心はずっと0798

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80年代真ん中あたりの西宮の空気感

掲題は1983〜1987年頃の事だと思って下さいね。

 

外務の郵便局員でしたので平日の帰宅は早かった。まあ、それを願って郵便局員になったのですが。

実家と職場は原付で約10分。17時過ぎには帰ってきてました。

FM聴くばっかしの生活でしたがテレビもけっこう見ていました。

 

あの時代夕方の関西のテレビのCMは家電販売店の目白押しでした。

西宮の南部にも家電販売店はあちこちにどっさり。

今当時の影もないのはあの頃乱立しすぎたせいでしょうね。

逆に臨港線はまだ店舗群の兆しすらなくひたすら「仕事の道」でした。

小曽根線だってそうでした。

甲子園口の商店街がまだすごく元気でした。

西宮北口には北口市場の迷路のような雑踏が元気に存在感を放っていました。

予備校もあったし、高木地区の今津線から近い辺りは現在と道路事情が全く違っていました。

旧学文中学校区地区は今もそれほど当時と違っていないように思います。

使いこまれた建物が大事に今も使われているからだと思います。

東夷はすぐに建物ぶっ壊したがるのとは対照的です。

 

とはいえ、震災のもたらした変化はやはり巨大。

何もわかってない東夷資本があっちゃこっちゃ弄りたおしてくれましたよね。

 

YouTubeでたまに昔の関西コマーシャルのアーカイヴものを見ますが、

それだけであの頃の西宮の空気感が甦ります。

風の匂い、木立の様子、夕方の生温かい空気、おっちゃんやおばちゃんの話し声。

駅前の自転車の乱立ぶり。家電販売店のCM。

戻れるものなら戻りたいくらいです。

 

 

Daryl Hall & John Oates - Out Of Touch

https://www.youtube.com/watch?v=D00M2KZH1J0




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せいさん
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もう帰れなくなった西宮・阪神間を横浜のはずれから想う。
でもいつか戻って暮らしたかった。
その望みはなくなりました。

そういう者です。
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