阪急沿線文学散歩

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日本一心のこもった夙川のクリスマスツリー

 月刊神戸っ子4月号に夙川地区自治会が保管されていた、羽衣橋のクリスマスツリーの写真が掲載されています。

https://kobecco.hpg.co.jp/31487/

 このクリスマスツリー、現在は阪急夙川駅前のロータリーに移され、毎年点灯式には話題になるオハラさんのクリスマスツリーです。

<阪急夙川駅南側の夙川に架かる羽衣橋の欄干に一本のクリスマスツリーが立ったのは、昭和二十三年十二月のことであった。立てたのは米・商船会社の神戸支店長として夙川に移り住んできたオハラ夫妻である。夫妻は敗戦の混乱と貧窮にあえぐ日本を見て、少しでも希望の灯が灯せるならという思いをツリーに託した。その翌年、夫妻は事故で三男ケビン君を亡くすという悲劇に見舞われる。愛息への思いもあって、夫妻は毎年かかさず同じ場所にツリーを立てた。>


直野祥子さんの『夙川ひだまり日記』にも描かれており、
<昭和二十三年から夙川に住んでいたアメリカ人のベッツイ・オハラさんが、夙川の子供たちのためにとプレゼントしてくださったものです。二十九年に帰国された後も毎年欠かさず続けて下さいました。その後ベッツイさんが亡くなった今も夙川の人々の心を暖めつづけてくれています。>と説明されています。

 
 神戸っ子4月号で夙川地区自治会長はインタビューで次のように述べられています。
<最初にクリスマスツリーが飾られた翌年、ご夫妻は子どもさんを事故で亡くされました。埋葬された満池谷の墓地から見えるようにという思いもあったようで、以降毎年、クリスマスツリーが飾られるようになりました。 現在は夙川自治会とグリーンタウン商店街振興組合、西宮夙川ロータリークラブの共催で管理し、毎年11月最終週の土曜日に点灯式を行い、12月25日まで飾っています。今年で70年目を迎え、大きくはできないのですがもう少し明るくできないかと考えているところです。>

ブスケ神父も眠る、満池谷墓地キリスト教区のカトリック教会墓地に行きますと、KEVIN THOMAS OHARA君の名前が刻まれていました。

夙川自治会長にお聞きすると、夙川のクリスマスツリーは、他所で飾られているクリスマスツリーに比べて決して立派なものではないが、日本一心のこもったクリスマスツリーであると自負されていたのが心に残ります。







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成田屋さんの「桜もなか」

 神戸っ子4月号に和菓子の成田屋さんの記事が掲載されています.

その取材に同行させていただき、私も成田屋さんのご主人が保管されている貴重な写真を見せていただきました。

震災前の成田屋さんの立派な玄関。残念ながら震災で全壊し、現在はビルに建て替えられています。

昭和13年に夙川に開店されたときの「團十郎もなか」をあしらったチラシです。九代目團十郎に認められ、その後千秋楽に御贔屓筋に配られるようになったそうです。

 現在のご主人の餡へのこだわりと研究心は評判です。厳選した素材を使い、全てお店で炊いておられるとのこと。私も以前、「夙川舞桜」というもなかをいただいたので、そのお話も伺いました。

養蜂家に、成田屋さんのビルの裏側の夙川沿いに養蜂家に頼んで、巣箱をセットし、夙川の桜の蜂蜜を集めて製造されていたそうです。

現在も製造されていますが、名前は桜もなかと変えられたとのこと。

商標登録されてしまったようですが、今も変わらず桜の蜂蜜をを使った自家製餡のもなかです。


夙川舞桜は羽衣橋の南東の角に今年も綺麗な花を咲かせていました。



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赤瀬川源平『仙人の桜、俗人の桜』日本は桜の国だ

 今年の桜は早く、もうピークを過ぎてしまいましたが、「桜まつり」などの行事が各地で開催されるほど、日本人中が花見で大騒ぎになるシーズン。


 赤瀬川源平『仙人の桜、俗人の桜』では「日本は桜の国だ」とシーズン到来を面白く解説されています。

<日本は桜の国だ。春になると南から桜前線が攻め込んでくる。そうするともう日本中が大変なのだ。さあ攻めてきたというので、みんな弁当を作り、ゴザを用意し、いまはビニールシートだが、酒ももちろん買い込んで、仲間と連絡しあい、集結地点を確認する。
 会社や団体ごと動くこともあり、その場合はまず若い斥候が密かに集結地点を偵察に行き、あらかじめビニールシートをしかける。そうやって敵を防いでおいて、そこへ本舞台が出陣していく。つまり桜前線が北上してくると、ほとんど日本中が戦争状態に突入する。>

早朝6時前の夙川公園、もう若武者が出陣して、ビニールシートをしかけています。

<うかうかしてはおれないのである。敵は何かというと、わからない。敵の正体はわからないまま、とにかくみんな桜の樹の下へ出陣していく。>
 敵は桜の命の短いことでしょうか。私も花見に夙川公園を早朝からうろうろ。

 この春撮影した、私の好きな、ご近所のお花見スポットをいくつかご紹介させていただきます。

まずは阪急甲陽線鉄橋。@
マルーン色の阪急電車が桜の中を通り抜けます。

画家の三木衞さんの描いた甲陽園鉄橋付近の花見。楽し気な様子が伝わってきます。

夙川のこほろぎ橋付近。A


こほろぎ橋は1959年版映画『細雪』のスチール写真にもなっていました。

ドライブするなら夙川さくら道の桜もお見逃しなく。B

震災後、ニテコ池周辺に新たに植えられた桜も育ってきました。C


『火垂るの墓』にも登場するニテコ池です。

最後に越水浄水場の桜。D

屋上から見た桜は六甲山を背景に見事に咲き誇っていました。

以下ご参考地図です。




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 バイクの免許を取った時はこの辺りを走り回りました。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2018/04/04 10:06:13 [ 削除 ] [ 通報 ]

夙川さくら道、ゆるやかなカーブと松の緑と桜並木、ニテコ池から見える甲山、きっと爽快だったと思います。

[ seitaro ] 2018/04/04 10:47:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

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『月刊神戸っ子』4月号に夙川市場の写真

 BSプレミアムで放映された『平成細雪』で大水害の場面で、夙川市場がモデルとなったと思われる夙川駅前商店街が登場していました。

考えてみると、夙川市場は終戦直後から昭和49年まで存続した公設市場で、原作の阪神大水害の昭和13年にも、平成の時代にも存在してなかったのですが、夙川駅前の雰囲気がよく出ていました。

 今まで夙川市場の写真を見ることはなかったのですが、『月刊神戸っ子』に2枚の写真が掲載されていました。

1枚目の写真には2か所看板と庇に「夙川市場」という文字が読み取れます。

ただこの写真の説明は「昭和20年代の阪急夙川駅周辺の写真。提供/夙川自治会」
と書かれており、正面には阪急夙川駅の屋根と鉄塔が見えています。


 昭和36年の住宅地図で見ると、夙川市場はもう少し南側、斜めに走っている道路沿いです。


 『月刊神戸っ子』インタビューで成田屋さんのご主人も、夙川市場について次のように話されていますので、間違いありません。
<今のグリーンタウンの辺りには森のような広場があり、元々は邸宅があったのでしょうか、ぽつんとひとつ蔵が残っていて子どもたちの遊び場になっていました。戦後できた公設市場は、片鉾池辺りから入って今の山手幹線辺りに出る南北に長い市場で高低差があり、出たところが階段になっていました。20か30ほどのお店が入っていたでしょうか、今でも端から順にだいたい覚えています(笑)。>

住宅地図で数えるとお店は40軒くらいあったようです。

インターネットで検索すると「昭和探偵団」のサイトに現在の地図に昔の地図を重ねて夙川市場の位置が示されており、グリーンタウンの西側あたりにあったようです。

http://www.ventiler.jp/2015/09/04/

昭和20年代の終戦直後は夙川駅前のお店も夙川市場と呼ばれていたのかもしれません。

もう一枚の夙川市場の写真。

「昭和20年代はじめの風景。女性の後ろに、「SHUKUGAWA MARKET」の文字が見える。提供/夙川自治会」と説明されています。


 終戦直後だと思いますが、普通の八百屋さんにしては、なんともハイカラな横文字です。



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月刊神戸っ子4月号に「阪急夙川の昔と今」

 夙川の桜は今年は既に満開となり、もう一部散り始めています。


『月刊神戸っ子』4月号には夙川地区自治会長の柴田氏が登場され、夙川自治会発足からの歴史的なトピックスを紹介されています。


 これまで見たとこがなかった昔の夙川地区の貴重な写真が掲載されています。

昭和20年代はじめの阪急夙川駅周辺。写真提供/夙川自治会

 他にも西宮ブログでお馴染みの今村欣二さんの連載エッセイ『喫茶店の書斎から ㉓ イワシのトレトレ』、昔の香露園浜のお話です。

「御影の暮らしを語る」には、羽生結弦の聖地として一躍有名になった弓弦羽神社の宮司さんも登場しています。


全文インターネットで立ち読みもできますが、
https://kobecco.hpg.co.jp/31573/
月刊神戸っ子は神戸〜大阪のジュンク堂書店、紀伊國屋書店、旭屋書店などで購入できます。

昔の夙川公設市場や夙川書店の写真を『月刊神戸っ子』さんからお借りして、続いて紹介させていただきます。


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夙川自治会提供の写真、素晴らしいですね。

[ imamura ] 2018/04/02 11:56:05 [ 削除 ] [ 通報 ]

何千枚も保有されているそうですが、公開可能か関係者に問い合わせるのに苦労されたようです。

[ seitaro ] 2018/04/02 12:10:44 [ 削除 ] [ 通報 ]

何千枚も!信じられない。夙川だからこそ。
個人の顔がハッキリ写ってますので、公開は難しいでしょうね。

[ imamura ] 2018/04/02 12:16:21 [ 削除 ] [ 通報 ]

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夜明けの桜が一番美しい(赤瀬川源平『仙人の桜、俗人の桜』)

 赤瀬川源平の旅行記『仙人の桜、俗人の桜』の最後の章「ベルリンの壁の跡に桜並木をー京都」では、京都市右京区の桜博士といわれている佐野藤右衛門さんを訪ねます。

佐野藤右衛門さんといえば『京都人の密かな愉しみ 桜の皿の秘密編』にも登場。


ドラマの方は高岡早紀さんが登場する何とも切ない悲恋物語でしたが、

『仙人の桜、俗人の桜』に戻りましょう。

 佐野さんと色々桜のお話をされていますが、夜明けの桜が一番美しいというお話。
<もう一つ感動的な話があって、それは朝の桜のことである。桜のすべてを見てきた佐野さんがいうには、朝の五時か六時ごろの桜がいちばん美しいという。夜が明けたばかりの薄明の中に、うっすらと桜が見えてくる。桜がいちばん生気にあふれているのがこのときだそうだ。桜の花は夜露に濡れていて、水滴が花びらを伝ってぽとりと落ちる。その様は本当にふるいつきたくなるほどだという。そんな秘密を聞いたら、私もぜひ早朝の花見をしたくなってしまった。いずれどこかで夜、待ち構えていて、夜明けの花見をしたいと思う。>

早速、私も早朝6時の花見に夙川公園へ。

早朝の苦楽園橋から見た桜と松と甲山。

阪急甲陽線鉄橋付近では桜が川面に届くかのよう。


 残念ながら今年は気温が高すぎるせいか、「桜の花は夜露に濡れていて、水滴が花びらを伝ってぽとりと落ちる」という感動的なシーンを見ることはできませんでしたが、それでも早朝の花見は人出もなく、ゆっくりと桜を愛でることができました。

夙川のアジサイの葉も茂り始め、桜のあとはアジサイが楽しみです。



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夙川の桜の蕾もほころびはじめました

 今朝、夙川公園を歩いていると、夙川沿いの桜もチラホラ開花しはじめていました。




来週の気温上昇で一斉に咲くのでしょう。


月刊『神戸っ子』3月号の特集は「文学を生み出す、夙川」です。
https://kobecco.hpg.co.jp/30962/



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“夙川のローゼ”がTV東京WBSで“幻のクッキー”として紹介

 TVのチャンネルを回していると、テレビ大阪の経済ニュース番組ワールド・ビジネス・サテライトで「The行列“幻のクッキー”」と題して、夙川のミッシェルバッハの行列が紹介されていました。


 ミッシェルバッハのクッキーローゼが初めて公に紹介されたのは、夙川育ちのロミ・山田さんの『誰かと行きたいとっておきのお店ガイド』(1997年PHP研究所)です。

<クッキーがどうも苦手。なぜといってあのパサパサしたドライさが厭なのだ。喉にひっかかりそうになり、おいしくも何ともない。そのクッキー嫌いの私が、日本中で一番おいしいと思うクッキーが、’’夙川のローゼ’’なのだ。それを売っているのがミッシェルバッハ。ドイツにある村の名前を、そのままお店の名にしているこのクッキーとケーキの店は、阪急沿線、夙川にある。>


<店主の須波保弘さんは、ドイツのバーナードハイムで、四年半お菓子の勉強をした。>
と書かれていましたが、TVに登場したのは須波宏晋シェフ。もう二代目に引き継がれたようです。


<私の大好きな“夙川のローゼ”は、あまりに柔らかくて、袋につめては売れないとのこと。紙の箱入りと、プラスティックの丸い入れ物に入ったのがあるが、横にしないでくれといわれる。それほどデリケートなクッキーでなのだ。>
その大切な製造過程が、生地づくりから焼き上げるまで映像で紹介されていました。




 更にロミ・山田さんは次のように紹介されています。
<オーストリアでは有名で、クリスマスに食べるお菓子だそうである。あまりおいしいので、その作り方をマスターして帰ってきたが、仕込みから、生地をねかせ、都合全部で三日かけて焼き上げるという、大変面倒なクッキーなのである。杏子と、ミルクチョコレートの二種類がある。非常にソフト。須波さんのお人柄も、クッキーと同じくらいソフトで、ケーキやクッキーと共に、たくさんファンがいる。>

この製法、先代から二代目にしっかり引き継がれたようです。

 夙川のクッキーローゼは清水博子さんが谷崎潤一郎へのオマージュとして書かれたと言われている小説『カギ』にも登場しているのです。

<四月二十五日木 架空日記承前。
きのうは散り桜の夙川公園で脱力し、芦屋のホテル竹園に泊まる。父の勤務先が所有していた苦楽園の社宅で暮した一九八〇年代、夙川は夙川だった。いまは着飾った犬ばかりがめだち、街なみはすすけている。社宅跡には怖くてちかよれない。京都のともだちへおみやげとしてミッシェルバッハの夙川クッキーロゼと網代の穴子寿司を買う。>

夙川ではいつも行列ができて有名なお店、テレビ東京にまで名前が売れていたとは。

キャスターの皆様もおいしそうに召し上がり、絶賛されていました。

 私が予約して購入した時は一か月半待ちでしたが、この映像を見るとしばらく電話予約もできないのかも。


夙川のローゼの人気はいつまでも衰えないようです。



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昭和7年カトリック夙川教会の住所は西宮市外香櫨園夙川

 今年、カトリック夙川教会のアルコーブに聖テレジアの像が戻されたことを前回紹介させていただきました。

 夙川教会の歴史を読むと、夙川にネオ・ゴシック様式の聖堂が完成したのは昭和7年4月。新聖堂はブスケ神父が敬愛してやまなかった聖テレジアに献げられ、「幼きイエズスの聖テレジア教会」と呼ばれたそうです。
 初代主任司祭のブスケ神父が翻訳した『小さき花 聖女小さきテレジアの自叙伝』を見ると、昭和四年第十五版の奥付には
「兵庫県西之宮市香櫨園(夙川阪急停留所西) 訳者兼発行者 シルベン・ブスケ」
と記されています。


更に昭和五年に発行された『幼な子に倣いて』の奥付には
「著者発行者 西宮市外香櫨園夙川カトリック教会 シルベン・ブスケ」
と記されています。

昭和11年の鳥瞰図でもカトリック夙川教会、阪急夙川駅、阪神香櫨園駅の位置関係がわかるように、現在の阪神香櫨園駅に馴染みのある我々にとって、少し奇異に感じますが、カトリック夙川教会が昭和7年に建堂された場所は、正に香櫨園の中心地だったのです。

 ご存知のように、香櫨園の名前は明治40年に、大阪の商人である香野蔵治氏と櫨山慶次郎氏の手によって開設された香櫨園遊園地に始まりますが、場所は現在の阪急夙川駅の西側、羽衣町、霞町、松園町、相生町、雲井町、殿山町一帯でした。

 さて、香櫨園遊園地は大正2年に廃園となり、サミュエル商会から大神中央土地(株)の手にわたり、住宅地経営が始められます。
当時は武庫郡大社村森具でしたが、大正12年には羽衣町、霞町、松園町、相生町、雲井町、殿山町一帯を森具区から分離独立させ、香櫨園区と命名されたのです。

大正末の地図を見ると、香櫨園と記されています。
この地図には、高塚山のあたりに香櫨園鉱泉と記されており、それも興味あるところです。

 夙川自治会発行の『夙川地区100年のあゆみ』によりますと、「昭和7年に阪急電車の駅名と区名を一致させるために、香櫨園区は夙川区と改称され、長く親しまれていた香櫨園は名実ともに発祥地から姿を消した」とされています。大社村が西宮市と合併したのは翌年の昭和8年のことですから、西宮市香櫨園という地名は存在しなかったので、昭和4年のカトリック夙川教会の住所は「西宮市外香櫨園」という方が正しいようです。

しかし、合併後の昭和8年の西宮市全図を見ると、そこにはまだ香櫨園と書き込まれていて、香櫨園の名称がしばらく使われていたと思われます。

 大社村の正式合併前から、既に西宮市と呼んでいた可能性もあり、上のブスケ神父の印に記されているように、西宮市香櫨園という住所が一般に通用していたのではないでしょうか。

最後に、夙川自治会長さんに、夙川地区というのは、上の昭和8年の夙川区平面図に示されている、羽衣町、霞町、松園町、相生町、雲井町、殿山町一帯のことであるとお教えいただいたことを申し添えておきます。



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夙川から見えた芦屋の花火

 昨日は須賀敦子さんの取材に来られていた方々と、カトリック夙川教会の向かいのビルの最上階、フィオーレ ジャルディーノで食事をさせていただきました。


 ここからのカトリック教会から六甲山系を望む景色は最高ですが、海の方を見ると、芦屋の花火大会が始まっていました。


手振れ写真で申し訳ありませんが、ハート型の花火も綺麗です。


カトリック夙川教会はライトアップはしていませんでしたが、綺麗にとれました。



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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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