阪急沿線文学散歩

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『京都人の密かな楽しみ』に旧ハンター邸と六甲山牧場

 『京都人の密かな愉しみ』は、2015年に放送が始まり、その後不定期に続編が放送され、2017年5月の「桜散る」編で最終回となりましたが、新作「京都人の密かな愉しみ ブルー修業中 送る夏」が9月30日に放送されるそうです。

 
 それに先立ち「京都人の密かな楽しみ」1st.シーズンの再放送が続いています。

 京都の風情に伝統文化、京都人気質、悲恋などをうまく組み合わせて描かれ、常盤貴子、銀粉蝶の名演技に、その脇を固める配役も良く、私の好きな番組だったので、録画して楽しませていただいています。
 京都のロケ地を紹介しているサイトもあり京都訪問時には参考になります。

ところで、「京都人の密かな楽しみ冬 わたしは京都が嫌い編」で、エドワード・ヒースロー( 団時朗)とエミリー・コッツフィールド(シャーロット・ケイト・フォックス)の出身地イギリスヨークシャーとして登場したのは六甲山牧場と王子動物園に移設されている旧ハンター邸でした。

このイングランド映像だけはイングランドだったのでしょうか。

冬の牧場。

冬の六甲山牧場は訪れたことがなかったので、自信がありませんでしたが、このシーンで確信できました。

続いて出てきたのがこの建物。

窓枠を見ると、旧ハンター邸の2階に違いありません。



さて2nd.シーズンの配役は若者にずらりと変わるようですが、期待しています。



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BS-TBSのファミリアの物語で西宮文学案内の高木應光さん登場

 2月17日にBS-TBSで『高島礼子・日本の古都 』の特別編として「べっぴんさん」ヒロインモデル ファミリア女性創業者の物語」が2時間にわたって放映されました。


 その前半1時間で、高島礼子と対談し、解説したのが何と西宮文学案内の講座でお世話になった神戸居留地研究会事務局で県立芦屋高校の非常勤講師も務められている高木應光さん。大女優高島礼子さんをお相手に、引けを取らない堂々とした解説ぶりには驚いてしまいました。

旧ジェームス邸での対談の様子。

岡本梅林の上での撮影。


ファミリア本店での撮影の様子です。

「べっぴんさん」では西宮市出身で報徳学園卒業の夙川アトムが大急の担当者小山を演じ、すみれが立ち上げたベビー服専門店“キアリス”を大急百貨店に出品するために“キアリス”を何度か訪れ、“キアリス”の名前は使用せず“大急百貨店”の名前で販売する、とかなり嫌な感じの店員を好演しています。

 
 実際に阪急の担当者はファミリアのタグやネームを外し「阪急特選マーク」の使用を勧めますが、それを惇子に断られ、結局ファミリアのネームやタグを使用することを認め、売り場には「阪急ファミリアグループ」の名前をつけることでまとまったのです。


 夙川アトムが演じた小山のモデルは実在し、当時の阪急百貨店でファミリアを担当した課長の鳥居正一郎と次長の土岐国彦でした。その鳥居は後に第3代阪急百貨店社長になるのです。


たっぷり2時間、神戸の風景をふんだんに織り込んだ楽しい番組でした。


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神戸元町一番街のユーハイムへ

 センター街から元町一番街までぶらぶら歩いて、ファミリアの展示を見たあと、ユーハイムに立ち寄りました。


アールグレイとケーキのセットでゆっくり。


 昭和のユーハイム本店は、谷崎潤一郎や野坂昭如など関西に住んだ作家たちの小説にもしばしば登場します。大正12年9月の関東大震災で神戸に移ってきたカール・ユーハイムが洋館を借りて店を開いたのは11月1日のことでした。

 その場所は、当時のプレートには神戸市三宮町警察署前書かれており、正確には、頴田島三郎『ユーハイム物語』に神戸市生田区三宮町一丁目三〇九番地と記されています。

それは現在の神戸市中央区三宮町1丁目4−1で、写真左手のローソンが入っている建物の位置にありました。

当時の建物は次のように説明されています。
<英国人ミッチェルさんの設計になるその建物は、神戸に建った洋館の、最初のものだといわれる。(中略)左の端が二階三階へ上がる階段口。それから順に右へ、三つの腰高のD型の大窓が並び、左一つ、右二つの間に幅広くとった三段の石段を上がって入口。>

現在まで残っていないのが本当に残念な建物です。

 堀辰雄の『旅の絵』には昭和7年のクリスマス・イブに立ち寄ったユーハイムの様子が詳しく描かれています。
<夕方、私たちは下町のユウハイムという古びた独乙菓子屋の、奥まった大きなストーブに体を温めながら、ほっと一息ついていた。其処には私たちの他に、もう一組、片隅の長椅子に独乙人らしい一対の男女が並んで凭りかかりながら、そうしてときどきお互の顔をしげしげと見合いながら、無言のまんま菓子を突っついているきりだった。その店の奥がこんなにもひっそりとしているのに引きかえ、店先は、入れ代り立ち代りせわしそうに這入ってきては、どっさり菓子を買って、それから再びせわしそうに出てゆく、大部分は外人の客たちで、目まぐるしいくらいであった。それも大抵五円とか十円とかいう金額らしいので、私は少しばかり呆気にとられてその光景を見ていた。それほど、私はともすると今夜がクリスマス・イヴであるのを忘れがちだったのだ。>

当時の雰囲気を残す写真がありました。
<やがて若い独乙人夫婦は、めいめい大きな包をかかえながら、この店を出て行った。JUCHHEIMと金箔で横文字の描いてある硝子戸を押し上げて、五六段ある石段を下りて行きながら、男がさあと蝙蝠傘をひらくのが見えた。私は一瞬間、そとには雪でも振りだしているのではないか知らと思った。ここにこうしてぼんやりストーブに温まっていると、いかにもそんな感じがして来てならなかったが、静かに降りだしているのは霧のような雨らしかった。>

 現在のユーハイム本店は元町一番街にありますが、壁には昔のユーハイムの写真が種々掛けられ、創業当時のユーハイム夫妻と従業員の写真もありました。


 現在の本店のテーブルに座ってメニューを見ると1ページ目にはユーハイム夫妻の写真と歴史が書かれています。

 
 そのユーハイム夫妻が芦屋市朝日丘の芦屋霊園に眠っていると知り、後日訪ねました。

「平和を創り出す人達は幸いである」と刻まれたユーハイムご夫妻の墓碑です。

そこからは、芦屋市内から大阪湾を見晴らす素晴らしい景色が開けていました。



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 元町は歴史のある街ですね☆彡

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2017/02/25 8:28:09 [ 削除 ] [ 通報 ]

そうですね。
最近よくTVでも紹介さえていて、足をはこぶようになりました。

[ seitaro ] 2017/02/25 10:56:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

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NHK朝ドラ「べっぴんさん」はどのように終えるのでしょう?

 NHK朝ドラ、今回は脚本が不評のようですが、一体最後はどうなるのでしょう。
 すみれの夫、紀夫のモデルとなった坂野通夫が亡くなったのは76歳、1992年のこと。

有馬、六甲山を家族でドライブし小林一三が建てた六甲山ホテルでステーキを楽しんだあと、病院に帰り、2日後に昏睡状態となり、亡くなられたそうです。

 家族葬は灘カトリック教会で、社葬は遠藤周作も受洗した夙川カトリック教会で行われました。
 娘の坂野光子さんは小林聖心女子学院出身であり、カトリック信者であったことから、ご両親も晩年、洗礼を受けたそうです。このあたり、須賀敦子さんとご両親の受洗に似ています。

 一方「べっぴんさん」では坂東さくらの入学した学校のロケは神戸女学院で行われたようです。


 坂野惇子は2005年に亡くなりましたが、エイス社長岩佐栄輔のモデルとなった石津謙介も2005年に亡くなっています。

「ベビーショップ・モトヤ」の南隣にあったのがレナウン・サービス・ステーション(佐々木営業部が開いた営業部門)で、石津謙介はスタッフを務めていました。石津は1951年に独立して「VAN」ブランドの石津商店を設立しています。

そのレナウン・サービス・ステーションの跡地に建てられたのがファミリア1号店です。

現在は神戸メディテラスとなっています。

 坂野惇子、べっぴんさんの関連本は数多く出版され、そこには実在したレナウングループ、高島屋グループ、阪急東宝グループ、皇后陛下など華麗なる人脈が紹介されドラマ以上に興味深いものがありますが、ドラマではそれらのエピソードを土台にした感動的なお話が創れていないのが残念です。



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今回の脚本は全くダメですね。
番組を楽しんでいる妻の横で文句を言う私、同じく不評です。
いろんなエピソード、有難うございます。
この記事、妻にも見てもらいますね。

[ たくじろう ] 2017/02/16 12:21:09 [ 削除 ] [ 通報 ]

たくじろうさん、やはりそう思われますか。最近のストーリーで、ますます面白くなくなりました。それでも身近な話なので、我慢して見ておりますが、家内は私より文句言っております。
マッさん、朝が来たと好調だったので、残念です。

[ seitaro ] 2017/02/16 14:04:29 [ 削除 ] [ 通報 ]

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神戸ルミナリエと大正11年稲垣足穂のファンタジー『星を造る人』

 毎日が日曜となった今年、初めて神戸ルミナリエへ行って来ました。

 神戸ルミナリエは、言うまでもなく阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込め、被災した人々の夢と希望を託した一大ページェントです。


 軽々しく評することはできませんが、元町から東遊園地までルミナリエを見ながら、ヰタマキニカリス〈1〉―稲垣足穂コレクションに収められている短編『星を造る人』を想い出して歩いていました。

メイン会場までぐるぐると歩かされますが、神戸の街の夜景であきることはありません。

 神戸ルミナリエはWikipediaでは、基本的にはイタリア人のヴァレリオ・フェスティ(Valerio Festi)と神戸市在住の今岡寛和の共同作品とされていますが、稲垣足穂の「星を造る人」では、そのままスターメーカーと呼ばれていました。
<スターメーカー!人々は、その紳士をこう呼んでいました。本当はシクハード氏と云うのですが、本名よりはいまのように呼ぶ方が、遥かにふさわしかったからです。>

足穂は大正11年の神戸の美しい街を次のように描きました。
<北に紫色の山々がつらなり、そこから碧い海の方へ一帯に広がっている斜面にある都市、それはあなたがよく承知の、あなたのお兄様がいらっしゃる神戸市です。そういえばあなたはいつか汽車で通った時、山ノ手の高い所に並んでいる赤やみどりや白の家々を車窓から眺めて、まるでおもちゃの街のようだ、と云ったことがありましたね。それから、あの港から旅行に出かけた折、汽船の甲板から見るその都会の夜景が、全体きらきらとまなばたく燈火にイルミネートされて、それがどんなにきれいであったかについても、あなたはかつて語りました。>

今より美しい街だったのかも知れません。

 そして、この美しい街に噂が広がります。
<近来毎夜の如く午後七時より八時の刻限において不可思議な一外国紳士が東遊園地界隈に出没し、現代科学と人智をもって測るべからざる奇怪事を演ずるとの風説が専らである。>

 ルミナリエを大正時代に持っていったら、とんでもない騒ぎになることでしょう。
<やがて、海岸区の高い建物の側面を桃色に染めていた夕日の影もうすれ、街じゅうが一様に青いぼやけた景色に変わってきた時、わたしは友達をさそって、いっしょに遊園地の方へ出向いてみました。そしてチカチカと涼しいガス燈がならんでいる明石町から、オリエンタルホテル前の芝生あたりまで、元居留地の一帯にわたって、二時間近くもうろつき廻ったのです。>

このうろつきまわったあたりが、ルミナリエに行くまでの歩行経路に似ているのです。

<南京街の入り口にあるビアホールに飛び込んで、紅いランターンの下に腰をおろした時、わたしたっちは、むしろこの夜の人出におどろいていました。遊園地はさておいて、ふだんなら日が暮れるとひっそりして、ぎらぎら目玉の自動車が行き交うばかりで、碇泊船の汽笛が響き渡る、がらんとした、石造館が立ちならんだ街区一帯に、歩くにもじゃまなくらい人々が集まっているのです。>

 ルミナリエ、平日でも大変な人出でしたが、警備やスタッフの方々の努力で混乱もなくスムーズに歩くことができました。


 ルミナリエは、12月11日までですが、お出かけの前に稲垣足穂の大正11年のファンタジー『星を造る人』を読んで行かれることをお勧めします。



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三宮センター街でも「べっぴんさん展」が開催されていました。

 元町のファミリア本店からセンター街に戻ってくると、旧メディテラス跡地で開催中の「神戸別品博覧会」の中で、「べっぴんさん」展も開催されていました。


 行きに前を通った時には気づかなかったのですが、もう二十年以上前のことでしょうか、ここは確かファミリアがあって、娘たちに何か買っていた記憶があります。

外から見ただけでは気づかなかったのです、中に「べっぴんさん」展のポスターがありました。

 期間は来年の5月7日までで、「本展は、物語の舞台である神戸で開催。ヒロインらが一歩踏み出す後押しをしてもらった大切な場所である靴店「あさや」のセットの一部をご覧いただくとともに、番組で実際に使用した小道具や衣装を始め、写真撮影をしていただけるコーナーや番組紹介の写真パネルなどでドラマの世界をご紹介します。(一部を展示替え予定)」
とのこと。

坂野さんがファミリアの前身であるベビーショップ・モトヤの独立した店舗を初めて出したのが、三宮センター街の山側店舗でトアロードから3件目ということですから、このあたりがファミリア発祥の地だったのでしょう。

べっぴんさん展は3階でした。

ドラマに出てきたすみれの刺繍。

四つ葉のクローバーの刺繍。

子供の時のすみれが着ていた服も。

「あさや」のセット。ここに座って写真撮影できます。

すみれがばらばらにしてしまったお父さんの靴。

すみれお嬢様の嫁入り支度のために作った靴。

 しかし朝日新聞でも酷評されていましたが、これまでの朝ドラが大人気を博していただけに、「べっぴんさん」の先行きが心配です。作者の渡辺千穂さんに頑張ってもらわねば。

 考えてみると、多くのスポンサーが参画している神戸別品博覧会。
ファミリアの「べっぴんさん展」だけが目立っては困るので、外に目立った表示がなかったのでしょう。

神戸ブランドのユーハイムや風月堂。


鈴木薄荷の薄荷珈琲も展示されていました。

最後に神戸ワインを買って帰りました。



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ファミリア神戸元町本店では「ファミリアの軌跡展」が開催中でした。

 久しぶり三宮センター街から元町商店街をぶらりぶらりと歩いていると、ファミリア神戸元町本店で、「ファミリアの軌跡展」が開催中でした。


入り口のウインドウに貼られていたポスター。

 開催期間は来年の4月3日までですが、テーマが順次変わるようです。
2016年11月17日(木)までは、
「ファミリアが一番大切にしている“あかちゃんへの愛情”」
2016年11月18日(金)〜2017年1月11日(水)
「ひと針ひと針に込めた愛情“手刺繍”ドレス」
2017年1月12日(木)〜2017年2月15日(水)
「“ファミリアチェック”のあゆみ」
2017年2月16日(木)〜2017年4月3日(月)
「こだわりがつまった“デニムバッグ”」
となっていました。

入り口を入ると、「坂野惇子historyファミリア遠隔」のコーナーでは映像と年譜での説明があります。


歴史を物語る写真と実際の商品の展示が各所にありました。

創業当時のくまのぬいぐるみ。

1952年の商品。

1960年代〜1980年代の商品が飾られています。

ベビーナース大ヶ瀬久子さんのパネル。

モトヤ靴店の店主・元田蓮のパネルも。
「いけません。これはお嬢様の為につくった靴です」は実話でした。

パネルを読むと「べっぴんさん」の誰のモデルになっているかよくわかります。あの靴屋さんがファミリアの初代社長ですか。

家内が孫への贈り物を捜している間、展示をゆっくり見せてもらいました。


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あの、有名なファミカバンというのは展示されていたのでしょうか。こだわりがつまった“デニムバッグ”の時に展示なのでしょうか。他所にはない伝統文化ですものね。

[ せいさん ] 2016/10/30 11:16:17 [ 削除 ] [ 通報 ]

残念ながら今回は展示していなかったように思いますが、来年2月からの展示にあるようです。

[ seitaro ] 2016/10/30 14:18:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

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NHK朝ドラ『べっぴんさん』に登場していた旧ジェームズ邸の壁泉

 NHK朝ドラ『べっぴんさん』には、色々な神戸の洋館が登場しますので、楽しみに見ています。

 すみれの家のロケに使われたのは、以前『ジェームズ山の李蘭』の散策でも紹介した塩屋の旧ジェームズ邸。

http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p10874589c.html



 しかし、その門には旧ジェームズ邸に特定されるのを嫌ってか、御影の旧乾邸の門が使われていました。


そしてしばしば登場するのが、壁泉です。


旧乾邸にも壁泉がありましたが、旧ジェームズ邸よりは小さめです。


旧ジェームズ邸の写真の右側に壁泉が写っています。


 昨日放映された「べっぴんさん」では、焼け野原に残ったすみれの家の壁泉が象徴的でした。

これはセットのようですが。



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小説に登場する有馬温泉(城山三郎『鼠』鈴木商店焼討ち事件)

 城山三郎『鼠』は大正七年の米騒動で焼打ちされた当時の大商社鈴木商店が昭和初頭の大恐慌で消え去るまでの歴史的事実と大番頭金子直吉の人間性を描いた物語。

その中で、金子直吉が晩年有馬温泉に通っていたことが述べられていました。
<いろいろの面から取材していて、わたしがおやと思ったのは、直吉が有馬温泉を愛して、晩年は毎日のように出かけたという一事である。だが調べてみると、その温泉行きたるや、尋常なものではない。日曜をふくめて毎日三時か四時に神戸の事務所を出る。神戸に居る限り、一日として例外はない。はげしい雪で交通止めが予想されるときでも、「行けるとこまで行ってみい」と言う。>
 金子直吉には鼻の持病があり、ラジウム泉から出るラドンが効くと人づてに聞いて銀水荘に通うようになったそうです。
<有馬の宿は、ラジウム泉の「銀水」。ただし、毎日、日帰りである。大風呂に浸り、なべ物や粥など量の少ない夕食をとる。その後、十一時ごろまで書類を見てから、腰を上げる。車の中では高いびきだが、神戸の家へ戻ると、また書類に向かって暁方の三時ごろまで。毎日がその繰り返しであった。>
金子直吉は晩年、鈴木破綻の処理とお家再興の秘策練っていたのでしょう。

 城山三郎は銀水荘に取材に行ったようです。

 銀水荘は、昭和2(1927)年の創業ですが、本館の建物は老朽化したため、その隣接地に建て替えられのが「銀水荘別館 兆楽」です。

<わたしは有馬へも行ってみた。「銀水」は改築されて昔の面影はないが、当時女学生だったという内儀が、直吉のことを覚えていた。
「忘れられるものですか」といった感じであった。>
太閤橋から有馬川を少し上って行ったところにありました。

銀水荘別館兆楽は金泉・銀泉を同じ施設内で楽しめる有馬で唯一の宿とのことですが、今回の訪問では、外観だけ見てきました。


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『日本のいちばん長い日』で首相官邸として登場する御影の旧乾邸

『日本のいちばん長い日』は昨年ロードショウ公開された半藤一利のノンフィクションを基にした歴史ドラマ映画で、太平洋戦争での日本の降伏決定から、それを国民に伝えた玉音放送が敢行されるまでの裏側を描いたものです。


 西宮では旧甲子園ホテルがロケ地となって登場し、話題になっていました。


8月15日を前にして、DVDで見ると、今年3月の内覧会に行った御影の旧乾邸が、首相官邸として登場していました。

http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11369478c.html

門には首相官邸という表札が掛けられています。



玄関扉は上の写真の左手ですが、映画では首相を出迎える場面などで出てきます。


私がケーキセットをいただいた応接間です。


ここでは山崎勲が扮する鈴木首相と国務大臣らと懇談するシーンとして登場します。


2階へ上がる階段があるのですが、その上から撮影した俯瞰シーンもありました。


エンドロールではロケ地が紹介されています。

阪神間の有形文化財が多く含まれていました。
旧乾邸(首相官邸)神戸大学(宮内省・御文庫謁見の間)神戸税関(東部軍司令部)御影公会堂(陸軍省参謀本部)松泉館 六甲幼稚園(鈴木孝雄大将宅)兵庫県公館(首相官邸大会議室、宮内省の表玄関)旧甲子園ホテル(宮城 天皇の居室・吹上御所/御文庫棟)
など。
現在改修中の御影公会堂も登場します。

映像は美しいので、ロケ地を確認しながら見るのも楽しいと思います。
私は、そのため2度繰り返し見てしまいました。
DVDはレンタルされています。


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seitaroさん、おはようございます!
昨日ちょうど日曜洋画劇場で放送されていましたね。
ロケ地を巡ってみたくなりました。

[ ぷりんまろ ] 2016/08/15 7:57:17 [ 削除 ] [ 通報 ]

ぷりんまろさん、こんにちは。
記事をアップしてから、昨日放映されることに気づきました。
絶妙のタイミングでした。旧乾邸は、初め気づかず見ていましたが、、何度も出てくるのので、思わず声をだしてしまいました。
旧甲子園ホテルもうまく使われてましたね。
 映画のロケ地といえば、白羽監督が12月10日に夙川公民館で映画「シーズレイン」に登場する震災前の西宮・芦屋のロケ地について映像を交えて講演されます。(西宮文学案内)

[ seitaro ] 2016/08/15 13:45:09 [ 削除 ] [ 通報 ]

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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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