阪急沿線文学散歩

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://nishinomiya.areablog.jp/bungakusanpo

吉田初三郎の西宮市鳥瞰図に描かれた富士山の真偽

 久しぶりに伊丹空港から札幌に向かいました。伊丹から高度を上げて、どのあたりから富士山が見えるのか確認しようと、目を凝らしていました。

 それというのも、昭和11年の吉田初三郎の西宮市鳥瞰図に描かれた富士山の姿が、どの程度デフォルメされたものか、気にかかっていたからです。
 しかし、今回は残念ながら雲が多く定かではありませんでした。

 鳥瞰図作者として第一人者であった吉田初三郎は、日本全国の鳥瞰図を描きましたが、その多くに、実際に見えても見えなくても富士山を描き込んでいます。

 2年前に琵琶湖上空、高度10,000mの飛行機の窓から撮影した富士山の写真です。

少し拡大した写真で、肉眼ではもう少し小さく見えたのですが、富士山がはっきり見えたことは間違いありません。その姿が、吉田初三郎が描いた鳥瞰図とあまりにも似ていたので驚きました。
 西宮市中心部は詳細に描かれ、一方で周縁部は、地形や距離感が大きくデフォルメされているのが、初三郎の鳥瞰図の特徴です。空を飛んでいる鳥が、地上を斜め下に見下ろしているように描かれたパノラマ図ですが、鳥は1万メートルの高さを飛べないだろうと調べたところ、8000m以上を飛ぶ鳥が観察されたこともあるそうです。
 大正から昭和にかけて吉田初三郎が飛行機で飛んだはずはないので、その心眼には驚きます。



goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11663921c.html
その他 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

ユダヤ人を救ったことを戦後20年以上語らなかったマエストロ近衛秀麿

 BSプレミアムで先月放送された「玉木宏 音楽サスペンス紀行〜マエストロ・ヒデマロ 亡命オーケストラの謎〜」は「のだめカンタービレ」の若手指揮者千秋役を演じた玉木宏が主演し、日本のクラシック音楽の先達、近衛秀麿が、戦前ドイツを中心に世界各地のオーケストラを指揮して活躍しながら、ナチス政権下で迫害されたユダヤ人を救う活動もしていたという謎を追う物語でした。


近衛秀麿はベルリン・フィルを初めて指揮した日本人でもあり、日本初のプロ・オーケストラを結成した人物でもありました。

ナチス政権下の欧州で指揮をする近衛秀麿の姿は、あたかもナチスの広告塔のように見えますが、彼はひそかにユダヤ人音楽家たちの救出に一役かっていたのです。

詳しい経緯については、菅野冬樹『戦火のマエストロ近衛秀麿』に述べられているので、省略しますが、近衛秀麿がユダヤ人救出について自著で述べているのは随想集『風説夜話(新装版』だけなのです。

 1967年1月20日に刊行された「風雪夜話」の初版本は西宮図書館でも借りられたのですが、そこにはユダヤ人救出のことについては触れられていません。

国立国会図書館デジタルコレクションで調べると、新装版では、初版本の最後の章の「幽囚日記」の後に「敗戦秘話」「迫害―ユダヤ人と僕」「死因」という章が追加されており、そこでユダヤ人救出について述べられているのです。
新装版は初版からわずか十か月後の1967年11月に刊行され、その間に秀麿は「迫害―ユダヤ人と僕」でユダヤ人の救済について書き下ろしています。何が引き金になったかは、秀麿に協力してくれた人への返礼であったのではないかとし、菅野冬樹氏が『戦火のマエストロ近衛秀麿』の中で解説されています。

ユダヤ人救済について『風雪夜話(新装版)』では次のように述べられています。
<僕が職務上国外旅行の比較的自由であった立場を利用して、1940年以後スイス、オランダ等の越境の危険を犯しながら出国に成功したユダヤ人の数は十家族を超えた。この際の行動の為の外貨の輸送には、どうしても外交官の資格を必要とする。>
<我々が米軍の捕虜として米本土のキャンプに着くと間もなく、米国国務省からユダヤ人問題担当の事務官が僕を訪れて来て、厚く礼を述べた後、自らの身命を危険に晒してユダヤ人を迫害から救った十人の外国人の中に僕を数え、ユダヤ人白書の巻頭に写真入りで報告されて居ると話して帰って行った。僕は今もこの期間のささやかな善行を誇りに思っている。>

 ユダヤ人救済に貢献した近衛秀麿ですが、戦後長らくこの事実が秘匿されていたのは、日本でもそのような行為が決して称賛されず、むしろ関係者に迷惑がかかると考えていたからでしょう。

番組でもうひとつ明かされたのは映画『戦場のピアニスト』のモデルとなったユダヤ系ポーランド人のピアニストのウワディスワフ・シュピルマンと近衛秀麿との関係。

それは1935年に秀麿が日本への亡命を手助けした著名なピアニスト、レオナード・クロイツァーがベルリン音楽大学教授であったとき教えたのがシュピルマンだったのです。


そして1964年にはワルシャワ五重奏団としてシュピルマンを招聘し公演会を実現したのです。

最後にワルシャワのポーランド劇場で60名のポーランド人一流の演奏家で編成されたオーケストラにより近衛秀麿が演奏した未完成交響曲を再現する場面は感動ものでした。

聴いているのは玉木宏ただ一人。
今年は近衛秀麿の生誕120年にあたるそうです。


goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11644675c.html
その他 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

“死の都”に響いた「未完成交響曲」

 7月29日(土)にBSプレミアムで“死の都”に響いた“未完成交響曲”〜戦火のワルシャワ公演を再現する〜と題して、ポーランド劇場での近衛秀麿の公演が再演されました。


 元々は、2015年8月にNHK BS1スペシャルで放送された「戦火のマエストロ・近衛秀麿〜ユダヤ人の命を救った音楽家」が発端となった番組のようで、

NHK出版から菅野冬樹著『戦火のマエストロ・近衛秀麿〜ユダヤ人の命を救った音楽家』にその内容も詳しく述べられていました。


 1939年9月1日にドイツ軍がポーランドへ侵攻したことから第二次世界大戦が始まり、ユダヤ人の強制収容所への輸送も始まっていた時代です。

 そのナチス・ドイツの占領下にあったワルシャワで、1943年9月にナチス主催の近衛秀麿の公演で演奏したのは、弾圧にあえぐポーランド人により結成された「ワルシャワ市民オーケストラ」でした。

 さすがNHKで、今回の放送は、修復した近衛版の楽譜を復元し、60名のポーランド人一流の演奏家で編成されたオーケストラによりポーランド劇場で演奏されたものです。

指揮はウィーン大学名誉教授・前田昭雄氏。

 その演奏について、近衛秀麿は自著『わが音楽三十年』「未完成交響曲」で一生忘れがたい経験をしたと、次のように述べています。

<併し先年ポーランドがドイツ軍に敗れた直後、ワルシャワのフィルハーモニーで僕は、一生忘れがたい経験をした。この敗戦で破壊され尽くした死の都に鳴り響いた『未完成』は、単なる感傷や悲愁ではなかった。或楽句は瀕死の呻きの様に聴きとれた。それから全曲は羞恥、絶叫、あきらめ、愛と祈りと成仏……それ等の交錯であった。多くの楽員は目を泣きはらしたり、興奮の余り顔を蒼白になって居るのを見た。そして音楽からこんな感銘を受け容れられる民族を、僕は心から羨ましく思わずには居られなかった。>

 この文章から、近衛がドイツ人将校たちの聴衆に対して、ポーランド人・ユダヤ人の心でオーケストラを指揮していたことが如実に伝わってきました。

そして、今回再現された前田昭雄氏の指揮による近衛版未完成交響曲は、かなりテンポを遅くしたもので、近衛の感想がそのまま伝わってくる重々しく荘厳な演奏でした。



goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11643222c.html
その他 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

ディズニー映画『美女と野獣』図書室のモデルは?

 昨晩、阪急西宮ガーデンズでディズニーの実写版『美女と野獣』を見てきました。

「ハリー・ポッター シリーズ」のエマ・ワトソンの主演で、彼女の歌唱力も素晴らしく、久々に俳優としての成長ぶりを見て嬉しくなりました。

セットとCGを駆使して夢の世界にいざなってくれる実写版。さすがディズニー、総制作費1億6000万ドル(約177億円)という巨額を投じた映像で、楽しませてくれました。


 エマ・ワトソン演じるヒロイン「ベル」は読書好きなキャラクターとして描かれています。そんなベルに、本がたくさん詰まった図書室を野獣がプレゼントするのです。
 私のような読書好きにとってはたまらない夢のような部屋ですが、このモデルとなった図書館はどこかにありそうです。
 ネットで調べると諸説あるようでしたが、ポルトガル最古の大学であり世界遺産にもなっている名門コインブラ大学の公式ホームぺージにたどりつき、「ジョアニナ図書館」であることがわかりました。


http://noticias.uc.pt/in_english/the-baroque-joanina-library-can-be-seen-in-the-new-film-the-beauty-and-the-beast/

 ここでは世界中にあるバロック様式風図書館のなかで、ジョアニナ図書館がディズニー映画のセットデザインに最も直接的な印象を与えたと認識できるとし、図書館とフィルム映像の比較がなされています。

Image from the film “The Beauty and the Beast”: © Walt Disney Pictures.

Photo of The Joanina Library: © UC | Paulo Amaral

Image from the film “The Beauty and the Beast”: © Walt Disney Pictures.

Photo of The Joanina Library: © UC | Paulo Amaral

Images from the film “The Beauty and the Beast”: © Walt Disney Pictures.

Photo of The Joanina Library: © UC | Paulo Amaral

 「黒の漆塗りの棚や木彫に金泥細工の装飾、バロック様式風図書館の建造物が明らかに映画シーンの制作に影響を及ぼしている」と説明されています。
 博学だった国王・ジョアン5世の名を冠したジョアニナ図書館は1724年にコインブラ大学の敷地内に設立されたそうで、造り付けの書架にぎっしりと並ぶ蔵書数は、25万冊に及ぶそうです。
 このような図書館が歴史と伝統を誇る日本にあっても不思議ではないはずですが、それは施政者の文化に対する認識の違いによるものだったのでしょうか、それとも経済的な理由なのでしょうか。





goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11595538c.html
その他 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

『LEADERS リーダーズ』(原作『小説日銀管理』)はどこまでフィクション

 先日放映された『LEADERS リーダーズU』の最後の場面で、昔先見の明がないとバカにした酒田ガレージの社長酒田健太郎がアイチ自動車にやって来て、アイチ車を販売させてくれと申し出ますが、愛知佐一郎のあとを継いで社長となった石山又造が、断って追い返すという胸のすくシーンがありました。


 もちろんアイチ自動車のモデルはトヨタ、愛知佐一郎は豊田喜一郎、石山又造のモデルはトヨタ中興の祖といわれた石田退三です。


 原作の本所次郎『小説 日銀管理』では、これがプリンス自動車の合併をモデルにして事実を織り交ぜた強烈な話になっています。


 序章「企業の怨念」と終章「十五年目の復讐」で同じ話題が出てきます。

 序章は昭和40年、アイチ自動車工業東京支店の社長室へ、日本タイヤ社長の橋口正太郎が尋ねてきて、石山又造にナカジマ自動車の合併の話を持ちかけます。


 ナカジマ自動車のモデルがプリンス自動車、日本タイヤ社長橋口正太郎のモデルはプリンス自動車の20%の株式を持つブリジストンタイヤ会長石橋正二郎です。

 終章では、十五年前にアイチ自動車がつぶれそうになり、金策に走り回った思い出が述べられます。

<寒風が吹きすさぶ名古屋市内を、二人で金策に駆け回った時から、それまでも虚弱だった佐一郎の体調はおかしかったにちがいない。それを堪えて、最後は日銀に駆け込んで危機を乗り越えた。>

 このときアイチ自動車を支援したのが日銀名古屋支店長の山梨 良夫、モデルは高梨壮夫でした。

 小説では山梨良夫はアイチ自動車副社長になっていますが、実際の高梨壮夫は、後に日銀理事を経て、トヨタの強い推薦で日本自動車連盟初代会長に招かれています。

 一方、この時アイチ自動車の主力三行の一つでありながら支援を拒んだのが、西国銀行。

上海ロケをしたらしく、赤色の地に金色の文字を書くのは、いかにも中国の銀行らしくて、これはもう少し日本の銀行らしい看板にしてもらいたかった。

悪役を演じる西国銀行(小説では住井銀行)名古屋支店長児島正彦(小説では小平正彦)のモデルは住友銀行名古屋支店長の小川秀彦で、後に住友銀行専務を経て、昭和34年にプリンス自動車販売会社の社長に送り込まれます。

<十五年前、住井銀行名古屋支店の玄関前で、佐一郎と石山の挨拶を軽視した常務の堀川恭三は、その後、頭取に昇格した。そして、「機屋に貸せても、鍛冶屋には貸せない」との捨て台詞を吐いた取締役支店長の小平正彦は、住井銀行の専務からナカジマ自動車の社長に就任している。その二人が目の前に座っている。経営が左前になったナカジマをアイチに吸収合併してもらうために、臆面もなく会談を申し入れてきたものだ。>
これをきっぱり断るのです。

 このトヨタの怨念はすさまじく、住友銀行が悪役のように描かれていますが、当時の日銀総裁一万田尚登が、そもそもそのように指導していましたし、住友銀行も住友財閥系の会社を支援するだけで精一杯だったのですから、やむをえません。

因みにリーダーズでは日銀総裁は財部 登で中村橋之助が演じていました。


 しかし、トヨタの歴代社長は、この仕打ちを決して忘れず、昭和40年、トヨタは経営危機に瀕していたプリンス自動車の救済を、プリンスのメインバンクである住友銀行の堀田庄三頭取から懇願されますが、トヨタの石田退三会長は「鍛冶屋の私どもでは不具合でしょうから」と堀田頭取の要請を拒絶したと伝えられていますが、これが事実であったかはよくわかりません。

 トヨタと住友銀行との取引が再開するのは、さくら銀行と住友銀が合併して三井住友銀行が発足してからでした。

 ところで鉄鋼メーカーにもこれに類する話があり、苦境に立っていたトヨタに薄板を納めなかった川崎製鉄は、その後ずっとトヨタと取引してもらえず、取引が再開できたのは日本鋼管と合併した後でした。(この話題も『小説 日銀管理』に取り上げられています。)
まさにトヨタの孫子の代まで伝わるDNA、恐るべしです。


goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11581083c.html
その他 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

自動車産業を扱ったドラマ『リーダーズ』とノンフィクション『覇者の驕り』

 先日TBS系列でリーダーズ(再放送)とリーダーズUが放映されました。


 トヨタに関するノンフィクションは何冊か読んだことがあり、知っているつもりでしたが、ドラマ化の脚本がよく、上海ロケやCGを駆使した映像と豪華俳優陣の熱演に感動してしまいました。

 一方、自動車産業史にかかわるノンフィクションでは、NHK特集「自動車」(全4回シリーズ)で放送されたデイビッド・ハルバームスタムの『覇者の驕り 自動車・男たちの産業史』(昭和62年に日本語版が日本放送出版協会より刊行)が他に類をみない優れた作品だと思います。

表紙の裏には次のような説明があります。
「豊かさに自己満足し、驕りの中に変革を忘れた報いを受けたアメリカと、品質の向上と管理、技術革新に労使が真剣に取り組んだ日本の自動車産業は必然的にその地位を逆転させた。ヘンリー・フォードのフォード社創立、フォード家三代の親子の確執、アイアコッカのフォードへの反逆、日産内部の労使抗争といった鮮烈な人間ドラマを軸に、日米自動車戦争の実相が見事に描き出されていく。D.ハルバースタムが5年の歳月をかけて取材・執筆。」

 そしてハルバームスタムは、自動車産業を取り上げたきっかけについて「日本語版への自序」で次のように述べています。
<これまでの私の人生では、アメリカ人は、アメリカの大企業が世界で最も優れた製品を大量生産しているということを、何の疑問も持たずに受け入れてきた。まして、自動車の大量生産ができる国など、アメリカ以外にあるわけがないと思い込んでいた。ところが、突然、そこに日本が登場してきた。天然資源に乏しく、第二次世界大戦によって破壊されたその国が、燃費がいいというだけでなく、一般のアメリカ人がその品質の良さを認めるような、優秀な車を生産しているのだ。そんなことが、いったいどのようにして、そしてなぜ起こったのか。それが、歴史的な重みを持つ、一つの出来事として、そして、ひとつのストーリーとして私をとらえた。>

 この作品はフォードと日産を描いており、何故、GMとトヨタでなかったかは「著者あとがき」で次のように説明されています。
<私はこの物語を二つの会社の人間関係を通して語ることにした。アメリカ側でフォードを選んだのは、クライスラーは弱体すぎて破産寸前だったこと、逆にGMはあまりにも巨大で裕福すぎて、何かとてつもない大きな変化でも起こらない限りびくともしないためだった。アメリカ第二位のフォード社を選んだため、日本側もトヨタに次ぐ第二位の日産を対象として取り上げることにした。>

 この作品を読むと、まず日米にわたる精緻な取材に驚きますが、日本の取材には相当苦労したようで、<日本に関する部分は、言葉のせいというより、日本人が自分の知っていることをしゃべるということについてわれわれとはまったく違う考え方のため、大変困難だった。>と述べています。
 それにしてもアメリカ人のノンフィクション作家がよくぞ、ここまで日産の内部にまで立ち入って調べ上げたという力作です。日本でインタビューした人たちのリストは著名人も含め200人以上。自動車以外の産業に携わる者にとっても、教訓となるところが多く、私にとっては教科書的な本でした。参考までに目次を書いておきます。

上巻目次
マクスウェルの警告
銀行家
益田の破滅
タフな金持ち坊や
フォード株上場す
ガイジン教師たち
日本の技術者
デミング、聴衆を見つける
ヘンリー・カイザー、デトロイトに挑む
自動車労組の指導者〔ほか〕
下巻目次
銅像の人
解き放たれた片山豊
塩路天皇
四面楚歌のヘンリー・フォード
市民ネーダー
ダットサンは節約する
フォード対アイアコッカの確執
クライスラーの空白時代
天谷、一時代に終わりを告げる
変貌するOPEC
成り上がり者
韓国の台頭
歴史の教訓〔ほか〕

 

 本題の「リーダーズ」に戻ると、原作は本所次郎の『小説日銀管理』ですが、テレビドラマの脚本がノベライズされ、既に3月に出版されています。

LEADERS(リーダーズ)~国産自動車に賭けた熱い男たちの物語~ 単行本(ソフトカバー) – 2017/3/12
脚本 橋本裕志 (著), 脚本 八津弘幸 (著), ノベライズ 百瀬しのぶ (著)

 こちらはトヨタをモデルにしたフィクションですから、虚実が入り交ざっており、誰がモデルになっているかなど、推測しながら見るのも面白く、次回は事実とドラマを対比してみましょう。



goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11580557c.html
その他 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

12月の街角風景

 阪急芦屋川駅を降りてしばらく芦屋川沿いに下っていくと、巨大なリボンが。


月若町のリストランテ・ベリーニでした、


苦楽園口駅を降りて、西側に進むと、苦楽園口通りの銀杏並木が綺麗です。


しばらく歩くと、メロンパン屋さんが出現し、行列ができていました。


 プレオープンとのことでしたが、行列を作る秘訣は対面販売にありそうです。
一人で対応して一組5分程度かっかていましたから、どうしても行列になってしまいます。

私も思わず並んで、買ってしまいました。

 苦楽園口通りは、ついその先に「リョウイチヤマウチ」「ラ バゲット ド パリ ヨシカワ」が並ぶ、パン屋さんの激戦区。この先が楽しみです。



goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11517930c.html
その他 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

大手前大学特別講演会 坂田信弘氏「ゴルフが教えてくれたもの」に出席

 大手前大学 さくら夙川キャンパスで開催された「第5回 行列のできる特別講演会」の最終回、坂田信弘氏「ゴルフが教えてくれたもの」に出席いたしました。


 希望者数が多かったらしく、会場はメディアライブラリーCELL フォーラムから大教室に変更されていました。


 大手前大学にゴルフ部が創部され、その総監督に坂田弘信氏が就任されていたとは知りませんでしたが、なんと全国ゴルフ対抗戦では、あの東北福祉大学を破って優勝するほどの実力になっているのです。
 今年6月の第53回全国大学ゴルフ対抗戦および、第39回全国女子大学ゴルフ対抗戦では、昨年秋の全国大会優勝に続く全国連覇を成し遂げたとのこと。順位は1位 大手前 2位 近畿 3位 東北福祉 4位 早稲田 5位 中央学院でした。 
 これも坂田総監督の寄与が大きかったのでしょうが、どのような指導をされているのでしょう。

 坂田氏の経歴をWikipediaで調べると、熊本県出身と聞いておりましたが、1966年 - 兵庫県立尼崎北高等学校卒業。1967年 - 京都大学文学部東洋史学科中退。1975年 - 28歳でプロテスト合格。となっており、関西にも馴染みのある方なのかもしれません。

 講演では、あの朴訥な話しぶりで、古閑美保や笠りつ子を育てた坂田ジュニアゴルフ塾で塾生に教えてきたこと、礼儀など、ゴルフのテクニックよりむしろ精神論をユーモアを交えて語られ、感動ものでした。
そのエピソードで、中心となったのは、本多弥麗さんのお話。

 帰って調べると著書の「山あり、谷あり、ゴルフあり」でも紹介されているお話のようです。
<北の大地が雪に覆われる季節となった。この時季になると、一人の塾生を思い出す。札幌のジュニア塾生だった本多弥麗である。……>
 母一人子一人の家庭で、ゴルフの才能のない選手が苦労に、苦労を重ねプロゴルファーに成長する物語ですが、ネットで調べると、「大地の子みやり」というコミックが出版されていました。

 
 次のように、内容紹介されており、姓は本田から鈴木に変わっています。
<坂田塾一の落ちこぼれ少女の大逆転が始まる 
坂田ジュニアゴルフジュク始まって以来、一番の落ちこぼれ塾生・鈴木みやり。身体能力がずば抜けているわけでもない。ゴルフセンスがあるわけでもない。みやりは、ただ球を打ち続けるしかなかった。風の日も。雨の日も。雪の日も。高熱があっても骨折をしても練習場に通い続けた。しかし、どれだけ努力をしても努力と結果の繋がらない子だった。
それでも、みやりは目を輝かせ、笑顔を絶やさずに「ゴルフは私の宝です!!目標はプロゴルファーになることです!!」と大きな声で答えるのだ。一途さだけでは生きていけないゴルフの途に少女みやりは人生の総てを捧げる。>


 ハラハラ、ドキドキ、涙をこらえながら講演を聞いておりましたが、本田弥麗さんは最後にはプロゴルファーテストにぎりぎり合格。現在もプロゴルファーを続けていることが紹介され、後で調べるとオフィシャルブログがありました。

http://ameblo.jp/miyari-honda/
 実際にはお兄様もおられて、「大地の子みやり」は相当盛られた話になっているのではと思いましたが、それでも感動ものでした。

 もう少し調べていると、2010年のゴルフダイジェストに、「古閑、上田らトッププロを育てた坂田塾が閉塾に。塾長、語る。」という記事が掲載されていました。
<古閑美保、上田桃子など、数多くのトッププロを輩出してきた坂田信弘プロ主宰の坂田塾(現在全5校)が神戸校を除き、6年後には閉鎖されることになった。>
https://www.golfdigest.co.jp/digest/column/back9/2010/20100727e.asp
本当なら残念なことです。


goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11510806c.html
その他 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

旅にトラブルはつき物ですが

 旅にトラブルはつき物ですが、アウトバーン移動中の観光バスで、大きな衝撃音が。横を一台の車がとんでもない速度で走り去りました。
 当て逃げかと思いましたが、停車したバスの後ろに、ボンネットがクシャクシャになったBMBが1台停車していました。

後部座席から撮影

 ああこれで順調に来ていた旅行スケジュールも大幅変更かと。
人がアウトバーンに出ることは禁じられているらしく、バスのドアは閉められたまま、運転手だけ蛍光塗料のついたベストを着て外に出ていました。
パトカーの来るのを待って、現場検証後、近くのドライブインへ。


 あのような衝撃を受けても、走行できるのが不思議なくらいです。

こわごわバスの後ろに回ると、バンパーに傷がつき少し変形していましたが、エンジンルームは無事。

SETRA社のバスの強度設計には驚きました。なにしろ追突した車は時速200kmで走行していたのですから。

ゼトラを調べると、
<トラックや自家用車の荷台を設計する一方、バスの製造も手がけていた。1951年には、骨格全体で車体強度を確保し、シャシのフレームを廃止した構造を開発した。これはドイツ語では「selbsttragend」という言葉で表現される一体構造の車体であり、ケスボーラーではこの言葉から文字を取り「ゼトラ」と命名した。以後、「ゼトラ」ブランドでバスの製造を行っている。>
なるほどです。

幸い今のところ体に異常なく、約2時間遅れで旅程は続きました。


goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11463513c.html
その他 | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

「トラベルにトラブルは付き物」と申しますが、大事(おおごと)にならずによかったです。
話の続きを楽しみにしています。

[ 西野宮子 ] 2016/08/29 14:18:14 [ 削除 ] [ 通報 ]

なるほどです。記事の表題に一工夫足りなかった!

[ seitaro ] 2016/08/30 10:56:19 [ 削除 ] [ 通報 ]

名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

ドイツオリンピック選手団に遭遇


 8月23日フランクフルト国際空港から、移動のためバスに乗ろうとしていると、隣に到着したバスからギムナジウムの生徒かと思われる体格のいい集団が降りてきました。

よく見ると、胸にはテレビでよく見たリオのオリンピックメダルが。
選手によっては数個掛けている人も。

初めて実物を見たオリンピックメダル。誇らしそうです。
大切なメダルは移動の時は、みんな首からかけているのでしょうか。
どこから来て、どこへ行くのか判りませんでしたが、あっという間の出来事で、サインをもらい損ねました。



goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11461152c.html
その他 | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

ドイツへ旅行中ですか!?

[ さとっさん ] 2016/08/24 23:52:08 [ 削除 ] [ 通報 ]

ようやくフリーな日々になり、家内と旅行中です。昔と違って、インターネットの便利さには驚きます。フリーWiFiのおかげで、メールのやり取り、ブログなど自由にでき、時差ボケで早く目が覚めても、時間つぶしできます。

[ seitaro ] 2016/08/28 11:59:48 [ 削除 ] [ 通報 ]

名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

  1  |  2  |  3    次へ
  
このブログトップページへ
seitaroイメージ
阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

カテゴリー一覧

QRコード [使い方]

このブログに携帯でアクセス!

>>URLをメールで送信<<