阪急沿線文学散歩

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関西学院の美術家吉原治良を絵画の道に導いたゴッホの「ひまわり」

 神戸市立小磯記念美術館では10月6日まで「特別展 関西学院の美術家〜知られざる神戸モダニズム〜」が開催されています。

 元吉原製油社長の吉原治良も関西学院の美術家の一人で、作品が展示されていますが、昭和42年に神戸新聞学芸部編「わが心の自叙伝」に寄稿された記事を読んでいますと、いくつか興味深いことが述べられていました。


 その一つが「氏神さまのセザンヌとゴッホ」と題された章で、朝日新聞社の社屋で開かれた全関西展の特陳でかかったゴッホの作品についてです。
<大きさは三十号ぐらいの縦の絵で、例の枯れたヒマワリの花が三つ四つツボと机の上にある絵だが、背景はウルトラマリンの濃い青がチューブから絞り出されたまま横じまになって盛り上がり、花はところどころ朱色の輪郭が施され、独特の力強い作品であった。
 本当に大げさなことをいうようだが私は感動で震え出したものだ。私はそのような感動を長い生涯を振り返っても余り覚えたことがない。>
 更に、絵画への執着を決定付けたとまで述べられていました。


 <そのゴッホはきくところによれば武者小路実篤氏が「新しい村」に美術館を建設して並べたいために取り寄せた作品だということであった。金を立て替えたY氏が芦屋の自宅で保管中戦災で焼いてしまった。………
 戦後、私が住んでいる芦屋市に文化協会ができ、何か事業をやりたいという話が出た時、私は芦屋にあるはずのその「ひまわり」一点だけの展覧会をやるように勧めたのだが、その時それが焼失してしまっていることがわかった。ずいぶん腹がたった。>
このゴッホの絵、学習院大学を散策した時に、記事にし、調べていました。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p10761773c.html
 ゴッホが日本において知られるようになったのは、1911年に武者小路実篤が文芸誌『白樺』に紹介したのが最初と言われ、『白樺』の同人たちは、ファン・ゴッホやセザンヌの実物を日本で見たいという思いから寄付を募ったそうです。

 実篤は白樺派美術館建設構想に協力してもらいたいと、芦屋に住んでいた実業家山本顧弥太氏にゴッホのひまわりの購入を依頼し、1921 年「白樺美術館第一回展覧会」で、日本で初めてファン・ゴッホの作品を紹介したそうです。その絵の複製画の写真がありました。


 吉原治良は感動で震えた「ひまわり」を消失させたことにご立腹ですが、山本氏は白樺派の良きパトロンでした。
 




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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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