図を見ると、夙川病院(現在の中央図書館)の西側あたりに住宅が並んでいます。

 

 聞こえてきた駅の信号機の音は、阪神香櫨園駅の踏切の音でしょう。

 


現在の阪神電車は高架になり、夙川オアシスロードに踏み切りはありません。


< 弟と妹とは少し先を歩いていた。斜めに進むと、今度は二人して芝生の上を行く。「そこへ入っちゃいけません。道路を歩きなさい。―そう道路をね」と母は言った。>


昔は夙川べりには芝生が植えられていたようです。
そういえば、村上春樹も「ランゲルハンス島の午後」で、
<僕は一息ついて汗を拭き、川岸の芝生に寝転んで空を眺めた。>

と述べていました。

 




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香櫨園 | コメント( 5 ) | トラックバック( 0)

建石小学校????と思って調べたところ、
今の香風高校(昔の市西→西宮西高校)なんですね。
知りませんでした。
わかって嬉しい〜〜ありがとうございました。

[ ちゃめ ] 2014/08/22 18:16:25 [ 削除 ] [ 通報 ]

私も以前「海の向うに本を届ける」の著者栗田明子さんが建石小学校出身と書かれていたことから、調べてようやくわかりました。
吉田初三郎の昭和11年の鳥瞰図を見て、立派な小学校だったのには驚きました。

[ seitaro ] 2014/08/22 18:30:46 [ 削除 ] [ 通報 ]

高校として使われるくらいの敷地と考えるとやはり大きいですね。
知らなかったことがわかり、テンションあがってます。
市西出身の母に昔の校舎のことなど聞いてみようと思います。
この地図の校舎の位置が今とは違うので。

[ ちゃめ ] 2014/08/22 18:38:48 [ 削除 ] [ 通報 ]

戦争で校舎が焼けたので、西宮高等女学校が移転してきたのでしたっけ、それが新制の市立西宮高校になったのでした。私の小さい頃は市西でしたが…、昭和40年代に北に移転したような記憶があります。ブロガーのなかに卒業生もおられると思いますが…。建石国民学校はなくなり、後に香櫨園小学校ができるのかな?っと思ったりします。人口が急増しましたから、高校も含めて新しくたくさんできたのでしょうね…。

[ ふく ] 2014/08/22 19:37:58 [ 削除 ] [ 通報 ]

ちゃめさん、ふくさんありがとうございます。鳥瞰図では少し位置がずれていますが、多分昔の市西の場所だと思います。ふくさんが書かれているように、国民小学校が廃止され西宮高女が移ってきたと思うのですが、まだ確かな記録は見つけていません。

[ seitaro ] 2014/08/22 20:21:22 [ 削除 ] [ 通報 ]

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