バイブルソムリエ

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「謝罪マスター」


        「謝罪マスター」
      バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
     
           謝罪マスター?
 “謝罪とは、相手の話を聞き、未来の話をすること”と謝罪マスターの竹中功さんが、語っていた(11・5、NHKTV、朝いち)。最近は企業や、学校、役所の不祥事が多くなり、その度に責任者が、記者会見で深々と頭を下げる謝罪会見がTVニュースである。その謝罪が下手で、被害者の神経を逆なでし、逆効果になることさえある。そこで謝罪マスターと言う職業?まで現れたようです。マスターのお話によると、謝罪の要件は、@あいさつ、Aこうなった経緯、B今の反省の気持ち、C謝罪、Dこれからの補償、改善策の提示(具体的に)と言う事です。なるほど、もっともな要件だと思います。次に謝罪者の注意点ですが、@手土産の用意、派手な洋菓子はだめ、少し重めの和菓子がよい。A1時間前に伺って誠意を見せる。遅刻などもってのほか。B謝罪のゴールを忘れない。それはハッピー・エンドだ。単に謝った側の気が済むのが謝罪の目的ではない。相手との和解、原状復帰こそゴールだ。真心の籠った謝罪は、失った信用を回復し、トラブル以前より信頼を得る事すらある。過去の失敗や損害を与えた致命傷が、誠意ある謝罪により、未来が開けることにもなる。まさに、ピンチをチャンスにできる。さすが、専門家だけあって、核心をついていると思いました。
              園長の務め
 ソムリエは、20年間モンテッソーリ幼児教室の園長をつとめました。確かに素晴らし幼児教育で、子供たちの成長ぶりは、生きがいでありました。しかし、20年間、保育日は気の抜けない緊張を強いられました。園長を辞任した時は、正直ホットとしたものです。それは、園児の身に何か危害が起こらないか、と言う危惧で、それこそ神様に安全をお祈りしたものです。知人で大きな保育園を二つ経営していた方が、園児の死亡事故で、責任と補償を追及され園を閉鎖、売却して補償に当てた、厳しい現実を身近に知っていたからです。大切な宝の様なお子様を託している親御さんにすれば、保育・教育の場の安全性確保は他の何より優先すべき事ですから。お子さんの身に何かがあれば、園や学校の責任を追及するのは、当然です。教場での安全点検、火災避難訓練、不審者侵入時の園児保護訓練のシュミレーション、消防署や交番から指導に来ていただいたものです。それでも万一に備え、賠償保険に入っていました。おかげでと言うより、神様のお守りにより、人命にかかわるような事故はなく、感謝しています。しかし、やはりケガはありました。そんな時、教務主任と園長たるソムリエの務めは、迅速にお詫びに園児のお宅に伺う事でした。男の子の場合は、この程度のケガは男の子の勲章ですよ、ご丁寧にごあいさつ頂き恐縮ですと、と保護者からいわれたものですが、女の子は、傷跡が残らないか保護者は神経がピリピリしているのが、良くわかります。ソムリエも女児3人を育てましたから、そのお気持ちは当然です。こころよりお詫びし、受け入れて頂いたものです。今から思えば、冒頭の謝罪マスターのおっしゃる事を知らずして実行していたのでしょうね。謝罪は責任者の重要な務めです。
           責任を全うする謝罪
 昔、ソムリエが洗礼を授けた男性が、有名な某グループ企業傘下の社長に選ばれお祝い申し上げたのですが、しばらくしてその会社に社会を震撼させる不祥事が発覚し、その責任を追及され、毎日TVニュースに憔悴した姿が映し出され本当に心を痛めました。実態は、本社から派遣された社長であった信徒男性の、前任者時代の不祥事だったのですが、彼は一切責任転嫁をせず、責任者として一身に非難攻撃を引き受け、先生、支えられるようお祈りくださいとおっしゃっていました。そういう中、処理に当たる部下達が、ノイローゼ状態になったり、非難攻撃に耐えられず辞職しましたが、彼は社会的に責任を全うし、投げ出さなかったのです。結局法的責任を問われませんでしたが、企業の責任者として社長を辞任、現在は、神様が備えられた新しい使命に生きていますが。よく潰れなかった、本当に四面楚歌の中、信仰の仲間のお祈りと支援に支えられたのだと思います。不祥事への非難攻撃の嵐の過ぎ去るのを頭を下げて、じっと待つのが、謝罪ではなく、責任を全うする事ではないでしょうか。
          和解の福音
 キリスト教の核心は、和解の福音といいます。神様の愛に背いた人間をなおも愛して、人の背信を責めないで、神様の御子イエス・キリストの上に罪の責めを下し、人を赦し受け容れて下さった。神と人の和解こそ、すべての人間関係の行き違いの解決の元なのです。神様はこの愛に立ち返るように招いておられるのです。悔い改めとは、懺悔と言う意味だけでなく、立ち返ると言う事です。人は自分の非を認めるのが、どんなに難しいか、謝罪マスターは、心底からの謝罪のむつかしさと、それがなされたとき相手に通じ和解することを語っていました。同感です。
ソムリエは還暦になった頃、何か自分の人生のまとめを迫られ、60年の人生に感謝と共に悔いもあり、できれば不義理をした相手と和解したいと思うようになったのです。折しも、ある神学会のパネル・ディスカッションのパネラーの一人に選ばれ、演壇に登ると、何と過去に不義理をした相手の先生がパネラーの中におられたのです。学会の時間中ずっと気がかりで、神様が謝罪のチャンスを備えて下さった!VS、いや今さら古い話だ!と内心押し問答していましたが、分かれる寸前に、何かに押し出される様に、ソムリエはその先生に自分の過去の罪をお詫びしたのです。するとその講師は、驚きながらも快く赦してくださったのです。それ以来今に至るまで、素晴らしい交わりと、支援の数々を頂く中となり、頑で自己正当化の強いソムリエですが、イエス様の和解の福音の素晴らしさを実感しています。真の謝罪の可能性は福音にあると思いますね。
「神のみこころに添うた悲しみは、悔いのない救いを得させる悔い改めに導き、
 この世の悲しみは死をきたらせる。」コリントU、7:10

           「西宮北口聖書集会」
☆「アルファ新書シリーズ」ホームページhttp://alpha-shinsho.jimdo.com/
☆「人生の味わいフルコース」アマゾン電子書籍化/100円
  著者:亀井俊博
  内容:お料理の味付け、甘辛酸苦旨の五味を人生論風にバイブルか
     ら説き明かしたキリスト教入門書。
 *ダウンロードアドレス:http://amzn.to/2pdg3eq
☆「まれびとイエスの神」講話 第一回(紹介)
  ユーチューブ         http://youtu.be/nxNTJQK-GA8
☆日曜聖書集会プログラム(賛美、聖書の学び、感想の語り合い)
☆とき(2018年11月25日、日曜聖書集会、日曜日10:15am)
☆ところ(高木センター、西宮市伏原町1−58、駐車場あり
     阪急西宮北口駅北方、徒歩15分、問い合わせまで)
☆講師:(菅原義久先生、西宮口聖書集会主任牧師)
   学ぶ聖書箇所:使徒の働き
   タイトル:
☆問い合わせ 0798−64−8150
☆亀井俊博牧師著作 アルファ新書シリーズ 
 ご注文先:郵便振替(口座番号00980-6-321217、加入者名、亀井俊博)
                   送料当方負担
(1)「1デナリと5タラントの物語」説教集(500円) 
(2)「人生の味わいフルコース」キリスト教入門エッセイ(500円)
(3)「モダニテイー近代科学とキリスト教」講話(500円)
(4)「モダニテイー近代民主主義、近代資本主義とキリスト教」講話
                       (1,000円)
(5)「まれびとイエスの神」講話(人称関係の神学物語)(2,000円)
(6)「時のしるし」バイブル・ソムリエ時評(2008〜2017年)
                       (1,000円)
                                     




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「オアア〜、アドベントに寄せて」

  「オアア〜、アドベントに寄せて」 2018・12・12
      バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
 
            オアア〜
 オアア〜、オアア〜と声がする。猫の鳴き声かなと思ったが、どうも違う,泣き声だ、赤ん坊の泣き声だ。ソムリエは、感動して仕事の手を休め、しばし聞き入った。どこも同じでしょうが、ソムリエの住む町も高齢化甚だしく、住居とするマンションも80戸余りの住民が、お互い年取っていく。デイサービスの施設の車が出入りする、近所の病院で、高齢の住民同士がおしゃべりする。最近弱ってこられたな、と思っていたご近所の住民と廊下で会って、わたしもう直ぐ死ぬんですよ、長々お世話になりましたと挨拶される、返事に窮する。やがて姿が見えなくなり、しばらくして工務店がリノベーション工事を始める。亡くなり親族が部屋を売却したらしい。その後、若いカップルがお引越しのあいさつに見え、そしてオアア〜が始まったのです。人生の縮図ですね。

 近所に保育所ができると静かな住環境が邪魔され、土地の価値が下がるとか、で保育所建設に反対するところがあると聞く。確かに生き馬の目を抜く厳しい競争社会から、リタイヤーし、やっと静かな環境で平穏に過ごしたい、気持ちは分かります。しかし、それも長らく続くと善し悪しですよ。墓場の静けさと言うのがある。高齢者ばかりの住む静かな環境はいいですが、しかしそればかり固執するのはどうでしょう。死臭が漂いませんか。確かに老いも死もタブー視しないで、人生の真実として直視し、受け入れなければなりません。

 しかしいくら高齢化時代でも、生を忘れてはならない。それぞれの天命までは、活き活きと生きて行くのです。そのためには、絶えず命に触れる必要があります。オアア〜は、ソムリエの体に命そのものの息吹が吹き込まれるようです。ゴミ屋敷老人も困ったものですが、きちんと整理され、1mmでもものを動かすと、眉を顰めるナーバスなきっちり好きの高齢者も困ったものです。赤ん坊は大人の時間におかまいなく、夜中でも泣きます。子供はパワフルに動き回り、そこら中を散らかします。大人の固定化した死の秩序を壊し、無秩序にし、そこから何か新しいものを生みだすことがあるのです。創造的破壊者です。
          
          ノーベル賞受賞者のこころ
 ブログの愛読者で尊敬する高知ペンテコステ教会の大川修平牧師先生から、お便りをいただきました。その中に、京大で同期生だった、本庶佑君と、利根川進君(1987年)がノーベル賞をもらった云々と書かれていました。日頃、大川先生の信仰、学識、牧師としての人格、ご実績に敬意を抱いており、また後進のソムリエへのご支援に感謝いたしておりますが、ノーベル賞受賞者を同期生で君ずけでお呼びになる関係に、改めてまばゆく近寄りがたい方だと実感しました。文学部ご出身の大川先生も、理系であれば今頃ノーベル賞でしょうね。そう言う京大の収穫年代に属しておられるのだと思います。大川先生は実際は、本当に面倒見のいい牧師で、この歳になってもソムリエは甘え放なしですので、少しは襟を正さないといけないと思いました。その本庶教授が“教科書に書かれていることを信じるな。権威ある科学雑誌、ネイチャーやサイエンスでも、載っていることは嘘ばかりだ”趣旨のずいぶん大胆な事を受賞記者会見でおっしゃっていた。要するに常識を打ち破り、全く新たな視点で物事に取り組め、と言う事でしょうね。かくして、癌の特効薬オプジーボが生まれ、多くの患者を救っている。まさに、創造的破壊ですね。それは、既成概念に安住する大人思考でなく、何でも疑って、既成の堅固な構築物でもひっくり返し、ばらばらにして、新たに組み立てなおす、良い意味での“童心”の持ち主のなせる業でしょう。何でも明石市は子供中心の町づくりを掲げ、色々反対もあったが今や人口が増え始め、地価まで上がり始めたそうです。地方創生は子供にありますね。
           預言者イザヤのメシヤ預言
 以前、関学の旧約聖書のセミナーで、樋口進教授の講義があり、旧約の預言者イ ザヤが行き詰ったユダヤ社会の運命を託すべきは、当時、この人と特定できるアハズ王家のある若い女性から生まれる“男の子”であると預言した話に触れ(イザヤ7:14)、これは後代キリスト教会が、処女と解し、キリストの処女降誕の根拠にした箇所だが、本文の正確な解釈上は、処女ではなく若い女性だ、と講義。そこでソムリエは原語のアルマーは語源から、処女と言う意味もあるし、そもそもヘブル語アルマーをギリシャ語パルセノス(処女)と翻訳した七十人訳の翻訳者は、キリスト教の300年前の人たちで、処女降誕教義など知る由もない。また当時の女性ではなく、後のメシヤの母を指すのではないかと質問。教授は、いやハ・アルマーと冠詞が付いているから当時の具体的な一人物を指す、とお答えになった。
ま、いずれにしても預言者イザヤは、もう大人には希望が持てなかったのですよ。当時の具体的な王家の一女性の生む子がどんな人物になるかなど予想がつかない。事実、ユダヤ王国は滅亡するわけですからその“男の子”ではなかった。イザヤの視点を超えて遥か後代のメシヤ・イエスにこそ実現するメシヤ預言です。もう直ぐアドベント、待降節です。根源的にはメシヤは2千年前に到来し、世界の救いは始まっています。しかし、完成はしていません。だから今も一人〃の魂にメシヤをお迎えすべきなのです。そして、メシヤの再臨の時、この世界はあらゆる罪と、死の恐怖、限りない不条理から解放され、新しい天と地を迎えることが出来るのです。(黙示録21:1〜4)
               幼な子X
 今年もソムリエは色々な方々とお話しし、様々な本も読みました。しかしどなたにも、どこにも救いはありませんね。それだけ世界は閉塞感に息苦しくなっています。中には自信たっぷりにこれしかない、と政策を語る政治家もいましたが、すぐに化けの皮がはがれ落ちました。現代日本最高の文明評論家の柄谷行人が、氏の集大成著「帝国の構造」((青土社)で閉塞状況の打開のため、Xの到来を待つ、と述べていますが、正直です。Xはもちろん未知数ということです。しかし、ソムリエにはXmasのXです。
ヘブル語メシヤ(救世主)のギリシャ語クリストスはXで表示しますから。東方の博士たちは、長い救世主探求の旅の果て、輝く星に導かれ“幼な子”イエスの眠る飼い葉おけに到着。ひれ伏して拝み、黄金・乳香・没薬の宝をささげたとあります(マタイ2章)。当時最高のインテリジェンスを誇る博士たちが、将来全く未知数Xの幼な子イエス様に救い主を見抜きひれ伏したのですよ。現代人も小賢しく大人ぶらないで、素直に幼な子イエス様に救いを見出し、ひれ伏したいものです。閉塞した社会の希望はそこにあります。

「主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもっ 
 て男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。」イザヤ書7:14

           「西宮北口聖書集会」
☆「アルファ新書シリーズ」ホームページhttp://alpha-shinsho.jimdo.com/
「人生の味わいフルコース」アマゾン電子書籍化/100円
  著者:亀井俊博
  内容:お料理の味付け、甘辛酸苦旨の五味を人生論風にバイブルか
     ら説き明かしたキリスト教入門書。
 *ダウンロードアドレス:http://amzn.to/2pdg3eq
☆「まれびとイエスの神」講話 第一回(紹介)
  ユーチューブ       http://youtu.be/nxNTJQK-GA8
☆日曜聖書集会プログラム(賛美、聖書の学び、感想の語り合い)
☆とき(2018年12月16日、アドベント日曜聖書集会、日曜日10:15am)
☆ところ(西宮市大学交流センター、西宮北口駅徒歩3分、問い合わせまで)
☆講師(亀井俊博、西宮北口聖書集会牧師)
  学ぶ聖書箇所:詩篇82篇
  タイトル:神々への審き
☆問い合わせ 0798−64−8150
☆亀井俊博牧師著作 アルファ新書シリーズ 
 ご注文先:郵便振替(口座番号00980-6-321217、加入者名、亀井俊博)
                        送料当方負担
(1)「1デナリと5タラントの物語」説教集(500円) 
(2)「人生の味わいフルコース」キリスト教入門エッセイ(500円)
(3)「モダニテイー近代科学とキリスト教」講話(500円)
(4)「モダニテイー近代民主主義、近代資本主義とキリスト教」講話
                       (1,000円)
(5)「まれびとイエスの神」講話(人称関係の神学物語)(2,000円)
(6)「時のしるし」バイブル・ソムリエ時評(2008〜2017年)
                       (1,000円)
                                      
  



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「待つとは、アドベントに寄せて」

        「待つとは、アドベントに寄せて」 2018・12・5
           バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
  
          アドベント・カレンダー
 アドベント・カレンダーと言うものがあります。ソムリエは昔ドイのクリスマス ・マーケットで買ったタペストリーのカレンダーをこの時期、居間にかけています。ウイーン市庁舎では、建物全体のイルミネーションがカレンダーになって、窓に日付が入って面白かったですね。昔の日本のこどもが“もういくつ寝るとお正月・・”とお正月を指折り数えて待ったように、西方キリスト教では、クリスマス・イブまでの約1カ月をアドベント(待降節)と呼びます。日一日と近づくクリスマスを楽しみにして待ったのでしょうね。アドベントとは“到来”という意味で、キリストの到来を待ち望むと言う事です。

            ファスト・フード、スロー・フード
 現代人は、イラチでじっと待つのに耐えられないようです。食事でもファスト・フード好きで、ソムリエの近所のマック店は、車がいくつも列を作って長時間注文を待っており、本当にファストなのか疑わしい。人気NHK朝ドラの“まんぷく”も、インスタント食品の傑作、チキン・ラーメンの発明家のサクセス・ストーリーとの事。確かに忙しく、めんどくさがりの現代人にはファスト・フードは便利です。しかしまた、反対にスロー・フードと言うのもありますね。じっくり時間や手間暇をかけて調理したお料理には、深い味わいがあります。知人の大学教授は、イギリスの超高級レストランで、シェフが野菜や肉を何種類かテーブルに持ってきて、食材を客に選ばせ、さらに調理法もオーダーさせてからキッチンに戻って調理を始めたとか、スロー・フードの極みかもしれません。日本でも棚田で米作りから始めて寿司米を用意する寿司職人もいます。口に料理を運んだ時の味わいは、また格別でしょうね。

 ソムリエのアルファ新書シリーズが、今年尊敬する井草晋一牧師によって電子図書化され、6冊の内4冊が出版されました。10月31日の宗教改革記念日には“「まれびとイエスの神」講話”が最新号として出版されました。こう言う固い本を出版される方の使命感には唯々頭がさがります。読むのに半年かかった、3カ月かかったと読者からお便りがあると、日本もまだ捨てたものではない、と思うのです。精神的スロー・フードでしょうね。「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである」(マタイ4:4)、とバイブルにありますが、また、「乳を飲んでいる者は、幼な子なのだ。しかし、堅い食物は訓練された成人のとるべきものである」(ヘブル5:14)、ともバイブルは記しています。大体ソムリエの書く物は、固くスロー・フードですが、時間をかけてかみ砕いていただくと滋味満点を願っていますが、さあ、どうでしょう。しかし、いずれにしても、ファスト・フードのミルクばかり飲んでいては成人にはなれません。
是非、電子図書もご愛読ください。
           
               奇跡とは
 漬け込んだ味噌や漬物がじっくり熟成するのを待つ、受胎したお腹の赤ちゃんが大きくなるのを十月十日、産着を整えつつ指折り数えて待つ、入試の日に合わせて受験勉強に励む、・・。待つと言うのは、決して単に受け身ではありません。満願の日に向けて万全の準備をする時なのです。かつて日韓国交に尽力・成功した金大中大統領が、日本の国会に招かれ演説し“奇跡は奇跡的には起こらない”と語った。時が満ちるまでに、陰で見えないところでひたすら、信じて尽力する縁の下の力持ちがあればこそ、奇跡は起こるのでしょう。水をワインに変えたカナの婚礼でのイエス様の奇跡も、陰で6つの石甕に水を満たした僕たちの苦労があればこそ(ヨhネ2:1〜11)。
            
            メシヤ系図の秘密
 メシヤとしてイエス・キリストが到来したのは、降ってわいたような話ではない。マタイ福音書を見ると、アブラハムに始まる長い、長い系図がある、アブラハムや、ダビデ、ソロモンと言う、ユダヤ民族が誇りとする有名人の系図である。その数千年の歴史の果てにメシヤは生まれたのです。

 なぜか?それはユダヤ民族の長い歴史の経験によってメシヤ待望が実感されるようになったからです。満腹の人に御馳走は無用です。しかし空腹の人には水でもおいしい。健やかな人に医者はいらない、病める者にこそ必要です。義人に救世主は無縁です。罪びとにこそ必要です。栄光に輝く、長いユダヤの歴史の系図に仕掛けられて秘密があります。男系の系図に3人の女性が登場します。余程の男勝りの才女か烈女か!、いいえ札付きの女性でユダヤ人が読めば、顔をしかめる女性ばかり、舅と通じた女タマル、異邦人ルツ、民族の英雄ダビデ王の密通と殺人に係る女性ウリヤ。しかし、これが史実なのですから、系図自慢のユダヤ人も認めざるを得ない。自分たちの万世一系の輝く血統に、罪のどす黒い血が流れている。その罪の贖いの為にメシヤは来られた。そして十字架にかかり私たちの罪を一身に引き受け、血を流して罪の審きを受けられた。ここに長く未解決で、また根源的な人類の問題、罪の赦しと救いが成就した。人類待望の救いがここにある。最近、右寄りの作家が日本史を書いて有名ですが、万世一系の天皇家の栄光の歴史が日本史の神髄だとの事、歴史認識が浅薄ではないのかな。
            
           淵田美津雄の待ったもの
 12月7日は真珠湾攻撃による、日米開戦の日です。その攻撃隊長淵田美津雄大佐がソムリエの前任教会に来られたことがある。敗戦でパージ(公職追放)にあい、奈良に隠棲、連合軍司令部に呼ばれ東京に赴く。焼野原を見て、いつの日か日本も原爆を作ってニューヨークを焼土にすると復讐を誓ったそうです。しかし、銀座でもらったキリスト教のパンフレットに魅せられ新約聖書を購入。汝の敵を愛せよ、のイエスの教えに心底感動、人生観がひっくり返る。最後にイエス様十字架上の言葉、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか分からずにいるからです」(ルカ23:34)の言葉が、“父よ、淵田を赦し給え、彼は何をしているか分からずにいるからです”と読めた。やられたらやり返す、見敵必戦の海軍精神、しかしこの悪循環の果ては人類滅亡しかない。人類の救いは愛と、赦しだと気づき、イエス様を信じたと言うのです。彼は洗礼を受け信徒となり、さらに伝道者となって全米で“元真珠湾攻撃隊長来たる“と題して、リメンバー・パールハーバー(真珠湾のだまし討ちを忘れるな!)、と日本憎しの感情生々しい終戦直後のアメリカで、キリストの救いと和解の福音を伝えて回ったのです。待望の救いが彼の人生にもたらされたのです。
「その時、エルサレムにシメオンと言う名の人がいた。イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。主のつかわす救い主に会うまでは死ぬことはないと、聖霊の示しを受けていた」ルカ2:25、26

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☆とき(2018年12月9日、アドベント日曜聖書集会、日曜日10:15am)
☆ところ(西宮市大学交流センター、西宮北口駅徒歩3分、問い合わせまで)
☆講師:(亀井俊博牧師、西宮口聖書集会牧師)
   学ぶ聖書箇所:詩篇81篇
   タイトル: 口を広く開けよ
☆問い合わせ 0798−64−8150
☆亀井俊博牧師著作 アルファ新書シリーズ 
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                       送料当方負担
(1)「1デナリと5タラントの物語」説教集(500円) 
(2)「人生の味わいフルコース」キリスト教入門エッセイ(500円)
(3)「モダニテイー近代科学とキリスト教」講話(500円)
(4)「モダニテイー近代民主主義、近代資本主義とキリスト教」講話
                       (1,000円)
(5)「まれびとイエスの神」講話(人称関係の神学物語)(2,000円)
(6)「時のしるし」バイブル・ソムリエ時評(2008〜2017年)
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「米中冷戦と日本」

        「米中冷戦と日本」 2018・11・28
       バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
     
                       米中冷戦
 いよいよ米中冷戦が長期化する、と識者は予測する。アメリカは、いわゆる関与政策、中国が経済成長すればいずれ民主化すると期待して、少々のわがままは目をつぶってきた。しかし、世界経済第二位の大国になっても、民主化しないで共産党一党支配が続く。ばかりか、習近平の独裁にまでなり、昨年の全人代で、“2049年の建国100年までに社会主義の現代化強国を築く。中華民族はさらに活力を増し、世界の諸民族の中でそびえ立つだろう”と、米国を抜いて世界第一の経済軍事大国となる事と、さらには共産党独裁中国が世界制覇を目指す、と宣言。カチンときたアメリカは、トランプ大統領が、米中貿易戦争を仕掛けたが、これは日頃対立する共和党・民主党を問わず共通した米国の中国政策となっている、と言う。貿易だけでなく、知的財産の移動禁止、研究機関からの中国人排除、金融の締め付け、・・単なるトランプの中間選挙目当ての一時的政策ではなく、長期の米中全面的対決になってくると予測。

 そもそも、アメリカは世界のヘゲモニー(覇権)国家として、パックス・アメリカーナの自負心があるからだと言うが、それだけではない。米国は建国以来のミッション・ステイトなのです。キリスト教を世界に広め、そこから生まれた民主主義政治・資本主義経済を世界に拡大する使命・ミッションを神から委託された国家だと言う意識です。そしてこれに反する体制と歴史上戦い、勝利してきた実績がある。戦前の日独伊枢軸国ファシズム・全体主義との戦いに、戦後のソ連・東欧との共産主義体制との戦いに、そしてジャパン・アズ・No.1とのし上がってきた日本との経済戦争に(日本は二度も米国に敗戦を味わっている)、そしてドラゴン・スレイター、今登り龍の中国の挑戦に本気になって戦おうとしている、と言える。何とか、ホットな軍事戦だけは避けて欲しいが、間に立つ日本や、アジア諸国はとばっちりが避けられない。ここに日本の使命と言えば大げさですから、知恵を絞る必要がある。
              二つの近代化論
 そもそもアジアの近代化は明治150年の記念イヤーで分かる通リ、日本がアジア近代化の雁行の先頭に立った事は、好日・嫌日は別にして歴史的事実である。日本は戦後、軍事的覇権を求めることを止め、経済復興最優先にし、オリンピック、新幹線、万博をそのシンボル・イベントとして開催。韓国も中国も同様のイベントで後追いしてきた。日本はまた2020東京オリンピック、リニア新幹線、2025大阪万博を目指し、能がないとソムリエは批判。しかしこれは国民を富ませ、文化を向上させ平和を前提とした点では、良しとすべきです。
だが、もう一つの近代化が日本にはあったのです。それが“近代の超克”思想でした。第二次大戦の思想戦のイデオロギーです。最近流行のポスト・モダン論者は、日本産のポスト・モダン思想が、近代の超克であることを知ろうとしない、未だに欧米かぶれの歴史音痴なのです。近代の超克は、大戦直前1940年代、主に日本浪漫派の文学者河上徹太郎、小林秀雄等と京都学派の哲学者西谷啓治、下村寅太郎たちを中心に形成された、欧米との戦い、アジア諸国侵略への弁明だったのです(「近代の超克」194年7月、“文学界”座談会。「近代の超克」と京都学派、以文社)。つまり、近代化の歴史は欧米の支配を認めるイデオロギーであり、アジアはその植民地に甘んじる他ない。欧米に遅れた日本は停滞するアジアを捨て、進んだ欧米に並ぶしかない、脱亜入欧です。世界史は欧米化で完成する。ではこの近代を超克(ポスト・モダン)するにはどうすればよいか。アジアが欧米支配から解放することだ、日本を盟主にアジアを欧米の植民地から解放し、アジア独自の近代化を遂げる、八紘一宇思想こそ近代の超克だ。それこそが真の世界史の完成だ、真のポスト・モダンだ、と言うのです。この思想は、日本のアジア侵略の正当化思想として、戦後厳しく批判され、タブー視されてきたのです。しかし確かに一面の真理があります。最近のヨ−ロッパ中心の世界史から、アジア重視の世界史、グローバル・ヒストリーのブームを見ればわかります。だが問題は、欧米に代わって日本がアジアを植民地化した所に悲劇があったのです。
           
                      日本の近代化から学ぶ中国
 ところで、中国はケ小平の改革開放以来、飛躍的に近代化が進んでいますが、その際、日本の近代化成功、失敗の歴史から十分学んでいると言われます。特に日本の失われた20年の経済運営の失敗から学んで、うまく経済をコントロールしているようです。しかし、習近平のビジョンを見て、ソムリエは直感的に日本の“近代の超克”の中国バージョンだと思いました。明治以来の近代化成功の日本が調子に乗って描いたビジョンの焼き直しだと。中国の軍拡の際限のなさ、領土的野心、一帯一路、AIIB,みなそうです。中國版八紘一宇ですよ。結果日本が太平洋戦争でアメリカに完膚なきまで焦土とされたように、中国も同じ道を歩み始めた、と危惧したのです。アメリカを甘く見てはいけない。本気になると怖い国ですよ。
          
                  日本の知恵
 日本の出せる知恵は何か。第一に、中国の道は、経済は国家資本主義と言う自国に都合よい資本主義のいいとこどりを止め、日本の様に自由市場にシフト、知的財産や研究も、人のものを盗むのを止め、日本の様に自前で研究開発する、軍事的拡大、領土的野心を止める、これらは比較的に可能でしょう。問題は第二の政治です。共産党一党独裁を止め、日本の様な選挙による複数政党議会制民主主義、さらに基本的人権の尊重です。ソムリエは知人に中国での宣教に従事している方々を持っているのですが、いつも公安警察を気にしている。基本的人権の基本、信教の自由が保障されていない。党治主義,人治主義を止め法治主義にする、等。これらは共産党一党支配を止めなければ無理でしょうね。ここに既得権益共産党がどう脱皮するかが、問われている。もしそれをやらなければ、米国は本気で迫りますよ。なんとか外圧でなく、自発的な改革を願う。さもなくば、中国には伝統的な「革命」思想があり、天命が改めれば共産党一党支配は転覆し、内から崩壊しますよ。

 そこで、ソフト・ランデングの日本の近代化の歴史から学ぶ智慧を提案します。それは、戦後の日本の複数政党選挙による民主主義ですが、実質は自民党の一党支配だったと言う事です。しかし一党独裁ではなく、自民党の中に、いわゆる派閥があり、それがイデオロギー的には右から左まであり、党内で侃々諤々の議論があって、その時々の政治状況に応じて左右の派閥交代で政権を担ってきた。成功、失敗を繰り返しながらも自民党は絶妙な権力ガバナンス能力を身に着け、国民は安心して託してきた知恵がある。社会主義的野党も55年体制でうまくその役割を果たし、弱肉強食の剥き出し資本主義でなく、福祉国家的資本主義となっている。ここから中国共産党は学び、自民党化すればよいのだ。そうすれば人民から支持される共産党になれる。そもそもロシアでも、トルコでも、複数政党選挙民主主義制度だが、結局独裁者的リーダーが選ばれている。梅棹忠夫の「文明の生態史観」の説くように、中国、ロシアはユーラシアの第一地域は、中世、近世を経ていない古代専制社会のエートスだから、近代民主化しても専制政治化に慣れている、そうでないと収まりにくい。ならば短期の専制的政治家を選挙で選び、うまく行かなければ取替えればいいのです。民主主義も専制タイプから日本の様に談合型まで多様ですよ。

 何よりも、中国共産党が恐れるキリスト教の発展ぶりは爆発的で、もうすぐ2憶人のクリスチャン人口となり、アメリカを抜いて世界一のクリスチャン人口国となる。ここに内からの民主化の希望があります。これがソムリエの奥の手です。
「新しい葡萄酒は新しい革袋にいれるべきである。」マタイ9:17

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「謝罪マスター」


      「謝罪マスター」
      バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
     
         謝罪マスター?
“謝罪とは、相手の話を聞き、未来の話をすること”と謝罪マスターの竹中功さんが、語っていた(11・5、NHKTV、朝いち)。最近は企業や、学校、役所の不祥事が多くなり、その度に責任者が、記者会見で深々と頭を下げる謝罪会見がTVニュースである。その謝罪が下手で、被害者の神経を逆なでし、逆効果になることさえある。そこで謝罪マスターと言う職業?まで現れたようです。マスターのお話によると、謝罪の要件は、@あいさつ、Aこうなった経緯、B今の反省の気持ち、C謝罪、Dこれからの補償、改善策の提示(具体的に)と言う事です。なるほど、もっともな要件だと思います。次に謝罪者の注意点ですが、@手土産の用意、派手な洋菓子はだめ、少し重めの和菓子がよい。A1時間前に伺って誠意を見せる。遅刻などもってのほか。B謝罪のゴールを忘れない。それはハッピー・エンドだ。単に謝った側の気が済むのが謝罪の目的ではない。相手との和解、原状復帰こそゴールだ。真心の籠った謝罪は、失った信用を回復し、トラブル以前より信頼を得る事すらある。過去の失敗や損害を与えた致命傷が、誠意ある謝罪により、未来が開けることにもなる。まさに、ピンチをチャンスにできる。さすが、専門家だけあって、核心をついていると思いました。
              
           園長の務め
 ソムリエは、20年間モンテッソーリ幼児教室の園長をつとめました。確かに素晴らし幼児教育で、子供たちの成長ぶりは、生きがいでありました。しかし、20年間、保育日は気の抜けない緊張を強いられました。園長を辞任した時は、正直ホットとしたものです。それは、園児の身に何か危害が起こらないか、と言う危惧で、それこそ神様に安全をお祈りしたものです。知人で大きな保育園を二つ経営していた方が、園児の死亡事故で、責任と補償を追及され園を閉鎖、売却して補償に当てた、厳しい現実を身近に知っていたからです。大切な宝の様なお子様を託している親御さんにすれば、保育・教育の場の安全性確保は他の何より優先すべき事ですから。お子さんの身に何かがあれば、園や学校の責任を追及するのは、当然です。教場での安全点検、火災避難訓練、不審者侵入時の園児保護訓練のシュミレーション、消防署や交番から指導に来ていただいたものです。それでも万一に備え、賠償保険に入っていました。おかげでと言うより、神様のお守りにより、人命にかかわるような事故はなく、感謝しています。しかし、やはりケガはありました。そんな時、教務主任と園長たるソムリエの務めは、迅速にお詫びに園児のお宅に伺う事でした。男の子の場合は、この程度のケガは男の子の勲章ですよ、ご丁寧にごあいさつ頂き恐縮ですと、と保護者からいわれたものですが、女の子は、傷跡が残らないか保護者は神経がピリピリしているのが、良くわかります。ソムリエも女児3人を育てましたから、そのお気持ちは当然です。こころよりお詫びし、受け入れて頂いたものです。今から思えば、冒頭の謝罪マスターのおっしゃる事を知らずして実行していたのでしょうね。謝罪は責任者の重要な務めです。
           
           責任を全うする謝罪
 昔、ソムリエが洗礼を授けた男性が、有名な某グループ企業傘下の社長に選ばれお祝い申し上げたのですが、しばらくしてその会社に社会を震撼させる不祥事が発覚し、その責任を追及され、毎日TVニュースに憔悴した姿が映し出され本当に心を痛めました。実態は、本社から派遣された社長であった信徒男性の、前任者時代の不祥事だったのですが、彼は一切責任転嫁をせず、責任者として一身に非難攻撃を引き受け、先生、支えられるようお祈りくださいとおっしゃっていました。そういう中、処理に当たる部下達が、ノイローゼ状態になったり、非難攻撃に耐えられず辞職しましたが、彼は社会的に責任を全うし、投げ出さなかったのです。結局法的責任を問われませんでしたが、企業の責任者として社長を辞任、現在は、神様が備えられた新しい使命に生きていますが。よく潰れなかった、本当に四面楚歌の中、信仰の仲間のお祈りと支援に支えられたのだと思います。不祥事への非難攻撃の嵐の過ぎ去るのを頭を下げて、じっと待つのが、謝罪ではなく、責任を全うする事ではないでしょうか。
          
           和解の福音
 キリスト教の核心は、和解の福音といいます。神様の愛に背いた人間をなおも愛して、人の背信を責めないで、神様の御子イエス・キリストの上に罪の責めを下し、人を赦し受け容れて下さった。神と人の和解こそ、すべての人間関係の行き違いの解決の元なのです。神様はこの愛に立ち返るように招いておられるのです。悔い改めとは、懺悔と言う意味だけでなく、立ち返ると言う事です。人は自分の非を認めるのが、どんなに難しいか、謝罪マスターは、心底からの謝罪のむつかしさと、それがなされたとき相手に通じ和解することを語っていました。同感です。
ソムリエは還暦になった頃、何か自分の人生のまとめを迫られ、60年の人生に感謝と共に悔いもあり、できれば不義理をした相手と和解したいと思うようになったのです。折しも、ある神学会のパネル・ディスカッションのパネラーの一人に選ばれ、演壇に登ると、何と過去に不義理をした相手の先生がパネラーの中におられたのです。学会の時間中ずっと気がかりで、神様が謝罪のチャンスを備えて下さった!VS、いや今さら古い話だ!と内心押し問答していましたが、分かれる寸前に、何かに押し出される様に、ソムリエはその先生に自分の過去の罪をお詫びしたのです。するとその講師は、驚きながらも快く赦してくださったのです。それ以来今に至るまで、素晴らしい交わりと、支援の数々を頂く中となり、頑で自己正当化の強いソムリエですが、イエス様の和解の福音の素晴らしさを実感しています。真の謝罪の可能性は福音にあると思いますね。
「神のみこころに添うた悲しみは、悔いのない救いを得させる悔い改めに導き、こ 
 の世の悲しみは死をきたらせる。」コリントU、7:10

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「弱さと罪」


      「弱さと罪」 2018・11・14
       バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
      
         境変化が身に堪える年齢
 今年は異常気象が続きます。異常気象が常態になった地球環境の時期に突入したと言う学者もいます。ソムリエも若いころは、年寄りが暑さ寒さの気温が体に堪えるとか、低気圧になると体の調子が悪くなるとか、つぶやくのを聞いて、何をやわな事を言ってるのだと、内心批判的でした。しかし、自分がその年齢になると、年寄りの言っていたことを自分も呟き、天気予報を仕事関連で見るのでなく、自分の健康保持のため注意するようになりました。
結局、相当な環境変化に十分対応できる若い心身から、少しの変化にも対応が難しい心身に弱ってきているのでしょう。まあ、いくら耐久性のある機械でも60年も70年も、一度も休みなく動き続けるスグレモノはないでしょう。何年かに一度は止めて、オーバーホールや、メンテナンスすればこそ、もつのです。それが、人間の様に半世紀以上も、心臓や肺をストップしてのオーバーホール無しで、動かすのはそれこそ人間業ではないですね。そう思えば、この歳まで何とかかんとか動いてくれる体に感謝し、また度を増す弱さを労りつつ、それこそ神様が与えて下さる寿命まで、何かの役に立ちたいと願うのみです。
               
           弱さの信仰的意義
 と言う事で、人間の弱さを信仰の本質に取り上げた近著「パウロ」(青野太潮、岩波新書)の切り口に共感を覚えました。しかし、疑問も感じましたので紹介します。青野西南学院大学神学部名誉教授は新約学専攻で、戦後、東大西洋古典学講座の前田護郎に始まる八木誠一、田川建三、荒井献(青野の師)、大貫隆、佐藤研、と言う日本の聖書学の一大水脈に連なる学究です。東大学派は前田教授以来無教会派の流れを汲み、昔神戸東灘にあった黒崎幸吉の「青雲塾」と言う、無教会派集会の閉会聖書研究会に前田教授がお出でになり親しく講話をお聞きしたのが懐かしい。で同志社、東京神学大学、関学等の教会派神学部の聖書学とは一線を画する流れです。まして、福音派とは相当な距離があります。教会派が「新共同訳聖書」を出版したのに対して、東大学派は所属学者による岩波訳の「旧約、新約」に拠っています。もちろん、福音派の多くは「新改訳聖書」です。教会を否定する無教会の流れですので、東大学派は教会の「正典」としての聖書より、古代文献(西洋古典!)として、近代文献批評学の立場の聖書観ですから、ソムリエは多くを学びつつも、根本的に問題視しています。思想はバイアスを見抜くことが必要です。

 では本紹介に入ります。原始キリスト教会は2つのグルーに分かれていた。一つはユダヤ教ナザレ派イエスの流れを汲む“ヘブライスト”(ユダヤ主義者)で、割礼・食物規定等の律法の順守、神殿の祭儀に与かることで、救済され、ユダヤ人に宣教を限定しました。イエスは律法を全うし、又神殿祭儀の中心である動物犠牲による罪の贖いを自分の十字架死によって完成した、と信じた。他方、ステパノ始め、ギリシャ語を話す国際派ユダヤ人信徒集団“ヘレニスト”は、ユダヤ教の神殿を非難し、異邦人はユダヤ民族法の律法とは無関係であり、割礼も食物規定からも自由であった、律法の行いでなく、信仰による義認を説き、イエスの十字架死は、弱さの神による肯定であり、イエスを信じる者は弱さを肯定され、また他者の弱さを共に担って生きて行くのだ。そして、異邦人の使徒パウロは、元来ユダヤ人であるが、復活のイエスに出会い、異邦人への宣教の使命が与えられ、ヘレニストとして生き、神学し、宣教した。だからパウロの信仰思想の核心は、従来“贖罪”にあるとされてきたが、そうではなく“弱さの肯定”である。神がパウロに語った「私の恵みはあなたに十分である。私の力は弱いところに完全にあらわれる」(コリントU、12:9)、この聖句こそ、パウロの神髄である、と青野は説く。
            
          弱さの救い、贖罪の否定
 そもそもパウロの回心物語で、クリスチャン迫害の息荒く行動していた彼に、復活のイエスが直接幻として現れたとバイブルにあるが、それは栄光の復活の姿ではなく、十字架にかかったままの姿であった、と青野は説く。熱心なユダヤ教徒で、十字架は呪われた死刑であり、そんな者をメシアとする異端キリスト者が赦せなかったから迫害したのだ、それが事もあろうに、幻に現れたイエスに「主よ、あなたはどなたですか?」と尋ねる「お前が迫害しているイエスである」とメシヤ自身が十字架にかかったままの姿で答えた。ここに強いメシアから弱さに啓示されるメシアへの大転回が起こった、と青野は言う。弱さの神による肯定がある。弱さこそが強い、呪われた者が祝された者、罪びとこそ義とされる、この逆説こそキリスト教信仰の核心である。贖罪と言うのはユダヤ教の残滓であり、救済に犠牲を求めると言う思想が、ユダヤ人迫害や、津波の犠牲者が多くの生き残った人間の人柱、生贄となったと言う思想になる。どこかに犠牲を押し付け、非業の死を美化して社会を維持しようとする、と哲学者高橋哲哉、や宗教と暴力の考察をする人類学者ルネ・ジラールを引用して贖罪思想を批判する。
             
            キリスト教の救いとは何か?
 冒頭、老齢になったソムリエが弱さが身に沁みる者となり、青野の著作に深い慰めを得たことは実にありがたいことだと思っています。しかし、ことキリスト教の救いが弱さの肯定だとなると、首をかしげたくなります。学者はとかく他の学説と違うことを主張して自説の価値とするのですが、東大古典学の研究ならそれもありかと思うが、西南学院と言うバプテスト教会の牧師養成の神学部でそれはあり得ない。神の前に救済論の変更責任を青野名誉教授は負うのか。無教会派は聖書学に強いが、バルトを読むひまがあったらバルトの著作を枕に昼寝すると、内村の高弟塚本虎二が嘯いたとか、教義学に弱い。八木誠一が無教会派は神学部を作らず、教職を養成しなかったところに問題がある、と自己批判したが、まさにその通リです(「<はたらく神>の神学」八木、岩波)。贖罪論(和解論)こそキリスト教教義学の心臓であるからです。青野の「パウロ」を読むと、弱さの神の肯定、人間相互の弱さの相互肯定、が良く説かれているように思う。そして贖罪と言う犠牲への嫌疑がある。しかし、贖罪の前提は人間の罪責です。罪は人格への背反、愛と信頼への裏切りであり、その事への罪責感です。弱さ、強さは人格関係とは余り関与しない。この点が青野の神観、人間観の非人格的浅薄性として露呈されている。確かにイエスの弟子たちはその人間的弱さのためイエス捕縛の際、逃げた。しかし、その恩師を裏切った深い罪責感を十字架のイエスは「父よ、彼らを赦したまえ」と赦した。ここに罪の赦しの神の御子による贖罪(和解)としての十字架があるのです。もっともこの聖句を文献学者はイエス真正の言葉と認めない。聖書正典論が分かっていないのですよ。

 また、人の犠牲を美化する思想がキリスト教贖罪論だと言うが、それは誤解「やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされたのである。」(ヘブル9:12)とある様に、すべての犠牲は罪の贖いには不完全であり、イエスの犠牲だけが完全である。だからもはやどんな犠牲も必要でなくなったのです。ヘブル書もパウロの非真正文書としますが、正典論無理解性です。
要するに、思い付きを、その学派的背景を権威にして、岩波新書でパウロ研究の最新成果として紹介するなど、いかにこの国の知的レベルの程度が低いかの証明です。福音派新約学者の奮起を望むものですね。

「すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、彼らは、価 
 なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされる 
 のである。神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあ
 がないの供え物とされた」ローマ3:23,24

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                       、日曜日10:15am)
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  タイトル: 孤独な者と共に
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 「帝国の構造、を読む」

    「帝国の構造、を読む」 2018・11・7
      バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
     
           帝国の構造
 今年今まで読んだ本で、最も内容の濃かったのは「帝国の構造」(柄谷行人、青土社)です。ソムリエと同年代、柄谷歴史哲学の総決算とも言うべき名著の誉れ高い書です。マルクスの下部構造が上部構造を規定すると説く唯物史観の問題点を、上部構造の影響の史実によって批判(ウエーバー)する立場に対して、氏は唯物史観を守る。但し、下部構造のモメントをマルクスの説く生産様式ではなく、交換様式の歴史的変化に見る。経済人類学の成果を取り入れたユニークな視座は斬新です。交換様式を4分化し、交換様式Aを「互酬」(贈与と返礼)、Bを「略取と再分配」(支配と保護)、Cを「商品交換」(貨幣と商品)、最後のDを「X」として到来すべき将来に期す、と言う。歴史的にはAは遊動的狩猟採取社会と言うミニ世界システム。Bは古代(中世)帝国の定住農耕・牧畜社会と言う世界=帝国。Cは近代資本主義、産業資本から金融資本、帝国主義社会に至る近代世界システム。Dは近代の行き詰まりを打開するため、Aの互酬原理を取り入れた世界共和国、しかし具体的ビジョンは未知であり、Xとする。
           
           歴史の終わりと将来
 ヘーゲル・F.福山が「歴史の終わり」を説いたが、まさに近代世界史は資本・ネーション・ステートの状態で終わり、完成した。これを氏はウオーラステインの説く世界システム論を援用して説く。即ち、中心(支配諸国家、覇権国家)、周辺(被収奪国家群)、そして亜周辺(中心文明を選択的に取り入れられる地政学的位置の国家群)のダイナミックなシステムこそ資本・ネーション・ステートで完成した近代世界システムだ。
 そして、近代世界システムの完成は同時に危機を内包する、一国内のそして世界規模の富の一局集中、格差の拡大の悲惨さが生み出すテロの頻発。資源浪費による地球規模の気候変動危機、システムの中心である米中の帝国主義的覇権(ヘゲモニー)争いによる戦争の危機。
 これを打開するため、柄谷は古代帝国の在り方から、世界システムの将来を学ぼうと提起する。古代帝国と近代帝国主義は区別すべきで、植民地収奪の近代資本主義の世界システムとしての近代帝国主義と、諸民族の平和的共存を図った古代帝国は違う。むしろ互酬性原理を取り入れていた古代帝国からこそ学ぶべきだと説く。そして、ペルシャ、ローマ、秦、漢、隋唐、モンゴルの古代帝国、ロシア、オスマン、ムガールのモンゴル以後の帝国を取り上げる。
           
           神の国と地の国
 さらにいずれの帝国も崩壊したが、その意義をアウグスチヌスのキリスト教救済史観による始めての歴史哲学書「神の国」から学ぶ。「地の国」ローマ帝国と「神の国」キリスト教会を対比させ、地の国としての帝国の限界性、神の国としての教会の永遠性をそこに見る。さらに柄谷は、権力による統治の地の国と愛による神の国を対比させ、愛の互酬性こそ世界の回復すべき原理だと言う。そしてホッブス的社会契約としての国民国家ではなく、カント的な世界政府の実現を目指すべきと説く。なぜなら主権国家はそれ以上の法的権威はなく、国家間の争いは永続化する。まさに墓場の上の平和実現ではなく、国家主権を制限した世界政府だけが、自然(神)が要求する将来の人類生存の世界シテムだと言う。
           
              評価と批判  
 ソムリエの評価。まずマルクスの下部構造を生産様式から交換様式に置き換えた着眼の素晴らしさは高く評価します。これによって、人類の経済史、政治史の動因を矛盾なく理解できるようになった。次に4つの交換様式を歴史に適用して、経済史・政治史を分析する手法も鮮やかです。そして古代帝国と近代資本主義の最終的発達段階としての帝国主義の違いの混同を明確に、腑分けしたのも見事です。さらに近代世界システムの完成と危機の打開を世界政府に夢見るのもうなずけます。

 批判、第一に、古代帝国論の各論は興味津々の論が展開されていますが、帝国の亜周辺との関係でいえば、梅棹忠夫の「生態史観」的視点が重要だと思う。ユーラシア大陸のほぼ中央地帯に古代帝国は成立し衰亡したが、亜周辺の西ヨーロッパ、日本に中世、近世、近代が起こった理由がそこに明らかだからです。柄谷は東京学派に無意識的に属し、京都学派への目配りが足りない。
 第二に、柄谷は近代の成立におけるプロテスタント(ピューリタン)市民革命の意義を無視していますが、ウエーバー、トレルチ、ケルゼン等の近代化論が分かっていない。だから次の項目の様になるのです。
 第三に、中国の共産革命についての余りに肯定的な評価は頂けません。この論文が元々、中国の学会での発表に基くためであろうと推察しますが、柄谷もポジション・トークをやるんだと、幻滅です。中華思想に基づく世界秩序を、経済力と武力で世界に拡大し、議会制民主主義、基本的人権、思想信条の自由、多民族共生、環境保護等の国際的共有財を無視する、帝国主義中国による世界政府などデストピアであり、御免です。
 第四に、帝国の問題克服の視点をアウグスチヌスの「神の国」からヒントを得た事は評価しますが、柄谷はカントの「単なる理性の範囲内の宗教」論を援用し、神抜きのヒューマニズムによる愛の共同体(ソサエテイ)による、帝国のかなたにある世界政府を夢見ていますが、それこそユートピアでしょう。人間に罪ある限り、キリストの贖罪抜きの共同体の成立はないし、またキリストの十字架に始まり、再臨に完成するまで全き「神の国」実現はありえないと説くバイブルこそ、リアルな人間性の洞察と、神の愛による救済の力を指示していると信じます。まさに氏がその到来を待望すると言うXとはバイブルの啓示する神の愛によって成る世界ではないでしょうか。

「わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。また、聖なる都、新しいエルサレ 
 ムが、天から下って来るのを見た。」黙示録21:1,2

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 「プロテスタント精神」 


     「プロテスタント精神」                                           
     バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
   
      宗教改革500年イヤーへの不満
 10月31日は宗教改革記念日です。昨年はその500年記念イヤーでした。日本では、ルーテル教会以外、キリスト教会でも余り取り上げず、ジャーナリズムや思想界でもこれと言った反応はなかったと思います。ただ一部新聞で、500年前と違って、現代必要とされる宗教改革は、諸宗教の和解・寛容だとし、その例として、500年を迎えた宗教改革の本場ドイツにおけるカソリックとプロテスタントの和解行事を取り上げていたのが印象的でした。宗教改革は、カソリックに対立したプロテスタントが30年戦争を起こし、ヨ−ロッパを戦場とし荒廃させた。今日のイスラム教・ユダヤ教・キリスト教対立の悪いモデルがそこにある。だから諸宗教の和解、せめて寛容に互いを受け入れる新しい宗教改革が必要だと言う趣旨でしょう。
 ソムリエは、大変不満でした。歴史にはイフはない。歴史的必然性と言う概念がある。宗教改革は起こるべきして起こった。これなくして、近代世界はもちろんドイツから遥か遠い日本現代社会もないのだ、だからこそなぜ宗教改革が起こったのかを解明するのが、記念イヤーに相応しいのに、宗教改革記念500年を単なるルーテル派教会マターにしてしまった。残念。ところがうれしいことに、タイムリーな本が登場しました。2018年度読売・吉野作造賞受賞「プロテスタンテイズ、宗教改革から現代政治まで」(深井智朗著、中公新書)です。ソムリエのような玄人が読んでも面白い、お勧めの一冊です。深井は宗教改革の地、ドイツはアウクスブルク大学に学び、改革の精神と、世界史への影響を探求し続けた哲学・神学者です。以下氏の著述を要約コメントします。
           
           プロテスタンテイズム
 1517年、宗教改革者マルチン・ルターは全く純粋な信仰・神学的観点から当時のカソリック教会神学と体制腐敗に異議申し立てをした。そしてそれは全くカソリック教会内のリフォーム(体制内改革)を目指すものであったが、当時の新興勢力による反カソリック・神聖ローマ帝国体制への不満に火をつけ、ルターの意図を超えて、ドイツを大激動に落とし込んだ。その結果カソリック陣営とプロテスタント陣営に分かれ30年戦争となり、遂にアウグスブルグ和議1555年、ウエストファリア条約1648年により、ヨーロッパ中世のカソリック支配(コルプス・クリスチアヌムス)は終わり、「領主の宗教、領地の宗教、cuius regio,eius religio」体制となり、近代の国民国家(ネイション・ステイト)が始まったと言われる。
 ルターはその際、改革の権威・根拠をどこに持ったか。カソリックでは教皇が権威の根拠だが、ルターは教皇も誤りがある。聖書こそ誤りなき信仰の根拠。権威であり、聖書の解釈権は教皇ではなく、信徒個人にある。その聖書の内容の核心である人の魂の救済に必要なのは、キリストへの信仰のみであり、贖宥状を買うことなど無用であるとした。ここに「聖書主義」、「万人祭司」、「信仰義認」の宗教改革の三大原理が生まれた。これが古プロテスタンテイズムと呼ばれ、いわゆる国教会(キルヘ)が生まれた。ドイツ・北欧ルター派、スイス・オランダ・スコットランド改革長老カルヴァン派、イギリス・英国国教会、フランス・南欧カソリック、東欧正教会である。
 しかし、国教会体制に飽き足らず、個人の信仰・礼拝の自由を求めるピューリタンたちは新大陸を目指し、アメリカで国教会を否定する自由教会(ゼクテ)・合衆国憲法修正第1条(1791)を設立、これを新プロテスタントと呼ぶ。深井はヨーロッパの古プロテスタント・国教会(キルヘ)のエートス(気風)を保守主義、アメリカの新プロテスタント・自由教会(ゼクテ)のエートスをリベラリズムと規定し、現代世界の政治の二大潮流の源流とする。国教会社会は宗教の独占国営化であり、政治的には大きな政府、教育は国公立・公教育中心、さらには福祉国家をめざす。他方自由教会社会は、自助の精神で国家に依存しない小さな政府をめざし、教育は私学中心で、教派間の自由競争は企業の民営化・市場化・自由競争を生み出し、さらにアメリカカの自由教会は資本主義社会のダイナミックな動因となっており、現代ではペンテコステ派がその成長のリーダになっていると説く。  
深井は最後にプロテスタンテイズムの歴史的意義を@自由への戦い(価値の多元化)、A近代世界成立への貢献(近代民主主義、近代資本主義)、B異なった価値、宗教の共存の可能性に見、特に現代世界の宗教的対立に対するBの貢献の再考を促し、「神的な生は私たちの現世での経験においては一ではなく多なのです。そしてこの多の中に存在する一を思う事こそが愛の本質なのです。」と言うトレルチの遺言的オックスフォード講演を結びとしている。
             
             評価と批判 
 ソムリエの感想は、今までのプロテスタント側の我田引水的研究、カソリック側の一面的批判でない、日本の様な非キリスト教的文明の歴史学からの批判に耐え得る、公正で本格的な宗教改革の歴史的評価の書が現れた。そしてキリスト教「正教」の古代性、カソリックの中世性、古プロテスタントの近世性、新プロテスタントの近代(現代)性を鮮やかに取り出した。読売・吉野作造賞も当然と思いました。ここまで本格的研究ですが批判も敢えてしたいと思います。
 批判は、第一に、ルター・カルバンの宗教改革を「古プロテスタンテイズム」、英米のピューリタンを「新プロテスタンテイズム」と規定したのは分かりますが、19世プロイセンから始まるドイツが、ルター主義を国教として帝国形成を遂げた状況が、氏の定義による古プロテスタンテイズムとの違いが曖昧です。これは従来「文化プロテスタンテイズム」と呼ばれ、16世紀「古プロテスタンテイズム」がエラスムスの人文主義に立って成立したのに対して、19世紀「文化プロテスタンテイズム」は18世紀フランス啓蒙理性の理性批判をキリスト教に取り入れた、理性批判に耐え得る合理的プロテスタント・キリスト教です。明治政府はこのイデオロギーを換骨奪胎して取り入れ「国家神道イデオロギー」としました。しかし理性批判は弾圧され、記紀神話を史実ではない事を知りつつ、国家統治の都合上信じるふりをする、明治のインテリ支配層、即ち森鴎外の「かのように」的偽善な生き方を知識人にもたらしました。ドイツでも結果、聖書の歴史性が崩壊し、実存性に信仰が還元され、ナチス台頭に立ち向かえず民族主義的なドイツ・キリスト教(戦前の日本キリスト教団が政府によって形成された事情に酷似)に堕落、バルトの啓示神学よるナチとの戦いに批判されたのです。
 第二に、アメリカの教派間の自由競争が、経済の市場自由競争を生み出し、税金嫌いの小さい政府を目指すと分析。確かにそういう面はあるが、他面、税ではなく、寄付(ドネーション)、ボランテイア活動、非営利中間団体活動(文化・福祉・医療の財団、NGO,NPO)が盛んで、自由競争の結果の、勝者・敗者の格差問題の解決が図られている視点が、深井氏には全く欠落していると思う。これは日本が今後、重税の大きな政府・福祉国家をめざすか、軽税・小さな政府、自助社会を目指すかの選択に関わるもものです。
 第三に、ペンテコス・カリスマ派を新プロテスタンテイズムの最先端運動として紹介している点は、同意するが、それが市民に受容される理由を、アメリカ自由競争社会のストレスから、礼拝で異言を絶叫してストレス発散できる点にあるとするのは、余りに表層的分析でお笑い種ではあります。ソムリエは既成キリスト教が余りに神学的にも組織的にもソフィステイケイト(洗練)し、合理化されて、信仰のリアリテイを見失っている点にある、と見ます。ペンテコステ、カリスマ派は聖霊に満たされ神を体に体験できる点にあると思う。
 第四に、プロテスタンテイズムの現代的意義は、諸宗教の平和的併存の模索にあり、互いに争って血さえ流した上で、和議・平和を確立したプロテスタント諸教派の関係に、現代世界の課題のひとつである、イスラム教、ユダヤ教、仏教等宗教間対立への貢献があると言う。それはその通りですが、その際の理念はカソリック・古プロテスタント的「寛容」ではなく、新プロテスタント的「自由」でなければならいと思います。この点、氏の論は不明瞭です。「寛容」理念は現宗教・政治体制を承認する限りの、宗教、政党、思想、結社の存在承認です。しかし、反体制は抑圧弾圧するのです。他方「自由」理念とは、反体制の諸活動を承認するのみか、体制への抵抗権、革命権すら認めるものです。これは歴史上「新プロテスタンテイズム」が獲得した人類史上の輝かしい権利なのです。今日、中国、カンボジア、シンガポール、北朝鮮、ロシヤ、トルコ、さらには「日本会議」の国家神道原理主義者に牛耳られる日本国政府はまさに、この自由権の侵害者であることを忘れてはならない。
 ソムリエは日本社会が一日も早く「新プロテスタンテイズム」を受け入れ、自由 の空気の素晴らしさを体験してほしいと願うものです。

「真理は、あなたがたに自由を得させる。」ヨハネ8:32
「わたしが道であり、真理であり、命である。」ヨハネ14:6

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「牧師の説教」 

       「牧師の説教」 2018・10・24
          バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
     
              説教の二面性
 牧師さんは日曜日に礼拝で説教するだけで、後の平日は何をしてるんですか?優 雅な生活ですね、よく受けた質問です。説教は後でお話しますが、それ以外にも、お祈りする、聖書の研究、信徒や病人の訪問、相談に乗る、祈祷会の説教、家庭集会、教会学校のお話、洗礼、聖餐式司式、冠婚葬祭、会堂の管理、役員会の指導、地域や教団の牧師会・・日本の平均的な30名信徒教会の牧師の日常は、結構忙しい。さらにソムリエの所属する自給開拓教会では、牧師は働きながら伝道・牧会活動をなさっていますから、その苦労はさらに増します。

 実はこれら平日の牧師の活動が、日曜日の説教の中に集約されるのです。ですから、説教は、講義とは違い、今・此処・この会衆と言う、具体的状況に語られる神の言葉のメッセージです。ですから、他の状況には当てはまらない特殊性と言うか個性があります。説教の一回性です。そこである先輩牧師は、月曜日になると日曜日にした自分の説教原稿を教会の庭で燃やしていました。実に一回の説教に命を懸ける立派な態度だと思います。

 しかし、説教にはもう一面があります。と言うのは説教集としてご自分の数々の説教をテーマごとに選んだり、講解説教シリーズを出版される牧師もいるからです。確かに説教は今・此処・この会衆と言う状況の特殊性・一回性が命で、他の状況には当てはまらいと言えるかもしれませんが、同時にその特殊性の中に普遍的な真理が語られているとも言えます。そうでないと、全く秘密結社の暗号みたいになるでしょう。ソムリエは若いころ生まれて初めて教会の集会で説教をお聞きした時、この説教者は初めて見る人だのに、どうしてこんなに自分のこころを図星にするんだろうと、驚嘆したことがあります。ですから何年何月何日にどこそこ教会の礼拝で某々牧師が語った説教、と言うのを活字になって読むと、その中に語られるメッセージがこころを打つのです。ソムリエもそう言う日付の入った説教集「1デナリと5タラントの物語」を昔、出版しました。また始めから読む説教集もあります。バルトの教会教義学は、単なる神学書ではなく説教集的要素が強いので迫力があります。ソムリエもバルトに比べるのも失礼ですが、そのスピリットは受け継いだ思いで、キリスト教入門の「人生のフルコース」とキリスト教教義「まれびとイエスの神、講話」を出版したのです。
             
             神の言葉と説教
 神の言葉の三様態と言うのが教義にあります。第一に根源的神の言葉として、「初めに言葉があった。言葉は肉体となり、恵みと真に満ちていた」(ヨハネ1:1,14)とあるように、イエス・キリストこそ、神のメッセージそのもの、神の根源的言葉なのです。第二に、書かれた神の言葉としてのバイブルがあります。人はバイブルを読むことに、聞くことによって神の言葉であるイエス・キリストに出会うのです(ヨハネ5:39)。第三に、語られる神の言葉としての説教があります(テモテU、4:2)。説教は説教者がバイブルを解き明かす事によって、会衆が神の言葉であるイエス・キリストに出会うのです。

 しかし、神の召命を受けた説教者でも欠けだらけの罪深い者が、どうして神の言葉を語れるでしょうか。それは不可能です。ですから説教者もイエス様の罪の赦しに与づかり、また真理の御霊と言われる、聖霊のお働きに全く依存し祈りつつ語る以外にはないのです。もちろん説教は状況に語られる神の言葉ですから、アウグスチヌスやカルバンが言う様に「神と人について知る」必要があります。まず神を深く知るため、神とよく祈り交わり、また聖書の研鑽に励む必要があります。また人間の状況を良く知るため、人間研究に勤しむ必要があります。どちらも大変で、後期高齢者のソムリエにとっても、説教はため息が出る程、難しい。会衆に落語界の重鎮だった露の五郎師匠の夫人が静かに説教を聞いて下さっています。話芸の達人を前にも大胆にみ言葉を語る、恐怖と光栄ですね。
土曜日は牧師の家族は、ピリピリしていますね。しかしまた、これほど恵まれる勤めもないのです。内村鑑三は伝道は人生最大の快楽なり、と言ったそうですが、油注ぎと言いますが、聖霊の祝福を受けた説教を語った説教者は、他の何ものにも代えがたい恵みを知っているのです。
          
             説教者の覚悟
 余談を二つに、アメリカは中間選挙期間中で、トランプ大統領とオバマ前大統領が応援演説で対決しています。トランプ氏はツイッターの様な短いフレーズが得意のようです。アメリカ・ファースト!とか。他方、オバマ氏は自分の演説が、「長い”、“説教の様だ”、と批判される。しかし世界は単純じゃない長い説明が必要なことがあるんだ。また短いフレーズで、社会を恐怖や憎しみを煽って分断するのでなく、牧師の説教の様に愛と、信頼と、希望を諄々と説いて人々を癒し、一致させる必要があるんだ、」と語っていました。
バイブルにパウロ先生が一晩中長い説教を続け、窓辺に座った一青年が居眠りして階下に落ちたと言う話がバイブルにあります。パウロ先生の熱心さと会衆の落差に慰められます。
ものを深く考えないで短いフレーズを好む現代人も、オバマさんに習って少々長くても深くものごとを考える説教に是非こころを傾けて欲しいものです。ソムリエの所属する聖書集会の主任牧師菅原先生は“聖書深堀り”と御自分の説教を称しておられますが、至言です。
  
 今一つは、芭蕉が「昨日の発句は今日の辞世、今日の発句は明日の辞世、わが生涯の一句として辞世ならざるなし」と申しましたが、後期高齢者のソムリエにとって、まさに説教は辞世なりを実感しています。活けるキリスト一麦教会の創立牧師、下条末紀子師が最近、説教中に倒れられ、信徒が駆けつけても騒がず、倒れたまま最後まで説教を全うされたと聞く。
 戦国武将は城を枕に討ち死にする覚悟だったように、私も教会を枕に討ち死にする覚悟です、と日頃おっしゃる下条牧師ならではの説教者の覚悟。もって瞑すべし。
「御言を宣伝えなさい。時が良くても悪くても、それに励みなさい。」
                  テモテU4:2

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  著者:亀井俊博
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  学ぶ聖書箇所:詩篇79篇
  タイトル: 七倍にして
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「有縁、無縁、契約

「有縁、無縁、契約」 2018・10・17
  バイブル・ソムリエ    亀井俊博       
     
          近代社会の行き詰まり
 「21世紀の楕円幻想論」(平川克美、ミシマ社)と言う、今静かなブームの大変刺激的な本を読みました。著者は早稲田の理工学部出身でアメリカ、日本で活躍し、会社を興して結局失敗して、還暦を迎え、団塊の世代の自己の歩みを振り返り、これからの時代を考える。それも、経済学、文化人類学、歴史学、ビジネス論等を、単に机上の論でなく、実業の世界の裏付け体験をもとに考え,提示している、生きた論で、いちいち思い当たる節のある名著です。

 氏によると、近代化以前の社会は、共同体モデル、相互扶助原理、縁という負債関係でつながっている社会。近代化以後の社会は、消費モデル、等価交換原理、金銭的な負債関係を絶えず、新(リセット)にする社会、と規定しています.また歴史家網野善彦にならって、近代以前を有縁社会とし、そこでは贈与、相互扶助の全体給付のシステムで、たとえ金や能力がなくても共同体の構成員が皆生きて行けるような、地縁、血縁社会の温かい社会であった。それに対して近代以後は、無縁社会とし、自助,自立、自己責任で、孤立したすべての人間関係が金銭で決済される商品市場資本主義社会である。確かに近代社会は、有縁社会の煩わしい因習・伝統・身分から解放された自由な社会です。福沢諭吉が“門閥制度は親の仇でござる”と、封建的身分制度が能力ある人間を束縛(縁)していたことから、四民平等の近代化が解放した点は大いに評価する。しかし、今や金と言う富はわずかな能力ある者に一局集中し、大多数を貧困化、格差が広がり。インターネットの登場は、情報格差による所得格差、同じ興味関心利害の情報を共有する者同士の世界形成と、そうでない者へのヘイトスピーチに社会を分断している、と説く。氏の分析は正当だと思う。
            有縁社会、無縁社会
 そこで氏はこの生きづらい社会を改善するため、近代以前の有縁関係を取り入れる事を勧める。こう言う提言はマリノフスキー、K.ポランニーやモースの経済人類学(栗本慎一郎)の説く贈与が交換の初めで、市場は後だと言う論でほぼ定説化しているとは思う。ただ、氏は歴史家網野を取り入れ、それを有縁から無縁=近代以前から近代へ、その結果の行き詰まりを、近代以前の有縁社会の温かさを回復しようとしているところにユニークさがある。
           
            楕円幻想論
 さらに氏は花田清輝の楕円幻想論を借用し、近代は円幻想だ、中心があって辺縁がある合理的思考だ。しかし、天文学で惑星の軌道は楕円だと言うことが発見されたに似て、現実は合理性一辺倒ではなく、むしろ二つの焦点を持つ緊張関係力学の中にある、と説く。田舎と都会、敬虔と猥雑、死と生、権威主義と民主主義・・そのどちらもが、互いに反発しあいながら、互いに必要としている。「縁」と「無縁」も同様な関係だ、どちらかを選ぶ二者択一でなく、両者に引き裂かれて態度を決めかね、泣き、ためらい、逡巡し、やむを得ず、引き受ける。解決がつかないまま一身に引き受ける、これこそが真の成熟した「自己責任」のとれる大人の態度だと言う。日々態度決定を迫れる方々には身につまされる話であります。苦いコーヒーでも飲んで、苦渋の決断を強いられるボスのこころでしょうね。

 こう言うヒューマンさはAIには無理でしょう。泣いて馬謖を斬る、と言う。AIは
まさか泣かないでしょう。本書で発掘された花田の楕円幻想論は、さっそく色々な方面で利用されていますが、ソムリエも卓見だと思います。日本も、東京一局集中の円幻想から、大阪も焦点とする楕円幻想にしないと危ない。世界もアメリカ・ファースト、世界の覇権を再び握るパックス・アメリカーナ円幻想体制より、中国も焦点とする楕円幻想、パックス・アメリ・チーナ体制の方が、世界は活性化し、日本は両者を良く知る歴史的地政学的位置にあり、いいスタンスが取れると思う。いずれにしても楕円幻想論発掘は本書の目玉です。
            
             有縁・無縁・契約
 ここから、批判です。近代以前を有縁社会、近代以後を無縁社会と規定していること自体に問題がある。近代は確かに地縁・血縁と言う運命的しがらみから解放した。ここまでは同意しますが、近代以後を最近はやりの無縁社会とするのは、そうですソムリエもよくそう説いてきましたが、厳密性に欠けます。個人の意思に関係なく運命的に決められた地縁・血縁の運命共同体が崩壊し、自由で平等な個人が契約で結ばれる新しい共同体を形成するのが近代化です。身分から契約へと端的に表現されます。それを再び「縁」の概念で近代をアトム化、自己責任追及の冷たい社会、と断罪するのは間違っています。まして、有縁社会の良さを今さらノスタルジックに回復しようとするのは、アナクロニズムです。 

 最近、特攻攻撃に9回も出撃し、生還した元陸軍航空兵の話が話題になっています。特攻は決して美談ではなく、志願兵は強力な圧力で志願させられたのが実態だと言う。日本社会の運命共同体(有縁、無縁の縁社会)の強力な同調圧力は人を死に追いやる。日大アメフト事件は、旧特攻となんら変わらない精神構造だと言う。個の確立が、有縁・無縁の縁社会にはないからです。平川氏の論は、網野の日本史学から学んだ土着のポストモダン思想で、運命共同体の個人を圧殺する、同調圧力に取り込まれて回収される危険性大です。

 近代は、縁社会ではなく、契約社会なのです。ここに宗教改革・ピューリタン革命による英米市民革命から始まった、キリスト教契約神学に始まる近代化の精神から学ばず、自前の近代化を考察する余り、前近代的な運命共同体・縁社会の「種の論理」(田辺元)に埋没するのを温かい社会とする評論家が多いが、近代精神誕生の歴史への無知としかいいようがない。

 ソムリエは、仏教の高度な縁起論でさえない、日本的な有縁・無縁論と言う情緒的な運命共同体論ではなく、バイブルの説く、神の前の私の罪の自覚と、キリストによる罪の赦し、赦された者同士の愛の共同体形成(教会)をモデルに、個人の尊厳・人権の尊重、平等な個人〃の自発的自由意思に基づく契約による新しい共同体形成・ボランタリー・アソシエーシこそ、自由の空気のあふれる創造的社会形成だと信じます。日本社会は戦前と全く変わらない共同体同調圧力の強い、前近代的精神構造なのです。ここに風穴を開けるのは、有縁・無縁思想か、契約神学思想かとくとお考え下さい。ソムリエは教会に来て、田舎の地縁血縁の息苦しさから解放され、自由とはこういうものかと実感し、今日にいたっています。是非、読者の皆さんも教会の門を叩いてください。

「この杯は、あなたがたのために流すわたしの血で立てられる新しい契約で
 ある。」ルカ福音書22:20

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