阪急沿線文学散歩

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昭和20年遠藤周作と野坂昭如は甲山上空の同じグラマン機を見ていた?

 遠藤周作『黄色い人』は戦時中、仁川の母の家に戻っていた遠藤自身の経験をもとにした情景が描かれています。

その中で、甲山上空から川西航空機宝塚製作所へのグラマン襲来を次のように描いています。
<どこかで金属をすり合わせたような鋭い音がしました。みあげると一機の敵機が甲山の中腹をぬって、灰色の空を急スピードでとんでいくのが見えました。「川西の工場を偵察しはじめたのだな」たちどまり、しばらくの間山かげに消え去った飛行機の跡をぼくは、さがしました。それを追いうつ高射砲の音一つしないもの憂げな午後でした。>

 更に主人公千葉は甲山上空から飛んできたグラマンに狙われるのです。
<弾の音はきこえませんでしたが、グラマン機がぼくを狙っていたのはたしかです。死が脳裏をかすめました。にも拘わらず、この古墳の腐土の臭いのなかで死は、ぼくには自然のなりゆきのように思えました。グラマンの動き、機械の響きだけがこの甘美な死を乱していました。>

 遠藤周作が実際にグラマン機に狙われたかどうかはわかりませんが、7月に仁川に戻っていた時に甲山上空を飛ぶグラマンを見ていたのでしょう。

 遠藤周作は仁川から甲山上空を見ていたのですが、ニテコ池から甲山上空でグラマンが飛ぶ様子を見ていたのが野坂昭如です。

 野坂昭如は一歳半の義妹を連れて昭和20年7月に満池谷町の親戚の家に疎開しており、自伝的小説『ひとでなし』で次のように述べています。
<七月に入ると、敵小型機が、まず気まぐれに阪神間の上空を通過し、時に、急降下特有の爆音で市民をおびやかした。まだ、食いものはあり、ぼくと律子、妹は、病院通いを口実に毎日出歩く。二度、甲山上空から飛来したグラマンが、狙ったわけでもないだろうが、夙川堤防と、国道にいた、ぼくたちの上を超低空で飛び去った。カサ上げされた堤防の、流れに沿い、公園となっていて、遊歩道なのか、内側に二メートルの張り出しがある。キーンと響き、グォーンと低い轟音となるその爆音に、ぼくは妹を背負ったまま、律子と、その張り出しに飛び降り、律子におおいかぶさった。>

野坂はグラマンから狙われた経験を他のエッセイにも書いています。

 この二つの小説を読み比べると、遠藤周作と野坂昭如はひょっとすると昭和20年7月に同じグラマン機を見ていたかもしれないと思えてくるのです。





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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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