苦楽園太郎の兵庫お城探検

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神戸の城 有野城(岡場城・西尾城・切畑城) E

<2012年5月22日(火) 更新しました!>

 

最近は私用のため月曜日に更新できず、火曜日に更新する日が増えてきました。誠に申し訳ございません。

 

【仏眼相】

私の次女(小5)の両方の親指には立派な仏眼相(ぶつがんそう)があります。仏眼相とは、親指の第一関節が目の形になっているもので、超能力や霊能力、または頭の回転が速い人にある相だそうです。次女にはとても立派な仏眼相があり、本物の目みたいなものがあります。

関係あるかどうか分かりませんが、最近、次女が「幽霊が見える」とよく言います。突然泣いたり、怖がったりして私を困らせます。2年前、丹波の山城に次女を連れて行った時のことなのですが、登山途中に「山の上に大勢の人がいる」と言って怖がり、登山を途中で諦めて下山したことがありました。

妻や長女は「そんなん気のせい」と言って次女の話に耳を傾けません。私は霊や占いを信じませんが、次女の話を無下にすることもできず、黙って次女の話を聞いています。「何にも悪いことしていないのに、何で(幽霊が)見えるの」と涙ぐむ次女に、何もしてあげれない無力な父でありました。

 


 

今回(最終回)は有野城の本丸を紹介します。本丸の規模は小さいですが、東隅には立派な土塁があります。本丸は士卒廓から一段高い小山の上にあります。

 

 

 

主廓中央から見た土塁(どるい)です。土塁とは敵の侵入を防ぐために築かれた連続した土盛りのことです。近づいてみましょう。

 

 

 

土塁に近づきました。高さは1m位です。この土塁の向こうは堀切でかなりの深さがあります。

 

 

 

土塁の上に立ちました。土塁が連続した土盛りであることが分かるでしょう。

 

 

 

土塁から見た主廓中央部分。鬱蒼と木々が茂っていて、古城の雰囲気を醸し出しています。

 

 

 

主廓から見下ろす高丸川です。かなりの深さがあります。川の向こうには西の丸があります。

 

次回からは丹波市氷上町にあるガンジョウジ城址を紹介したいと思います。国道175号線の城山トンネルの上にあり、氷上町と柏原町を一望でします。山頂の主廓部分は巨大で、テニスコート3〜4面の大きさがあります。

次回の更新日は5月28日(月)の予定です。

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神戸の城 有野城(岡場城・西尾城・切畑城) D

<2012年5月14日 更新しました!>

 

【 撃沈! 】

今日の朝、洗濯物を干していると、塀越しに自宅裏の保育園の園児から、「おじいさん、おはようございます!」と元気に声を掛けられました。「おじいさん??? 聞き間違いかなぁ?」と思ったのですが、しばらくして数人の園児が走って近づいてきて「おじいさん、おはようございます!」と再度、元気よく声を掛けられました。「聞き間違いではなかったのだ。ショック〜!」 生まれて初めて「おじいさん」と呼ばれた衝撃は大きく、魚雷を横っ腹に10本位受けたような状態になりました。「今週もがんばるそ〜!」と思った矢先の出来事で、進水式を終えたばかりの船が、いきなり魚雷を受けて轟沈した感じなのです。妻のどのような口撃にも耐えられる不沈艦(私)ではありましたが、園児からの悪気のない元気な挨拶にあっけなく撃沈した今日の朝でした。

 

 

 

今回は西の丸と本丸にある空堀を紹介したいと思います。

 

 

 

西の丸の西側にある有野川を真下に見下ろします。かなりの高さがあります。これ以上は危なくて近づけません。

敵兵はこの断崖を登ってくることはできないでしょう。

 

 

 

西の丸の東側にある高丸川を見下ろします。すごい天然の堀だ!

 

 

 

西の丸の廓跡は凸凹ない良い状態で残っています。

 

 

 

西の丸から見る本丸です。手前が高丸川です。

 

 

 

本丸の東側にある空堀です。さあ、本丸に登ってみましょう。

 

次回から本丸に入っていきたいと思います。

次回の更新日は5月21日(月)の予定です。

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神戸の城 有野城(岡場城・西尾城・切畑城) C

<2012年5月8日(火) 更新しました!>

 

【そりゃ、長生きするわ〜】

妻がスポーツをしたいということで、2人で西宮市内の体育館巡りをしました。妻は中学〜高校と卓球をしていました。しかし、卓球は苦しい思い出しかないので、卓球以外のスポーツをしたいとのこと。体育館ではバレーボール・バトミントン・クォーターテニス等を見学しました。60歳以上と思われる方々も多く、その方々が一生懸命プレーしているのを見ると「自分もがんばらなくては」と思ってしまいました。

体育館巡りが終わり、自宅に帰ってから気づいたことがあります。それは運動をされていた方々のほとんどが女性だったことです。おそらく、男女の比率が1:9位で、女性の方がはるかに多かったのです。妻の口から「そりゃ、(女性が)長生きするわ〜」と一言。女性の長寿の秘訣を体育館巡りで知った今日この頃です。

 

 

 

今回はいよいよ西の丸に入って行きたいと思います。西の丸全域が竹林で覆われています。西の丸は二等辺三角形の形をしており、西側が有野川、東側が高丸川、南側には高さ3mはある土塁、その南側には空堀がある堅固な廓なのです。

 

 

 

西の丸の最北部(二等辺三角形の頂点部)です。ここから西の丸に入ります。全体が竹林で覆われています。

 

 

 

廓跡と発見! こういうのを発見すると「来てよかったなぁ〜」と思います。

 

 

 

西の丸の中央部です。竹と竹の間は大人ひとりがやっと通れる幅しかありません。なんだか異様な雰囲気が漂います。周りの風景が見えず東西南北がまったく把握できません。方向感覚には自信がある私ですが、少し不安感に襲われました。

 

 

 

西の丸の南側にある土塁です。高さは3mはあります。この高さは凄い!

 

 

 

切畑地区(西の丸の南側)から見た西の丸です。土塁の南側には空堀があり、そこを抜けるとこの畑になります。私は写真中央の竹林から出てきました。

 

次回も西の丸を紹介します。

次回の更新日は5月14日(月)の予定です。

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神戸の城 有野城(岡場城・西尾城・切畑城) B

<2012年5月1日(火) 更新しました!>

 

【子供にあいさつされる町】

先週の金曜日の14時頃に、関西スーパー広田店で買い物を済ませて、自転車で城山町を通っていると、大社小学校の新1年生の下校時間と重なりました。「新1年生だ、かわいいなぁ」と思っていると、「こんにちは」とひとりの女の子が声を掛けてくれました。私も元気よく「こんにちは」と言いました。「知らない人に声を掛けるなんてすごいなぁ」と感心したのですが、それから、前方から来た子供達が次々に私に挨拶をしてくれるのです。私は「すごい、ここは信州の高遠か!」と思ってしまいました。今の時代、学校では「知らない人に声を掛けられたらすぐに逃げる」と教えられていると思っていたのですが、反対に声を掛けるのです。びっくししたと同時にとても感激してしまいました。

ずいぶん昔の讀賣新聞に「子供にあいさつされる町」の題名で信州の高遠(長野県伊那市高遠町)が紹介されていました。「高遠では見知らぬ人にこそ礼を尽くす」そうです。作家の田山花袋さんが「たかとほは山裾の町古き町 ゆきあふ子等のうつくしき町」と詠んでいます。また、信州高遠は藩学進徳館で学問と礼節が尊ばれてきた。「その伝説は今も失われていないから、歴史とは恐ろしいものだと思う」とも言われています。

戦国時代、甲斐国主 武田晴信は幾度となく諏訪と高遠の間にある杖突(つえつき)峠を越えました。また、高遠には晴信の五男である仁科盛信(にしな もりのぶ)の居城 高遠城があります。私も高遠には何度か訪れたことがありますが、とても長閑な城下町です。

20年以上昔に高遠に訪れた時、横断歩道を渡るために手を挙げている子供達がいたので私は車を止めました。子供達は横断歩道を渡ると、私の方に振り返り、深々と頭を下げ、凄く丁寧にお辞儀をしたのです。私はびっくりしました。大社小学校での件があってから、その子達のことを思い出し、急に信州高遠に行ってみたくなった今日この頃です。

 

 

 

今回は本丸と西の丸にある高丸川を紹介したいと思います。城の中にこれだけの大きな川が流れているのは珍しいです。巨大な堀の役目を果たしていたと思われます。

 

 

 

本丸と西の丸の間を流れる高丸川です。左の竹林が西の丸です。

 

 

 

角度を変えて撮りました。中央の竹林が西の丸です。

 

 

 

西の丸です。隙間なく竹が生えています。

 

 

 

高丸川を下流から撮りました。左が本丸で、右が西の丸です。

 

 

 

高丸川を上流から撮りました。正面が本丸です。

 

次回からいよいよ西の丸に入っていきたいと思います。

次回の更新日は5月7日(月)の予定です。

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神戸の城 有野城(岡場城・西尾城・切畑城) A

<2012年4月23日(月) 更新しました!>

 

【DVの加害者はいつも男性っておかしくない?】

既婚女性のうち実に33.2%、つまり3分の1が夫からの暴力的行為(DV=ドメスティック・バイオレンス)の経験があることが内閣府の調査で判明しました。民間ではなくお国の調査なので、この値をそのまま信用するのはどうかと思いますが、ここでテレビ局に文句があります。最近よく耳にするDVという言葉なのですが、いつも「被害者=女性、加害者=男性」という図式になっていませんか?

テレビでは放送されていませんが、既婚男性のうち17.7%は妻からの暴力的行為の被害者であることも今回の調査で判明しています。これは低い値ではないと思われます。それなのに「なんで放送しないの〜」とテレビ局に文句を言いたくなります。もしかして、女性を敵に回したくないから?

私の勝手な推理では、女性の場合は男性より口が立つので言葉による暴力、つまり口撃という感じなるのではないでしょうか。

DVはいつも「被害者=女性、加害者=男性」ではなく、その反対(被害者=男性、加害者=女性)もあるのです。そこんとこをちゃんと男女平等に放送してほしいものです。「男性だけを悪者にしないで〜」と叫びたくなる昨今です。

 


 

今回も有野城の全容を紹介していきたいと思います。前回よりも少し近づいてみましょう。

 

 

 

士卒廓(しそつくるわ)から本丸を望みます。

 

 

 

角度を変えて撮りました。この小山の山頂に本丸があります。

 

 

 

高丸川です。左側が本丸、右側が西の丸です。川で分断されている城は珍しいです。

 

 

 

本丸付近から見た西の丸です。西の丸全体が竹林で覆われています。手前に高丸川が流れています。

 

 

 

西の丸の西側です。左の竹林が西の丸で、崖下に有野川が流れています。

西の丸は東側に高丸川、西側に有野川が流れ、南側は高さ3mはあると思われる土塁に守られた堅固な廓なのです。

 

次回は本丸と西の丸の間を流れる高丸川から見た有野城を紹介したいと思います。

次回の更新日は4月30日(月)の予定です。

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神戸の城 有野城(岡場城・西尾城・切畑城) @

< 2012年4月16日 更新しました >

 

【 知らない人なのに挨拶 】

 

昨日、出かけようと門を出た時、20m位向こうから女性が歩いてくる。

なんだか分からないけど、お互いニッコリ笑って頭を下げた。

だんだん近づいてきて10m位になった時、また、お互いニッコリ笑って頭を下げた。

そして、すれ違いざま、またまた、お互いニッコリ笑って頭を下げた。

ぜんぜん知らない人だった。

でも、なんだか分からないけどいい気分になった。

 

 

 

今回から西宮北インター近くの神戸市北区有野町有野にある有馬氏と西尾氏の居城となった有野城を紹介したいと思います。岡場城・西尾城・切畑城とも呼ばれています。

平城(ひらじろ=平地におかれた城)で小高い台地の上に本丸があり、本丸の北側には広大な士卒(しそつ=兵士のこと)廓が広がります。城の西側には有野川が流れ天然の堀になっています。また、本丸と西の丸の間には高丸川が流れています。つまり、有野城は二つの川を堀として利用した天然の要害なのです。

場所は神戸電鉄岡場駅と五社(ごしゃ)駅の中間の東側にあり、向陽病院が目印です。

この城は山城ではなく平城なのでなかなか発見できませんでした。地元の人に聞いてもまったく分からず、その日は城を探すのを諦めました。そして後日、インターネットの航空写真を利用して城を探し当てました。苦労した分、発見した時の喜びはひとしおでした。

 

 

 

今回は有野城の全貌を紹介したいと思います。本丸と西の丸は荒れ果てていますが、士卒廓は耕地になっており、輪郭がはっきりと分かり、とても良い状態で残っています。

 

 

 

有野城本丸です。手前の士卒廓より少し小高い山の上に本丸があります。

この畑(士卒廓)で仕事をされている方に城について詳しいことを聞こうと思い訪ねましたが、城の存在すら知りませんでした。なんだか淋しいなぁ〜。

 

 

 

城の西北を基点として北から南へ順番に見ていきます。

家臣の居住地である士卒廓です。左の川は有野川です。川を堀として利用しています。

 

 

 

広大な士卒廓跡です。今は畑になっています。

 

 

 

写真左側の建て物は向陽病院です。右側にある小山が本丸です。手前は士卒廓です。

 

 

 

手前が士卒廓、左の小山が本丸、本丸の右にある黄緑色の竹林が西の丸です。西の丸の手前で川が合流しており、左側が高丸川、右側が有野川になります。

 

次回も有野城の全貌を紹介していきたいと思います。

次回の更新日は4月23日(月)の予定です。

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苦楽園 太郎
プロフィール公開中 プロフィール
土の城に心惹かれ44年。

遠き昔に想いを馳せ、ただ、何も考えずに、苔むした城跡と同化する。

それが私にとって至福の時なのでございます。

このブログで、私が至福の時を過ごした孤高の城達を紹介していきたいと思います。


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