凛太郎の自転車操業

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旧阪神国道線の敷石

 いろいろな考え方がありますが、1月15日までは松の内でありつまり正月気分で良い、との見方もあります。ということで(汗)、謹賀新年、凛太郎です。ヾ(- -;) イマゴロデスカ?
 新年発売の「大阪春秋・西宮特集号」につきましては、読んでいただいた方に厚く御礼申し上げます。
 m(_ _;)m
 僕が書きました砲台の話は、ここで連載した内容のダイジェストであり全く新鮮味はございませんが、他に偉い先生方が執筆された興味深いお話が多数載っていますのでご勘弁いただければと。

 さて、今日は小ネタなんですが…。
 こちらでも時々話題になっていますが、阪神甲子園駅の改修工事が進んでいます。

 


 派手な屋根がつきましたねぇ。
 もちろん甲子園駅だけではなく、駅以東は高架工事で鳴尾駅含め大きく変貌中なのですが、こちらの駅にはかつて甲子園筋を走っていた阪神甲子園線の痕跡が残っていましたので、工事の状況がやはり気になるわけでして。
 
 阪神甲子園線とは、戦前に開通し国道2号線上を走っていた路面電車「阪神国道線」の支線で、上甲子園から浜甲子園までを繋いでいました(戦前は中津浜まで走っていた)。昭和50年まで存続していましたので、ご存知の方も多いと思います。
 既に廃線となって40年ですが、43号線高架橋の下に架線支持金具の跡があったり、こちらで書きましたように球場東側に架線柱跡がいくつかあったりと、なんとなく往時の痕跡のようなものがあるので、昔を偲ぶことができます。
 そして、甲子園駅には、停留所の屋根の一部が残されていました。

 


 この画像は何年か前に撮ったものですが、この部分がかつての甲子園線の停留所覆屋根です。この前に路面電車が停まり、昇降客の雨除けになっていたのです。
 これは、ほぼなくなりましたねぇ…。

 


 わずかに一部分まだ残っていますが。しかし段階をおって撤去されていて、もはや風前の灯火と言っていいでしょう。時間の問題ですな。もうすぐ歴史遺産がひとつ完全に消えます。
 さて、駅にはもうひとつ、架線柱が完全な状態で一本存在していたのですが。

 


 これは、まだありますね。(^ー^* )
 東側駅舎は工事によって解体され、この架線柱に隣接していたタイ焼き屋さん(廉価で皮が分厚かったのが好みでした。僕はしっぽの先まであんこがはいってない方が好き)も無くなって寂しい思いをしていましたが、こいつはまだ残されています。
 これは、旧甲子園線の遺構として残される可能性もありますねー。期待したいと思います♪

 さて、僕はこういう話も含めまして、以前にサイト「ちょっと歴史っぽい西宮」で、西宮の路面電車の廃線跡の記事を書きました(→こちら)。
 その折に、甲子園線の痕跡はこのように在るものの、国道線の名残はバス停名を除いて一切ない、と書きました。
 確かに2号線上にはいくら探しても線路も架線柱も何もなかったわけですが、これを少し訂正したいと思います。実は敷石の一部が残っていました。知りませんでしたよ。
 昔の「宮っ子」を繰っていましたら、こういうことが書いてありまして(→1998年9月:まちかどスポット)。
 どうやら平木小学校に、阪神国道線の線路の敷石が移設されていたらしいのです。
 では、平木小へ。

 


 小学校は阪急神戸線の北側にあり、正門は御手洗川(東川)に面しています。
 平木小は昭和49年11月に開校。阪神国道線は昭和49年3月に上甲子園以西が廃線となりましたので、時期的には合致しています。
 僕はもちろんOBでもPTAでもありませんので中には入れません(汗)。門の外から校内を見ます。

 


 門からすぐ、御影石がずらりと敷き詰められているのが見えます。これが、国道線の敷石の一部を移設したものに間違いはないでしょう。
 大阪から神戸まで、もちろん西宮を横断して走っていたかつての路面電車、阪神国道線の痕跡で、市内に残るものはこれがおそらく唯一だと考えられます。「何も名残は無い」と書いてしまったサイトのほうには、このことを追記したいと思います。
 ただ、なぜこちらに敷石が運ばれたのかについては、あちこち資料を見てもその事情を知ることは出来ませんでした。おそらくは、歴史的遺物であるということから保存に尽力された方々がいらっしゃったのだろうと想像するのみです。
 ありがたいことですね。廃線となって40年を超え、若い人は2号線に路面電車が走っていたことなどもう知らないでしょう(鉄道マニア除く)。しかしおそらく平木小学校の卒業生は、みんなそのことを知っているはずです。そうして、語り継がれてゆくものがあるのだと思います。

 それでは、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。現在ブログはほぼ冬眠中ですが。(^▽^;)


廃線跡

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≫おそらくは、歴史的遺物であるということから保存に尽力された方々がいらっしゃったのだろうと想像するのみです。≪
その通りですね。ちょっと気のつく人がおられるかどうかで歴史遺産の運命が別れてしまいますよね。

[ akaru ] 2015/01/15 8:48:41 [ 削除 ] [ 通報 ]

鉄塔、残ればいいのですが、仮設の券売機が撤去されるときに
なくなるのではと想像しています。
屋根が乗って一区切りな気分ですが、東改札の建物が着々と
出来てきてますね。

[ にゃんこ ] 2015/01/15 13:27:59 [ 削除 ] [ 通報 ]

>akaruさん
ありがとうございます。
しかしこういうのは難しい問題ですね。遺構遺物をこうしてわざわざ残すのも大変です。そして、処分・撤去される段階においては、将来歴史的遺産になるかどうかはよくわからないものが多いわけで。時間経過が、その時にはなんでもなかったものを史跡にしていってしまう。おっしゃるとおり「気のつく人」がおられるかどうかですね。
遺構遺物を残すということは、学術的価値は措いて、ものの考え方としては「思い出を残したい」という気持ちであろうと思うのです。人が生きてきた証しはその足跡にある。しかし「前しか見ない」「振り返るのは嫌い」という人もいて、価値観が千差万別であるのもまた難しい問題ですね。

[ 凛太郎 ] 2015/01/16 6:30:44 [ 削除 ] [ 通報 ]

>にゃんこさん
ありがとうございます。
架線柱については、おっしゃる様な可能性が最も高い…僕はノー天気に書いていますが、普通に考えればそうです。うーむ…。
僕は全くグズでして、記事ひとつ書くのも遅いのです。ここの画像を撮ったのは昨年末です(汗)。そのくらい大丈夫だろうと思っていましたら、みるみる間に東側改札の建物の鉄組が上がっていて(笑)。全く即時性のないブログでございます。m(_ _;)m

[ 凛太郎 ] 2015/01/16 6:40:18 [ 削除 ] [ 通報 ]

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