阪急沿線文学散歩

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9月18日は誕生日

こんな広告の出し方もあるのかと驚いたのですが、2,3日前の新聞にカップヌードルのHappy Birth Dayの広告記事が各面に掲載されていました。


先日池田に小林一三記念館を訪ねた際、駅とは反対の方向にインスタントラーメン発明記念館があると知り、ついでに訪ねてきました。



創業者安藤安福氏の立派な銅像が建っており、中曽根康弘元総理の碑文まで添えられています。



あのチキンラーメンの発明が1958年8月25日、カップヌードルの発明が1971年9月18日とのこと。



安藤百福氏が実験を繰り返した家の模型まで展示されていました。
この記念館の前に自宅があるそうなのですが、ご子息の一人が西宮の公立中学に通われていました。当時はどこに住まれていたのでしょう。



カップヌードル

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池田文庫と遠藤周作

 池田文庫の歴史は娯楽場宝塚新温泉内の図書室に遡ります。



小林一三は宝塚新温泉の余興として大正3年宝塚少女歌劇公演を開始。図書室は、その翌年に新設。開架方式で、新刊雑誌や近刊の書籍を揃え、読書が楽しめ、読書に厭きれば歌劇を見、一日を過ごせる工夫をしたそうです。何と文化的な娯楽を考えたことでしょう。昭和7年図書室は、演劇資料収集を目指し、宝塚文芸図書館に発展。演劇に関する図書、雑誌、宝塚歌劇の上演資料、歌舞伎資料を多数集めたそうです。しかし説明されていませんが一般の文芸作品の蔵書も多かったようです。
この宝塚文芸図書館に昭和16年ごろ通ったのが遠藤周作で、以前記事にいたしました。
再びエッセイ集「忘れがたい場所がある」からの引用です。
<しかし、私が仁川とともに一番、思い出のあるのは宝塚の図書館である。あの宝塚動物園の奥にある小さな図書館は、私にとってははじめて小説の面白さを教えてくれた場所だった。夏休みの午後、セミの声を窓のまわりにききながら閲覧室で、一冊一冊日本や西洋の小説をむさぼるように読んでいた少年時代の自分の姿はいまでもはっきりとよみがえってくる。そして電車賃のない時、私は宝塚から仁川まで歩いて戻ったものだ。読んだ本のこと、その中に出てきたさまざまな人間のことを思い出しながら、逆瀬川をわたり、小林の聖心女子学院の裏をぬけ、そして夕暮れに仁川のわが家にたどりつく。
この間も私は大阪に行った時、昔と同じこの古ぼけた小さな図書館の前にひとりでたって、当時のことを心に噛みしめていたものだ。この小さな図書館とそして仁川の風景がなかったなら、私はひょっとして文学などやらなかったかもしれぬ。小説家などにならなかったかもしれぬ。>
これを読むと、どうも小林一三が遠藤周作を小説家にしたようです。
下の写真は池田文庫旧閲覧室と現在の閲覧室内部の様子です。



池田文庫は、宝塚文芸図書館の蔵書、資料類を引き継ぎ、その後宝塚歌劇に関する網羅的収集、阪急電鉄資料を加え現在図書雑誌約22万冊の蔵書を数え、所蔵品の中には近代化産業遺産認定資料、上方役者絵、歌劇のポスター等貴重な実物非公開所蔵品が多数あるそうです。



年2回企画展で普段見ることのできない資料を中心に公開しているそうですが、当日は企画展は開催されておらず、次回は9月15日からの「宝塚歌劇の源氏物語」です。
池田文庫敷地内にも大小庵と古彩庵と言う2つの茶室があります。



写真の大小庵は昭和35年に逸翁邸から移築されたとのことです。
 また同敷地内には旧宝塚ファミリーランドから二十三基の歴史石燈籠が移設されています。それぞれ天平時代からの著名な石燈籠を選んで、その実物を精密に模写したものだそうです。



写真は鎌倉時代の東大寺法華堂前三月堂石燈籠(写)です。



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逸翁美術館

 小林一三記念館見学の後、逸翁美術館、池田文庫へと廻りました。

 逸翁美術館は、小林一三の雅号「逸翁」を冠して館名とし、旧邸「雅俗山荘」をそのまま展示の場としていたのを、50周年を期に、この新美術館を開設されたそうです。
 小林一三のコレクションは20歳代から一部の収集がはじまり、茶の道で天性の審美眼が磨かれ、収集も五千点に及ぶそうです。 その収集品は、茶道具として用いた陶磁器や書画が中心ですが、重要文化財15件、重要美術品認定物件19件を含み、特に与謝蕪村・呉春・円山四条派のコレクションが有名です。

写真は絵葉書になっているものですが、ベニスの草花文禄ガラス小壷と命名され、茶器として使われたそうで、展示室にその他の茶器と並んでいました。


重要文化財となっている与謝蕪村による奥細道画巻も展示されており、先ほど記念館で小林一三の人となりを見学した後なので、さすが素晴らしいコレクションをされていたと感じ入りました。


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近代数寄者小林一三と松下幸之助

小橋一三(号逸翁)は三井銀行勤務時代、支店長に命じられて茶道具を調査する機会があり、茶道に対する知識と興味を養われたそうです。それが長じて近代数寄者と呼ばれるようになるのですが、財力にまかせて道具を集めるようなことはせず、表千家の本格的な茶道に基づき、そこに自分なりの創意工夫を加えて茶の湯を楽しまれたそうです。

小林一三記念館には「費隠」「即庵」「人我亭」という三軒の茶室が残されています。

「費隠」は京都の寺院にあった2畳の茶室が昭和19年に移築されたもので、国登録有形文化財です。命名は近衛文麿公とのこと。

「即庵」は南・西二方に敷瓦の間をめぐらし、椅子に腰かけて喫茶するという、茶人逸翁が工夫を凝らした茶室で、障子を立てると伝統的な三畳台目の茶室となります。
 また西洋陶磁を茶道具に見立てた茶会、懐石料理に洋食を取り入れた茶会など、今日では珍しくないそうですが、新しい試みを茶会に取り入れて、実践されたそうです。

昭和の大茶人と言われた松下孝之助(宗晃)に茶道を勧められたのも小林一三でした。「神様の女房」の原作者高橋誠之助氏は松下幸之助が「こばやっさんから、お茶ぐらいたしなんでおいたほうがよいよ、と言われた」と常々語られていたと述べられています。


「神様の女房」では次のように書かれています。
<この屋敷は「光雲荘」と命名された。光雲は、「あんたぐらいになったら、そろそろお茶くらいできんとあかん」という阪急グループの総裁、小林一三のアドバイスで始めた、幸之助の茶室の庵号である。新築披露には、近衛文麿、小林一三などが招待され、裏千家家元が茶室開きを行った。>
 さて小林は茶道で松下に何を学んでもらいたかったのでしょう。私のような門外漢でもわかりやすく述べられていたのが、キリスト教徒の新渡戸稲造が著した「武士道」でした。
新渡戸は、礼法が具現化された集大成の礼として茶道をあげています。
<最も著名なる礼法の流派たる小笠原流宗家の述べたる言葉によれば「礼道の要は心を練るに有り。礼をもって端座すれば兇刃 剣を取りて向かうとも害を加うること能わず」と言うにある。換言すれば、絶えず正しき作法を修むることにより、人の身体のすべての部分及び機能に完全なる秩序を生じ、身体と環境とが完く調和して肉体に対する精神の支配を表現するに至る、というのである。><茶の湯は礼法以上のものである。―それは芸術である。………礼儀は仁愛と謙遜の動機より発し、他人の感じに対するやさしき感情によって動くものであるから、常に同情の優美なる表現である。>


(上の引用文は新渡戸の原文(英文)の訳文ですから、少し日本語として不自然なところがあります)
現在でも「松下政経塾」にも茶室を設け、授業の一環として、塾生達に茶道をさせているそうです。心を理解する政治家が育ってくれればいいのですが。



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小林一三記念館(その2)

 広大な小林一三記念館の残りの部分を急いで見て廻りましょう。一階吹き抜けの広間に続く部屋は、「邸宅レストラン雅俗山荘」となっています。

営業は午前11時30分からなので、まだ開いていませんでしたが、撮影のみさせていただきましたメインダイニングルームは庭園が見える部屋になっています。
 二階には展示場の他、書斎、執務室や奥様の部屋などが復元されており、トイレや浴室も含めて、全て公開されています。


小林一三は阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道をはじめ、交通、不動産業、小売業、興行業など阪急東宝グループを成す数多くの事業を興したことで知られています。
それらに関する多数の展示がありますが、一番面白いかったのは、以前笹舟倶楽部さんが記事にされていた、阪神間直通線開通を告げる新聞広告。



小林一三が考えたキャッチコピーらしいのですが、「綺麗で早うて」はよしとして、「ガラアキ」は余分だと思うのですが。
大正9年阪神間直通開始のパンフレットの宣伝文は更に詳しく書かれています。



一、 大阪ゆき急行電車は乗心地がよくて中間に停留場の数が八つしかない(阪神電車の中間停留場は三十三箇所)から速力が早い
一、 只今は毎日午前五時より午後十二時まで八分または十分毎に運転しておりまた大阪神戸間を五十分で走っていますけれど線路が固まり次第四十分で運転を始めまたその次は三十五分で行ける急行もだします
一、 神戸市電の上筒井停留所で大阪行急行電車に乗換えると六甲御影芦屋川夙川など松林の景色のよい高見から海を見晴らして壮快に走る電車はガラアキで涼しく乗心地がよろしい、是非一度おためしにお乗り下さい
一、 大阪方面より来る御乗客は上筒井で神戸市電の車にお乗りになると車がガラアキゆえゆっくりお座り出来ます
一、 六甲山登山は六甲停留場から苦楽園ラヂウム温泉は夙川停留場から何処もこの電車で行くと大変近く便利になりました
                   
阪神急行電鉄株式会社
この時代、早朝から深夜まで頻度よく電車が走っていたことや、実際にその後実現した神戸大阪間三十五分のサービスは驚きです。



またその他、第一生命の社長矢野恒太に頼まれ田園調布の土地開発に無報酬で尽力したり、東急の礎を築いたことなども、今回初めて知りました。



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小林一三記念館(その1)

 池田にある小林一三記念館で第8回特別展「小林一三と百貨店−世界初のターミナルデパート開業−」が本日から十二月二日まで開催されており、早速初日に行って参りました。

 小林一三(雅号:逸翁)の自邸「雅俗山荘」は逸翁美術館が現在の地に移転した後、2009年、文化庁より「雅俗山荘」、茶室「即庵」及び「費隠」、正門「長屋門」及び「塀」が、国登録の有形文化財に登録されました。それを機に、当時の小林一三の自邸の状態に復元した上で、「小林一三記念館」として公開されています。

 写真の長屋門は昭和11年の雅俗山荘建築にあたり、東野瀬村の庄屋・宇津呂家の長屋門を移築したそうで、門柱、門扉、潜戸の飾り金物など当時のままです。
 雅俗山荘の設計は竹中工務店の小林利助で、昭和11年に完成しました。

二階壁面にはハーフティンバーの木製の柱、梁、斜材を露出させる構造を模し、玄関上部の壁面は四葉形のトレサリーで飾られており、瓦はスペイン瓦型式ながら和風の銀灰色です。


 玄関ホールには小林一三の肖像画が掲げられています。
ホールに続く広間です。



吹き抜けとなった天井の高い広間となっており、接客の場、所蔵美術品の展示場として巧みに使われていたようです。
しばらくこの素晴らしい雅俗山荘と小林一三についてお話を続けさせていただきます。



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はじめまして、アップルビーと申します。
本日、小林一三邸に行って参りました。
阪急沿線で育ち、思春期は甲陽園で過ごした、春樹世代のものです。幼児期から、休みの日には、阪急百貨店と宝塚に連れられて行っておりました。昔の阪急の伊東忠太の装飾に魅せられた幼児でした。校外学習で引率されて百貨店の大理石のアンモナイトを見に行ったおぼえがあります。これは西宮市に住む前の話ですが。

懐かしい西宮のブログ、これからも拝見させていただきたく、よろしくお願いします。

[ アップルビー ] 2012/10/12 17:26:54 [ 削除 ] [ 通報 ]

アップルビーさんはじめまして。またお一人お仲間が増えて大変喜んでおります。西宮ブログの皆様はほとんど西宮流から移られた方なので、以前の独特のコミュニティの雰囲気が保たれ、他にはない居心地のいいコミュニティになっています。
これからも懐かしい思い出などコメントいただけることを楽しみにいたしております。

[ seitaro ] 2012/10/12 19:29:28 [ 削除 ] [ 通報 ]

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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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