苦楽園太郎の兵庫お城探検

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西宮の城 小清水城 D

<2011年8月29日(月) 更新しました!>

 

【七転び八起き】

リタイアし、家事に専念して5年目に入りました。一年に1つずつ国家資格を取得していこうと思っていましたが、現在のところ2つだけ。老眼で新聞を読むのも困難になり、大好きな本を読むのも辛い状態になってきました。視力検査では2.0なのに、とうとう諦めて老眼鏡を購入しました。勉強はやはり若い時にやっておくべきだったと今更後悔しても手遅れ。そこで登場するのがakaruさんから紹介してもった杉山平一さんの「今」という詩。

 

「いま」

もう おそい
いつも
そう思った

いまから思うと
おそくはなかったのに

まだ 早い
いつも そう思った
そうして いつも
のりおくれた

大事なのは いまだ
やっと 気がついた
もう おそい

もうおそい ということは
人生にはないのだ
  
おくれて

行列のうしろに立ったのに
ふと 気がつくと
うしろにもう行列が続いている

終りはいつも はじまりである
人生にあるのは
いつも 今である
今だ

 

この詩を読む度に、しぼんでいた気持ちに力がみなぎり、ムクムクとまた立ち上がるのである。

とりあえず9月23日にある弓道の審査会で合格することが目標。目の前にある目標を一つずつ乗り越えるしかないと、自分にムチ打つ今日この頃です。


 

今回(最終回)も越水城址の井戸跡を紹介したいと思います。前回の二つの井戸跡は桜谷町でしたが、今回は越水町になります。

 

 

 

越水町にある井戸跡です。浄土宗 泉福寺の裏手(東側)になります。場所はちよっと分かりにくいです。桜谷町の二つの井戸との直線距離は約200m位なので歩いてすぐの距離です。

 

 

 

今でも清水が湧いています。

 

 

 

神垣町6番地にある「ゆめ保育園」の西側にある井戸跡への道です。写真は越水町11番地になります。道はかなり狭いです。

 

 

 

越水町にある浄土宗 泉福寺です。

 

 

 

泉福寺から見た小清水城址です。

 

次回は阪急岡本駅のすぐ北側にある戦国山城 五百山(いおやま)城址を紹介したいと思います。典型的な山城で、遠くから眺めてもすぐに山城と分かります。宅地化され遺構はまったくありませんが、こんな近くに城があったんだと気づいてもらえればうれしいので紹介します。

次回の更新日は9月5日(月)の予定です。

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西宮の城 小清水城 C

<2011年8月23日(火) 更新しました!>

 

昨日は時間的余裕がなく更新は今日になってしまいました。誠に申し訳ございません。

 

【頑固もほどほどに】

一昨日、阪急電車に乗っておりますと、芦屋川駅からお年寄りが乗ってきました。中学生らしき男子がそのお年寄りを見るなり、席を譲ろうとしたのですが、お年寄りは「まだ、若い!」と言って、譲ってもらった席に座ろうとしません。もう一度、男子が「どうぞ」とお年寄りに声を掛けたのですが、「うるさい!」と言って完全拒否。男子は席に戻ることもできず、また、その光景を見ていた乗客も、その席に座ることができず、夙川駅までその席は虚しく空いたままの状態でした。私は夙川駅で下車しましたが、気持ちがとてもブルーになってしまいました。「あの車両に乗らなければよかった」と後悔。きっとあの男子は今回の事がトラウマになり、「これからお年寄りに席を譲ろうと思っても、なかなかできないだろうなぁ」と感じました。

大人達は、子供達の思いやりには素直な気持ちで応えなくてはいけません。応えてあげることにより子供達の心に優しさを育てることができるのではないでしょうか。私もだんだん年寄りになっていきますが、あのような年寄りだけには絶対にならないよう肝に銘じた一日でした。

 

 

 

今回から小清水城址の井戸跡を紹介していきたいと思います。桜谷町に2か所、越水町に1か所あります。ただ、残念ながら桜谷町の1か所の井戸はマンション建設のため消滅しています。

これらの井戸跡に関して興味がある方が多く場所をよく聞かれます。今回は写真で分かりやすく紹介していきたいと思いまうす。

 

 

 

この場所は桜谷町11番地と越水町8番地の間にある旧西国街道(手前)です。私が学生の時、写真中央の自動販売機がある辺りに、前々回紹介した「越水城址」の石碑がありました。左側の坂道が小清水城址への道です。坂上のマンションの手前に木が植わっていますが、あの植え込みと手前の住宅の間に井戸跡があります。今はお地蔵さんだけが残っています。

 

 

 

同じ場所から西側を望みます。前方に木が見えますが、あそこにもう一つの井戸跡があります。では行ってみましょう。

 

 

 

これが井戸跡です。住宅地の真ん中にあります。

 

 

 

ズームしてみます。中はガラス越しでしか見ることができません。

 

 

 

マンション建設で消滅した井戸跡です。マンションと住宅の狭い間にあります。お地蔵さんが見えますが、ここに井戸がありました。

 

次回は越水町にあるもう一つの井戸を紹介したいと思います。

次回の更新日は8月29日(月)の予定です。

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西宮の城 小清水城 B

<2011年8月16日(火) 更新しました!>

 

昨日は急用ができ更新ができませんでした。誠に申し訳ございませんでした。

 

【水戸黄門復活作戦】

水戸黄門が今回のシリーズで放送が打ち切りになることは、みなさんご存じだと思います。視聴率の低下でこれ以上放送が続けられなくなったそうです。水戸市長は放送を続けてほしいと要望していますが、その願いは叶えられそうにもありません。

視聴率低下の原因は何か。「マンネリ化」、「時代のニーズに合わなくなってしまった」等が言われていますが、何を今更と思います。マンネリ化とか時代のニーズとかが原因なら42年も続かずに、とっくの昔に番組は終わっていたのではないでしょうか。

そこで「水戸黄門復活作戦」を考えてみたいと思います。私個人の考えなのでお許しを。

初代水戸黄門役は東野英治郎さんでした。あまりにもハマりすぎていました。当時、二十歳前半だった私は、「東野英治郎さんの次の黄門役は西村晃さんか佐野浅夫さんが適役かなぁ」と思っていたら、これがズバリ二人とも選ばれました。「我ながらなかなか見る目があるじゃん」と思ったことがあります。

現在の水戸黄門役は里見浩太郎さんですが、助さんのイメージが強すぎて合っていないように思えます。また、最近の助さん役、格さん役の若い俳優さんは、放送開始当時の助さん役だった杉良太郎さんや里見浩太郎さん、格さん役だった横内正さんと比較すると、申し訳ないですが、かなり見劣りします。

そこで提案! 水戸黄門役に津川雅彦さん、助さん役に渡辺謙さん、格さん役に村上弘明さんで再起を図ってほしいと思います。私は長い間、当番組を見ていませんが、この出演者なら必ず見てしまいます。出演料が掛かりそうですが、パナソニックさんにがんばってもらってなんとか実現してほしいものです。私の夢でした。

 

 

 

今回は小清水城址界隈と南側の風景と紹介したいと思います。

 

 

 

小清水城址の主郭付近から南側を望みます。

 

 

 

小清水城址南端より南側の風景を東側から順に撮りました。山麓には旧西国街道が走っています。

 

 

 

西側を望みます。

 

 

 

旧西国街道です。江戸時代、この道は参勤交代道として使われていました。西宮市内で街道らしい雰囲気が残っている場所は少ないですが、伊丹市内には街道の雰囲気を味わえる場所が多々残っています。自転車でのんびりと猪名川までの旧西国街道を走るプチ旅行はいかがでしょうか? 結構ハマりますよ。

 

次回からは小清水城址に残る3か所の井戸を紹介したいと思います。場所が分からないと言われる方のために写真で詳しく紹介したいと思います。

次回の更新日は8月22日(月)の予定です。

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西宮の城 小清水城 A

<2011年8月8日(月) 更新しました!>

 

【 お母さん、男には狩りの本能があるって知ってる? 】

家近くの公園でベンチに座っていると、小学生低学年の男の子が一人で公園に入ってきました。その男の子は蝉を探していました。蝉の抜け殻も発見したみたいです。私はその男の子の姿を楽しく眺めていました。ところが、突然、その男の子の母親が公園に入ってきて、「そんな馬鹿みたいなことしていないで、家に帰って塾の宿題プリント12枚を早くしなさい」と怒り、その男の子を連れて行ってしまいました。女性には分かりにくいかもりれませんが、男性には狩りの本能があります。それを「馬鹿な行動」という言葉で片付けられたら、その子がかわいそうです。賢いお母さんは息子の虫取りをしている姿をじっと見守っています。女親にとって男の子の気持ちは分かりにくいという話を聞きます。「男の子って、どうしてこうなの?」という本まで出版されています。それなのに息子の虫取りをしている姿をじっと見守っているお母さんを見つけると、私はそのお母さんをとても尊敬してしまいます。世のお母さん方にお願いがあります。できるだけ、男の子の虫取りや川遊びは静かに見守ってください。狩りの本能を満たしてあげればきっとよい子でいてくれるはずです。よろしくお願いいたします。

 

 

 

今回は小清水城址にある石碑、案内板と主郭付近から見た東側の風景を紹介したいと思います。

 

 

 

大社小学校(桜谷町)校門前にある小清水城址の石碑です。

私が学生時代に西国街道沿いで見ていたのはこの石碑です。ある日、急に無くなったのでがっかりした記憶があります。たまたま、大社小学校前を自転車で通っていたら発見、「こんな所に引っ越していたのか」とひとりで再会を喜びました。 

 

 

 

西国街道沿いに石碑があった時はこの案内板はありませんでした。案内板には「城の規模は南北200m、東西約100m」と書かれています。かなり規模の広い城郭だったみたいです。

「明治29年に城跡に大社尋常小学校が建ち、大正7年に現在の場所に移った」と書かれています。また、「戦国の世以来、こんこんと清水が湧き、城や地名の元となった3ヶ所の泉こそ、越水城を語りつぐ証人として大切に保護したいものです」と書かれています。ただ、残念ながら1ヶ所はマンション建設のため消滅してしまいました。

 

 

 

小清水城主郭付近から見た東側の風景を北から順番に撮りました。

中央のお寺は浄土宗 泉福寺です。

 

 

 

かなり広範囲まで見通せます。

 

 

 

案内板に「深い木立につつまれた大社尋常小学校は、大阪湾をへだてて摂津、河内、和泉や紀伊の山々を望む素晴らしい環境に恵まれた学校でした」と書かれています。現在はビルが立ち並び、そのような風景を想像できませんが、当時はその通りの風景だったのでしょう。

 

次回も小清水城主郭付近からの風景を紹介したいと思います。

次回の更新日は8月15日(月)の予定です。

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西宮の城 小清水城 @

<2011年8月2日(火) 更新しました!>

 

昨日は朝からネットがつながらず悪戦苦闘。ケーブルの老朽化が原因と分かったのは21時頃でした。もう更新するパワーもなく本日の更新になりました。更新が遅れて誠に申し訳ございません。

 

 

 

今回から西宮市にある小清水城址を紹介したいと思います。畿内を制した戦国大名 三好長慶(みよし ながよし)の居城跡です。

私が中学〜高校時代、越水町に友達がいて、毎日この辺りで遊びまくっていました。また、14年間も自宅から西宮北口にある会社まで、この城跡を通って自転車通勤していました。だから結構馴染みのある城跡なのです。城跡はもちろんですが、3か所ある井戸の場所もこのブログで分かりやすく紹介したいと思います。

 

 

 

小清水城址

城山町にあるレジデンスコート夙川城山というマンションです。ここに小清水城がありました。このマンションができるまでは崖があり唯一城跡の雰囲気を醸し出してくれる場所でしたが、マンションの建築とともに公園化され崖は消滅しました。

 

 

 

マンションの西側にある阪急バスの城山バス停です。

地図を見ていて城山という地名があれば、昔、その場所に城があったと思っていいでしょう。

 

 

 

小清水城址 主郭付近

この道の突き当たりが上記のマンションです。この辺りがすべて城跡になります。写真では分かりにくいのですが坂になっています。主郭部分までは階段状の郭が続いていたのではないかと思われます。

 

 

 

主郭部分から見た東側の風景

この道をまっすぐ行くと急な下り坂があります。坂を下り振り返ると上記のマンションを望むことができます。

 

 

 

大社小学校(桜谷町)の校門前にある小清水城の石碑と案内板です。

左側の石碑は、私が学生の時は山麓の旧西国街道沿いにありました。

 

次回は小清水城址から望む風景を紹介したいと思います。

次回の更新日は8月8日(月)の予定です。

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苦楽園 太郎
プロフィール公開中 プロフィール
土の城に心惹かれ44年。

遠き昔に想いを馳せ、ただ、何も考えずに、苔むした城跡と同化する。

それが私にとって至福の時なのでございます。

このブログで、私が至福の時を過ごした孤高の城達を紹介していきたいと思います。


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