阪急沿線文学散歩

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カトリック夙川教会バザーでテレマン・アンサーブルのコンサート

 今年もカトリック夙川教会のバザーで日本テレマン教会のチャリティ。コンサートが開催されました。

 
地下ホールではカトリック夙川教会の創設者ブスケ神父の書簡が紹介さsれていました。
1933年10月14日に送った葉書です。

 初めて見る写真ですが、カトリック教会の尖塔に大きな時計が写っています。この時計は太平洋戦争のときに、金属製品として軍部に供出させらえたそうです。

 テレマン・アンサンブルのメンバーは昨年と同じ。

 
クラシックは馴染みのある曲を選んでいただき、延原武春氏の軽妙な解説で楽しく聞かせていただきました。


 今回はテノールの鹿岡晃紀氏のカンツォーネも。

アンコール曲はフニクリ・フニクラでした。

延原武春氏のオーボエ・コーナーでは「浜辺の歌」、「アヴェ・マリア」の演奏。
楽しい一日でした。

6月8日には日本テレマン協会創立55周年記念事業第188回教会音楽シリーズ「女性合唱が奏でる悲しみの旋律… G.P.ペルゴレージ スタバト・マーテル」と題したコンサートがカトリック夙川教会で開催されます。





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今年も夙川でホタルが飛びはじめました

 夙川でホタルが飛びはじめたと聞き、今日歩いてみました。日曜の夜なので、小さな子供たちを連れて、皆さん歩いていました。

 苦楽園口橋から甲陽線鉄橋まで歩いて、街灯が邪魔をしているのかもしれませんが、見つけられたのは、わずか7匹程度。
 まだ土手の上の方まで飛んできて、ホタルのあかりを写真に撮れるまでではありません。
今週はもう少し増えてくれるのではないでしょうか。

 直野祥子さんの『夙川ひだまり日記』には次のように、昭和30年代までは蛍がたくさん飛んでいたと書かれています。

<昭和三十年代までは、夙川も水遊びができる
きれいな川でした。
 メダカを追いかけたりカワニナを集めたり、
さらさらの砂が足の指をとおりぬけました。
 それより前は蛍がたくさん飛んでいたそうです。>

現在、直野祥子さんは東京にお暮らしと聞いております。
夙川の水もきれいになり、ホタルが戻ってきていることをお知らせしたいです。



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日本一心のこもった夙川のクリスマスツリー

 月刊神戸っ子4月号に夙川地区自治会が保管されていた、羽衣橋のクリスマスツリーの写真が掲載されています。

https://kobecco.hpg.co.jp/31487/

 このクリスマスツリー、現在は阪急夙川駅前のロータリーに移され、毎年点灯式には話題になるオハラさんのクリスマスツリーです。

<阪急夙川駅南側の夙川に架かる羽衣橋の欄干に一本のクリスマスツリーが立ったのは、昭和二十三年十二月のことであった。立てたのは米・商船会社の神戸支店長として夙川に移り住んできたオハラ夫妻である。夫妻は敗戦の混乱と貧窮にあえぐ日本を見て、少しでも希望の灯が灯せるならという思いをツリーに託した。その翌年、夫妻は事故で三男ケビン君を亡くすという悲劇に見舞われる。愛息への思いもあって、夫妻は毎年かかさず同じ場所にツリーを立てた。>


直野祥子さんの『夙川ひだまり日記』にも描かれており、
<昭和二十三年から夙川に住んでいたアメリカ人のベッツイ・オハラさんが、夙川の子供たちのためにとプレゼントしてくださったものです。二十九年に帰国された後も毎年欠かさず続けて下さいました。その後ベッツイさんが亡くなった今も夙川の人々の心を暖めつづけてくれています。>と説明されています。

 
 神戸っ子4月号で夙川地区自治会長はインタビューで次のように述べられています。
<最初にクリスマスツリーが飾られた翌年、ご夫妻は子どもさんを事故で亡くされました。埋葬された満池谷の墓地から見えるようにという思いもあったようで、以降毎年、クリスマスツリーが飾られるようになりました。 現在は夙川自治会とグリーンタウン商店街振興組合、西宮夙川ロータリークラブの共催で管理し、毎年11月最終週の土曜日に点灯式を行い、12月25日まで飾っています。今年で70年目を迎え、大きくはできないのですがもう少し明るくできないかと考えているところです。>

ブスケ神父も眠る、満池谷墓地キリスト教区のカトリック教会墓地に行きますと、KEVIN THOMAS OHARA君の名前が刻まれていました。

夙川自治会長にお聞きすると、夙川のクリスマスツリーは、他所で飾られているクリスマスツリーに比べて決して立派なものではないが、日本一心のこもったクリスマスツリーであると自負されていたのが心に残ります。






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成田屋さんの「桜もなか」

 神戸っ子4月号に和菓子の成田屋さんの記事が掲載されています.

その取材に同行させていただき、私も成田屋さんのご主人が保管されている貴重な写真を見せていただきました。

震災前の成田屋さんの立派な玄関。残念ながら震災で全壊し、現在はビルに建て替えられています。

昭和13年に夙川に開店されたときの「團十郎もなか」をあしらったチラシです。九代目團十郎に認められ、その後千秋楽に御贔屓筋に配られるようになったそうです。

 現在のご主人の餡へのこだわりと研究心は評判です。厳選した素材を使い、全てお店で炊いておられるとのこと。私も以前、「夙川舞桜」というもなかをいただいたので、そのお話も伺いました。

養蜂家に、成田屋さんのビルの裏側の夙川沿いに養蜂家に頼んで、巣箱をセットし、夙川の桜の蜂蜜を集めて製造されていたそうです。

現在も製造されていますが、名前は桜もなかと変えられたとのこと。

商標登録されてしまったようですが、今も変わらず桜の蜂蜜をを使った自家製餡のもなかです。


夙川舞桜は羽衣橋の南東の角に今年も綺麗な花を咲かせていました。



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赤瀬川源平『仙人の桜、俗人の桜』日本は桜の国だ

 今年の桜は早く、もうピークを過ぎてしまいましたが、「桜まつり」などの行事が各地で開催されるほど、日本人中が花見で大騒ぎになるシーズン。


 赤瀬川源平『仙人の桜、俗人の桜』では「日本は桜の国だ」とシーズン到来を面白く解説されています。

<日本は桜の国だ。春になると南から桜前線が攻め込んでくる。そうするともう日本中が大変なのだ。さあ攻めてきたというので、みんな弁当を作り、ゴザを用意し、いまはビニールシートだが、酒ももちろん買い込んで、仲間と連絡しあい、集結地点を確認する。
 会社や団体ごと動くこともあり、その場合はまず若い斥候が密かに集結地点を偵察に行き、あらかじめビニールシートをしかける。そうやって敵を防いでおいて、そこへ本舞台が出陣していく。つまり桜前線が北上してくると、ほとんど日本中が戦争状態に突入する。>

早朝6時前の夙川公園、もう若武者が出陣して、ビニールシートをしかけています。

<うかうかしてはおれないのである。敵は何かというと、わからない。敵の正体はわからないまま、とにかくみんな桜の樹の下へ出陣していく。>
 敵は桜の命の短いことでしょうか。私も花見に夙川公園を早朝からうろうろ。

 この春撮影した、私の好きな、ご近所のお花見スポットをいくつかご紹介させていただきます。

まずは阪急甲陽線鉄橋。@
マルーン色の阪急電車が桜の中を通り抜けます。

画家の三木衞さんの描いた甲陽園鉄橋付近の花見。楽し気な様子が伝わってきます。

夙川のこほろぎ橋付近。A


こほろぎ橋は1959年版映画『細雪』のスチール写真にもなっていました。

ドライブするなら夙川さくら道の桜もお見逃しなく。B

震災後、ニテコ池周辺に新たに植えられた桜も育ってきました。C


『火垂るの墓』にも登場するニテコ池です。

最後に越水浄水場の桜。D

屋上から見た桜は六甲山を背景に見事に咲き誇っていました。

以下ご参考地図です。




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 バイクの免許を取った時はこの辺りを走り回りました。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2018/04/04 10:06:13 [ 削除 ] [ 通報 ]

夙川さくら道、ゆるやかなカーブと松の緑と桜並木、ニテコ池から見える甲山、きっと爽快だったと思います。

[ seitaro ] 2018/04/04 10:47:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

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『月刊神戸っ子』4月号に夙川市場の写真

 BSプレミアムで放映された『平成細雪』で大水害の場面で、夙川市場がモデルとなったと思われる夙川駅前商店街が登場していました。

考えてみると、夙川市場は終戦直後から昭和49年まで存続した公設市場で、原作の阪神大水害の昭和13年にも、平成の時代にも存在してなかったのですが、夙川駅前の雰囲気がよく出ていました。

 今まで夙川市場の写真を見ることはなかったのですが、『月刊神戸っ子』に2枚の写真が掲載されていました。

1枚目の写真には2か所看板と庇に「夙川市場」という文字が読み取れます。

ただこの写真の説明は「昭和20年代の阪急夙川駅周辺の写真。提供/夙川自治会」
と書かれており、正面には阪急夙川駅の屋根と鉄塔が見えています。


 昭和36年の住宅地図で見ると、夙川市場はもう少し南側、斜めに走っている道路沿いです。


 『月刊神戸っ子』インタビューで成田屋さんのご主人も、夙川市場について次のように話されていますので、間違いありません。
<今のグリーンタウンの辺りには森のような広場があり、元々は邸宅があったのでしょうか、ぽつんとひとつ蔵が残っていて子どもたちの遊び場になっていました。戦後できた公設市場は、片鉾池辺りから入って今の山手幹線辺りに出る南北に長い市場で高低差があり、出たところが階段になっていました。20か30ほどのお店が入っていたでしょうか、今でも端から順にだいたい覚えています(笑)。>

住宅地図で数えるとお店は40軒くらいあったようです。

インターネットで検索すると「昭和探偵団」のサイトに現在の地図に昔の地図を重ねて夙川市場の位置が示されており、グリーンタウンの西側あたりにあったようです。

http://www.ventiler.jp/2015/09/04/

昭和20年代の終戦直後は夙川駅前のお店も夙川市場と呼ばれていたのかもしれません。

もう一枚の夙川市場の写真。

「昭和20年代はじめの風景。女性の後ろに、「SHUKUGAWA MARKET」の文字が見える。提供/夙川自治会」と説明されています。


 終戦直後だと思いますが、普通の八百屋さんにしては、なんともハイカラな横文字です。



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月刊神戸っ子4月号に「阪急夙川の昔と今」

 夙川の桜は今年は既に満開となり、もう一部散り始めています。


『月刊神戸っ子』4月号には夙川地区自治会長の柴田氏が登場され、夙川自治会発足からの歴史的なトピックスを紹介されています。


 これまで見たとこがなかった昔の夙川地区の貴重な写真が掲載されています。

昭和20年代はじめの阪急夙川駅周辺。写真提供/夙川自治会

 他にも西宮ブログでお馴染みの今村欣二さんの連載エッセイ『喫茶店の書斎から ㉓ イワシのトレトレ』、昔の香露園浜のお話です。

「御影の暮らしを語る」には、羽生結弦の聖地として一躍有名になった弓弦羽神社の宮司さんも登場しています。


全文インターネットで立ち読みもできますが、
https://kobecco.hpg.co.jp/31573/
月刊神戸っ子は神戸〜大阪のジュンク堂書店、紀伊國屋書店、旭屋書店などで購入できます。

昔の夙川公設市場や夙川書店の写真を『月刊神戸っ子』さんからお借りして、続いて紹介させていただきます。


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夙川自治会提供の写真、素晴らしいですね。

[ imamura ] 2018/04/02 11:56:05 [ 削除 ] [ 通報 ]

何千枚も保有されているそうですが、公開可能か関係者に問い合わせるのに苦労されたようです。

[ seitaro ] 2018/04/02 12:10:44 [ 削除 ] [ 通報 ]

何千枚も!信じられない。夙川だからこそ。
個人の顔がハッキリ写ってますので、公開は難しいでしょうね。

[ imamura ] 2018/04/02 12:16:21 [ 削除 ] [ 通報 ]

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夜明けの桜が一番美しい(赤瀬川源平『仙人の桜、俗人の桜』)

 赤瀬川源平の旅行記『仙人の桜、俗人の桜』の最後の章「ベルリンの壁の跡に桜並木をー京都」では、京都市右京区の桜博士といわれている佐野藤右衛門さんを訪ねます。

佐野藤右衛門さんといえば『京都人の密かな愉しみ 桜の皿の秘密編』にも登場。


ドラマの方は高岡早紀さんが登場する何とも切ない悲恋物語でしたが、

『仙人の桜、俗人の桜』に戻りましょう。

 佐野さんと色々桜のお話をされていますが、夜明けの桜が一番美しいというお話。
<もう一つ感動的な話があって、それは朝の桜のことである。桜のすべてを見てきた佐野さんがいうには、朝の五時か六時ごろの桜がいちばん美しいという。夜が明けたばかりの薄明の中に、うっすらと桜が見えてくる。桜がいちばん生気にあふれているのがこのときだそうだ。桜の花は夜露に濡れていて、水滴が花びらを伝ってぽとりと落ちる。その様は本当にふるいつきたくなるほどだという。そんな秘密を聞いたら、私もぜひ早朝の花見をしたくなってしまった。いずれどこかで夜、待ち構えていて、夜明けの花見をしたいと思う。>

早速、私も早朝6時の花見に夙川公園へ。

早朝の苦楽園橋から見た桜と松と甲山。

阪急甲陽線鉄橋付近では桜が川面に届くかのよう。


 残念ながら今年は気温が高すぎるせいか、「桜の花は夜露に濡れていて、水滴が花びらを伝ってぽとりと落ちる」という感動的なシーンを見ることはできませんでしたが、それでも早朝の花見は人出もなく、ゆっくりと桜を愛でることができました。

夙川のアジサイの葉も茂り始め、桜のあとはアジサイが楽しみです。



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夙川の桜の蕾もほころびはじめました

 今朝、夙川公園を歩いていると、夙川沿いの桜もチラホラ開花しはじめていました。




来週の気温上昇で一斉に咲くのでしょう。


月刊『神戸っ子』3月号の特集は「文学を生み出す、夙川」です。
https://kobecco.hpg.co.jp/30962/



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“夙川のローゼ”がTV東京WBSで“幻のクッキー”として紹介

 TVのチャンネルを回していると、テレビ大阪の経済ニュース番組ワールド・ビジネス・サテライトで「The行列“幻のクッキー”」と題して、夙川のミッシェルバッハの行列が紹介されていました。


 ミッシェルバッハのクッキーローゼが初めて公に紹介されたのは、夙川育ちのロミ・山田さんの『誰かと行きたいとっておきのお店ガイド』(1997年PHP研究所)です。

<クッキーがどうも苦手。なぜといってあのパサパサしたドライさが厭なのだ。喉にひっかかりそうになり、おいしくも何ともない。そのクッキー嫌いの私が、日本中で一番おいしいと思うクッキーが、’’夙川のローゼ’’なのだ。それを売っているのがミッシェルバッハ。ドイツにある村の名前を、そのままお店の名にしているこのクッキーとケーキの店は、阪急沿線、夙川にある。>


<店主の須波保弘さんは、ドイツのバーナードハイムで、四年半お菓子の勉強をした。>
と書かれていましたが、TVに登場したのは須波宏晋シェフ。もう二代目に引き継がれたようです。


<私の大好きな“夙川のローゼ”は、あまりに柔らかくて、袋につめては売れないとのこと。紙の箱入りと、プラスティックの丸い入れ物に入ったのがあるが、横にしないでくれといわれる。それほどデリケートなクッキーでなのだ。>
その大切な製造過程が、生地づくりから焼き上げるまで映像で紹介されていました。




 更にロミ・山田さんは次のように紹介されています。
<オーストリアでは有名で、クリスマスに食べるお菓子だそうである。あまりおいしいので、その作り方をマスターして帰ってきたが、仕込みから、生地をねかせ、都合全部で三日かけて焼き上げるという、大変面倒なクッキーなのである。杏子と、ミルクチョコレートの二種類がある。非常にソフト。須波さんのお人柄も、クッキーと同じくらいソフトで、ケーキやクッキーと共に、たくさんファンがいる。>

この製法、先代から二代目にしっかり引き継がれたようです。

 夙川のクッキーローゼは清水博子さんが谷崎潤一郎へのオマージュとして書かれたと言われている小説『カギ』にも登場しているのです。

<四月二十五日木 架空日記承前。
きのうは散り桜の夙川公園で脱力し、芦屋のホテル竹園に泊まる。父の勤務先が所有していた苦楽園の社宅で暮した一九八〇年代、夙川は夙川だった。いまは着飾った犬ばかりがめだち、街なみはすすけている。社宅跡には怖くてちかよれない。京都のともだちへおみやげとしてミッシェルバッハの夙川クッキーロゼと網代の穴子寿司を買う。>

夙川ではいつも行列ができて有名なお店、テレビ東京にまで名前が売れていたとは。

キャスターの皆様もおいしそうに召し上がり、絶賛されていました。

 私が予約して購入した時は一か月半待ちでしたが、この映像を見るとしばらく電話予約もできないのかも。


夙川のローゼの人気はいつまでも衰えないようです。



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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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