心はずっと0798

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蝦夷地行脚

出発が遅めになり帰路が日没後になりたくなかったのでひと駅電車で移動して

三浦カズの初詣でちょっとだけ名が売れたことのある東希望ヶ丘の春ノ木神明社という小さな手水舎すらない農耕の土着信仰祠からのでっちあげ神社に初詣して

ぐるっと尾根筋を回って戻ってきました。

 

 

希望ヶ丘駅からいきなりの急坂を上がったとこらへん概ね北向き。

昔の通勤途上歩き道。

駅方向を振り返ると↓

すとーんと急坂が街道〜駅へ落ちています。

この近くに住んでた頃はこの道を朝早くか夜とっぷりと遅くなってからしか

歩かなかったので夕暮れ近くの光景はあまり見慣れていません。

 

↑どれほどの凸凹地形かわかる写真のつもりでしたが画像になるとこの勾配感が

 いまひとつ伝わらないですね。西宮で例えれば五月ケ丘の一番急勾配のところに 

 等しいです。西の方を向いています。

 

この道を通って春ノ木神明社というちっぽけな神社へ向かいました。

 

 

これがその春ノ木神明社です。横浜市内で最も標高が高いのだそうです。

 

ところで、阪神間や神戸ではほぼ見かけない(たとえあっても知らない)

神明社という神社の呼称ですがこういう意味らしいです

 

いかにも明治維新の時の無理やりの国策ででっち上げやすい定義ですね。

南関東にはいたるところにこのナントカ神明社があります。

たぶんどれもみな江戸時代くらいまで農耕の鎮守さまとして膝までくらいの

小さな祠だったところばかりなのでしょう。

 

そしてその真横に、横浜に移ってきて最初に住んだ借り上げ社宅のマンションが

あります。↓

 

 

家主が代替わりするときの相続税捻り出しのために私のいたところが切り売り分譲されることになり(建物全体は賃貸住宅です南北二棟の)、

家主が会社に「ここ切り売りさせて」と言った時当時の総務課長が

私に一言もなく「うん、ええで」と承諾してしまい出る羽目になりました。

そのバカ課長の名はもう忘れていると思ってましたが思い出しました。

ヤナガワ、おまえのこっちゃ。

 

そして標高を下げない道を通って西進して戻ってきたのです。

帰着する頃にはうっすら暗くなり始めていました。

 

こんなにたくさんこの蝦夷地の近場の写真を上げたのは初めてかと思います。

 

Hobo Blues - Jeff Beck, Earl Green, Richard Bailey e David Hadley

https://www.youtube.com/watch?v=3z4qj1eOzS8



何の感興もない

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のんびりしてたらあかんのやけど
コタツ寝から脱しました 飛び起きてよかった
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せいさん
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もう帰れなくなった西宮・阪神間を横浜のはずれから想う。
でもいつか戻って暮らしたかった。
その望みはなくなりました。

そういう者です。
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