苦楽園太郎の兵庫お城探検

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筑波山麓 平将門を歩くS

<2月16日(火) 更新しました!>

 

今回は小田城の土塁を紹介したいと思います。整備されており、とても良い状態で残されています。

 

 

 

主郭東側にある土塁です。

 

 

 

遥か彼方まで続く土塁です。東西500m・南北600m以上の大規模な城がここにありました。また、三重の堀があったとされています。

 

 

 

小田城から見た筑波山です。とにかく解放的です。

 

次回は坂東市逆井にある逆井城址を紹介したいと思います。この城は平将門とは関係なく戦国時代の平城です。発掘調査で城が忠実に復元されています。また逆井は藤原秀郷が平将門との戦い(北山合戦)で陣を張った場所でもあります。




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 また失礼いたします。最近、NHK総合「知恵泉」でも取り上げられた「戦国最弱」小田氏治の居城。かなり国指定史跡なので発掘が進んでおります。 韓国あたりの違法動画WEBで見ることできますので探してみてください。ネットでは戦国オタクたちが「戦国最弱」ということで小田氏治は人気のようですが・・

[ 湯本 ] 2015/01/04 18:38:03 [ 削除 ] [ 通報 ]

湯本さん、コメントありがとうございます。

「戦国最弱」 とは失礼ですよね。
小田城はたまたま、石岡から平良正の水守の館跡に向かう途中に偶然に見つけ立ち寄りました。 兵庫県には平城は少なく、ほとんどが山城なので、たいへん興味を持って2時間くらい見学した記憶があります。

[ 苦楽園 太郎 ] 2015/01/04 22:11:57 [ 削除 ] [ 通報 ]

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筑波山麓 平将門を歩くR

<2月9日(火) 更新しました!>

 

今回は常陸国府跡を見学した後、筑波山麓に向かう途中に偶然見つけた小田城址を紹介したいと思います。私はまったく小田城のことは知りませんでした。関東では有名な城で、鎌倉時代から戦国時代に常陸国に勢力を持った名門小田氏の居城です。太平記に登場するあの有名な北畠親房(きたばたけちかふさ)が入城したこともあります。

 

 

小田城址主郭部分です。

 

 

 

小田城址の石碑です。

 

 

 

小田城址の案内板です。

 

 

 

小田城址のパンフレットが置いてありました。「ご自由にお持ちください」と書かれています。いままでパンフレットを置いている城跡を見たことがありません。プチ感動!

 

次回は小田城址の土塁と小田城址から見える筑波山を紹介したいと思います。

次回更新は2月16日(火)の予定です。



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筑波山麓 平将門を歩くQ

<2月2日(火) 更新しました!>

 

今回は常陸国府跡である石岡小学校付近を紹介したいと思います。石岡は小京都で木造建築が多い素朴な町です。昭和にタイムスリップしたかのような錯覚をさせてくれる街並みがそこにはあります。

 

 

 

昔はどこの学校にもあったと言われている二宮尊徳像が石岡小学校内にありました。私は生まれて初めて見ました。プチ感激。

 

 

 

二宮尊徳氏の案内板がありました。フムフム、簡単な説明で分かりやすい。

 

 

 

校門の前にも素敵な像がありました。

 

 

 

石岡小学校の南側にある常陸国総社宮(ひたちのくにそうじゃぐう)に至る道です。誰もいない道に提灯が点いていて不思議な感覚を覚えました。ジブリの「千と千尋の神隠し」みたいな雰囲気があり、「私はこの道を歩いてもいいのだろうか」と思わせる雰囲気がありました。後で分かったのですが昨日まで関東三大祭りと言われる常陸国総社宮大祭(石岡のお祭り)が行われていたそうです。そこまで勉強していませんでした。

 

 

 

常陸国総社宮にある「おみたらし道」の石碑です。おもしろい名前なので撮りました。石碑の右側に石の階段があり、その下に古くからの湧水があります。

 

次回は石岡市の隣のつくば市にある小田城址を紹介したいと思います。戦国時代の平城です。平将門とは関係ありませんが、たまたま石岡から筑波山麓に向かう途中に偶然見つけました。後で分かったのですが関東では有名な城だそうで、昭和10年に国から史跡指定を受けています。関東は平野が多いので、山城より平城が多くなるのでしょう。山城が得意な私にとって平城はあまり経験の薄い分野です。

次回の更新は2月9日(火)の予定です。



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筑波山麓 平将門を歩くP

<1月26日(火) 更新しました!>

 

今回は茨城県石岡市総社にある石岡小学校に残る戦国時代の府中城の土塁を紹介したいと思います。歴史大好き人間にとって、この様な環境で勉強できる子供達が羨ましいです。

 

 

 

石岡小学校の校庭です。この下に常陸国府の遺跡が眠っています。平将門は常陸国府の戦いで常陸国府を滅ぼし、この戦いを皮きりに坂東八カ国を制圧します。

 

 

 

隣接する石岡市民族資料館の入口にある府中城の土塁です。

 

 

 

逆方向から撮りました。

 

 

 

土塁の頂上です。彼岸花がきれいでした。

 

 

 

運動場に残る土塁です。ん〜最高の環境だ!生まれ変わったらこの小学校で勉強したい。たまら〜ん。

 

次回は石岡小学校付近を紹介したいと思います。とても素朴な町で大好きになりました。二宮尊徳像も校内にありました。昔は学校には必ず二宮尊徳像があったと聞いていましたが、私は生まれて初めて尊徳像を見ました。それも紹介したいと思います。

次回の更新日は2月2日(火)の予定です。



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筑波山麓 平将門を歩くN

<1月19日 更新しました!>

 

今回は平将門と藤原維幾(ふじわらのこれちか)とが戦った常陸国府の戦いの舞台となった常陸国府跡を紹介したいと思います。国府跡は現在、茨城県石岡市にある石岡小学校になっています。石岡市は小京都という感じで、とても素朴な町でした。高い建物がなく木造建築の多い、心の落ち着く素敵な町でした。

 

(常陸国府の戦いとは)

常陸国で暴れまわる盗賊の藤原玄明(はるあき)を追捕しようとする常陸国府長官藤原維幾と藤原玄明を匿った平将門との戦い。常陸国府軍三千を将門は千の兵力で倒します。

 

 

 

石岡小学校内にある国府跡の石碑です。

 

 

 

戦国時代は府中城でした。

 

 

 

江戸時代は陣屋でした。陣屋門の案内板がありました。

 

 

 

陣屋門です。校内にこのような建物があるなんて、この小学校で学ぶ子供達がウラヤマシ〜イ。

 

次回は石岡小学校内にある土塁・堀跡を紹介したいと思います。

次回の更新日は1月26日(火)の予定です。

 

 

 



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筑波山麓 平将門を歩くN

<2010年1月13日(水) 更新しました!>

 

今回は羽鳥で知り合ったYさんから紹介してもらった筑波鉄道筑波線の線路跡と、たまたま見つけたとても素朴な関東鉄道常総腺の黒子(くろご)駅を紹介したいと思います。

 

 

 

在りし日の筑波鉄道です。Yさんの家に飾っていた写真を撮らせていただきました。昭和を感じる写真です。1987年に廃線になりました。

 

 

 

筑波鉄道の線路跡です。サイクリングロードになっていました。

 

 

 

Yさんと分かれて温泉施設に向かう途中に、たまたま見つけた関東鉄道常総腺の黒子(くろご)駅です。

 

 

 

 

たまたま列車が来ました。一両だけのかわいいディーゼル車両でした。

 

 

 

誰もいない素朴な駅でした。

 

次回は平将門と藤原維幾(ふじわらのこれちか)とが戦った常陸国府跡がある茨城県石岡市の石岡小学校を紹介したいと思います。

次回の更新は1月19日(火)の予定です。



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筑波山麓 平将門を歩くM

<2010年1月5日(火) 更新しました!>

 

今回はNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」の第二話「恋あらし」の舞台になった羽鳥の歌姫明神を紹介したいと思います。

ドラマでは、年に1度の神事で、神前で男女が踊り、カップル誕生後睦みあうというものでした。私は著者の作り話だと思っていましたが、羽鳥で知り合ったYさんが本当にあった話ということで、歌姫明神という場所に案内していただきました。

 

 

 

超最高に神秘的です。ここに来るには人の家の敷地内を通らなくてはいけません。この場所はちょっとやそっとのことでは分からないと思われます。

 

 

 

鳥居です。前を歩くのがYさんです。

 

 

 

フムフム、確かに歌姫明神と書かれてあります。とても神秘的な名前です。

 

 

 

お社です。ここが「恋あらし」の舞台になった場所だそうです。すごい所に連れて来てもらったなぁ〜という感じがしました。

 

次回は羽鳥にある筑波鉄道の線路跡を紹介したいと思います。

更新は随時とさせていただきます。



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筑波山麓 平将門を歩くL

<12月27日(日) 更新しました!>

 

今回は羽鳥で知り合ったYさんから平良兼の館跡以外に案内してもらった場所を紹介したいと思います。

 

 

 

筑波山の尾根伝いの最先端の場所です。ここに平良兼の館跡に登る入口があったそうです。今はその入口はありません。

 

 

 

入口があった場所近くにある井戸です。館の人々はこの井戸まで水をくみに来ていました。今もこの井戸は現役で、水をポンプで吸い上げ各家に配水されています。Yさんは「この辺の住民は平良兼が飲んでいた水を今でも飲んでいる」と言っていました。

 

 

 

昔、羽鳥にあった大同松(だいどうまつ)の写真です。一本の木から二本に分かれている立派な夫婦松だったそうです。左端に白くて小さく写っているのは筑波鉄道の車両です。

 

 

 

大同松があった場所に連れて行ってもらいました。石碑が建っていました。後に見える土手が筑波鉄道の線路跡です。

 

 

 

少し見えるのが大同松の根っこです。こんなに小さくなっていました。

 

次回はNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」の第二話「恋あらし」の舞台になった歌姫明神を紹介したいと思います。

更新は随時とします。



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筑波山麓 平将門を歩くK

<12月22日 更新しました!>

 

今回は服織(はとり)・弓袋(ゆぶくろ)峠の戦いの舞台となった桜川市真壁町羽鳥(はとり)にある平将門の叔父である平良兼の館跡を紹介したいと思います。今回の旅の中で一番苦労したのが良兼の館跡を探すことでした。地元の人に聞いても分からないのです。地元の永林寺で、館跡に詳しいYさんを紹介してもらい、私はYさんを訪ねることになりました。そしてYさんに会い館跡の場所を教えてほしいと尋ねると「私が案内しましょう」と見ず知らずの私を館跡まで案内してくれたのです。館跡は山頂にあるのですが登山道が全く無く、鎌で笹竹を刈りながらの行進になりました。とにかくものすごい笹竹なのです。壁の様に立ち塞がる笹竹を鎌で刈りながら急斜面を登って行きました。汗びっしょりになり、着ている服には穴が空き、服も靴も真っ黒になりました。もちろんYさんも真っ黒になってしまいました。しかし、山頂で立派な土塁を見た時は疲れも吹っ飛んでしまいました。

館跡まで道案内をしてくださったYさんは79歳ですが、ものすごく元気なお父さんでした。お爺さんではなくてお父さんなのです。農作業で鍛えられた体は40代に見えます。Yさんは「この辺の老人は膝が痛いとか腰が痛いとか言っている人はいない」と言っていました。Yさんを見ていると町のお年寄りは元気がないように思えました。

 

 

 

<服織(はとり)・弓袋(ゆぶくろ)峠の戦いとは>

小飼(こかい)の渡しの戦い・堀越の渡しの戦いに敗れた平将門が二千の兵力で服織にある良兼の館を攻めます。館は炎上し、良兼は筑波山麓の弓袋(ゆぶくろ)峠に逃れます。しかし、将門軍は戦うことはなく引き上げます。

 

 

 

平良兼の館跡を望みます。美しい羽鳥の風景です。中央の山の頂上に館跡があります。

 

 

 

山頂にある土塁です。想像していたよりも大きかったのでびっくりしてしまいました。何年も人が入っていない山です。

 

 

 

たいへん美しい土塁です。

 

 

 

門の跡と思われます。

 

 

 

門の跡を下から望みます。写真に写っているのがYさんです。この道を平良兼は歩いたのです。

 

次回はYさんが館跡以外に案内してくれた羽鳥の風景を紹介したいと思います。

更新は随時とします。



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筑波山麓 平将門を歩くJ

<12月15日(火) 更新しました!>

 

今回は茨城県つくば市水守(みもり)にある平将門の叔父、平良正の水守の館跡を紹介したいと思います。探すのに苦労しました。案内標識などまったくなく水守の地名だけが頼りでした。館跡は田水山(たみやま)小学校内にあり、戦国時代は名門小田氏の支城でもありました。地元の人の話によれば小学校に隣接する幼稚園の建設時には多くの甲冑や陶器が出てきたそうです。

 

 

 

水守の館跡(水守城址)遠望

左側の坂が田水山小学校への入口です。ここから登って行きます。

 

 

 

 

 

 

田水山小学校内です。この辺りがすべて水守の館跡になります。

 

 

戦国時代の水守城の櫓跡です。校内に櫓跡があるなんてウラヤマシ〜イ。

 

 

 

櫓跡にある水守城址の石碑です。

 

次回は羽織(はとり)・弓袋(ゆぶくろ)峠の戦いの舞台となった桜川市真壁町羽鳥(はとり)にある平良兼の館跡を紹介したいと思います。今回の旅の中で探すのに一番苦労した場所です。地元の人(79歳のとても元気なお父さんでした。)の協力で良い写真を撮ることができました。山頂にはとても立派な土塁があります。

更新は随時とします。



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苦楽園 太郎
プロフィール公開中 プロフィール
土の城に心惹かれ44年。

遠き昔に想いを馳せ、ただ、何も考えずに、苔むした城跡と同化する。

それが私にとって至福の時なのでございます。

このブログで、私が至福の時を過ごした孤高の城達を紹介していきたいと思います。


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