心はずっと0798

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ポントレペイC

分厚い雨雲と時折降る雨の瀬谷区です。

 

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ポン某は食べ終わって汁が飛んだ手を自分の服で拭きながら、
「権田原さん、お礼にどこか連れていってあげますわ。」
「連れて行くて、あの薬缶でか?」
「あれね、3人乗れますねんで。」

ようやく私の名をちゃんと憶えたようでした。

「どっか気分の良うなる所へ連れていってくれ。」
「それは西宮っちゅうことですか?」
「そういうこっちゃな。」
「わかりました。ほな支度してくださいな。」

私はいつもの肩掛けズタ袋の中身をたしかめ、ハンドタオル1枚と長いタオル1枚を追加して
携帯をポケットに入れました。

「支度でけましたん?」
「おう、できたで。」
「ほな、まいりましょ。」

ポン某は物干しから、私は靴を履いて玄関から、裏に出ました。
薬缶型の乗り物ですが、ほんとに薬缶の蓋みたいなハッチでした。

「し、シートベるト締めてください。」
「あいよ。これでええんかな。」
「発進しますんで、アントラペガホタヒーて一緒に言うてください。」
「アントラペガホタヒー!」

んがががっと揺れてこの不思議な薬缶が宙に浮きました。
いつの間にかスライド式シャッターみたいなのが開いてフロント・ガラスが出現していました。

 

 


高く上がってるのかそうじゃないのか外を見てもよくわかりませんでした。

 

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頭の汗を拭きながら

さっき、濃い霞がかかった頭に不意に浮かんできたこと。

亡き妻のことです。

 

結婚した年、妻は専業主婦でした。

前年大病をしたお母様の近く(浜松市内)に夫婦で棲んだのでけっこうしばしば

農村部の実家にお母様に会いに行っていた妻でした。

なので自分も働くという発想はなかった。私にもなかった。

 

日本で一番ひどい状態の郵便局に勤めた私は毎日精神状態がおかしかった。

新婚の年なのにそんなんでした。

妻はいつもどんな昼飯を食って過ごしていたのだろう。

お母様のところに行く日は一緒に食べていたのですが、そうじゃない日は一人で

どんな昼飯だったのだろう、と。

私には弁当を持たせてくれたました。

ただし、食べ物の嗜好が全く異なるので私に合わせたオカズのつもりでも

「なんか違うな」という感じの日は多かった。

夜疲れ果てて顔を歪めて帰ってくる私を

「おかえりなさい」と迎えてくれた妻。

 

どんな昼飯を食べていたのでしょう?

 

 

お友達と「\2000の手軽なランチ」を食べに行ける新婚生活ができなくて

本当にすまないことをしました。



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せいさん
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もう帰れなくなった西宮・阪神間を横浜のはずれから想う。
でもいつか戻って暮らしたかった。
その望みはなくなりました。

そういう者です。
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