阪急沿線文学散歩

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ヴォーリズ建築の神戸女学院が劇場版『空の境界』に登場

 講談社ノベルズ版の『空の境界』の上下巻の解説で笠井潔氏は、『空の境界』は、探偵小説やSFなどの近隣ジャンルの読者を含め、多数の伝奇小説読者に衝撃を与えるに違いないとし、伝奇小説の起源から解説されています。

その奈須きのこ『空の境界』第六章 忘却録音の劇場版アニメの舞台となる礼園女学院の映像はヴォーリズ建築の神戸女学院が使われていました。


神戸女学院正門


デフォレスト記念館からEnglish Zoneをのぞむ



ソールチャペル



講堂


総務館からソールチャペルへの廊下


神戸女学院には制服はありませんが、礼園女学院は教会のシスターを思わせる制服。

階段教室



図書館の2階は食堂として登場


渡り廊下


学長室も登場していましたが、本物と同じだったのでしょうか。

隣接する礼園学園の旧校舎は何と根岸競馬場跡の廃墟がモデルになっていました。


2018年度ヴォーリズ建築神戸女学院の一般公開受付は、「5月1日(火)10時より、WEBにておこないます」とのこと。
https://www.kobe-c.ac.jp/events/vories




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ヴォーリズ建築の神戸女学院が伝奇風小説の舞台になっていた

 伝奇小説という分野があることさえ知りませんでしたが、私にはライト・ノベルの範疇と思われる奈須きのこ『空の境界』。

その下巻第六章 忘却録音の舞台は礼園女学院ですが、この小説を原作とした劇場版アニメでは神戸女学院にロケをしたようで、ミステリアスな風景にアレンジした映像がたくさん登場します。
 この小説のはじまりはWEB小説だったそうですが、2004年に講談社ノベルスより一般書籍として刊行され、その後文庫版にもなり、海外では英語版、中国語版、韓国語版が出版されるという人気作品です。

 第六章忘却録音のあらすじは、黒桐幹也の妹・礼園女学院の一年生で魔術師見習いである黒桐鮮花が、師である蒼崎橙子にある事件の調査を命じられます。それは鮮花の通う礼園女学院で、生徒の記憶が妖精に奪われているというものでした。妖精を視ることができる両儀式を連れて学院に戻った鮮花は、さっそく調査を開始するというもの。

 原作では礼園女学院は都心で名門、全寮制の高校となっていますが、劇場版アニメは何故か神戸女学院をモデルにしています。



まずはっきりわかるのが中庭の風景。

噴水池と図書館本館


噴水池と総務館


噴水池と理学館


図書館一階から見た中庭と総務館


ほかの建物も登場しますので、次回に。



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 神戸女学院は憧れです 綺麗ですね 近所なのに一度しか行ったことなかったです。文化祭の時に 藤本義一さんの講演を聞きに行きました。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2018/04/24 9:37:20 [ 削除 ] [ 通報 ]

私も憧れの神戸女学院でしたが、この年になって何度も見学に行かせていただきました。写真はその時のもので、季節が違っています。7月27日に芦屋市民センターで藤本統紀子さんとご長女、二女を招いて藤本さんを語っていただく会を計画中です。

[ seitaro ] 2018/04/24 13:06:30 [ 削除 ] [ 通報 ]

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ヴォーリズの洋館が小説に登場(『湖猫、波を奔る』)

 ヴォーリズが居を構えた滋賀県には近江八幡以外にもヴォーリズ建築事務所設計の建築物が数多くありました。その洋館のひとつが、琵琶湖を舞台とした小説、弟子𠮷治郎『湖猫、波を奔る』に登場します。


 第二章「穴を掘る」は中学二年の穴マニア林盛太郎が住んでいる家の庭に穴を掘る場面から始まります。
<盛太郎の住まいは彦根藩三十五万石井伊直弼の城下町、滋賀県彦根市にある。家の敷地は内堀と中堀に挟まれた内曲輪(第二郭)の跡地で、江戸時代には一千石以上の重臣の屋敷が建ち並んでいた。盛太郎の家の北側にある幅20メートルの内堀の対岸は、かつて十七棟の米蔵が並んでいた米蔵跡である。>

鳥観図の内堀と中堀に挟まれた赤色矢印の位置に、盛太郎の家があります。

内堀と対岸の写真です。内堀では白鳥と鴨が泳いでいましたが、対岸の十七棟の米蔵跡は梅林になっています。

<この一帯は明治維新後も裁判所、拘置所、中学校、高校、大学など公の建物だけが建っている場所で、盛太郎一家と隣家数軒の他に一般の人家はない。明治末期に来日した千六百棟もの西洋建築を手がけたアメリカ人建築家ヴォーリズが近江経済大学に勤務する外国人教師用の宿舎として建てた家を、外国人教師がいなくなった後、教養課程で土木工学を教えている盛太郎の父、林賢次郎に官舎として提供されているのだ。>
小説では近江経済大学となっていますが、旧彦根高等商業学校をこのように著したようです。

上の写真の洋館を盛太郎の家にしたのです。
大正13年の建築で、かなり老朽化していますが、現在は「ひこね市民活動センター」として、地域の会合などに使われているそうです。

 建設当時は似た建物が三棟あったそうですが、現在はこの建物が一棟残っているだけです。

<木漏れ陽の間に暖炉の煙突が目立つ瀟洒な洋館で、浴槽とトイレが同じ空間にあったり、当時の日本家屋の常識では考えられない斬新な建築であった。二階にある盛太郎の部屋の窓から手が届くほどの位置に「月明 彦根の古城」と呼ばれる国宝彦根天守が見える。>

残念ながら、建物の中には入ることができませんでしたが、盛太郎の部屋から見える彦根天守です。

<ある日の夕ご飯で母からこの家が建っているのは彦根藩士の屋敷跡だということを聞いて、「庭には武士たちの生活を偲ばせるものが何か埋まっているかもしれない。ちょっと掘ってみるかぁ」と庭を掘り始めたのだ。>

この庭で盛太郎は穴掘りを始めたのです。

 この堀をもう少し西へ進むと、歴史的建造物が見えてきました。

滋賀大学経済学部講堂(旧彦根高商講堂)です。
こちらは文部省建築課の設計です。昭和12年初めて来日したヘレン・ケラーが講演したのも講堂でした。

特徴的な玄関と窓。小塔は、屋根上にあるドーム型の換気塔、半円形屋根窓はドーマー窓型換気口です。

 滋賀大学には一棟ヴォーリズの洋館があります。同窓会館として昭和13年に建設された陵水会館です。


 スペイン瓦、ベランダの柱と垂木、外壁のスタッコ仕上げなどは、神戸女学院のケンウッド館(下の写真)によく似ています


ヴォーリズの特徴的な陵水会館玄関廻りのタイル市松模様です。

今回は彦根城を目指して来たのですが、このようにヴォーリズの洋館に巡り合えるとは思ってもみませんでした。


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ヴォーリズさんのウサギとカメを見てきました

 豊郷小学校の図書館と講堂の紹介をしましたが、旧校舎の紹介が遅れました。

校舎は二階建てですが、玄関のある中央部分だけは、三階建てになっています。

幅2.8mの広い木の廊下、天井も高く立派で、大きな窓からの採光も十分です。現在は豊郷町教育委員会事務局もこの教室を使っています。

 この敷地と建物を寄贈した古川鉄治郎がヴォーリズと理想の小学校建設に向けて相談していたとき、ヴォーリズが「ミスターフルカワ、学校のシンボルとなるものを考えましょう」と話しかけます。古川鉄次郎は、小学校の時に先生から言われた、「カメのようにゆっくりでいいから、前へ進むんだ」という言葉を思い出し「カメはどうですか?」と答え、学校のシンボルをイソップのウサギとカメにすることに決まったそうです。(財団法人芙蓉会発行・上坂和美・文『あったかいね、永遠の学び舎 豊郷小学校物語』より)


 一階から二階へは、真ん中と両端に階段が三か所あり、いずれの階段にもウサギとカメの像が乗っています。

階段の一番下にはウサギとカメが並んでいます。

階段を登った途中に別のカメがいて、更に先にもう一匹のカメが登っています。

そして各踊り場ではウサギが眠っています。

一番上まで登りきると、そこにはカメがいて、下をのぞいていました。

中央三階は音楽室で、舞台もあり、ミニスカートの女子高生の撮影の最中でした。

2011年にはアニメ映画『けいおん!』が全国一斉公開され、そこで登場する桜ケ丘高校軽音楽部の校舎のモデルが豊郷小学校でした。

様々な関連グッズが旧図書館で展示されていました。

現在もイベントは続けられているようです。

ヴォーリズが設計した貴重な校舎群が有形文化財に登録され、町おこしにも使われ本当によかったです。



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ブログタイトルの写真変えられたんですね。
桜の淡いピンクと阪急電車のブラウンのコントラストが好いですね。場所はどの辺りなんでしょうか?(^_-)

堺[ なにわのオオカミ ] 2018/04/04 23:52:23 [ 削除 ] [ 通報 ]

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豊郷小学校を寄贈した古川鉄治郎氏は神戸女学院講堂を見学していた

 昭和12年に古川鐵次郎氏により寄贈、ヴォーリズ建築事務所設計の豊郷小学校講堂のデザインは、明らかに昭和6年に建てられた神戸女学院講堂をベースとし、建設費を削減するために工夫した構造になっています。

正面玄関前の噴水の右手奥に講堂があります。


神戸女学院の講堂は、中庭に面していませんが、あえて言えば神戸女学院でこの位置にあるのは総務館になります。


豊郷小学校講堂の入り口右側に昭和十二年と刻まれた定礎石がありました。紀元二千五百九十七年とも刻まれています。

神戸女学院講堂にも同じような昭和6年の定礎石があります。

こちらはAD1931と刻まれており、豊郷小学校の定礎石には、あえて紀元年を刻んだのでしょう。

講堂の内部です。大きな明かり窓、や二階籍の配置など、質素ではありますが、神戸女学院講堂をもとにした設計になっているようです。


講堂への入り口も質素ではありますが、神戸女学院と似た雰囲気があります。


校舎から講堂への渡り廊下です。
これも神戸女学院ほど立派ではありませんが、似ていると言えば似ているのです。


こんなに神戸女学院と相似性があるのは、もちろん同じヴォーリズ建築事務所だからですが、講堂建設にあたって、昭和11年に古川鉄次郎氏と山中校長が神戸女学院講堂の視察に行っているのです。

その案内の葉書が展示されていました。

また、古川鉄次郎氏が中山校長に宛てた手紙には、内部設備を価格から15%値引きしてもらうことなど記されており、ヴォーリズ建築事務所も相当コスト削減を迫られたようです。




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豊郷小学校にも神戸女学院図書館と同じ螺旋階段がありました

 豊郷小学校旧校舎群の正面校舎の左手に酬徳記念図書館があり、校舎とは渡り廊下で接続しています。


 中に入ると、大きな明かり窓と机の配列は、神戸女学院図書館を思い起こさせるものでした。

(上の写真は神戸女学院図書館本館)


 戦前の子供たちの図書館の写真が展示されていました。

天井の高い図書館での読書風景、この光景も神戸女学院図書館にそっくりなのです。

 そして一番驚いたのは、神戸女学院図書館にもあった螺旋階段が設置されていたことです。

 この螺旋階段の由来については、2013年神戸女学院発行の「神戸女学院岡田山キャンパス −ヴォーリズ建築の魅力とメッセージ」で井出敦子氏が「図書館本館の螺旋階段とハケット氏」と題して、次のように述べられています。
「図書館本館に螺旋階段を設けるよう指示したのはハケットであるという話が伝わっている。リンカーンの言葉を真理探究におきかえ、『真理への途は螺旋階段を上がるが如し』という精神を象徴するものとして。」

螺旋階段は「真理への途」を象徴するものだったのです。ヴォーリズはそれを忘れずに、酬徳記念図書館にも取り入れたのでしょう。

神戸女学院図書館の螺旋階段は神戸女学院を母校とする三島有紀子監督の映画「繕い裁つ人」にも登場していました。

 神戸女学院図書館の螺旋階段は2階に設置されていますが、酬徳記念図書館は一階から二階に上がる階段です。

2階部分が設けられていることも、神戸女学院図書館に似た設計となっています。

こちらは神戸女学院図書館の2階部分。

 酬徳記念図書館に入と、ヴォーリズの豊郷小学校の子供たちに注いだ温かい愛情をカ感じることができました。


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初めて訪ねたヴォーリズの豊郷小学校、神戸女学院を思い起こさせます

 豊郷小学校旧校舎群は、昭和12年に近江商人、商社「丸紅」の専務であった古川鉄治郎氏によって寄贈され、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏の設計で建てられ、当時は「
白亜の殿堂」、「東洋一の小学校」と呼ばれたそうです。

 校舎改築問題やアニメ『けいおん!』の舞台となったことから一躍有名になりましたが、それ以前からいつか訪ねてみたいと思っていました。

昨年、よみほっと日曜版名言巡礼 学び育む「白亜の殿堂」でも斎藤ヨーコさんのイラストで、豊郷町の紹介がされていました。

 校門を入って改めて感じたのが同じヴォーリスの設計による神戸女学院との相似性です。



もちろん神戸女学院の校舎の方が、鉄筋コンクリート造りの校舎より美しいのは間違いありませんが、玄関の前に配された噴水と、校舎の配置が神戸女学院の中庭にそっくりなのです。

こちらは神戸女学院中庭の噴水と文学館です。

豊郷小学校旧校舎群では、玄関前の噴水をはさんで、右側には講堂が、左側には図書館が配されており、その配置のシンメトリーが神戸女学院を思い起こさせるのです。
昭和11年6月にヴォーリズ建築事務所が建設に先立って作成した模型です。

建物の中に入ってみると更に、神戸女学院の校舎の設計が生かされていることを実感しました。しばらく続けます。





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神戸女学院の雰囲気と設計思想を漂わせる豊郷小学校

 よみほっと日曜版名言巡礼 学び育む「白亜の殿堂」に掲載された写真。

 校舎は白亜の鉄筋コンクリート造りですが、一瞬、神戸女学院の中庭の風景かと思ってしまいました。講堂の窓から眺めた豊郷町立豊郷小学校旧庁舎の写真で、芝生の広場は神戸女学院のように校舎で囲まれた中庭ではなく、正面玄関の前庭です。

 旧校舎は深夜アニメ『けいおん!』(京都アニメーション制作)のモデルとされ、ファンが訪れる聖地にもなっています。

芝生の庭や、中心に置かれた噴水が上の写真の神戸女学院を思い起こさせるのですが、それもそのはず、設計はヴォーリズ建築事務所です。

 この建物は、伊藤忠兵衛商店専務で卒業生の古川鉄治郎氏が、地元に恩返しをしたいと当時の豊郷村予算の10倍以上の寄附により建造されたもの。欧米視察で、利益を社会に還元する企業文化に感銘を受けたことによるものだそうです。

TVなどでも紹介されていますが、階段の手すりに施された「ウサギとカメ」の彫刻にはイソップ童話に基づき、こつこつと努力して成功してほしいという、古川鉄治郎の願いがこめられたもの。

講堂は更に神戸女学院の講堂を思わせます。

大きな窓と舞台がよく見えるように緩やかな傾斜で後方を高くする配慮。

 華麗さはもちろん上の写真の神戸女学院講堂に及ばず、天井の照明も簡素になっていますが、その構造はそっくりです。

 岡田山の神戸女学院が完成したのは昭和8年、豊郷小学校旧校舎は昭和12年に建造されていますので、神戸女学院の設計思想が生かされたのでしょう。
今回の名言は、
「建築物の品格は、人間の人格の如く、その外装よりも寧ろ内容にある」というヴォーリズの信念でした。

斎藤ヨーコさんのイラストで、豊郷町の紹介がされていました。
近江八幡までは行ったことがあるのですが、少し足を延ばして訪ねたい場所です。


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門井慶喜『屋根をかける人』W.M.ヴォーリズと心斎橋大丸

 門井慶喜『屋根をかける人』の最後には、ヴォーリズ建築の研究者として有名な大阪芸術大学教授・山形正昭氏から教示を得ましたとの謝辞が記されており、小説の中でも数々のヴォーリズ建築が登場します。
 広岡浅子の大同生命本社ビルはもちろん、昨年から建替え工事にはいっている心斎橋大丸も登場します。


 大正4年の秋か冬のこと、近江八幡の事務所に戻って来たヴォーリズは佐藤久勝を呼びます。
<メレルは彼の横に立ち、ぽんと肩をたたいて、「おもしろいところから話がきました。教会でも保険会社でもない、あなた好みの業界です。デパートメントストア」「でぱーと?」「百貨店ですよ。心斎橋の大丸」>と佐藤久勝にデザインをまかせるのです。
 佐藤久勝は、滋賀県立商業学校(現:八幡商業高校)出身で、ヴォーリズのバイブルクラスで学んだ生徒の一人でした。

2015年には「心斎橋大丸原図展〜ヴォーリズと佐藤久勝〜」が各地で開催されていました。

この人事が図に当たります。
<ひとたび心斎橋筋に面した東側の中央玄関から入った客は、「わっ。」わっ」大きな声をあげ、ぽかんと口をひらくのがつねだった。何しろ一階の天井がたかだかとしている。壁沿いに中二階がぐるりと浮いている。>

<親柱、太い。まるで床柱のような存在感だが、てっぺんが六角状になっていて、その六つの側面はそれぞれに雪の結晶にも似た幾何学模様の電飾がきらきらと埋め込まれているのが斬新だった。様式的にはアールデコに属するのだろうが、それにしても重厚で軽快、少々しちくどいほどのモダンさの演出。こういう異質感あふれる空間設計は、メレルのついぞ発想し得ないところだった。>

<この雪の結晶ふうの紋様はまた、全館を通じての主旋律ともなっている。壁、天井、エレベーターホール、いたるところで大きさを変え、色を変えつつ目立ちに目立っているため、― 商品がかえって貧相に見える。百貨店の支配人が当惑顔をしたほどだった。>

<いちばん街の話題になったのは、内部装飾ではなかった。外壁でもなかった。その境界線というべき東側の中央玄関。いったいに大阪はむかしから屋号をまったく憶えぬことを粋とする客が多く、−高島屋?どこの反物屋や。などとうそぶくのが常だったが。その彼らでさえ、こと大丸に関しては、−ああ、あの孔雀の。しぶしぶ言わざるを得なかった、その孔雀のレリーフが中央玄関の上に凛然とはめこまれていた。>

<常識的にはあり得ない選択だが、これもまた、発注先であるアメリカのアトランティック・テラコッタ社の担者が、−こんなのはどうでしょう。と提案してきたのへ、「メレル先生、これですよ。これにしましょう」熱心に言ったのは佐藤久勝に他ならなかった。>
<こうして大丸心斎橋店は「あの孔雀の」になり、日本最高の百貨店建築のひとつとなった。>
 しかし佐藤久勝は完成少し前、大丸の建設現場で肺炎で突然倒れます。
昭和7年1月6日佐藤久勝は、完成した大丸の建物を見ることなく永遠の眠りについたのです。

昭和 20 年3 月の大阪大空襲で5 階以上を焼失しながらも耐えた歴史的建造物。
どのような姿でよみがえるのでしょう。

発表されている完成予想図です。




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門井慶喜『屋根をかける人』に描かれたヴォーリズ設計の広岡本邸

 W.M.ヴォーリズの波乱の人生を題材にした門井慶喜『屋根をかける人』では、広岡浅子がヴォーリズに依頼し、建てられた広岡本邸の場所が明らかにされています。

 小説では、広岡浅子が亡くなる直前に、見舞いに来たメレルに次のように言い残します。
<その直前、メレルは満喜子とともに浅子をみまった。浅子はベッドのから起きられなかった。指で押した痕がのこるほど顔がむくんでいて、意識もやや遠かったが、それでも目を見ひらいて、「……ほんてい」「え?」「本邸、はよ建てなはれ」>
広岡浅子が亡くなったのは大正8年1月ですが、その翌年に本邸が完成しています。

広岡浅子の実の娘が広岡亀子、その夫がヴォーリズの妻・満喜子の実兄・広岡恵三です。

<兵庫県武庫郡本山村の広岡本邸は、翌年、完成した。
 施工は神戸の気鋭の会社、竹中工務店が担当した。実質上の施主である浅子はもうこの世にはいなかったが、それでも広岡恵三・亀子の主人夫婦に五人の子供、アメリカ人家庭教師、執事、それに多数の女中や下僕がいっぺんに住み始めたため、村そのものが活気づいた。一家というより、一企業が誘致されたような騒ぎだった。>

現在の住所は神戸市東灘区本山町森で、現在の甲南女子大一帯が広岡本邸の跡地だったのです。


小説に書かれているように、ヴォーリズ建築には珍しい、お城のような広岡本邸でした。


大同生命大阪本社の特別展に展示されていた、広岡夫妻・ヴォーリズ夫妻の写真です。

神戸の大邸宅のベランダで撮影したもののようです。



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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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