西宮芦屋研究所レポート

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三角市場(ミカドマーケット) 西宮の市場4


    国道2号線側から元市場の通路


今はない阪神西宮東口駅から現在の国鉄(JR)西ノ宮駅へ向かう西宮東口商店街の斜めの道と国道二号線の交差する手前の西側に小さな市場がありました。



        前方左手にあった市場 
正式な別の名前があったのかどうかわかりませんが、三角市場とかミカドマーケットとか呼んでいたと思います。入り口が、3箇所あり、国鉄に向かう道沿いに2箇所、国道2号線側から1箇所で、小さな割には、通路が入り組んで複雑な感じでした。東側からの入り口に文房具屋さんがあり、子供が好きそうな、消しゴムやその他の「玩具的な文房具」が置いてありました。



    このパン屋の右手あたりが市場の入り口
各店舗もしっかりした建築物ではなく、かなり応急的に建てられてようでしたがいつの間にか、市場はなくなって、現在では、その面影は全く残っていません。
東川市場とこの三角市場(ミカドマーケット)は、阪神電車を間に挟んで、南と北にあった訳ですが、東川市場は、市場としての機能は完全に失いながらも原形をとどめているに対して、三角市場はその面影さえ全くなくなっています。



かなり以前、イタリアで、現地のお年寄りから突然「ミカドはどうしていますか?」と聞かれたことがあります。一瞬、「えっ?」と思ったのですが、このミカドとは漢字で帝=昭和天皇のことであることがわかり、日独伊三国同盟の歴史があったことを思い出したのでした。




ちなみに、ヨーロッパでは、「MIKADO」という言葉は、現在でも、老若男女にかなり浸透しています。
なぜかと言えば、日本のグリコがフランスで製造販売している日本のポッキー相当品は、「MIKADO」という商品名で売られているからです。
以上、今は影も形もない三角市場(ミカドマーケット)のお話でした。




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東川市場 ♪てっちゃん てっちゃん かねてっちゃんのルーツ 西宮の市場 その3

市場としての機能は終えてしまった東川市場ですが、何軒かの元店舗を事務所や住居に使っている方がおられるようです。



さて、この市場(またはごく近く)で、1926年(大正15年)村上鐵雄氏が練製品製造のかねてつ(現カネテツデリカフーズ)を創業しました。


「♪てっちゃん てっちゃん かねてっちゃん」は
非常に有名なコマーシャルソングですが、あの可愛い男の子「てっちゃん」というのは創業者村上鐵雄氏の愛称だったのでしょう。
「てっちゃん」の歌は、以下でお聞きいただくことができます。
http://www.kanetetsu.com/techanel/about_tetsu/song.html
なお、この市場は、染殿町にありますが、ここから500メートルほど東側の津門川町には、現在では、本社が神戸に移った「フジッコ」の旧本社があります。
フジッコは、神戸市の東灘区での創業後すぐ、西宮津門川町へ移転し、ここで大きな食品会社になりました。


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東川市場 生きたまま化石になったような・・ 西宮の市場 その2

明治38年(1905年)阪神電車の開通以来、96年間、多くの乗降客で賑わった西宮東口駅は、平成13年(2001年)その歴史の幕を閉じました。



この駅は、西宮市内の阪神電車の駅では、旧国鉄西ノ宮駅(現在のJR西宮)に一番近い駅でしたので、人通りも多く、賑やかな商店街が国鉄の方に続いていました。現在でもその面影はあり、一時、極端に店舗が減っていたのが最近少しは増えてきています。この駅から、東川沿いに南に、少し下ったところに、「東川市場」がありました。




   東川市場の”東”が隠れてしまった表側
現在でも、市場として賑わっていた頃の建物が、ほぼ完璧に残っていますが、小売店としての店舗は一軒も営業していません。往時は、阪神西宮東口の賑わいをそのまま受け、買い物客でいっぱいでしたが、現在では、「市場」が、生きたまま化石になってしまったような状態になっています。



     天井が劣化し危険な状態



       市場の横の入り口
今は、こんな状態ですが、みんなが知っているある有名な食品会社のルーツは、この市場にあります。
それは、次回に・・・



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西宮の市場は 今! 夙北市場 西宮の市場 その1

歴史的にみて、西宮で市(マーケット)が立ったのは、下大市、上大市という名前が残っている、旧西国街道で武庫川を西に渡ったあたりと西宮神社の門前町であった西宮中央商店街の近辺です。

それほど昔にさかのぼらないで、戦後だけをみても、市内にはスーパーマーケットという業態の小売業がなかった頃、○○市場という小売店が集まったショッピングセンターがあちらこちらにありました。
しかし、単純に「ありました」と言い切れないのは、まだ、市場として機能しているところもあるからです。


   公道の上にまで屋根がある夙北市場



       シャッターの下りた市場の中
先日、夙川の東側の結善町の「夙北市場」で火災が発生しました。 あの場所に、市場があったことは記憶していましたが、市場として機能していたのかどうかは知りませんでした。実態は、ほとんど市場として、機能していなくても、何店かの店舗が営業していたので、「夙北市場で火災が発生した」と報道されたのでしょう。



この一件を切っ掛けとして、西宮の市場が現在、どのようになっているのか調べてみたくなりました。



      大型店が並ぶ臨港線を臨む
大型小売店が溢れ、それぞれが熾烈な競争を繰り広げる、西宮市内では○○市場の大部分は跡形も無く壊され、マンションやその他の建物にかわっているか、一部に市場であった痕跡を残して、何らかの営業をしている商店が入っているか、市場の原形は、確実に残しておりながらある理由により、全く、営業をしていないなど、状況はさまざまです。市内のどこからということなく、アットランダムに、○○市場の現在の姿をお送りします。眺めているだけでも、西宮という町のある角度からの別の姿が見えてくるかもしれません。



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西宮芦屋研究所員
プロフィール
西宮芦屋研究所では、当地で育った村上春樹の「西宮芦屋」に関するあらゆることや、あまり一般的には知られていない「西宮の隠れたメジャー」の研究に日夜励んでいます。この成果を一人でも多くの方々に、このブログを通じて、お伝えしたいと思っています。

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