犬と歩く夙川

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西宮文化協会

西宮の文化や歴史に興味のある方にお知らせ。
西宮文化協会のホームページができました。



※やはりアイフォン    からは画像が貼り付けられません。
セキュリティーも駄目なままですし、スパムみたいな投稿も多いし、
本当に世の中から、取り残されたようなこのブログに参加してて、大丈夫なんでしょうか。と、以前よりも不安になります。





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とろろ汁 終章

数日間、とろろ汁に魅了されていましたが、本来は鎌倉時代以降の東国と西国についてちょっと気になったので、本を読んでいて、米作りと餅、それ以外のものを主に耕作する地域の芋正月というところからのスタートでした。
結局、話はそれて、三日とろろ、二日とろろ、になり結果的に、調査前に都市化してしまった、このあたりのことはよくわからずじまいです。見つけた資料のみリストアップしておきます。

馬場景子 中野典子 儀礼食としての正月のとろろ飯 日本調理科学会

https://doi.org/10.11402/ajscs.19.0.30.0, https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajscs/19/0/19_0_30/_article/-char/ja, 


本間トシ 儀礼食物としての芋 東京女子大学論集 1967


 イモと日本人(1970)未来社


最近はかゆいかゆいといっておろさなくても、乾燥した物などが手に入るようです。


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二日とろろ

『イモと日本人』は一九六七年に、國學院大學日本文化研究所紀要に発表された、著者坪井洋文のフィールドワークに基づく論文が初出となっている。その調査の範囲はどこだったのだろうか。おそらく農村部だったのではないだろうか。

正月に餅を食べない餅なし正月を迎える地域とがあることはわかったのだけれど、これ以外にも餅は食べるが、三が日の一日はとろろ汁を食べる地域があるようだ。三日とろろという習慣が関東にあるが、摂津、播磨には二日にとろろ汁を食べる習慣があったようだが、戦後には都市化していたので、その習慣は残っていなかったかもしれない。(二日と三日の違いは何の違いなのか?)

都市部の文化は変化がはなはだしいので、なかなか正確な記録として残らないが、どこかで読んだ記憶があるので、探してみたところ、昭和十年に刊行された「大社村誌」に記載があった。第十六章風ぞく(変換NG)習慣、第一節年中行事、一月のところである。

元旦 早起きして若水を汲み家内一同打ち揃ひて賀詞を交換し、屠蘇を酌み、雑煮(小餅、大根、芋、焼豆腐等の味噌汁)重詰(頭付魚、大豆、鱓、数の子、勝栗等)を食して縁起を祝ひ、氏神に詣で親戚知人を廻礼す。小学校に於いて挙式す。

二日 事始めとて農家は早朝礼服にて洗米、神酒を耕作の田畑に供へ廻礼し、又鋤を肩に田畑を廻礼して働き初め(鋤初め)を行ふ而して「とろろ」汁を食す。
一般には書初め、謡初め、彈初め等を行う。

大社村は西宮市の西部、現在は住宅地になっているが、昭和の初めは田畑の多い農村だった。村誌をよく読むと、とろろ汁は二日に行われた農家の習慣で、一般には書き初めや歌い始めだったようにも読み取れる。

大社村が住宅地となっていくのは阪急電車の開通の後のことでで、現在ではその後に各地から移り住んだ来た人の割合が圧倒的に多いはずだ。とろろ汁の習慣もおそらく西宮に伝わったというよりも、近畿地方の農村からの移住者によってもたらされた習慣なのではないのだろうか。

ちなみに我が家は祖父が転勤で東京に移住した大正から昭和初期に、新しもの好きの祖母が作り上げたものなので、それ以前とは断絶しているように思われる。



ところで、とろろ汁というと、東海道五十三次、丸子のとろろ汁を思い出してしまいます。




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イモ正月

お正月といえば、四角かったり丸かったりはしますが、
全国一律にお餅を食べるものだと思って久しかったのですが、
そういう習慣は餅正月の地域で、
全国的にはイモを食べる習慣のイモ正月の地域も根強く残っているそうです。

そういえば、あなたの家のお正月のお雑煮は?と、聞くと、
西宮市内の人でも、三日はとろろ芋ですという方がおられます。

はてな?っと思ってましたが、
主に関東のようですが、「三日とろろ」という習慣があるのです。

たまたま、先日、網野善彦さんの『中世再考 列島の地域と社会』の中に「正月の行事に餅を使うことを忌避し、サトイモ、やまいもなどを重んずる習俗」とありさらに、「この習俗 とくにヤマイモを行事の中心におく習俗の分布が、東西の民俗の相違に結びつくことを示唆しているのである(『イモと日本人』)と書かれていたので、なるほどとなりました。


とろろ汁を正月に食べるという家はその地域に何らかの縁のある方々なのです。
この本面白そうなので、とりよせました。

西宮、とろろで検索してみると、
名塩の紙職人さんの風習をまとめた郷土資料館ニュースという冊子(1991年7月1日、NO9)に、年末にとろろ汁を食べるというのがありました。

三日とろろはヤマサ醤油の頁にレシピがあります。









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暦 年中行事 信仰 伝説 歴史 民俗 | コメント( 4 )

ふく様
西宮市郷土資料館にある、医者が書き残した古文書の中の、安政4(1857)年の献立帳に「正月2日夕めし とろろ 白めし」と書いてあったそうです。
古い「宮っ子」にも「2日とろろ汁」の記事が載っていました。
2016年1月2日に「正月2日はとろろ汁」という記事を書きました。
http://nishinomiya.areablog.jp/page.asp?idx=1000122710&post_idx_sel=11318456
わが家もお正月にとろろ汁を食べていましたが、お正月に料理するのは面倒くさいので震災以降作らなくなりました。
でも、山芋はおいしいので、とろろ汁にしたりマグロの山かけにしたりして日常的に食べています。

[ 西野宮子 ] 2018/05/02 11:43:11 [ 削除 ] [ 通報 ]

二日でしたか。以前にもどなたかが書かれているのを詠んだことがあります。西宮の昔はこうであったというのはかなり曖昧な記述で、誰がいつそう書き残したとか、いつの誰を対象にした調査では何%のとかという記載を読まないうちは、頭の中が疑問で埋め尽くされてしまいます。特にとろろを食べるという習慣は本来幾つかの意味がある場合が多いそうなので、都市周辺の人口移動の多い西宮の場合は、余計に謎が深まります。西宮の医者というのは原老柳でしょうか?

[ ふく ] 2018/05/03 9:15:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

ふく様
古文書のことは朝日新聞の投書欄で読みました。
くだんの医者の子孫(5代くらい後)である女性の投書でしたが、医者の名前は書いてありませんでした。

[ 西野宮子 ] 2018/05/03 14:04:39 [ 削除 ] [ 通報 ]

宮子様  フィールドワークがなされていなかったようなことを書いたものを見つけました。愛知県あたりに三日とろろと二日とろろの分岐点があるようです。とろろもとろろ汁、とろろご飯と相方が違ったり、長芋をすり鉢でするので、初すり、と言っているところもあるみたいです。多くは農村の年初めの儀式に連動しているようです。

[ ふく ] 2018/05/04 9:20:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

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こんなに違うんだ! 関東と関西

枡にコップ酒を入れて飲む、「もっきり」を調べていると、
どうしても関東と関西の違いを検索してしまいます。

NAVERまとめのこんなに違うんだ!「関東」と「関西」の違いまとめによると、
以下の項目があげられています。このうちにはしらなかったというもの、そうですよと思うことと、そうともいいきれないということと、違うでしょうというものがあります。私の住環境と年齢によると思いますが、


〈文化の違い〉
◆関東と関西で周波数が違う→引っ越しで電気着火式のガス機器を使う場合注意!
◆エスカレーターの立つ位置→京都が若干違いますがまあそうでしょう。
◆マクドナルドの呼称→私は語感が嫌いなのでマクドは使わない
◆タクシーの位置→相互や黄色だし...、そうともいえない。
◆ポリタンクの色→最近は赤いのが多い。
◆警察官の存在→これは知らなかった。
◆子どもの夜泣きの薬と言えば?→両方ともよく聞く。
◆畳の大きさ→耳から覚えたので京間か狭間か迷った。

〈食べ物のhc以外〉
◆関東は今川焼、関西は回転焼→どちらもあまり使わない。どら焼きと混乱する。
◆どん兵衛のつゆが違う→よくお土産に買っていた。
◆カップ焼きそばの勢力が違う→ペヤングって焼きそばとは知らなかった。
◆たまごサンドが全然違う→阪神間は東京風で、大阪に行くと厚焼きのもあった。
◆食パンの好み→私は山食の八枚切りぐらいの薄いのが好きです。
◆お寿司といえば→大阪寿司と江戸前は食べわけていると思います。
◆いか焼き→粉物のイカ焼きを知ったのは大人になってからです。
◆ところてんの味付け→両方あるけどどちらも苦手だった。
◆おにぎりの形→松花堂弁当などでは小さな俵だけど、大きいのは三角だった。
◆おいなりさんはおにぎりの逆→我が家は四角でした。
◆お餅→正月は丸餅か伸し餅
◆お雑煮→すましと白味噌交代で。
◆すき焼きの作り方→父が味付けしてたのは関西風。
◆関西にはきつねそばとたぬきうどんは存在しない。冷やしたぬきには感激!
◆ソース→名古屋はいかりだそうですが、神戸、大阪には小規模メーカーが多い。
◆七味唐辛子→長野に行くと七味なのに唐辛子ばっかりだとびっくりする。



◆関東のおしるこ、関西ではぜんざいと呼ぶ→これは大混乱した記憶あり。
◆うなぎの開き方→焼き方も違います。関西風は名古屋が旨い。
◆穴子の食べ方→蒸し穴のお寿司や天ぷらが好きだけど、贈答品は焼いてある。
◆ネギと言えば→個人的には白いか細いかが好きです。白ネギっていってました。
◆揚げせんべいといえば→最近は両方売っています。

最近、犬のおつきあいで、いろいろな地方の方に会います。同じ日本人でもたぶん常識や人との接し方とかも、全然違ってるのかもしれないなと思ったりします。















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西宮のこと | コメント( 2 )

ふくさん、久しぶりの更新嬉しいです♪
三重県で育ったので、西にも東にもあてはまらない文化だったような気がします。

[ ぷりんまろ ] 2018/05/01 21:52:59 [ 削除 ] [ 通報 ]

ぷりんまろさん 三重県も津と桑名ではイントネーションが全然違います。母が名古屋なので中部地方に親戚がたくさんいますが、これまた出身地によってかなり習慣が違うような、漠然と関ヶ原が境といいますが、濃尾平野には大きな川が三本流れていますから、あれを越すか越さないかでもずいぶん違ってくるかもしれません。私の好きなウナギに関して言えば東西の境界はほかのものより東にあるように思います。三重県も兵庫県同様広くて複合的なので、場所によってかなり違いますね。

[ ふく ] 2018/05/02 10:06:26 [ 削除 ] [ 通報 ]

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もっきり

居酒屋でガラスのコップに日本酒をなみなみと注いで、
それを枡に受けて飲むことを「もっきり」というらしい。

「盛り切り」の音便変化らしいが、
このことばの存在をしったのは先週のこと。




確かにグラスになみなみと酒を注いで、
枡や小皿にこぼれたものを飲むような飲み方をする店が最近ではそこそこ値の張るお酒を出すお店でも、普通に見られる。

ある人が白木の枡に口をつけて飲んだら怒られたけど、
どうしてますか?と書いておられて、ふと考えた。

そういえば、この風習はいつどこで起こったのだろうか。
そもそも枡は酒を測るもの。飲むとしても鏡開きの時ぐらいで、
終わったら、使い捨てだったはずなのだが...。

大衆酒場のコップ酒が発祥のようだが、
北から下りてきて、関西に到達したのが遅いのか。
冷や酒をコップで出す店に私が行かなかったからなのか。
枡でのませてくれる店はあったと思うが...


検索すると「もっきり」という飲み方のようだ。
さて、どこから来た風習なのか。


関西にも定着してきているが、
最初は行儀が悪いなと思った記憶がある。


こういうのは読売の「発言小町」が面白い。









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食生活の変遷 | コメント( 0 )
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中世都市鎌倉を歩く

kindleの読み上げ機能。
時々何をいっているのかよくわからなくなることもあるけれど、
便利に使わせてもらっています。


中央公論社の本の紹介サイトにあった、「源頼朝に始まる鎌倉幕府が滅亡すると、鎌倉は急速に衰退しゴーストタウンになったと考えられがちだが、実態は違っていた。京都室町に幕府が移った後も、鎌倉は東国を管轄する鎌倉府の所在地として十五席半ばまで反映を続けた。武家の首都として誕生し、幕府滅亡五はほとんど知られることのない都市鎌倉とはいかなるものだったのか。源氏、北条氏、足利氏、上杉氏の足跡を寺社や史跡に尋ねながら、謎に包まれた鎌倉の中世を歩く」という文言のなかで、「鎌倉幕府が滅亡すると、鎌倉は急速に衰退しゴーストタウンになったと考えられがちだが、実際は違っていた」の部分にひかれて、読んでみようと思った。



『中世都市鎌倉を歩く』、著者、松尾剛次は仏教史を中心にした中世史学者ではなかったでしょうか。

さて、本書の冒頭は 

鎌倉や 
御仏なれど
釈迦牟尼は
美男におわす
夏木立かな

という与謝野晶子の歌からはじまる。(『恋衣』所収)
歌をおさめた歌集は日露戦争の最中に詠んだ「黄身死にたまふことなかれ」という歌が掲載されていることで、センセーショナルであったという印象が強いのでが、この大仏の歌も物議をかもしたそうです。信仰の対象である仏像を「美男」と見たことが批判されたそうだ。

仏像も長らく座しておられれば、時代によって、捉えられ方も千差万別なのですねと感動してしまうけれど、大岡信の、「古来にほんの詩文には仏の目鼻だちの麗しさをたたえたものは数多い。晶子の歌もそういう感覚でつくられているものだろう。近代特有の厳粛主義では律しきれない庶民的な生活感覚がそこに生きている。」という評にも考えさせられるものがあります。

詩もまた時代をうつす鏡と見れば、面白いかもしれないなと思って読み始めることにします。鎌倉大仏は高徳院というお寺にあります。もう三十年近くなりますが、こちらにうかがって、本阿弥光悦周辺の人々の手紙類を拝見させていただいたのを思い出します。鎌倉関係の史料をたくさん集めておられたと思います。

松尾剛次さんの『太平記、鎮魂と救済の史書』も電子書籍になっているようなので、読んでみたいと思いました。


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本のはなし | コメント( 0 )
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犬の躾とオペラント条件づけ

犬のしつけって、どうしなさいこうしなさいと言われてもなかなかよくわからないのですが、なぜ?を教えていただくとよくわかります。

ちょっとgoogle検索してみて、今更なことですが、オペラント条件付です。某大学心理学科を卒業していますが、卒業して初めて古典的条件付けとオペラント条件付けという言葉を実社会で聞きました。

パブロフの犬やソーンダイクの猫。身近にあるべきだったのはソーンダイクの犬でした。学校出てから全然役立たなかった二年間の学習と思っていたのですが、感無量です。




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犬のはなし | コメント( 2 )

「パブロフの犬」は学校で教わって、今でも覚えています。
「ソーンダイクの猫」は今ネットで調べて、名前と中身が一致しました。
心理学という学問は面白そうですね。

[ 西野宮子 ] 2018/04/06 20:46:34 [ 削除 ] [ 通報 ]

宮子さん しばらくパソコン開かなかったので、お返事が遅くなりました。四十年前に学んだ心理学は啓蒙書なども少なく今ひとつよくわかりませんでしたが、最近は面白そうです。とくに動物の行動については犬と暮らしていると、学ぶところ大です。

[ ふく ] 2018/05/01 15:54:21 [ 削除 ] [ 通報 ]

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社家郷山からの虹

有馬温泉と芦屋川を結ぶ芦有ドライブウェイの東六甲展望台、芦屋の奥池の上にあるので、芦屋市だと思いがちですが実は西宮市にあります。

徳島からの帰り、阪神高速道路神戸線が混でいたので、北神戸線から有馬にでて芦在を通ったのですが、途中の展望台から虹がみえました。

ちょうど甲山の横あたりでした。






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六甲山 甲山のこと | コメント( 0 )
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東山魁夷と六甲山

何年か前のこと、
二科の回顧展の仕事で信濃美術館に行った時、
東山魁夷が裏六甲を描いた若描きの小さな作品を見た。
展示中の作品を横目で見ただけなので、
詳しいことは覚えていないけれど、
青年期を神戸で送った魁夷なので、
六甲山の風景をスケッチしていてもおかしくない。
調べようと思いつつ忘れていたので、
一応メモしておくことにした。


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描かれた西宮 | コメント( 0 )
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西宮を中心に古書や古い新聞に書かれた記事をもとに阪神間の昔をたどったり、出典になった本や古書の紹介をしたり、備忘録的ではありますが、ぼちぼちと更新いたします。もちろん犬の話し、海外ミステリー、書画骨董、食べもの、ワインの話しなども、たまには織り交ぜて書きたいと思います。
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