阪急沿線文学散歩

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「口頭詩」

先日akaruさんが口頭詩集の紹介をされていました。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061455/p11145901c.html
口頭詩とは学齢以前の幼児の言葉をとらえたものだということを、以前のakaruさんの記事で初めて知りました。

 


3,40年前に『きりん』で口頭詩という言葉が使われ始めたのではないかとのことで、生い立ちからわかりやすく説明されています。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061455/p10758689c.html

 

 口頭詩を読ませていただくと幼児にそんな才能があるのかと驚いてしまう作品ばかりですが、与謝野迪子著『想い出 わが青春の与謝野晶子』に著者の妹達の詩集「星のこども」が出版された時の経緯が書かれており、そのなかの北原白秋の言葉を思い出しました。

北原白秋は大正中期、児童自由詩の提唱と指導に力を注いでおり、当時はまだ口頭詩は存在していなかったと思われます。

<子供たちは天才です。こういう事を私は度々申しました。どんな小さな子供にも詩が作れるという事はほんとうです。それは無心に遊び何か彼かつぶやいている子供のそばにいて耳を澄まして静かに聴き入っていたら誰しもが成程と思うにちがいありません。子供自身にはその片言が立派な詩であるという事には気がついていないでしきりに後から後からと続けてゆくものです。みんな詩です。ですからその子供たちにそれが詩だという事をさとらせ今度はほんとうに子供は子供としての詩の眼を開けてやる事がかんじんなのです。そうしてその詩情をいよいよ生い立たせてゆくのはうれしい事です。>


 また与謝野晶子は「星のこども」の序文で次のように述べています。
<人は生まれると直ぐに歌います。人の言葉には第一に歌があって次に実用の言葉や思索の言葉が現れます。歌うということは何という素直な美しいことでしょう。すぐれた詩人は一生涯この嬰児の無邪気な心を守り且つ拡充して失わないものです。従って子供は生まれながらの詩人であるのです。然るに常識と功利の世界に俗化した大多数の親達はこの子供の歌に耳を仮さず却って早く之を遮って廃滅させて仕舞います。>
どうも子供たちが持って生まれた詩人の心を廃滅させているのは親のようです。

近年、保育園などで口頭詩の取り組みをされているところもあるそうで、子育て時代の貴重な数年、親にも詩の心を甦らせてくれるかもしれないチャンスかもしれません。私は1回目のチャンスを取り逃がしてしまいましたが。

 




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高橋長英さんも好きな八木重吉の詩、詩碑が夙川公園にあります。

 本日の朝日新聞「思い出す本 忘れない本」で俳優の高橋長英さんが無垢な魂を思い出させるとして小学館から出版されている『永遠の詩08 八木重吉』を紹介されています。

 既に何度も西宮ブログで紹介されていますが、八木重吉の「幼い日」の詩碑が、昔香櫨園遊園地があった片鉾池とJRの間の児童公園あります。


児童公園にはぴったりの素晴らしい詩碑です。西宮には縁のない詩人と思っていたのですが、どのような経緯でこの詩碑が建てられたのでしょう。


 八木重吉は東京生まれですが、大正10年から大正14年まで御影師範学校で英語教員を務めていました。残念ながら結核で29歳で亡くなっていますが、戦後クリスチャン詩人として評価が高まったとのことです。

 

 高橋長英さんは朗読会で八木重吉の詩をよまれるそうです。
<ゆうぐれの陽のなかを
三人の児が
ななめの畑をのぼっていく
みていれば なきたい

 

 僕もそれを見たら、なきたくなっちゃうかもしれないと思う。>と述べられています。


最後は
<この詩人を好きな人は「私、八木重吉好きです」なんて言わないで、そっと心の中にしまっているんじゃない?あなたもしまっておきなさいよ、と叱られるかもしれないね。>
と結ばれていました。私も叱られるかもしれない。



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seitaroさん、この本、私も気になって、尼崎の図書館の蔵書にあるか確認しましたが、残念ながらありませんでした。
リクエストしましょう。

[ たくじろう ] 2014/03/10 11:09:12 [ 削除 ] [ 通報 ]

西宮の図書館にもないようです。リクエストしてみます。

[ seitaro ] 2014/03/10 20:04:31 [ 削除 ] [ 通報 ]

この詩碑のこと以前、わたしも取り上げました。
http://akaru.mo-blog.jp/akarublog/2011/10/post_1cdc.html
たしか、書いた書家は、重吉の教え子だったのでは?と思いますが、確かではありません。

[ akaru ] 2014/03/11 9:16:15 [ 削除 ] [ 通報 ]

読ませていただきました。この碑も重吉さんの教え子の発案かもしれないと想像をめぐらしましたが、わからないですね。

[ seitaro ] 2014/03/11 21:46:18 [ 削除 ] [ 通報 ]

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土井晩翠からの絵葉書

 薄田泣菫の生家では、文壇の著名人が泣菫に宛てた多くの興味深い書簡が公開されています。中でもその雄大さ、さすがと感心したのは土井晩翠(林吉)がローマから薄田泣菫にあてた絵葉書です。



次のように書かれています。



未だ御目にかからず候えども一筆
御免被下度(ごめんくだされたく)、昨日ローマ南郊外に
遊び英の二大詩人のあとを弔い候。
別封の花はKeatsの墓よりつみとり
君が平生欽迎の処と承り候
故、かたみとして
はるかにおくりまいらす。
墓は此図
ピラミッドの左
に隠れて、一の
塀を隔てて、はるかに
Shelleyのそれと
毎(つね)に思を替わしつつある哉に
被存(ぞんぜられ)候。


 



 KeatsとShelleyの墓は、晩翠が書いているようにローマのガイウス・ケスティウスのピラミッドの後ろのプロテスタント墓地にあります。(左がKeats)



Keatsの墓の近くにShelleyのお墓もあります。
 晩翠が、ここから摘み取りローマからわざわざ泣菫に別送した花、今日泣菫の名前の由来を初めて知り、菫(すみれ)しかないと思うようになりました。この葉書が出された月日がわからないので残念です。
 KeatsとShelleyは二人とも二十代の若さで亡くなりましたが、短い間にロマンチックで壮絶な人生を生き抜きました。
(お墓の写真は The Non-Catholic Cemetery in Rome より)
 http://www.protestantcemetery.it/



 


大帝国
二千年
の廃墟
バイロンのいわゆる
“A ruin! But what a ruin!”
野花春草一として感慨の
種ならざるは無之(これなく)候。
小生三四ヶ月
此地に滞在 可仕(つかまつるべく)、
御用も
在之候はば
仰付被下度(おおせつけくだされたく)。


薄田泣菫様
             ローマにて
               土井林吉



 バイロンの『チャイルド・ハロルドの巡礼』は現在でもローマの案内となっている大叙情詩で、第4篇のコロッセウムを描いた部分に、A ruin -- yet what a ruin! がでてきます。
 ローマの廃墟を目にして、キーツやシェリー、バイロンの叙情詩に思いを馳せる土井晩翠からの絵葉書、これを読んで、ようやく泣菫の「ああ大和にしあらましかば」の心がわかりはじめました。私も斑鳩の里に行って大和の時代に思いを馳せねば。
 そういえば晩翠の「荒城の月」は英語で‘The Moon over a Ruined Castle’でした。



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感動した子供の詩

 先週imamuraさんのブログで神戸新聞「小さな目」の友だちと題する詩の評を読んでいて、豊島加純さんの「12色」という友だちのことを書いた詩を思い出しました。


 


12色
ここには、12色の、色がある
目立たない色もあるけれど
みんな、
がんばってる
ひとつ、ひとつ


 


 私がこの詩を知ったのは2006年7月のNHKのドキュメンタリー番組で、その後もドラマ化されましたので、ご存知の方は多いのではないでしょうか。
 北海道厚岸町で暮らし、脳腫瘍で亡くなった11歳の豊島加純さんの物語でした。このNHKの番組を見た後、早速
絵本「いのちのいろえんぴつ」詩/絵 豊島加純 絵 マイケルグレイニエツ 文 こやま峰子 
をamazonで購入し読ませていただきました。
 「12色」は先生にもらったノートと色鉛筆で、体育の授業には参加できない加純ちゃんが、運動会の練習をしている皆をひとり教室で見ながら、不自由な左手で書いた詩です。(この時の様子は絵本にも書かれておらず、NHKの番組の中での説明で知りました。)12色の色鉛筆の線がその横に引かれています。ちょうど一クラス12人で、ひとつひとつの色と線がその個性を物語っているのです。
 またこの絵本には、不自由な手で書いた10編の詩と絵がそのまま掲載されており、散文調の作品もありますが、それぞれの作品に表現された加純ちゃんの感性には驚くばかりです。
 厚岸町の景色と風土、両親の愛情がこのような感性を育てたのでしょうか。



 この絵本を読むと、小さな少女が、自分の不幸を嘆くのではなく、周りの人の事まで気遣いながら、精一杯健気に生き抜いたことを知ることができ、生きる尊さを実感するとともに勇気が湧いてきます。子供よりむしろ大人に、ご一読をお勧めする絵本です。
 さてここからが本論なのですが、私はこの詩をドキュメンタリー番組の中での説明を聞きながら紹介されたので、強く心を揺さぶられました。詩単体としてみても、非常に良くできた詩だと思っていたのですが、西宮流コミュニティで様々な詩が紹介され、今まで考えたこともなかった詩作やその鑑賞について少し考える機会に恵まれました。短い言葉と文章で表現する詩に思いを込める作者の感性、それを読み共感できる読者の感性、それらがぶつかりあって良い詩になるのではないでしょうか。そんな事を考えながら、背景を知らずに「12本」の詩を読んでいたら、私の感性では、同じ感想になったのだろうかと考えていました。加純ちゃんの詩、皆さんどう思われますか?



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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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