【大切なお知らせ】4月26日実施 緊急メンテナンスに関しまして

【西宮】ふるさとの芦屋を小説で描きたかったキョウコ・モリ【西宮ブログ】

阪急沿線文学散歩

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://nishinomiya.areablog.jp/bungakusanpo

ふるさとの芦屋を小説で描きたかったキョウコ・モリ

 キョウコ・モリは長編小説『めぐみ』(原題『One Bird』)の著者あとがきで、「野鳥を育てた経験を本にしたくて、そして、ふるさとの芦屋を描きたかったこともあって…」と述べています。


 したがって『めぐみ』には芦屋の教会や小学校、芦屋浜の風景、更にはオーキッド・ジャズ・クラブというジャズ・バーまで登場します。(村上春樹の『風の歌に聴け』に登場するジェイズ・バーのようなジャズ・バーが芦屋に実在したのでしょうか。)

 芦屋の風景の一つとして、めぐみが昔よく母と散歩したという皇太子の墓所が登場します。
<丘の下の街の灯を見渡して、私の家から南に三、四キロの徹の家の辺りを探す。すぐに見つかった。大きな鍵穴の形をした真っ暗な森のそばの、白とオレンジの灯が集まっている一角。むかしはよく、母たちと一緒にあの森のまわりを散歩した。森は、四世紀につくられた皇太子の墓所なので、塀で囲まれていて中には入れない。ほんの子供のころの私は、あの森全体が皇太子の墓なのだと信じていた。杉の根元のあたりに皇太子のひざが埋まっていると、長さが1.5キロもある足の上に草地が広がっているのだと想像していた。当時の人々は、いまのひとよりも体が大きかったのだと思っていた。>
 芦屋に有る「四世紀につくられた皇太子の墓所」といえば、翠ヶ丘町にある阿保親王塚古墳に間違いないでしょう。

 

 航空写真を見ると、山手幹線がすぐ傍を走り、周りは住宅街となっていますが、ここだけは今も森が残されています。ただ「大きな鍵穴の形をした」とは、前方後円墳をイメージしたものではないかと思われますが、親王塚古墳は約36メートル、高さ約3メートルの円墳です。

 私も訪ねてみました。

 正面にある石燈籠は長州藩主毛利候の寄進とされており、一対は阪神大震災によって失われたそうです。

 

 宮内庁の管轄となっているようで、ちょうど剪定、清掃作業に来ていたトラックにも「宮内庁」と表示されていました。

 


 宮内庁の掲示板があり、やはり立入り禁止です。

 

 まわりは生垣で囲われて立ち入ることができませんが、わずかに残された森に小鳥たちが集まっているようで、さえずり声が聞こえていました。

 


キョウコ・モリが散歩したのは45年ぐらい以前のことですから、あたりの風景も現在とはかなり違っていたことでしょう。


あにあん倶楽部ブロガーキャンペーン参加中!http://anian-club.jp/




goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11323446c.html
キョウコ・モリ | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

■同じテーマの最新記事
『シズコズ・ドータ―』の著者キョウコ・モリは西宮に住んでいた
『シズコズ ドータ―』キョウコ・モリの父
1944年、女学院の噴水のほとり(キョウコ・モリ『めぐみ』より)
<<新しい記事へ     以前の記事へ>>
このブログトップページへ
seitaroイメージ
阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

カテゴリー一覧

QRコード [使い方]

このブログに携帯でアクセス!

>>URLをメールで送信<<