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遠藤周作が洗礼を受けた司祭さま(『合わない洋服』)

 遠藤周作のエッセイ『合わない洋服 何のために小説を書くか』では、カトリック夙川教会で洗礼を受けた時の様子が、次のように書かれています。

<しかしこの教会でとも角も私は、ほかの子供たちと一緒に復活祭の日、洗礼を受けた。いや、正確に語るならば「受けた」というより「受けさせられた」と言ったほうがいい。なぜならそれは私のやむにやまれぬ意志から出た行為ではなかった。伯母や母の言いつけだったから、他の子供たちも一緒に受けるのでズルズルベッタリにワイワイと騒ぎながら公教要理を暗記したから、その結果、悪戯小僧の一人として受けた洗礼だったのである。「あなたは神を信じますか」とフランス人の司祭が洗礼式の形式に従ってたずねた時、私は他の子供たちと同じように「はい、信じます」と平気で答えた。>
とフランス人司祭から洗礼を受けたと書いているのです。

またエッセイ『夙川の教会』でも、
<四月の復活祭の日に、我々子供たちは一番いい服を着せられて教会の出口近くに並ばされ、そして赤い帽子をかぶった外人の司教さまがあらわえてミサを行われた。そのミサの前、私は仲間たちと同じように神父の求めるひとつひとつの誓約に、「はい」「はい」と口をそろえて答えたのだった。>
と外人の司教さまから洗礼を受けたと述べています。

更に、
<式が終わると、私たち子供は教会の石段に並び、写真をとってもらった。それから、色々な色彩にそめたうで卵をもらった。うで卵をもらうと、私たちは何もかも忘れて、大声で叫びながら野球をしに走っていった。>

と無自覚に洗礼を受けた様子が描かれています。

小説『影法師』でも、
<復活祭の日は花が門にも扉にも飾られ、外人の娘たちのように白いヴェールをかぶった女の子を近所の悪童たちが羨ましそうに眺め、僕たちは大得意でした。その復活祭にフランス人の司祭が十人の子供たちを一列に並べ一人一人に「あなたは基督を信じますか」と尋ねました。すると一人一人が「信じます」と鸚鵡返しに答えたのでした。僕もその一人だった。>とフランス人司祭に洗礼を受けたことになっています。

 小説はともかく、エッセイに書かれているのは事実のように思われますが、遠藤周作が洗礼を受けた神父様はフランス人ではなく、日本人だったのです。
 遠藤周作文学全集15に収められた年譜によると、
昭和十年 十二歳
六月二十三日、周作も兄と共に夙川カトリック教会で主任司祭永田辰之助神父より受洗。
と書かれており、洗礼台帳にもその記録は残っているのです。
受洗の日も「四月の復活祭の日」ではなかったのです。

カトリック夙川教会の歴代主任司祭の写真が、教会の信徒会館に掲示されています。
確かに永田辰之助神父は1933年(昭和8年)から1937年(昭和12年)ま主任司祭を務められており、昭和10年は永田神父で、その後昭和12年になってフランス人のメルシェ神父になったのです。

 ではどうして、遠藤周作はフランス人神父から洗礼を受けたと書き続けたのでしょう。
もう少し探ってみましょう。



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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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