苦楽園太郎の兵庫お城探検

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六甲山の城 滝山城 M

<2012年3月12日(月) 更新しました!>


 


【キッチンドリンカー】


「息子の嫁がキッチンでお酒を飲みながら料理を作っている。息子がかわいそう。」と新聞の悩み相談。「そんなことは許さん!」「何を考えているんだ!」と男性サイドからも文句が出そうですが、実は私もお酒を飲みながら料理を作ることがあります。ほろ酔い気分で料理を作りたい時があるのです。だいたいそういう時はストレスが溜まった時で、男性版キッチンドリンカーに変身します。妻も専業主婦の時代があったので、私の心中をよく理解してくれます。たまに私が男性版キッチンドリンカーに変身するので、妻は私のためにお酒を用意してくれています。私の場合、お酒を飲みながら料理を作ると、ものすごく捗るのです。


「キッチンドリンカー」という言葉は専業主婦がストレス解消のため自宅でお酒を飲む場合に使われます。別にお酒を飲む場所がキッチンでなくても構いません。男性は仕事のストレスを居酒屋とかで発散できますが、主婦の場合はそうはいきません。主婦は男性が考えている以上にストレスが多いのです。これについては実感しています。


キッチンドリンカーになるには理由があります。これについて語ると長くなるので別の機会で述べたいと思います。


夫が妻の自宅での飲酒を発見した時、「酒を飲みながら料理を作るとは何事だ!」と怒鳴るのではなく、「もしかして妻は大きなストレスを抱えているのでは」と少しでも気遣ってあげてください。夫は自分のガス抜きばかりするのではなく妻のガス抜きもしてあげてください。主婦には主婦の苦労があるのです。それを黙って聞いてあげてください。そうすれば、少しでも良好な夫婦関係が保てるのではないかと思われます。


 


 


 


今回(最終回)は滝山城の水の手番所跡と布引の滝を紹介したいと思います。中央廓群の北側にある急こう配の尾根を下りて行きますと布引貯水池があります。そこに水の手番所がありました。松永久秀の時代に敵にこの水の手番所を奪われ落城した歴史があります。


 


 


 


尾根伝いに下りて行きます。写真では分かりにくいですが、かなりの急こう配です。



 


 


 


布引貯水池まで下りてきました。



 


 


 


この場所に水の手番所がありました。



 


 


 


城山山麓にある布引の滝の滝壺です。



 


 


 


布引の滝の全貌です。



 


次回から神戸市中央区の再度山山頂にある多々部城を紹介したいと思います。赤松円心の城で山頂には廓跡と堀切跡が残っています。


次回の更新日は3月19日(月)の予定です。


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六甲山の城 滝山城 L

<2012年3月5日(月) 更新しました!>


 


【必死剣 鳥刺し】


大長寿番組であった「水戸黄門」が姿を消し民放から時代劇番組が姿を消しました。しかし、時代劇専門チャンネルは好調とのこと。と言うことは時代劇はまだ廃れていないと考えられます。NHK大河ドラマに期待をかけたいところですが、昔の様な威厳もなく見る気もしません。「受信料を取っているのならもっとしっかりとしたドラマを作れ」と言いたくなります。


1年半程前の映画で「必死剣 鳥刺し」という映画がありました。テレビでも予告編が放送されていました。藤沢周平氏の時代劇小説を映画化したもので、題名が変わっているのでとても気になった記憶があります。また「主演の豊川悦司さんと時代劇とが合わないなぁ・・・でも観たい!」と思っていました。


その映画が最近、時代劇専門チャンネルで放送されたのです。とにかく凄い作品でした。ストーリーは「藩主の妾が政治の実権を握り、横暴な振る舞いにより民は苦しみ、藩は壊滅状態に陥ってしまう。剣の達人である兼見三左衛門(豊川悦司さん)は藩と民を守るため城内で妾を刺殺。斬首刑を覚悟していたが、1年間の閉門と降格という寛大な処分だけだった。しかし、この寛大な処分には藩の大きな思惑があった。」というもの。見所は映画の最後にある壮絶な斬り合いと絶対絶命の時のみに使われる「必死剣 鳥刺し」という剣法がいつでるかという所。また、衝撃のラストには驚かされます。


時代劇に付き物の痛快さはまったくなく、たいへん気持ちが重くなる作品です。しかし、これだけの映画にはなかなか巡り合わないと思われます。久しぶりに凄い時代劇に出合ったという感激と、「映画館で観たかったなぁ」という残念さでいっぱいになりました。内容さえ良ければまだまだ時代劇は復活する可能性はあるのではないかと期待してしまう昨今でした。


 


 


 


今回は滝山城の北側の尾根伝いにある木戸跡を紹介したいと思います。


中央廓群から北方向にある尾根伝いを下り木戸跡を目指します。かなり急斜面ですががんばって下りてみます。


 


 


 


尾根伝いに下りてみましょう。真下に廓跡が見えました。


 


 


 


すばらしい廓跡です。



 


 


 


もう一段下にも廓跡がありました。どんどん下りて行きます。



 


 


 


2段目からの廓跡から100m程急斜面を下ると巨石の近くに僅かな平坦地がありました。この回りをかなり散策しましたが、ここ以外に木戸跡らしきものがありませんでした。おそらく木戸跡と思われます。



 


 


 


木戸跡を角度を変えて撮りました。



 


次回(最終回)は滝山城の水の手番所跡と布引の滝を紹介したいと思います。


次回の更新日は3月12日(月)の予定です。


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滝山A/鳥取 | コメント( 3 ) | トラックバック( 0)

初めまして 滝山城編感激しました。実家のすぐ近くにあるので、よく学生の頃、散策しました。歴史に興味を持ち信長を調べるうちに松永弾正に出会い この下剋上の主役の独創性と、個性的な彼の足跡を辿る途中、滝山城に。450年前に存在した此処には郭や堀切が…この山肌に埋もれた石垣は此処で何を見ていたんだろう? どんな感じの山城だったんだろう…弾正が滝山城で滝山千句連歌会や、能楽で当時の著名人や公家、主家の三好長慶を歓待‥その前の時代 赤松時代は?等々 想像してました。資料といえるものは乏しく……あれから35年近くが経ちました PC等のおかげもあり 今はこうして素晴らしいブログに出会えました。地道な努力と写真資料は 自分を当時の夢中で城跡の草むらや苔むした石垣の残骸のスケッチを書いていた頃にタイムトラベルしました。改めて初めて知った木戸番跡他本当に感激しました。滝山城は、今も自分の心の寄り処です。このサイトに出会えたこと本当に感謝致しますと共に 今後もお身体御自愛され、親しみやすい 温かい文面の【戦国の薫りのする山城への誘い紀行】で誘って下さい 長文で申し訳ありませんでした  
 

[ 岩成友通 ] 2012/12/17 8:49:23 [ 削除 ] [ 通報 ]

はじめまして、岩成友通さん、コメントありがとうございます。

ご丁寧なコメントをいただき、深く感謝しております。
岩成さんと同じく、私も城跡にたたずむと、遠き昔に思いを馳せながら全盛期の城を想像しています。

日本城郭大系には 「久秀は学問に優れており、城中で 『経書』 を聴講したしたとの記録がある」 と記載されています。どの場所で聴講したのか? 滝山千句連歌会や能楽を開催したのはどの場所か? 中央郭群辺りかなぁ?とか想像したりするのはとても楽しいですね。

久秀は世間では極悪人のイメージが強いですが、歴史は勝者によって作られると言われているように、信長によって極悪人にされてしまったのかもしれませんね。私にとって信長も充分極悪人だと思えますが・・・・。信長にとって久秀は極悪人にしてしまいたいほど優秀な人物だったのかもしれません。

先程、「確か久秀の小説を持っていたなぁ〜」 と思い出し、本棚をまさぐっていたら 「早乙女 貢 悪霊―松永弾正久秀」 が出てきました。もっと地元の武将である久秀を勉強しなくてはいけませんね。少し反省。
私は平将門が大好きなのですが、ひとりの武将を研究し続けることはとても大切だと思います。活躍した地を訪れたりしていると、本に書かれていること以外に自分だけの大きな発見というものがあります。それが波及していき新しい世界がどんどん広がっていく。なんて素晴らしいことなんでしょう。

これからも末長くお付き合いできますようよろしくお願いいたします。なにか面白い情報があれば教えてくださいね。

[ 苦楽園 太郎 ] 2012/12/18 13:33:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

苦楽園さんへ

おはようございます。わざわざ御返信頂き有り難うございました。まさか返事がこようとは… なんか嬉しくて、大スターからサイン付きメッセージを貰った用な気がして、満面の笑みを浮かべてました(笑)  松永弾正については、戦国乱世の寵児信長も一目置いた存在だったと思います。“単に力だけ” ではなく先を読み智恵と、発想機転で生きなければいけない時代、茶の湯他 文化人的な面もまた知識教養を得る上の必須 築城技術においては後に“多聞櫓” という名で知られる美的センスと、土塀に乾物を塗り込み戦になれば非常食とした発想力は後々乱世の武人の教科書的となりました。そういう独創性と理にかなう着眼点は、信長も参考にしたであろうし久秀に敬服していたのでは?と思います。また初めて日本人として【クリスマス】という名目で休戦したと宣教師達の記述にあり、粋な計らいは彼ならではの事 領主として善政を敷き慕われた面と、年貢米の徴収では過酷な非情さで農民に簑を着せ火を放ち【簑踊り】と称し焼き殺す様を酒杯をあげ観覧、久秀爆死後は領民は、農具を売り払って酒に変え彼の死を覆いに喜んだ…と 滝山城には短期間の在城だったんでしょうね、彼は大和の国を拠点にしましたし…個人的にもっと滝山城が歴史に登場して欲しかったです でも意外な事実?として滝山城内には楠氏の歴代墓所があったとしての記載があり南北朝時代 あの楠氏一族と滝山城は関係が深かったらしいとの資料も、新たな発見で嬉しい事です。滝山の近くの再度城も興味深いですが、時代が進むにつれて山城から、平城への移行は儚さと共に機能性や戦の変化により衰退?していった事は寂しいですね‥個人的にですが。山城の跡地と知らずハイキングコースとして歩いてる道が、随分山奥深くの獣しか通らないような道も先人が切り開いてきたものが、数百年経った現在も踏み固められてより堅固になるんでしょうね…
またまた長文ダラダラで大変申し訳ありませんでした。今朝は、雪でも降りそうな位、冷え込んでます。風邪・ノロウイルスにはご注意下さい。
 
 

[ 岩成友通 ] 2012/12/19 7:08:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

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六甲山の城 滝山城 K

<2012年2月27日(月) 更新しました!>


 


【 天寿を全うしたテレビ 】


今まで我が家には2台のブラウン管テレビがあったのですが、1台が故障して液晶テレビに買い換えました。この2台のテレビとも私が結婚した時(14年前)に購入したものなのです。ちなみにもう1台は健在で、まだまだ活躍しそうです。


この2台のテレビともパナソニック製です。個人的には昔から大型家電はパナソニック、オーディオ製品はパイオニアに好印象を持っています。


何が良いかと言いますと頑丈さなのです。極端な言い方ですが「どつきまくっても壊れない」という印象が強いです。


画面が美しくても、音が良くても、形が良くても、機能が多彩でも、故障が多ければ意味がありません。見た目よりもやっぱり頑丈さが一番だと思います。頑丈なものは地味っぽいイメージがあります。昔、オーディオに凝っていた時、専門誌に、性能の良いアンプ選びのコツは「重くて、ボタンが少なて、地味なものを選ぶこと」と書かれていました。これを参考にしてマランツのアンプを購入したら、故障知らずでとても長持ちしました。


大型家電の寿命は約10年と言われています。故障知らずで10年間の任務を全うできた電化製品を人間に例えたならば、その人は最高の人生を歩んだのではないかと思われます。


よ〜く考えると人間も同じことが言えると思います。あまりにも世間体を気にしたり、余計なプライドをたくさん抱えていたり、見た目を良く思われようとして生きていると、余計なエネルギーを使いすぎ心身ともに弱まってしまうような気がします。心身ともに弱まるということは電化製品に例えると故障が発生することだと思います。「虚勢を張って生きている人間よりも、目立たなくても心身ともに頑丈な人間の方が良い人生を歩むのではないか」と天寿を全うしたテレビから学んだ昨今でした。


 


 


 


今回は滝山城の最西端にある砦跡と最南端にある物見台跡を紹介したいと思います。


 


 


 


二の丸から滝山城最西端にある砦跡を望みます。滝山城の一部ですが完全に独立した城山であることが分かります。



 


 


 


砦跡への途中にある堀切です。なかなか立派!



 


 


 


砦跡の山頂です。山頂には二つの廓跡が確認できました。ここは鹿の糞がいっぱいでした。



 


 


 


滝山城最南端にある物見台跡です。



 


 


 


物見台跡から見た神戸の市街です。



 


次回は滝山城北側にある木戸跡・水の手番所跡を紹介したいと思います。


次回の更新日は3月5日(月)の予定です。


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六甲山の城 滝山城 J

<2012年2月20日(月) 更新しました!>


 


【 好きな事ができる時期っていつ? 】


いま、入塾説明会が盛んです。特に小学校4年生から塾通いが盛んになります。地域にもよりますが、北夙川小学校ではほとんどのお子さんが塾通いをします。また、私立中学校への進学が50%を超えます。私はそういう話を聞くと、「子供達をもっと自由にさせて!」と叫びたくなります。もちろん私立進学が本人の希望であれば別ですが。


最近、「好きな事ができる時期っていつかなぁ?」とよく考えます。私個人の考えでは、小学校時代が一番で、次に中学校時代、その次に高校時代だと思われます。大学に関しては、合格だけを目標とされている方々を除いて、親の意見を聞き入れず自分の将来を考えて選んだ大学ならば、大学で学ぶ4年間は遊んでいる暇はないと思います。


上記のような理由で、私は今のうち子供達(中1・小4)をできるだけ自由奔放にさせてあげたいという気持ちで一杯です。


長女はもうすぐ学年末テストなのですが、勉強の方はさっぱりで部活一筋です。テスト結果は目に見えているので「先生にはお父さんから謝るから、その分部活に集中しなさい」と言っています。


私の結婚が遅かったのも原因があるかもしれません。いろいろな方々から子育ての成功談や失敗談を聞いてきたのが原因かもしれません。だから今のような子育てになったような気がします。


今しかない「部活仲間と楽しめる時間」を大切にしてほしいと願っています。教育主義のお母さんからは「甘過ぎる! それでは人生に失敗する!」と言われそうですが、女の子の場合、結婚して子供が生まれれば、髪の毛を振り乱し、なりふり構わず家事や育児をせねばならず、「今を楽しまずして、いつ楽しむのだ!」と考えてしまいます。もちろん育児に協力してくれる男性と結婚してくれればありがたいのですが。


それを考えると私はどうしても子供達に「勉強!勉強!」って言えなくなってしまいます。一度きりの人生、好きな事ができる大切な時期を大切に生きて人生の基礎を作ってもらえたらと願う今日この頃です。


 


 


 


今回は滝山城本丸西側にある堀切とそこから見る多々部(たたべ)城を紹介したいと思います。


 


 


 


本丸西側にある堀切です。西側から尾根伝いから攻め登ってきた敵をここで防ぎます。



 


 


 


反対側から撮りました。なかなか立派な堀切です。



 


 


 


堀切付近から見た多々部城です。赤松円心の築いた城です。山麓には有名な大龍寺があります。



 


 


 


ズームしてみます。



 


 


 


もっとズームしてみます。典型的な山城です。なんだか甲山みたいでしょう。山頂は削平され廓跡・堀切が存在します。


ちなみに甲山も私には完全な城山に見えます。



 


次回は滝山城の最西端にある砦跡を紹介したいと思います。孤立した城山で立派な廓跡が存在します。


次回の更新日は2月27日(月)の予定です。


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山陰の城 鳥取城(最終回)

<2010年1月12日(火) 更新しました!>

 

私は中世城郭には興味がありますが、近世城郭にはまったく興味がありません。前回までは久松山(きゅうしょうざん)山頂にある中世城郭跡を紹介してきましたが、今回はなかなか良い写真が撮れたため、山麓にある近世城郭の二の丸・三の丸を紹介したいと思います。

 

 

 

三の丸と鳥取県庁です。雪が降った後だったので町がきらきら輝いていました。

 

 

 

少しだけ角度を変えて撮りました。これも三の丸です。雪空が似合う町です。

 

 

 

二の丸の石垣です。なかなか雰囲気があって良いでしょう。お気に入りの写真です。

 

 

 

迫力ある石垣です。これもお気に入りの写真です。

 

 

 

復元門です。

 

次回からは朝来市和田山町にある竹田城を紹介したいと思います。今から26年前に訪れた時、兵庫県にこんなに凄い山城があったのかと驚かされました。とにかく凄いの一言に尽きるのです。当時は無名で訪れる人もなく、山頂からの雲海を独り占めできたものです。今は全国的に有名になり、訪れる人も多くなりました。ゆっくり一人で散策するのも難しくなりました。竹田城の写真はブログで3年以上紹介できる程の枚数がありますが、ここ数年の写真を中心に紹介していきたいと思います。また、竹田城の枝城(支城)も紹介していきたいと思います。

次回更新日は1月18日(月)の予定です。

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山陰の城 鳥取城D

<2010年1月3日(日) 更新しました!>

 

あけましておめでとうございます。

このブログは昨年7月26日にオープンしましたが、当初は見てくれる人はほとんどいないだろうと思っていましたが、予想に反して城に興味がある人が結構いらっしゃることが分かって驚いております。また、地元の城に興味がある方が多いことも分かりました。

このブログは兵庫県の古城を紹介し皆様に興味を持ってもらうことが目的ですが、平将門や鳥取城みたいな番外編もたまにありますがお許しください。今年は、昨年紹介した古城よりも、もっと人に知られていない兵庫県の古城をどんどん紹介していきたいと思っております。また、六甲山系にある城も紹介していきたいと思っております。「六甲山に城があるの?」と驚かれる人が多いのですが、数多くの城跡が存在するのです。かなりローカルな部分に踏み込んでしまいますが、面白いブログになるかもしれないと思っております。

これからもよろしくお願いします。

 

今回は鳥取城の山頂からの展望を紹介したいと思います。とにかく絶景なのです。パソコンの壁紙にも利用しております。多数の山城を登ってきましたが、山頂からの眺めの壮大さはNo,1だと思われます。

 

 

 

私のパソコンの壁紙に使用している写真です。お気に入りの1枚です。

 

 

 

山頂から南側を望みます。

 

 

 

山頂より北側を望みます。

やっぱり山陰地方は雪や雨が似合います。鳥取への旅行と言えば鳥取砂丘がどうしてもメインになってしまいますが、鳥取城の山頂も加えてください。登るのは少し疲れますが、山頂からの絶景は良い思い出になると思われます。砂丘からも鳥取城山上ノ丸の石垣は見えます。砂丘から近いので足を延ばしてみてはいかがでしょうか?

 

次回(最終回)は二の丸を紹介したいと思います。私にはまったく興味のない近世城郭ですが、きれいな写真が撮れましたので紹介したいと思います。

更新は随時とさせていただきます。



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山陰の城 鳥取城C

<12月24日 更新しました!>

 

今日は次女のインフルエンザ予防接種で病院に行き、長女の目に異物が入り眼科に行き、帰宅して急いで夕食を作り、子供達に夕食を食べさせた後、ゆっくりと風呂に入ろうと思っていたらシャワーが止まらなくなり、修理で2時間程悪戦苦闘し、修理は無理と諦め、水道の元栓を閉める前に2度の洗濯を済ませ、年賀状を書こうと思っていたら長女がガラスコップを割ってしまい、その処理後、水道とガスの元栓を閉めて、子供達を寝かそうとしたけれど、いろいろ事件があったことで子供達が喜び興奮してなかなか寝ないのを、やっとのことで寝かし、やっと自分の時間が出来て、今ブログを更新しています。今年一番の忙しい日になりました。更新が終わったら年賀状を作成するつもりです。明日はホームセンターコーナンでTOTOサーモスタットシャワー混合栓というものを買いに行くつもりです。インターネットで調べてみると結構値段が高いのです。ショック!!

 

今回は久松山(きゅうしょうざん)山頂の山上ノ丸にある天主台を紹介したいと思います。羽柴秀吉の鳥取城攻めの時は三層の天主閣があり、池田長吉の時代は二層の天主閣がありましたが、1692年に落雷により焼失してしましました。その後は天主閣は建てられませんでした。

 

 

 

山上ノ丸です。向こうに見えるのが天主台です。山陰の天気らしく今にも雪が降りそうです。雰囲気は最高です。

 

 

 

天主台の石垣です。

 

 

 

天主台にある礎石です。この石が天主閣を支えていました。

 

次回は山頂(山上ノ丸)からの絶景を紹介したいと思います。とにかく素晴らしいのです。数多くの山城の山頂からの風景を見てきましたが、鳥取城がNo.1です。

更新は随時とします。



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山陰の城 鳥取城B

<12月21日(月) 更新しました!>

 

今回は久松山(きゅうしょうざん)の山頂にある山上ノ丸の石垣を紹介したいと思います。山頂へは30分位で登れます。現在の鳥取城は、関ヶ原の戦い後に入場した池田長吉(姫路城主 池田輝政の弟)の時代に今の形になったと言われています。

 

 

 

山頂から南側を望みます。

 

 

 

今にも雪が降りそうな天気でした。山陰地方の城は晴れているより雪や雨の方が似合います。

 

 

 

野面積みの石垣は、とても荒々しくて古城の雰囲気を醸し出してくれます。

 

 

 

この石垣の上に天主台があります。苔むした石垣がたまら〜ん。

 

次回は天主台を紹介したいと思います。

更新は随時とします。



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山陰の城 鳥取城A

<10月16日(水) 更新しました!>

 

今回は久松山(きゅうしょうざん)の山麓から山頂を眺めてみたいと思います。高さ263mの山とは思えないほどの迫力があります。この山で多くの兵達が飢えに苦しみ餓死していきました。

 

 

 

角度を変えて山頂を望みます。

 

 

 

ズームしてみます。天主台がある山上ノ丸の石垣が累々と並んでいるのが分かりますか? 昔、ここに天主閣がありました。

 

次回は山頂の山上ノ丸にある石垣を紹介したいと思います。

更新は随時とします。



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山陰の城 鳥取城@

<12月14日(月) 更新しました!>

 

今回から兵庫県の城ではありませんが、鳥取県鳥取市にある鳥取城を紹介したいと思います。超典型的な山城の形をしており、どうしてもブログで紹介したいと思いました。初めて見た時は鼻血が出そうになるほど興奮しました。とにかくスケールの大きさと威圧感が凄いのです。

 

1581年、吉川元春(毛利元就次男)は、織田信長より中国征伐の命を受けた羽柴秀吉の侵攻を防ぐために、吉川経家(きっかわつねいえ)を鳥取城主にします。経家は自分の首桶を持参し、決死の覚悟で入城します。

同年、秀吉が3万の大軍で鳥取城を包囲し兵糧攻めを開始します。鳥取城に籠る経家軍は4千。4ヵ月間籠城しましたが、その間に兵糧米は底をつき、兵達は草木・犬・猫・虫・死人まで口にしたと言われています。経家は兵達の命と引き換えに自害します。

 

 

 

典型的な山城の形をしています。久松山(きゅうしょうざん)の山頂(263m)に城跡があります。

 

 

 

ズームしてみます。 す、す、す、すごい! 威圧感がすごい! 雄姿という言葉がぴったりの山城です。こんなに興奮しているのは私だけかもしれない。

 

次回はもっと近づいて山頂をズームしてみたいと思います。山頂には天主台がある山上ノ丸の石垣が累々と並んでいます。

更新は随時とします。



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苦楽園 太郎イメージ
苦楽園 太郎
プロフィール公開中 プロフィール
土の城に心惹かれ44年。

遠き昔に想いを馳せ、ただ、何も考えずに、苔むした城跡と同化する。

それが私にとって至福の時なのでございます。

このブログで、私が至福の時を過ごした孤高の城達を紹介していきたいと思います。


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