阪急沿線文学散歩

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漱石「門」では北鎌倉の円覚寺が舞台として登場します

 新書版漱石全集の第八巻「それから」がビブリア古書堂の事件手帖第一巻に登場しますが、新書版ではない岩波書店漱石全集第六巻には「それから・門」が収められています。 須賀敦子さんは「遠い朝の本たち」の中の「父の鴎外」で漱石全集について書かれています。

<父の蔵書では子供の時から漱石全集が夙川の家の私達姉妹の寝ていた部屋の本箱に並んでいて、私はその中の一冊に「それから」と「門」が入っているのを、ながいこと「それから門」という小説があると信じこんでいて叔父たちに笑われたりしたくらいだったから、漱石には、なんとなく面識のあるような印象を持っていたが、………>

(写真は総門)
実はその「門」とは北鎌倉駅前の総門をくぐった所にある円覚寺の山門なのです。
 円覚寺には島崎藤村、有島武郎など多くの作家が訪れ、川端康成の「千羽鶴」や大仏次郎の「帰郷」では円覚寺塔頭仏日庵が登場しています。
 そして夏目漱石は明治27年、神経を病み、円覚寺塔頭帰源院に参禅し、その体験を題材に「門」を書いたのです。小説「門」では、主人公宗助が親友であった安井を裏切って、その妻である御米と結婚したのですが、罪悪感から救いを求めるために鎌倉へ向かい参禅します。
<宗助は一封の紹介状を懐にして山門を入った。………>


漱石は実際に明治27年に、菅虎雄の紹介で鎌倉円覚寺に釈宗活を訪ねて帰源院に入り釈宗演の教えを受けました。


<一窓庵は山門を這入るや否やすぐ右手の方の高い石段の上にあった。>


小説の一窓庵とは、帰源院をモデルにしたものでした。
その奥に鐘楼があります。


<「老師が相見になるそうで御座いますから、ご都合が宜しければ参りましょう」といって、丁寧に敷居の上に膝をついた。
 二人はまた寺を空にして連立って出た。山門の通りをほぼ一丁ほど奥へ来ると、左側に蓮池があった。寒い時分だから池の中はただ薄濁りに淀んでいるだけで、少しも清浄な趣はなかったが、向側に見える高い石の崖外れまで、縁に欄干のある座敷が突き出しているところが、文人画にでもありそうな風致を添えた。>
池とは妙香池のことで、夢窓疎石作と伝える庭園の遺構です。


写真は妙香池の上から撮った写真で、右手が正伝庵、池の向うに方丈があります。

 明治には関東禅界の中心となっていたそうで、現在も各種の坐禅会・夏期講座などが催され、「心の寺・円覚寺」と呼ばれ、多くの人々に親しまれているそうです。



円覚寺

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昔、東宝映画で「駅前シリーズ」がありましたが、円覚寺ほど
”駅前寺院”にぴったりのお寺は、他にはあまり見かけませんね。

[ 西宮芦屋研究所員 ] 2013/03/07 23:03:19 [ 削除 ] [ 通報 ]

駅前シリーズは覚えているのですが、駅前寺院ってありました?
でも本当に駅前の立派な寺院でした。

[ seitaro ] 2013/03/07 23:56:51 [ 削除 ] [ 通報 ]

「あったとしたら」という話です。

[ 西宮芦屋研究所員 ] 2013/03/08 8:35:54 [ 削除 ] [ 通報 ]

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鎌倉文学館に登場したビブリア古書堂

 鎌倉から江ノ電で長谷駅に向かいます。

 


鎌倉大仏に向かう途中の長谷観音前の信号を右に折れ、鎌倉文学館に向かいました。


小高い山に建つ青屋根の洋館が見えます。
この洋館は、加賀百万石で有名な旧前田侯爵家の別邸として建てられ、戦後はデンマーク公使が別荘に借用。昭和39年からは佐藤栄作元首相が借りて、週末別邸としていたもので、その後昭和60年より鎌倉文学館として一般公開されています。


入口から文学館の建物へは招鶴洞と名付けられたトンネルを潜り抜け、坂道を上って辿り着きます。


 館内には、鎌倉にゆかりのある文学資料や夏目漱石、芥川龍之介、川端康成、大佛次郎、里見ク、与謝野晶子、高浜虚子、小林秀雄をはじめ多くのの作家の直筆原稿、愛用品などが展示され、見ごたえのある施設でした。。
 展示作品以外にも、ステンドグラスやアンティーク調の照明など、美しい装飾品を館内で見ることができましたが、いたるところに撮影禁止と掲示されており、残念ながらお示しできません。

 企画展は「ミステリー作家・翻訳家」で、日本の推理小説の草分けといわれる黒岩涙香をはじめ、横溝正史、夢野久作、鮎川哲也、高木彬光、そして現代の斎藤栄、三上延らの収蔵資料を中心に紹介されています。
三上延のコーナーでは「ビブリア古書堂自筆見取り図」の複写が展示されていました。

<第1巻執筆時、作品の中で店内の描写に食い違いがないように描いた見取り図を、イラストの越島はぐ氏や編集者の説明用に書き直したもの。>とのこと。

(三上の図の入り口と出窓と書かれた部分です)
TVドラマでも頻繁に古書堂がでてきますが、かなり忠実にセットにされたのではないでしょうか。

 



ビブリア古書堂自筆見取り図
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40年ぶりに2年前の夏に鎌倉文学館と鎌倉図書館に行きました。鵠沼海岸の周辺を歩きましたが昔の風景が出てきませんでした。鎌倉文士の町夏目漱石が建長寺の句を詠んだのに対して正岡子規が奈良で明治28年10月に柿食えば・・・の歌を詠んだと言われています。日本最初に出来たサナトリウム鎌倉海浜院の資料を探しに両施設に行きました。でも2年足らずでホテルに変わります。明治22年須磨に出来る須磨浦療病院に正岡子規は明治28年7月から1ヶ月掛かります。8月に松山へ帰ります。漱石に10円の借金をして東京へ向かいます、その途中の奈良で詠んだ柿の歌です。文学館をみると2年前の資料を暗記する苦労を思い出されます。1ヶ覚えたら2ッ忘れる頭です。楽しい思い出です。帰りに大磯の図書館に行きました。失礼しました。

[ 雑学大好き ] 2013/03/25 17:45:08 [ 削除 ] [ 通報 ]

雑学大好きさんコメントありがとうございます。夏目漱石や正岡子規のお話をもっともっと伺って、もう一度鎌倉へ行ったり、須磨も訪れたかったです。しばらく休止いたしますが、再開のときは、またよろしくお願いいたします。

[ seitaro ] 2013/03/25 23:13:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

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三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」の鎌倉を歩く

 オフシーズンでありますが、皆様お勧めの鎌倉へ「ビブリア古書堂の事件手帖」を携えて散策に行って参りました。


 作品をご存知ない方にご紹介いたしますと、古書に関して並外れた知識を持つ古本屋の店主・栞子が、客が持ち込む古書にまつわる謎を解いていくライト・ノベルです。
 第一巻の四っつの話では、それぞれ夏目漱石『漱石全集・新書版』(岩波書店)、小山清『落穂拾ひ・聖アンデルセン』(新潮文庫)、ヴィノグラードフ、クジミン共著『論理学入門』(青木文庫)、太宰治『晩年』(砂子屋書房)が登場します。
 公式サイトには登場する舞台を示した鎌倉MAPまであります。


さて早速プロローグから北鎌倉駅前にあるビブリア古書堂を訪ねてみましょう。
<六年前のその日、北鎌倉の坂を下りきった俺は、線路沿いの細い路地をだらだら歩いていた。………右手に北鎌倉駅のホームが見える。ここのホームは異様に長い。改札口が一方の端にしかないので、延々と歩かなければ構内に入れなかった。>


北鎌倉駅で降りてみると、この表現,誇張でもなんでもなく、本当にとんでもなく長いホームだとわかりました。

線路沿いの細い道を歩きます。梅が綺麗に咲いていました。

 


<左手には古い家々が並んでいる。どの家の庭木も大きく育ち、緑を茂らせていた。知っている人間はあまりいないだろうし、存在を知っていても意識する者は少ないと思うが ―この通りには一軒の古本屋がある。>


第一巻の表紙をめくるとこのようなビブリア古書堂の絵がついています。

絵は上の写真のもう少し先で描かれたようです。


この道には実際には古書店はないのですが、絵と実際の建物を比較して見てみると、ホームから見た写真の左手の家のあたりがビブリア古書堂のようです。



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鎌倉は在東京時代にとうとう行けなかった幻の町です。おかげさまで行った気分にひたれそうです。
 鎌倉には古本屋さんが何軒かあるようにも聞いたような。
あと、西岸涼平さん(三丁目の夕日の作者)の作品で鎌倉物語だったかしら、の漫画も何冊か持ってます。(中にはいろんなお化けが出てきます。)

[ 下駄 ] 2013/03/04 22:49:39 [ 削除 ] [ 通報 ]

横須賀線の電車は長いのです。だからホームも長いのです。
北鎌倉には閻魔寺があり、銭洗弁天方面へ歩くと喫茶モーツァルトがあります。日本一ゴミ回収の分別がうるさい町、鎌倉。

[ せいさん ] 2013/03/06 1:46:36 [ 削除 ] [ 通報 ]

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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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