苦楽園太郎の兵庫お城探検

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丹波の城 八上城E

<2010年10月4日(月) 更新しました!>


 


今回(最終回)は八上城址の本丸付近を紹介したいと思います。山頂からは篠山城下を望むことができます。明智光秀をもっとも苦しめた武将である波多野秀治は、ここでどのような指揮を執ったのでしょうか。遠い昔が偲ばれます。


 


 


 


本丸跡に残る石垣です。今にも土や落ち葉に埋もれそうな石垣です。



 


 


 


草に埋もれた石垣は古城の雰囲気を醸し出してくれます。



 


 


 


本丸跡の案内板です。「望楼と軍兵の集合する場所からなり、四囲の城、砦を指揮号令する所と思われる」と書かれています。ここに書かれているように、八上城址の周りには数多くの山城跡が存在します。



 


 


 


本丸跡にある丹波国主 波多野秀治の表忠碑です。



 


 


 


山頂から望む篠山の城下町です。今にも雪が降りそうです。



 


9月18日(土)〜23日(木)に関東へ平将門の遺構巡りをしてきましたが、次回からは、それらの遺構を紹介をしていきたいと思います。兵庫古城探検からは脱線しますが、遠い坂東の風景を楽しんでいただけたら幸せです。


まず第1回目は平将門の伯父で上総介平良兼の本拠があったと思われる千葉県山武郡横芝光町(さんぶぐん よこしばひかりまち)にある屋形四社(やかたししゃ)神社付近を紹介したいと思います。


次回更新日は10月11日(月)の予定です。


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丹波の城 八上城D

<2010年9月27日(月) 更新しました!>


 


18日から23日まで5泊6日で、自家用車で関東の平将門関連の遺構を訪ねてまいりました。阪神高速と西名阪道で天理まで行き、後はず〜っと一般道でのドライブになりました。西宮→天理→四日市→東京→千葉→茨城→栃木→群馬→長野→名古屋→四日市→天理→西宮の順番で走ってきました(走行距離は1980キロでした)。すべて車内泊で、食事はコンビニでお弁当を購入するか、レストランや食堂での食事になります。飲み物はマルナカ西宮店で1本58円のペットボトルの緑茶を1ケース(500ml×24本)と、野菜不足を補うために、1本158円のペットボトルの野菜ジュースを1ケース(900g×12本)を事前に購入し持って行きました。飲み物は自宅から持っていくことが安く旅をするコツなのです。出費(ガソリン代・お土産込)は約26000円で十分楽しんで帰ってくることができました。今回の旅の自己評価点は70点位です。八上城の紹介が終わりましたら、「風と雲と虹と」の舞台を訪ねてという題名でブログで紹介していきたいと思います。


 


今回は八上城址の本丸丘の石垣を紹介していきたいと思います。石垣の規模は大きくありませんが、私が初めて訪れた27年前と比べれば、整備がよくされており多くの石垣を確認することができます。


20年以上も昔に訪れた時、山頂に辿り着いた途端、急に猛吹雪になり、「このままでは遭難するかもしれない!」と慌てて下山した記憶があります。あの時は恐ろしかったです。「この山から出て行け!」と言われているような気がしました。


 


 


 


苔むした石垣が堪りません。石垣に頬ずりしたくなります。



 


 


 


本丸丘の上にはどんな建物があったのでしょうか?



 


 


 


27年前はこんなに多くの石垣を確認することはできませんでした。



 


 


 


二の丸の反対側にある岡田丸跡です。「重臣岡田某の館跡」と書かれています。



 


 


 


岡田丸跡の郭にある本丸丘石垣です。左側が岡田丸跡です。



 


次回(最終回)は八上城址の本丸を紹介したいと思います。


次回の更新日は10月4日(月)の予定です。


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丹波の城 八上城C

<2010年9月14日(火) 更新しました!>


 


昨日はインターネットがつながらず悪戦苦闘。ケーブルの劣化が原因と分かった時は夜中になっていました。更新が一日遅れてしまいました。申し訳ございません。


 


今回は八上城址の二の丸・本丸丘付近を紹介したいと思います。波多野秀治死後、落城の際、多くの家来が切腹した場所と言われています。


 


 


 


二の丸から三の丸を見下ろしました。すごい迫力です。



 


 


 


二の丸から見る本丸丘です。この丘の上が本丸です。



 


 


 


本丸丘西側にある二の丸です。



 


 


 


左が岡田丸。右が本丸丘です。



 


 


 


本丸丘北側の残る石垣です。



 


次回は本丸丘の石垣を紹介したいと思います。


次回の更新日は9月27日(月)の予定です。


9月18(土)〜23日(木)まで、5泊6日で関東へ平将門の遺構を訪ねる予定です。前回は筑波山麓(茨城県)にある遺構の紹介だけに留まりましたが、今回は筑波山麓以外に平良兼居館跡(千葉県)・下野国府跡(栃木県)・藤原秀郷の居館跡(栃木県)・上野国府跡(群馬県)・千曲川合戦場跡(長野県)等の見学も考えています。前回は将門とは関係のない戦国時代の城跡を二つ紹介しましたが、今回は将門以外の寄り道はせず、将門一本でいきます。昨年の経験を活かして前回よりも内容の濃い将門ブログを作りたいと考えています。西宮市内には、将門が好きで、遠く坂東に思いを馳せている方々がいらっしゃると思われます。そのような方々に、「将門の住んでいた坂東ってこんな所なんだ」と写真を見て喜んでもらえるようなブログにしたいと考えています。


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丹波の城 八上城B

<2010年9月6日(月) 更新しました!>


 


今回から八上城址のある高城山山頂を目指したいと思います。この山は丹波富士とも呼ばれています。昔は朝路山とも呼ばれていました。八上城は丹波の国主である波多野秀治の居城で、1575年に織田信長から丹波平定の命を受けた明智光秀との間で、激戦が繰り広げられた丹波最大の古戦場跡なのです。1579年に信長の謀(はかりごと)により、波多野秀治は安土城下(現在の滋賀県東近江市)で討たれ、このことを知った多くの家来は城に火を放ち、切腹したと言われています。


 


初めての方は、春日神社口からの登山がお勧めです。登山道がしっかりしていて、他の登山道よりも登りやすいからです。また、このコースだと主膳屋敷跡・右衛門丸跡・三の丸・二の丸等の遺構も見学できます。


 


 


 


春日神社口にある主膳屋敷跡です。八上城落城後は前田玄以の息子である前田主膳(茂勝)の居館があった場所と言われています。かなりの広さがあります。


昔(結婚前)、妻をデートでここに連れてきて「こんな気味の悪い所に連れてこないでよ!」と怒られた苦い経験のある場所です。



 


 


 


7〜8合目付近にある右衛門丸の入口に残る石垣です。ここは波多野秀治の屋敷跡であったと言われています。



 


 


 


三の丸の郭跡です。



 


 


 


三の丸の全貌です。かなり広い郭跡です。八上城址の遺構の中で、私がもっとも好きな場所です。



 


 


 


二の丸です。中央にあるのが本丸丘です。



 


次回は二の丸・本丸丘を紹介したいと思います。27年前と比べ、現在は多くの石垣を確認することができます。


次回の更新日は9月13日(月)の予定です。


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丹波の城 八上城A

<8月30日(月) 更新しました!>


 


今回は八上城址のある高城山山麓に東西に走る旧山陰街道を紹介したいと思います。


 


 


 


姫路と亀岡を結ぶ国道372号線です。八上城跡の看板があります。写真右側の山が高城山です。



 


 


 


国道372号線の南側を走る旧山陰街道です。なかなかいい雰囲気でしょう。写真は亀岡方面です。



 


 


 


参勤交代の大名行列が通った道です。味わいがある道でしょう。写真は亀岡方面です。



 


 


 


旧街道という感じがたっぷりします。写真は篠山方面です。



 


 


 


八上城址への登山道がある藤之木坂口です。初めての方には重兵衛茶屋近くの春日神社口からの登山がお勧めです。



 


次回から高城山山頂にある八上城址を目指したいと思います。


次回の更新は9月6日(月)の予定です。


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丹波の城 八上城@

<8月23日(月) 更新しました!>


 


今回から篠山市殿町にある八上(やがみ)城址を紹介したいと思います。丹波の国主だった波多野秀治の居城です。この辺りは丹波最大の合戦場跡なのです。


27年前に初めて登りましたが、当時と比べると登山道は整備され、たいへん登りやすくなっています。私の城巡り人生の中で一番多く登っている城跡です。なぜか分かりませんが興味を惹かれる城跡なのです。


 


 


 


八上城址のある高城山です。弁天橋北交差点付近から撮りました。丹波富士とも呼ばれています。山麓には旧山陰街道が走っています。山頂が少し割れていますが、台風の爪跡なのでしょうか?以前はありませんでした。あの割れている辺りが城跡になります。



 


 


 


旧亀山(現在の亀岡)方面に向かう旧山陰街道です。左の山が高城山です。



 


 


 


山麓にある重兵衛茶屋跡です。



 


 


 


案内板には「江戸時代、大名の参勤交代の時や一般旅人の休泊所として利用されていた」と書かれています。



 


 


 


重兵衛茶屋の全貌です。手前の道が旧山陰街道です。右側が篠山方面です。篠山の城下までもうすぐです。



 


次回は高城山山麓の旧山陰街道を紹介したいと思います。


次回の更新日は8月30日(月)の予定です。


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苦楽園 太郎イメージ
苦楽園 太郎
プロフィール公開中 プロフィール
土の城に心惹かれ44年。

遠き昔に想いを馳せ、ただ、何も考えずに、苔むした城跡と同化する。

それが私にとって至福の時なのでございます。

このブログで、私が至福の時を過ごした孤高の城達を紹介していきたいと思います。


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