山口を歩く

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公園ボランティアグループのお花見会

 土曜日のお昼前に住宅街の中心に位置する公園に向かった。白内障治療の検査直後の外出だった。検査用目薬の副作用で瞳孔が開いた状態が続いていた。陽光のまぶしさ除けにサングラスを着用して出かけた。
 公園には住宅街の幾つかの公園の清掃や花壇整備を続けるボランティアグループのメンバーたちの姿があった。毎年この時期に1年間の慰労ときれいに維持されている公園を観てもらおうという趣旨でお花見会が催される。私のようにメンバー以外の参加もOKである。11時半から始まったお花見会には10人の皆さんの参加があった。グループの代表はじめ6人がオヤジ会メンバーだった。
 グループの中心メンバーに一組のご夫婦がいる。毎年その奥さんの手づくりの料理が盛りだくさんに提供される。会費1500円では到底賄えない料理の数々が即席テーブルに所狭しと並んだ。散ってしまったさくらの下の穏やかな陽気の中で缶ビールや日本酒やワインを傾けながら1時間ばかり歓談した時だ。
 日差しの強さに目が開けていられない位の症状に見舞われた。万事休す!皆さんにお断りをして中座することにした。徒歩10分足らずの我が家への道のりをゆっくり辿った。帰宅して室内に入ると症状がようやく収まった。やれやれ。

 




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出身企業の労組本部を訪ねた

 久々に大阪に出かけ、出身企業の本社内にある労組本部を訪ねた。先月、労組副委員長から連絡があり、「労組結成50周年記念事業を企画している。ついては執行部と職場役員の10数人のメンバーで事業検討委員会を立上げるのでその委員会で労組結成を中心とした話をしてほしい」とのことだった。今日はその打合せのための訪問だった。
 担当役員二人と私のレクチャーについての打合せの後、会議から戻った委員長もまじえて昼食に出かけた。現役時代の30年ばかりを過ごした町である。面影は残るものの多くの建物が入れ替わっている。できれば行きつけだった中華料理の店「娘娘」を希望したが残念ながら二年ほど前に閉店したとのこと。やむなく最寄りの商店街の一角の中華料理屋で済ませた。
 昼食後本部に戻り、専従の執行委員9名を対象に予行演習を兼ねて即席で45分ばかり以下のようなスピーチをした。
 「50周年記念事業のコンセプトの明確化が必要。この事業を通じて何を訴えるのか。50年という歴史を受け継ぎ未来を拓くということではないか。『歴史』の何を引き継ぐのか。内政と外交の両面がある。内政は労組結成の経過から育まれた『現場主義』という原点であり。外交は流通労働運動統合に向けた主体的取組みという点だ。どのように『未来』を拓くか。時代認識が問われる。未曽有の超高齢社会を迎えて日本は世界の最先端を突き進んでいる。流通業界労組として顧客の高齢化や組合員の両親の介護問題にどう向き合うか。生活者の立場からの労組の覚悟が問われている」。
 大学を卒業したその年の労組結成の流れの中で中心的な役割を担った。翌年に二月には25歳で専従の書記長に就任した。以来50年近い歳月が流れ、結成50周年記念事業で結成とその後の経過を若い後輩たちに語る機会を得た。感慨深いものがあった。


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山形天童温泉での35年ぶりの再会の宴

 鶴岡のバスターミナルから山形行きの高速路線バスが出発した。終着の山形駅前の手前の停留所・寒河江(さがえ)バスストップには知人の迎えが待っている。車窓から雪に覆われた景色を楽しんでいたら、突然バスが停留所でもない地点で停車した。フロントの窓越しに作業車に設置された案内看板の「除雪作業中。片側交互通行」の文字が目に入った。寒河江に20分遅れで到着したバスを下車し知人の車に合流した。30分ばかり車中で35年ぶりの再会の溝を埋めるような会話を続けるうちに天童ホテルに到着した。天童市は将棋駒の町として知られ毎年4月には人間将棋のイベントも開催されている。案内された部屋の窓からは人間将棋の指揮者が陣取る舞鶴山が雪景色の中にたたずんでいた。
 37歳の時、当時流通労働団体の役員だった私は1年間に渡って毎月山形市を訪ねていた。山形の結成されたばかりのある流通業界労組の研修指導のためだった。昨年末に知人である大学教授を介して当時ご縁のあった方々との再会の宴がセットされ今回の懇親会に招かれた。
 5時過ぎには参加者の顔ぶれが揃った。地元の労組結成期のメンバー7人と仲介役の大学の先生と私の9名である。しばらく部屋で労組結成20年記念のDVDを観ながら思い出話に花が咲いた。6時から宴会場に席を移し懇親会となった。
 初代委員長による乾杯の後、会食しながら参加者の近況報告に聞き入った。結成時期の印象的な出来事や今だから言える打ち明け話などがこもごもに語られる。経営者との葛藤や当時の四分五裂の上部組織の環境下での錯綜した事情などが労組結成や結成後の運営に陰を落としていた。それだけにそれらを乗り越えて軌道に乗せたメンバーたちの絆は強いものが窺えた。そうした貴重な経験を糧に星霜を重ね今やリタイヤ前後の年齢を迎えている。そうした今の近況報告もまた味わい深いものがある。
 近況報告のトリを飾らせてもらった。冒頭、地元メンバーたちの私に対する想いに応えるメッセージを述べた。複雑な環境下で上部組織の利害を超えて労組活動の基礎を指導してもらったこと、その指導の締めくくりをキチンとした謝意を示さないまま過ごしてしまったことの悔いなどが地元メンバーから告げられた。前者については、山形の労組の結成経過と基盤づくりは私自身が体験した労組結成とその後の運営の軌跡を辿るものでありやりがいと達成感のあるものだったこと、また自分の培った知識と経験をひたむきで意欲的なメンバーたちが砂に水が吸収されるように受け止めてもらったことにむしろ感謝していることを述べた。後者については、山形訪問開始直後に労働団体の役職を離れ労組委員長に就任したという私自身の事情が訪問の制約を招きキチンとしたケジメをつけられないまま終えざるを得なかったことを伝えた。その後、労組活動辞任後の職場復帰、大阪府労働委員会委員就任、リタイヤ後の高齢者福祉を中心とした地域活動などを報告した。
 2時間ばかりの近況報告中心の懇親会を終え部屋に戻った。追加の焼酎を傾けながら二次会が始まった。昨今の労働界のふがいなさのぼやき、超高齢社会の迫りくる大介護時代の備え、地元メンバーたちの交遊録や人間模様などの話題が縦横無尽に飛び交い11時半にまで及んだ。懇親会から数えて5時間半の懇談にようやく終止符が打たれて眠りについた。
 翌朝6時頃に大きな露天風呂付き大浴場に浸かった。7時過ぎにホテルの朝食バイキングを済ませ部屋で寛いだ後、9時にフロントに集合した。翌日の会議に備えた資料作成もあり私は9時50分天童発の「つばさ」に乗車しなければならない。東京在住の先生もご一緒することになり、ホテル前で地元メンバーとお別れした。ホテルから2分程度の天童駅まで送ってもらい乗車列車を待った。
 天童から大宮までの2時間半ばかりの車中では隣席の先生と大いに語り合った。チェーンストア労働運動の研究者として精力的に取材活動を続けておられる方である。共通する知人も多い。運動の在り方についての造詣も深く共感する点も多い。意義深く楽しい車中を過ごした後お別れした。
 東京駅で昼食用に駅弁を調達し新大阪までの車中を読みかけの文庫本を読みながら過ごした。在来線とバスを乗り継いで5時過ぎに我が家に到着した。真冬の雪国の豪雪の風景、藤沢周平の海坂藩の風情、働き盛りの頃の懐かしい面々との印象深い語らいといったかけがえのない非日常の世界を味わった二泊三日の旅が終わった。

 



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出身会社の年次を越えたOB会

 出身会社のOB会に出かけた。OB全体をカバーする総会でもなければ同期や職場仲間のOB会でもない。昭和44年前後の数年間の入社者の年次を越えたOB会だった。全体OB会の幹事でもある同期の親しい友人二人が今回も幹事役だった。
 午後2時前にジャンカラなんば本店の会場に到着した。既に10数人がカラオケルームのテーブルを囲んでいたが、最終的に18人のOB仲間が顔を揃えた。会費2千円で缶ビールや持込みアルコール、ツマミ各種が提供された。
 幹事の会の趣旨などの挨拶があり参加者の近況報告を兼ねた自己紹介となった。ひとり3分程度という幹事の注文は多くの参加者に無視された。リタイヤ後の近況やら現役時代の思い出話や大病経験などが縷々語られる。ひとりひとりにツッコミを入れる強者もいて全員の近況報告が終わったのは3時45分頃だった。リタイヤ以来初めて顔を合わせるメンバーも多い。それぞれの近況に懐かしさを込めて聞き入った。
 途中で家内から「こちらは雪がかなり激しい。早目に帰らんと」という連絡があった。最寄駅から住宅街までのバスは大雪でストップする懸念もある。閉会前に失礼して4時過ぎに会場を後にした。最寄駅からバスに乗車し車窓から久々の雪景色を愛でながら6時前に帰宅した。

 



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夫婦同伴の恒例の旧友との懇親会

 6年前に高校時代の親友K君と50年ぶりに再会し、毎年1回は旧交を温めようということになった。以来、会場を郷里の姫路と私の住まいに近い神戸近辺と交互に移して6回目を迎えた。
 いつもは二人だけの懇親会だが、今回当番の私から「たまには夫婦同伴でやらないか」と提案した。昨年6月に大学先輩ご夫婦と三田の山里料理仁木家で懇親会をもったが、それがことのほか喜んでいただいたことが念頭にあった。K君の同意を得て同じ会場を予約して懇親会当日を迎えた。
 10時40分頃に我が家で合流したK君夫妻と一緒に仁木家に向かった。不動産業を営む現役実業家であるK君の愛車レグザスに同乗し予約時間に仁木家に到着した。
 三田の山並みが見渡せる個室に案内され、予約しておいた野菜とそばの懐石が運ばれる。いつも通り甘くて美味しい生野菜を中心としたコース料理を味わった。K君夫妻もロケーションと料理に大いに満足して頂けたようだ。車の運転を奥さんに任せられるということで仁木家で初めてビールを酌み交わせた。
 2時間タップリ会食した。それぞれの伴侶が同伴した会食は、当然ながらいつもと違った話題に花が咲く。お互いに知らなかった一面が配偶者から伝えられたりする。同時に旧友に語る話は自分の伴侶にはこれまで語ったことのない話題だったりする。
 会食を終えて再び我が家に戻り1時間半ばかり寛いでもらった。3時前には奥さんの運転する車が我が家を発って姫路に向かった。

 



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藤沢周平の原風景・海坂(鶴岡)探訪の想像A

 2月の藤沢周平の原風景・海坂(鶴岡)探訪が現実味を帯びたことで、その具体化プランの検討に夢中になった。
 まず着手したのが藤沢作品に登場する海坂の風景に重なる鶴岡市内の様々なスポットを確認することだ。これについては藤沢周平のムック版に掲載されている可能性が高い。ネット検索して文春ムックの「藤沢周平のこころ」に「海坂と鶴岡--藤沢周平世界の原郷--」という記事が掲載されていることを知った。
 早速ムック版をネット購入してその記事を読んだ。それによると探訪スポットは作者の生誕の地である高坂地区と鶴ケ岡城跡周辺の二カ所のエリアがある。いずれもJR鶴岡駅の南にそれぞれ2km、5km位に位置している。これは徒歩では到底無理だ。そこでレンタサイクルを調べてみると駅前に無料のレンルサービスがある。これなら何とか満足できる海坂巡りができそうだ。
 問題は気候・天候だ。何しろ2月の東北の豪雪地である。雪という障害が計画を根底から覆す可能性がないではない。ひとつは山形から鶴岡のバスの運行である。バス会社に電話してみたところさすがに豪雪地の足の便である。よほどのことがない限り運行しているとのこと。今ひとつは降雪の場合の鶴岡市内のレンタサイクル巡りが可能かという点である。観光案内所に問合わせるとこちらは降雪時期で貸し出しはできないとのこと。レンタカーか路線バスしかないようだ。
 いずれにしろおおよその目安はついた。あとは当日近くまでに最終的な判断をするほかない。

 



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藤沢周平の原風景・海坂(鶴岡)探訪の想像@

 37歳の時に1年間に渡って毎月山形市のある流通業界労組の研修指導のため訪問した。12月中旬に知人である大学教授を介してその時のご縁のあった方々との再会の宴がセットされ2月中旬に山形を訪ねることになった。
 私にとっての山形はその時の懐かしい思い出の地であるとともに愛読した時代小説の作者・藤沢周平の故郷として刻まれている。山形県の日本海側に位置する鶴岡市は作者の故郷でありしばしば作品に登場する舞台「海坂」に重なる。いつかは訪ねたい町だったがツアーに組み込まれることのない町であり、個人で訪ねるには相当の決断を要した。
 今回の山形訪問で鶴岡市を訪ねられないかと思った。二泊すれば可能だが生憎次の日は福祉ネット役員会である。訪問の翌日に日帰りして帰宅しなければならない。同じ山形県内だが東西の両端でかなり距離があるが、調べてみると高速道経由の高速バスで約2時間で結ばれている。鶴岡からは新潟経由の新幹線乗継で深夜の帰宅を覚悟すればタップリ5時間半の滞在が可能であることが分かった。
 ここへきて俄かに鶴岡訪問という永年の願望が現実味を帯びてきた。


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人生の出会いと縁(えにし)の不思議

 35年前のことである。出身企業の労組委員長に就任したばかりの私は、毎月1回、それまで全く縁もゆかりもなかった山形に一泊二日で訪問することになった。丸1年間、同じ流通業界の結成直後の労組の研修会の講師を務めた。委員長就任前の上部団体事務局次長としての役割を全うするための活動だった。それは新たな労組の基盤づくりに向けて私自身の労組結成の体験を通して得られた知識と経験を注ぎ込むというやりがいのある充実した活動でもあった。
 今年6月に東京のさる私立大学の経済学部教授とお会いした。我が国のチェーンストアの労使関係についての研究者で、1970年代から1980年代のチェーンストア労働界や出身労組の動向についてのインタビュー取材だった。途中から取材の枠を外れて個人的な歓談に花が咲き大いに意気投合した。
 先日、その教授から突然の電話があった。連絡内容は思いがけないものだった。教授の取材先が山形のくだんの労組ににまで及んだとのこと。取材対象者である結成当時のメンバーたちとの懇談の場で共通の知人として私の話題に花が咲いたようだ。その流れで一気に教授をまじえて彼らと私との再会の場が企画されたという。教授の連絡はその打診だった。私にとっても嬉しい便りで異存はない。日程調整の上、来年二月に山形での再会が固まった。
 それにつけても、人生の出会いと縁(えにし)の不思議を痛感させられた出来事である。因縁生起の理(ことわり)を想った。


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出身企業の労組役員OB会

 毎年この時期に出身企業の労組役員OB会がある。今年もOB19人と現役役員9人が難波の料理屋に顔を揃えた。
 12時から2時過ぎまでのひと時を懐かしい面々と歓談した。ひとしきり歓談した後は、恒例のOBの近況報告となる。OBと言っても今尚現役の比較的若い層と現役をリタイヤした高齢者に分かれる。現役世代はどうしても所属企業の業績が気がかりだ。近況報告にも昨今の業績不振の傾向が影を落とす。そうした不安とは無縁のリタイヤ組からはもっぱら第二の人生の過し方が語られる。
 私も目下の課題である大介護時代を乗り切る地域包括ケアを話題に時代を少しだけ先を見通した生き方について語った。年に一度のこの会でのこの時期の近況報告は、はからずも自身のその年の棚卸の機会でもある。
 難波駅近くの喫茶店で恒例の二次会が予定されていた。今回は夕方から民生委員の忘年会が控えている。二次会を遠慮して一足先に帰路についた。

 



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一通の喪中挨拶状

 一通の喪中挨拶状が届いた。差出人は年賀状の宛先人ではない。同じ姓のご婦人の名前だった。「夫、○○が9月26日に永眠しました」とある。学生時代の友人M君のちょうど一カ月前の死を告げる挨拶状だった。
 大学卒業後に郷里の広島に戻ったM君とは以来一度も会うことはなかった。年賀状だけがお互いの消息を伝える仲だった。それでも青春真っ只中の学生生活で同じクラスの名簿の近い一時期を同じ下宿の隣り合わせの部屋で過ごした友だった。
 同年代や同年齢の知人たちの訃報連絡や喪中挨拶状を受け取る機会が多くなる年代を迎えた。そのつど共通の思い出や互いの絆を思い起こすことになるだろう。それは知人たちに私の思い出や絆を振り替えさせる時が忍び寄っていることを意味している。
 柔道部に所属し大柄でおおらかな性格のM君と四畳半一間の部屋でサントリーレッドを酌み交わしながら屈託のないひと時を過ごした思い出がよみがえった。


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明日香 亮
プロフィール
山口は豊かな自然と歴史や伝統に育まれた街である。散歩道で目にする四季折々の風景や風物詩を綴ってみたい。
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