阪急沿線文学散歩

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KYOKO MORI ‘THE DREAM OF WATER’を読み解く「芦屋のお地蔵」

 小学6年で母親を亡くしたキョウコ・モリは、当時芦屋の山の手の広い庭のある家に住み、小川洋子『ミーナの行進』でも登場する芦屋市立山手小学校に通っていました。20歳の時に渡米したキョウコは13年ぶりに神戸に戻り、阪急芦屋川駅からジョギングを楽しみながら、昔住んだ家の所まで上り、再び来た道を戻る途中、一度だけ小学校に通う道沿いにあった神社の前で立ち止まります。

THE DREM OF WATERから直訳しました。
<私は小学校への通学路の途中にあった神社(a roadside shrine)の前で、一度止まっただけであった。冷蔵庫の大きさの木の箱の中に、地蔵(jizos)と呼ばれる5、6体(several)の石仏が、蓮台(pillow)の上に座っていた。彼らの顔はほとんど平たくなり、像はただの石の杭のようにさえ見えた。それでも人びとは花や線香を供えていた。私の祖母も、彼女の家と川の間の道端にあるお地蔵に、よく祈りを捧げていた。彼女は子や孫の成功と繁栄を祈って、今もそのようにしている。>


山手小学校への途中にあった神社とは芦屋神社に違いないと、訪ねてみました。

 高級住宅街に鎮座する芦屋神社は、芦屋の地の守り神として地元の人々の信仰を集めており、次々と参拝客が訪れていました。
 神社の西側には古墳時代後期の横穴式石室墳もあり、水神社として祀られています。

 

 また、鎌倉時代の建立とされている猿丸大夫の墓と伝えられる宝塔もあり、明治時代には神社合祀令によって芦屋の村々に点在していた数々の鎮守の社の神々が合祀されているという由緒ある神社でした。


 神社に地蔵尊が祀られているという例は、東京大田区の御岳神社で見られます。
阪神大水害で荒れ果てた夙川の土手のお地蔵様が、大田区の御岳神社に安置され、延命地蔵として祀られているのです。


http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p10761307c.html


 芦屋神社境内ではそのようなお地蔵様をみつけることは、できませんでしたが、芦屋神社と道を挟んで東側に薬師寺があり、隣に写真のような地蔵尊がありました。


 芦屋のお地蔵さんについては、平成12年度の芦屋川セカンドカレジメンバーの自発研究
により芦屋市の全てのお地蔵様が詳しく調査され報告されています。
http://www.h3.dion.ne.jp/~ojizou/index.html
 その地図を見ても、この付近の地蔵尊は薬師寺の隣にしかなく、キョウコはこのお地蔵様を覚えていたのではないでしょうか。そしてTHE DREAM OF WATERで欧米人に日本の地蔵様という文化を紹介したのだと思います。

 キョウコ・モリはどのあたりに住んでいたのだろうと歩いていますと、大きなお屋敷が目に付きます。

 芦屋神社の東の坂道を北へ上がると、西側にお屋敷の門構えを残した「山手緑地」がありました。
 この敷地は、昭和初期の名建築「松風山荘」旧藤井邸があったそうで、土蔵が残されていました。

 

 このように緑に恵まれた芦屋山手の風土が小説家キョウコ・モリを育んだのでしょう。


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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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