苦楽園太郎の兵庫お城探検

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ドキュメンタリー 八甲田山

【 Mount Hakkoda 】

 

日本とイタリアの合作 「 Mount Hakkoda 」 のDVDはお勧めできる。

 

 

2014年に公開されたドキュメンタリー映画で、7年の歳月をかけ、当初の予算の2.5倍の製作費を費やし撮影された力作である。 CGはいっさい使われておらずとてもリアルである。

撮影は、実際の遭難のあった日の同じ時間、同じ場所で行われた。 また、撮影は過酷で、凍傷になった出演者が多くいた。

高倉健主演の映画 「 八甲田山 」 と違い、登場人物はすべて実名を使っている。

特に、遭難原因を科学的に分析するところが面白い。

極地気象、リングワンダリング・矛盾脱衣等の解説もなかなか興味深い。

映画 「八甲田山」 と比較してみるのもなかなか面白いだろう。




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こんばんは。ご無沙汰しておりますが、お元気でしょうか?

本日、地連審査日でした!
無事昇進いたしましたよ〜 よかった^^

また、春から芦屋の練習場でお会い出来ますかねー

[ おはり ] 2016/03/21 20:08:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

さすが、おはりさん、審査合格おめでとう!

もう、審査会場の雰囲気に慣れましたね。

弓道の件ですが、4月から再開できたらいいのですが・・・。
まだ、未定なんです。

すぐに、次の審査日が来ちゃうので、次回も頑張ってね。

[ 苦楽園 太郎 ] 2016/03/22 11:55:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

「八甲田山」本当にあったことなんですね。
でも、なぜ「八甲田山」に興味があるのですか?

[ らいむ ] 2016/03/22 12:16:41 [ 削除 ] [ 通報 ]

らいむさん、コメントありがとうございます。

父が海軍で、いろいろ戦争の話を聞かされました。 戦争の映画は好きではありませんが、「八甲田山」 は、自然が相手なので、たいへん興味を惹かれました。

[ 苦楽園 太郎 ] 2016/03/23 0:29:50 [ 削除 ] [ 通報 ]

ラジオ聴きました。
お城巡り楽しそうですね。。
パーソナリティーの方とのやりとりもテンポよく、とてもたのしく聴かせていただきました。
私も連れてって〜 という感じです。

[ らいむ ] 2016/03/27 19:40:34 [ 削除 ] [ 通報 ]

ラジオを聴いていただきありがとうございます。

打ち合わせなしのアドリブで、しかも生放送で、しかもその内容は山城の話をするという、自分で言うのもなんですが、なかなか面白い番組だと思います。

[ 苦楽園 太郎 ] 2016/03/27 21:24:38 [ 削除 ] [ 通報 ]

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八甲田山雪中行軍を歩くM

<後藤伍長救出の地 大滝平> 最終回

 

26日、中の森第三露営地を出発した神成大尉グループは、大滝平で神成大尉と後藤伍長の二人だけになっていました。

神成大尉は力尽きる前に、後藤伍長に 「田茂木野村に向かい、住民に救援を要請せよ」 の命令を出します。

後藤伍長は田茂木野村を目指しますがたどり着けず、胸まで雪に埋もれ立った状態で救助隊に発見されます。 また神成大尉もすぐに発見されますが、すでに凍死していました。

 

青森歩兵第5連隊210人のうち救出されたのは山口少佐グループの9人、後藤伍長、鳴沢の小屋で2人、平沢の小屋で4人、田代温泉の小屋で1人の17人でしたが、6人が救出後に亡くなっています。

 

駐屯地 (現在の県立青森高等学校) → 幸畑陸軍墓地 → 田茂木野村 → 小峠 → 大峠 → 賽ノ河原 → 按ノ木森 → 中ノ森 → 馬立場 (現在の銅像茶屋) → 鳴沢 → 田代温泉泊 (現在はダム工事により消滅) → 平沢第一露営地 → 鳴沢死の彷 → 鳴沢第二露営地 → 中ノ森第三露営地 → 按ノ木森 → 賽ノ河原 → 大滝平 (神成大尉グループ) 

 

 

 

県道40号線の大滝平です。

 

 

 

大滝平と書かれています。

 

 

 

目に触れにくい場所に立つ後藤伍長発見の石碑です。

車からだと発見できません。

 

 

 

「伍長 後藤房之助発見の地」 と刻まれています。



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新田次郎さんの息子さん、藤原正彦さんは今、姫路文学館の館長さんです。因みに、姫路文学館は、たしか今、工事中とかで閉館中だと思います。

[ akaru ] 2015/10/30 13:48:30 [ 削除 ] [ 通報 ]

akaruさん、コメントありがとうございます。

新田次郎氏のご子息が兵庫県にいらっしゃるんですね。

高校の時、新田次郎氏の山岳小説がクラスで流行っていました。

競って読んでいましたね。

[ 苦楽園 太郎 ] 2015/10/30 19:40:09 [ 削除 ] [ 通報 ]

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八甲田山雪中行軍を歩くL

<山口少佐救出の地 大滝>

 

26日、中の森第三露営地を出発する段階で、生き残りは30人になっていました。

山口大隊長 (少佐) グループは神成大尉グループと別れ、駒込川峡谷に向かいますが、大きな滝(大滝)に突き当たり身動きが取れなくなります。 しかし、5日後の31日に9人が救援隊によって救出されます。 その後、容体が悪化し山口少佐を含む3人が死亡しました。

 

駐屯地 (現在の県立青森高等学校) → 幸畑陸軍墓地 → 田茂木野村 → 小峠 → 大峠 → 賽ノ河原 → 按ノ木森 → 中ノ森 → 馬立場 (現在の銅像茶屋) → 鳴沢 → 田代温泉泊 (現在はダム工事により消滅) → 平沢第一露営地 → 鳴沢死の彷 → 鳴沢第二露営地 → 中ノ森第三露営地 → 按ノ木森 → 賽ノ河原 → 駒込川峡谷大滝 (山口大隊長グループ) 

 

 

 

山の合間に駒込川の大滝があります。

県道40号線の大滝平から大滝までは直線距離で1`ほど北東です。

山口少佐救出の地 大滝を目指します。

大滝に行くのはかなり困難なためお勧めできません。

 

 

 

駒込川に到着しました。

かなり山深く入ってきました。

暴れ川らしく大きな石がゴロゴロしています。

 

 

 

大滝を目指します。 迂回迂回の繰り返しでなかなか前に進みません。

いきなり水かさが増して流されてしまいそうな恐怖心と戦いながら歩きます。

 

 

 

大滝の落下口がありました。 今まで見たこともない光景です。

 

 

 

大滝の滝壺です。 かなりの高さがあります。 これより先には進めません。

次に来た時は、滝壺から大滝を見上げてみたいです。

 



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八甲田山雪中行軍を歩くK

<中の森第三露営地>

 

午前3時、鳴沢第二露営地を出発した本隊は、馬立場を目指しますが、三度鳴沢の台地からの脱出に失敗します。

この時、神成大尉は、あの有名な 「天は我らを見放した。 死ぬことが天の命令なら、我らは昨夜の露営地に引き返し、先に死んでいった者たちと共に全員枕を並べて死のうではないか」 という言葉を発したと伝えられています。

 

このわずか2時間の彷徨で30人もの隊員が凍死しました。

この時点で、雪中行軍隊の半数が死亡したことになります。

 

その後、斥候が帰路を発見し、本隊は馬立場を越え中の森までたどり着きます。

しかし、夜になりこの地で露営することになります。 この中の森第三露営地では20人もの隊員が凍死しています。

 

駐屯地 (現在の県立青森高等学校) → 幸畑陸軍墓地 → 田茂木野村 → 小峠 → 大峠 → 賽ノ河原 → 按ノ木森 → 中ノ森 → 馬立場 (現在の銅像茶屋) → 鳴沢 → 田代温泉泊 (現在はダム工事により消滅) → 平沢第一露営地 → 鳴沢死の彷 → 鳴沢第二露営地 → 中ノ森第三露営地

 

 

 

中の森第三露営地です。

 

 

 

中の森第三露営地付近から600m先の按ノ木森を望みます。

 

 

 

八甲田山滞在中、いちばん熊の糞が多かった場所だったので笛をたえず吹きながら探索しました。

城巡りでもこれだけ笛を活用したことは今までなく、そのおかげ滞在期間中に動物の気配をまったく感じませんでした。

 

 

 

現地にひっそりと立つ、中の森第三露営地の石碑です。

 

 

 

草木に埋もれているのは、あまりにももったいないので、撮影後、持参してきた鎌で石碑の周りの草木を全部刈り取りました。



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クマよけは笛ですか。鈴はあきませんか?

[ akaru ] 2015/10/30 13:44:40 [ 削除 ] [ 通報 ]

akaruさん、コメントありがとうございます。

鈴はリュックの装着して、歩くたびに鳴る状態にしていました。

笛は鳴らしたい時に鳴らせるし、音量も調整できるので重宝しました。

どちらも必要だと思います。

ちなみに、娘が小学生の時に使っていた防犯ブザーも携帯していました。 ストレスの溜まる音色の大音量で、熊と遭遇した時、手榴弾のように投げるつもりで持っていました。

[ 苦楽園 太郎 ] 2015/10/30 19:35:39 [ 削除 ] [ 通報 ]

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八甲田山雪中行軍を歩くJ

<鳴沢第二露営地>

 

鳴沢の谷からはい上がってきた本隊は、本来帰路となる道を横切ったことも気がつかず、そのまま南下し鳴沢渓谷上流の台地にある窪地で露営します。

しかし、スコップを持っていた隊員はすでに死亡しており雪濠を掘ることもできません。

また、食料・鍋・薪など重い荷物を持った運搬隊も、すでに死亡しており、食事をすることも火を起こすこともできません。

猛吹雪の中、隊員達は立ったまま一塊になって朝を待ちました。

そして、この鳴沢第二露営地で50人もの犠牲者を出してしまいます。

 

駐屯地 (現在の県立青森高等学校) → 幸畑陸軍墓地 → 田茂木野村 → 小峠 → 大峠 → 賽ノ河原 → 按ノ木森 → 中ノ森 → 馬立場 (現在の銅像茶屋) → 鳴沢 → 田代温泉泊 (現在はダム工事により消滅) → 平沢第一露営地 → 鳴沢死の彷 → 鳴沢第二露営地 → 中ノ森第三露営

 

 

帰路となる道 (現在の県道40号線) を横切る駒込川支流 (鳴沢渓谷上流)

 

 

 

もう一つの駒込川支流

 

 

 

帰路となる道に気がつかず横切ってしまい、この上の台地で露営しました。

この上で50人もの犠牲者がでています。

 

 

 

雪の重みで傾いた鳴沢第二露営地の石碑



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苦楽園 太郎
プロフィール公開中 プロフィール
土の城に心惹かれ44年。

遠き昔に想いを馳せ、ただ、何も考えずに、苔むした城跡と同化する。

それが私にとって至福の時なのでございます。

このブログで、私が至福の時を過ごした孤高の城達を紹介していきたいと思います。


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