阪急沿線文学散歩

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宮本輝も小説の舞台にしていた芦屋浜の埋立て

 芦屋浜が埋め立てられ、高層住宅建築により劇的な景観の変化をもたらしたことから、昔の景色を知る遠藤周作、村上春樹らがその変化を小説に描いています。


 『羊をめぐる冒険』の道路拡張のため移転した三代目ジェイズ・バーからの眺めです。


<新しいジェイズ・バーの西側と南側には大きな窓があって、そこから山なみと、かって海であった場所が見渡せた。海は何年か前にすっかり埋め立てられ、そのあとには墓石のような高層ビルがぎっしりと建ち並んでいた。僕はしばらく窓際に立って夜景を眺めてから、カウンターに戻った。「昔なら海が見えたね」と僕は言った。「そうだね」とジェイは言った。「よくあそこで泳いだよ」>

また遠藤周作の『口笛を吹く時』では、


<小津はコンクリートの堤防の上に登り、あっと声を出した。 ずっと遠くまで砂漠のように埋立てられているのだ。その砂漠のような埋立地にミキサー車が二台、地面を走っているだけであとは何もない。あの日平目が波にもまれながら愛子たちを追いかけたのは、どのあたりだったろう。愛子たちが笑いながら走った浜もどのあたりだろう。今、海は消えた。白い浜もなくなった。>と埋め立て中の芦屋浜が描かれています。


 宮本輝も芦屋浜の埋立て工事を小説に登場させていました。短編集『五千回の生死』に収められた『バケツの底』です。


<ぼくは一度、子供のときに、そこへ行ったことがある。松林が、六甲山から伝い流れてくる芦屋川の終着点付近を包んでいて、茶色い粗い砂が海の堤防へとつづいていた。小学校三年生のぼくは、近所の中学生に連れられて行ったのだが、海水にひたった記憶はない。舟虫の這い回る堤防の上を走ったり、近くの小商いの店で、かき氷を食べたのを覚えている。海水浴をするつもりだったのだが、堤防の向こうは汚染し始めた深い海で、結局、水着にも着換えないまま、夕暮れまで堤防の上で遊んでいたのだろう。>

上の写真は、埋め立て前の芦屋川河口と芦屋浜、現在残されている堤防跡です。

 昭和22年生まれの宮本輝が主人公を同年代にしたとすれば、昭和32年ごろのお話で、当時は確かに海は汚れ、泳ぐ人はいませんでした。

 ここで登場するかき氷を食べた店とは「ひまわり」でしょうか。
<けれども、いまそこには海がない。芦屋川の横の枯れた疎水路を渡ると、広大な原っぱが、晴れた日は砂塵でかすみ、雨の日は粘りつく泥濘に弾けるしぶきで幕を張られ、あたかも果てしない荒地みたいにひろがっている。芦屋浜団地建設共同企業体の立て札を掲げたにわか造りの受付には、警備会社の初老のガードマンが、出入り業者の車をチェックしている。海を埋め立て、そこに巨大な団地と街を作るために、建設会社と電機メーカー、それに空調メーカーの三社が、共同企業体を設立し、第一期工事が始まっていたのである。>

 芦屋浜の埋め立てが始まったのは、昭和44年のことで、宮本輝も遠藤周作もこの時期に埋め立てされている様子を見たのでしょう。
 宮本輝『バケツの底』では一流会社をやめて小さな建築金物店に採用された主人公の埋立地の工事を通じての悲哀が描かれています。




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「新しいジェイズ・バー」の位置は、国道43号線と芦屋川が交わる場所の西南、現在のフランス料理、メゾン・ド・ジル、その前はプレイバッハ、更にその前は何軒かのテナントビルだった場所のようです。この中の一軒が、現在は東山町にあるレフトアローンでした。ここのオーナーは、中国人で「中国語が話せない中国人」であるジェイによく似ています。先日、この方とこの話題で話をしましたので、いつか西宮芦屋研究所レポートでもご紹介します。

[ 西宮芦屋研究所員 ] 2015/04/16 9:24:18 [ 削除 ] [ 通報 ]

若い頃から時々行ってました。プレイバッハもレフトアローンもよく言ってましたので、昔からお見かけしていますが…。小説とはイメージがなんとなく重なりません。

[ ふく ] 2015/04/16 21:52:31 [ 削除 ] [ 通報 ]

プレイバッハ!懐かしい名前です。宮本輝の「錦繍」にでてくるお店は、三宮で2人姉妹でなさっていたモーツアルトかプレイバッハかと(私の周りだけでしょうが)話題になったことがありました。

[ フー博士 ] 2015/04/18 20:52:47 [ 削除 ] [ 通報 ]

プレイバッハは宮本輝にでてきそうですが、プレイバッハもレフトアローンも田中康夫的で村上春樹は嫌いだったのではないでしょうか。

[ ふく ] 2015/04/19 13:08:20 [ 削除 ] [ 通報 ]

昔のプレイバッハは田中康夫の小説にでてきそうです。私も懐かしく思い出しましたが、現在は山手町に移り、ウエディングがメインのようです。元プレイバッハのところはメゾン・ド・ジル芦屋というレストランになっているらしいので、一度探検に行ってきます。

[ seitaro ] 2015/04/19 20:23:29 [ 削除 ] [ 通報 ]

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宮本輝 『錦繍』の香櫨園、亜紀の家

 『錦繍』の主人公亜紀の家は阪神香櫨駅から浜のほうへ十分ほど歩いた、香枦園テニスクラブの手前にあるミモザアカシアのある大きな屋敷です。


『錦繍』喫茶モーツァルトでの夫人と亜紀の会話からです。
<そのうち夫人が私に話しかけてきました。「奥様は、この近くにお住まいでいらっしゃいますか?」。そんなようなことを訊かれました。私が、この道を浜の方に十分程歩いたところだと答えると、夫人は丸と目をきょときょとさせて考え込みながら、幾つかの名前を思いつくままにあげました。私の近所の家の名も入っていましたが、私の家は出て来ませんでした。「星島という家なんですよ。テニスクラブの手前の」と言いますと、「それやったら、存じあげますよ。お庭に大きなミモザアカシアの木があるお屋敷ですよねェ」。>]


宮本輝の『青が散る』の舞台にもなた香枦園テニスクラブは、大浜町ですから、ミモザアカシアのある亜紀の家は、甲陽学院中学のある葭原町近辺でしょう。

]

 

 私がこの小説で一番好きな、最後の二人の手紙にも、そのあたりの風景が、情感豊かに描かれています。有馬靖明から勝沼亜紀への最後の手紙です。
<そして、もしかしたら何年か後、私は阪神電車の香櫨園駅で降りて、あの懐かしい住宅街を抜け、テニスクラブの手前にあるあなたの住んでいる家の前に行ってみるかもしれません。そうやって、そっとあなたのいる家を見、あの大きなミモザアカシアの古木を眺めて、またそっと帰ってくるかもしれません。どうかいつまでもお元気でお過ごし下さい。御子息が、きっときっと、あなたの願いどおりに成長されますよう、陰ながら心よりお祈りいたしております。>


亜紀の最後の手紙も次のように始まります。
<前略 あなたからの最後のお手紙、テニスクラブの中の藤棚の下のベンチに坐って、穏やかで暖かい秋の陽差しを浴びながら読ませていただきました。>


このあたりの風景も随分変わってしまいました。宮本輝が執筆した当時は、本当に藤棚があったのではないでしょうか。



宮本輝 『錦繍』の香櫨園、亜紀の家
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この小説の話を10年以上前に鎌倉・銭洗弁天近くの喫茶店
『モーツァルト』のご主人にしたら、やはりよくご存知でした。

[ せいさん ] 2014/11/09 19:42:09 [ 削除 ] [ 通報 ]

小説を読んでいると、きっとどこかにモデルとなった喫茶店があると思うのですが、さてどこでしょう。

[ seitaro ] 2014/11/09 21:41:10 [ 削除 ] [ 通報 ]

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宮本輝 『錦繍』の舞台、夙川オアシスロードを訪ねる

『錦繍』では阪神香櫨園駅近くの「モーツァルト」という喫茶店が登場します。
<阪神電車の駅から家へと向かう道に沿って細い川が流れていましたね。あなたと正式に離婚してから二ヶ月ぐらいたった頃だったでしょうか、あなたもご存知のあの川沿いの多摩川書店が店をたたみ、そのあとに「モーツァルト」という名の喫茶店ができたのです。>


 阪神電車の駅とは、香櫨園駅。細い川とは夙川のことです。


 そうであれば多摩川書店とは夙川書店と言いたいところですが、場所が違いますし、香櫨園から下流の夙川沿いには喫茶店は実在いたしません。ここは創作の世界、でも小説の中でメインテーマが語られる重要な場となっています。
<私はそれまで殆んどクラシック音楽には興味がありませんでしたし、ご主人の言ったモーツァルトという人間の奇跡を理解する感性も素養も持っているとは思いませんでしたが、そのひとりの青年の姿と、店内に流れている静かなシンフォニイに接しているうちに、ふとひとつの言葉が頭に浮かんだのです。それは「死」という言葉でした。>

 

 喫茶店「モーツァルト」については次のように描写されています。
<「モーツァルト」は、避暑地でよく見かけるようなペンション風の造りで、外観も店内も茶色い木肌の美しさを強調して、まるで山小屋が一軒ぽつんと建っている。そんな風な喫茶店でした。>
Webで調べると岐阜県関市には外観がそっくりの喫茶モーツァルトがありました。


http://mozart7.seesaa.net/

 

 小説では香櫨園の「モーツァルト」が火災にあいます。 
<とりわけ寒い晩で、私は裏が毛皮のコートを着込むと、小走りで火の手のあがっている方向に進んで行きました。住宅街を横切り、川のところに来て小さな橋を渡ったとき、燃えているのが、間違いなく「モーツァルト」であることを認めました。夜中だというのに、たくさんの野次馬が火事の現場を取り巻いて、川沿いの道には七、八台の消防車が停まっていました。>

ここで登場する小さな橋とは、村上春樹ゆかりの「葭原橋」でしょうか。

 


それともう少し上流の香櫨園駅に近い「川添橋」でしょうか。

 

『錦繍』の亜紀の最後の手紙は次のように結ばれます。
<いつまで書いていてもきりがありません。いよいよ筆を擱くときが来たようでございます。私はこの宇宙に、不思議な法則とからくりを秘めている宇宙に、あなたと令子さんのこれからのおしあわせをお祈りいたします。この手紙を封筒に入れ、宛名を書いて切手を貼り終えたら、久し振りに、モーツァルトの三十九番シンフォニイに耳を傾けることにいたします。さようなら。お体、どうかくれぐれもお大切に。さようなら。>


 そして小川洋子さんは『錦繍』の書評、「当たり前の愛情」でも、次のように結ばれているのです。
<この小説はモーツアルトの三十九番シンフォニーが大事な役割を果たしている。秋が深まってくると私は、CDの棚からモーツアルトを、本棚から『錦繍』を取り出す。そして自分は身近な人たちに、当たり前の愛情をちゃんと注いでいるだろうか、と自問するのである。>


久しぶりに私もゆっくりコーヒーを飲みながらモーツァルトを聴いてみましょう。皆さまも秋の一日、色付いた夙川オアシスロードの散策などいかがでしょうか。


 



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小川洋子さんも愛読されていた宮本輝 『錦繍』

小川洋子さんのエッセイ集『カラーひよことコーヒー豆』に収められた「当たり前の愛情」と題されたエッセイで、宮本輝の『錦繍』について述べられています。


<毎年紅葉が色濃くなり、冬の足音が近づいてくる頃になると、宮本輝さんの『錦繍』を読み返す。初めてこの本を手に取ってから、どれくらいの月日が流れただろうか。今、私の手元にある文庫本は、日に焼けてページがすっかり変色してしまっている。
『錦繍』は、離婚した夫婦が、紅葉の美しい蔵王で十年ぶりに偶然再会するところからはじまる。>


 私の手元の文庫本も茶色くなっていますが、夙川オアシスロードの木々が紅葉し始めたのを見ると、『錦繍』を読み返します。


 香櫨園に住む、離婚した妻の勝沼亜紀が星を見るのが好きな障害児の息子清高を連れて蔵王を訪れたわけは、往復書簡の最初で述べられます。
<同じ八歳の子供と比べると二、三歳知能が遅れていますが、どいういわけか星を見るのが好きで、空気の澄んだ晴れた夜には、香櫨園の家の中庭に出て、何時間でも飽きずに夜空を眺めているほどです。父の青山のマンションに二泊して、あす西宮の香櫨園に帰るという晩、何気なく一冊の雑誌を手に取りますと、蔵王の山頂から撮影したという夜空の写真が目に入りました。あっと息を呑むほどの満天の星で、私は生まれてこのかた殆んど遠出などしたことのない清高に、何とか実際にこの星を見せてやれないものかと思ってしまったのです。>

 

 蔵王の星空は本当に美しいようで、今年も「空中さんぽ 星空さんぽ  標高1,100mの蔵王へ、ロープウェーに乗って15分間の空中散歩。 夜空に広がる星を満喫!恋人同士で二人だけの乗車も出来ちゃいます♪」というイベントが開催されていたようです。

阪神香櫨園駅からおりて、亜紀の住むあたりを散策してみましょう。

 



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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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