阪急沿線文学散歩

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遠藤周作の戯曲『薔薇の館』のブルーネ神父のモデルはメルシェ神父

 遠藤周作の戯曲『薔薇の館』は昭和17年4月から昭和21年にかけての軽井沢の教会が舞台。かつて薔薇の花で彩られていた瀟洒な教会で、戦争という事態に直面した修道士や信者、教会に集う人々の苦悩が描かれ、それは遠藤周作自身が抱えていたキリストを信じることへの苦悩でした。

遠藤周作は次のように述べています。
<幸い私は、この戯曲を執筆する前に現実に戦争中、日本のある村で起こった一つの事件を知っていた。その事件はここではそのままのべるわけにいかないが、私はそれを幾分、変えることによって自分の意図が実現できそうな気がしたのである。>
 この事件とは、夙川カトリック教会のメルシェ神父の拘留のことを指しているのではないでしょうか。

舞台に選ばれたのは、堀辰雄『木の十字架』にも出てくる軽井沢聖パウロ教会です。
 遠藤周作は戦争末期に軽井沢の堀辰雄の病床を毎月のように訪ねていたそうで、その頃の思い出を次のように述べています。
<堀辰雄氏も書いておられた何処かスイスの寒村にもありそうな素朴なこの教会は、チェコのレイモンド氏が設計したもので、村のメイン・ストリートと並行した水車小屋道に建てられているのだった。あの頃、僕は友達と自転車を手ばなしで走らせながらここに遊びに来たものだった。>

上の写真の水車小屋道で、遠藤周作は自転車で遊び回っていたようです。

 戦時中、敵国からの外国人宣教師は追放、あるいは抑留され、教会は監視下に置かれ、信者の若者は次々と戦地へ送られました。戯曲では、ブルーネ神父も昭和18年2月に警察に抑留されます。そして抑留から解放されたブルーネ神父は再びこの教会に戻ってくるのです。
<田端 本当だ。抑留生活で、神父さん、凍傷で左足を切って義足をつけられたそうだが、もう痛まんのかねえ。だが昔のように町の若い連中と山登りをしたり、兎狩りもできなくなったね。それにしても、流石はブルーネ神父さんだ。もうここには戻らんのかと思っていたら、戻ってきたんだから。
夫人 どうして戻っていらっしゃらないと思ったの?
田端 まあ、こう言っちゃ何だが……抑留生活で、辛い目にも会われたろうし……兵隊たちに撲られもしただろうし。戦争だったんだから仕方ないと言えば言えるんだろうが……神父さんにしてみれば日本人が嫌いにもなったろうとこう考えとったんですよ。それなのに、自分は日本から出ていかん。あの町にまた戻りますと、療養所から葉書をもらった時は、意外でしたなあ。>

その姿は、終戦後いたいたしい姿で夙川カトリック教会に戻ったメルシェ神父とどうしても重なるのです。



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遠藤周作 | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

4月22日本経済新聞朝刊の文化面に「遠藤周作の未公開の恋文見つかる」が掲載されています。

[ パイン ] 2017/04/23 11:57:25 [ 削除 ] [ 通報 ]

えっー、そうですか、早速読ませていただきます。ありがとうございました。

[ seitaro ] 2017/04/23 12:40:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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