ラヂヲ少年なれの果て

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://nishinomiya.areablog.jp/sasafune

広島の原爆の惨状を描いた原民喜の「夏の花」という有名な小説

今日は73年前の朝8時15分広島に原爆が落とされた日
その朝の惨状を描いた原民喜の「夏の花」という有名な小説が産經新聞のコラム「産経抄」に取り上げられてました。



産経抄

goodポイント: 1ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061232/p11764861c.html
読書・笹舟蔵書・新聞ネタその他面白ネタ等 | コメント( 1 ) | トラックバック( 0)

 広島に原爆が投下された朝、作家の原民喜(たみき)は、自宅の便所にいた。突然、頭上に一撃が加えられ、目の前が真っ暗になった。縁側から、川の方に向かって逃げた。
 ▼道端にうずくまっている女は、乱れ髪が焦げ、顔は約1倍半も膨張していた。川の中では、裸体の少年がすっぽり頭まで水に漬かって死んでいた。「水を。水を。水を下さい」。断末魔の声を聞きながら、夜を明かした。
 ▼原は、目の前の地獄絵のような光景を手帳に記録していた。そのメモを基に執筆したのが、原爆文学の名作『夏の花』である。最初のタイトルの「原子爆弾」を改題したのは、連合国軍総司令部(GHQ)の検閲を逃れるためだ。原は刊行の2年後の昭和26年、鉄道自殺により45年の生涯を終える。
 ▼被爆73年の広島原爆の日を前に、ノンフィクション作家、梯(かけはし)久美子さんによる評伝『原民喜』(岩波新書)を読んだ。孤独な少年時代を過ごした原は、大学卒業の翌年に結婚した妻によって、初めて心のやすらぎを得る。もっとも、献身的に支えてくれた妻は、33歳の若さで先立っていった。
 ▼生きる望みを失った原に、新たな「仕事」を与えたのが、被爆体験である。原爆の惨状を書き残すまで死(ね)なくなった。梯さんによれば、晩年の原は原爆が再び使われる恐れにさいなまれながらも、「自分たちの世代の後に、新しい時代の新しい人々が現れるという希望を失っていなかった」。
 ▼原は自死の直前、広島の地元紙の中国新聞に「永遠(とわ)のみどり」と題した詩を送っている。詩は、原の死亡記事と同じ面に掲載された。「死と焔(ほのお)の記憶に よき祈りよ こもれ」。原の期待と願いにわれわれは応えているといえるのか。胸に手を当て、静かに自問する日としたい。

[ 笹舟倶楽部 ] 2018/08/06 15:09:49 [ 削除 ] [ 通報 ]

名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

■同じテーマの最新記事
芸歴82年の女優・・・
あんまり暑いので須磨海水浴場が・・・
亭主を早死にさせる方法(10か条)
<<新しい記事へ     以前の記事へ>>
このブログトップページへ
笹舟倶楽部イメージ
笹舟倶楽部
プロフィール公開中 プロフィール
ダイヤル左端のラジオ関西電話リクエスト聴いて育ったヲヤヂ
貯め込んだレコード・CD聴きまくりの為に会社早退、ジャズ喫茶(のようなもの)開きました。
その幸せな楽しい怪しいジャズと読書三昧の日々
趣味の自転車・カヌー遊びを紹介
やってみたい方、相談に乗ります。
http://www.sasafune.com/

前年  2018年 皆勤賞獲得月 翌年
前の年へ 2018年 次の年へ 前の月へ 8月 次の月へ
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
今日 合計
ビュー 84 3970586
コメント 0 1355
お気に入り 0 28

QRコード [使い方]

このブログに携帯でアクセス!

>>URLをメールで送信<<