阪急沿線文学散歩

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夙川育ちのロミ山田さんは今もご活躍!

 夙川ミッシェルバッハのクッキーローゼを日本中で一番おいしいクッキーと紹介されていたロミ山田さんは、オフィシャルサイトを見ると、「芦屋市で育つ」と書かれていますが、自伝『楽譜を抱いて』を読むと、小学校四年で芦屋から夙川に移られていたことがわかりました。

http://www.romi-yamada.com/index.php?FrontPage

 ロミさんは昭和8年実父の赴任地、朝鮮の京城に生まれ、一歳のとき、父親の朝日新聞京城支局から大阪本社への転任により帰国されています。

『楽譜を抱いて』によると、
<帰国後は大阪と神戸の間の宝塚、神戸、甲子園のあたりを、三、四回は引越ししたようです。うちの母、引っ越しが好きだったんですね。胃がんのために三十三歳で父が亡くなったのは、その間のことです。>
和辻哲郎は亡くなられた実父の従兄弟でした。

 母親の初子さんは、籍を抜いて実家に帰り、田中千代洋裁学院で洋裁を修め、デザイナーとして神戸の大丸百貨店に就職されます。


上の写真は田中千代洋裁学院発祥の地に建つ棕櫚と碑。

十歳のとき、母親が毎日新聞の山田眞一氏と再婚。
<再婚後は、母と祖母と私で住んでいた芦屋を離れ、夙川の新しい一軒家に移り、また、小学校四年で、芦屋市立岩園小学校から、小林聖心女子学院の小学部に編入しました。>

岩園小学校の学区にあった実家から夙川ですから、距離は近くでした。

その頃のことだったのでしょう、夙川のパボーニにお母様とロミさんが頻繁に通っていたのは。

ロミさんが懐かしんで、稲川淳二と夙川のパボーニを訪れた映像がありました。

名次山を歩くロミさん。

夙川べりを歩くロミさん。

その番組で、お母様は活発な女性で、モダンガールだったとロミさんが語られていました。

 さてそのロミ山田さんの近況。

驚いたことに、昨年の6月にオリジナルシングル「さらば燃えた日よ〜モルダウ(我が祖国)より〜」を発売されていました。

CD発売記念ディナー&トークショーまで開かれたようです。

夙川育ちのロミ山田さん、益々お元気にご活躍ください。




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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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