阪急沿線文学散歩

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村松友視『海猫屋の客』に登場する北一硝子の珈琲館

 海猫屋のマスターは自分の店ではなく、違った雰囲気を味わいたいのか他の店でもコーヒーを飲むようです。それは北一硝子三号館の美しいカフェ「北一ホール」。

<北一硝子……近ごろでは、アンノン族の人気を集め、毎日にぎわっているこんな場所に、小樽のすれっからしである自分が坐っていることを思うと、マスターは吹き出しそうになった。だが、じっと坐ってランプの炎を眺めていると、その炎の向こう側に自分でも知らない華やかな小樽が浮かんでくるような気がした。この建物は、海猫屋より大きい倉庫を改造したもので、さまざまなガラス工芸品を売っている。>

 この建物は木骨石造倉庫で、小樽軟石を使用していると説明されており、石造りの壁はイギリスの建造物を思い出させます。

 玄関を入って右手にマスターが坐っていた北一ホールがあります。

上の写真は正面が玄関で左手が北一ホールです。この通路にはは海岸まで続いていたという荷物運搬用のトロッコのレールが残されていました。

<暗い廊下をへだてた陳列場では、売り物のランプの光があらゆるガラス器具を浮き上がらせ、幻想的な景色をつくっている。マスターが坐っているのは、その隣にある珈琲館だ。入口の左手にチケット売り場があり、そこで買ったチケットをカウンターへさし出す。>

外人観光客用か入口の壁には写真入りのメニューが貼られ、自動券売機がありました。

<小樽の象徴のひとつである倉庫を利用しながら、海猫屋とはまったくちがった展開の仕方をしている北一硝子に、マスターは背中合わせの親近感をおぼえていた。同じ暗さでも、海猫屋とはちがう暗さだ……北一硝子の珈琲館でバロック音楽を聴きながら、マスターは冷めたコーヒーを啜った。そして、コーヒー・カップを持つ手をこわばらせ、ランプの炎の中を透かし見るようにした。マスターは、暗い世界の中に何かを発見したのか、そっと席を立って珈琲館を出て行った。>

167個の石油ランプがともる素晴らしい北一ホールでしたが、玄関入ってすぐ左手にも天井一面にステンドグラスが広がるCafé Bar 九番倉がありましたので、コーヒーはそちらでいただくことにしました。


白玉とアイスクリームの組み合わせのセットでしたが、美味しくいただきました。

美しい小樽の夜を満喫して帰らせていただきました。




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村松友視『海猫屋の客』の小樽・魚籃館のいま

 村松友視『海猫屋の客』で海猫屋とともに舞台となっているのが、主人公の清宮と夕美子と北方舞踏派のキクこと河島が、海猫屋のマスターに勧められて宿泊することになる魚籃館です。

上の写真は昨年閉店した、清宮が立ち寄った海猫家の現在の姿です。

駐車場には、まだ海猫屋の表示が残っていました。

 更にGoogle Earthで見てみると、2015年の海猫屋が写っていました。


 海猫屋のマスターは、潮まつりの会場で、清宮と出会い魚籃館へ誘います。

航空写真の黄色の丸で囲んだ所が海猫屋、白丸が魚籃館です。

<マスターは男がバッグをぶら下げているのを見て、そう言った。「ええ、まだ決めていないんですが」「うちへ泊ればいいべさ」「うちっていうと……」「いや、金はもらうけどね。魚籃館って面白い建物があってさ、そこへ観光客を泊めて金取っているんだ。もっとも、一泊千五百円だけどね」>
 海猫屋は昨年閉じられていましたが、面白い建物という魚籃館がいまどうなっているのか訪ねてみました。

 Google Earthで見てみると、今年まで古道具屋が一階に入っていたようです。

<男は、海猫屋のすぐ近くの魚籃館と書いた札が下がった建物の前へ来ると、名前を名乗った。マスターは、さしたる興味もなさそうにうなずき、表玄関の方へ向かおうとした清宮の肩を叩いて、建物の脇を入った。清宮は、あわててマスターのあとへつづいた。鍵のかかっていない引き戸がぎくしゃくしながら引き開けられ、一瞬、饐えたような匂いが鼻を突いた。そんなことには頓着なく、マスターは右手の階段を足早に昇り、突き当りのドアを開けて中へ入った。>

行ってみると、一階の古道具屋はなくなっており、二階にKUMONの看板が目立ちます。

二人はこの建物の間の細い道を入り、KUMONの入口になっている所から二階に上がったようです。
<この建物を魚籃館と名づけたのはマスターらしい。前堀商店という鉄鋼会社の社屋だった建物を、四年前に借りたマスターが、一階を稽古場に改造、そこで公演が成り立つような空間にした。三階の細長い屋根裏部屋を衣裳部屋とし、二階の各部屋は北方舞踏派の団員が、さまざまな使い方をしていたのだとマスターは説明した。>
昭和初期に建築されたこの建物、小樽市の歴史的建造物に指定されており、元は銅鉄商「前堀商店」の店舗兼住宅でした。

 内部の洋間には古代ギリシャ様式の柱が配されているそうですが、残念ながら中に入ることはできませんでした。

 建物の脇の細い道を中に入ってみました。

倉庫に利用されていた木骨石造の建物が奥に続いていました。

 物語はこの魚籃館に寄泊している正体不明の三人を中心に進みます。



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村松友視の小説の舞台・小樽の「海猫屋」のいま

 村松友視『海猫屋の客』は小林多喜二の小説「不在地主」のモデルとなった磯野商店の倉庫を改装した喫茶店「海猫屋」に集う人々を取り巻く物語です。小樽に住む人のノスタルジーが伝わり、哀愁が漂う小樽の街を散策するのにお勧めの小説。


 小説は夏の海猫屋の店内の様子から始まります。
<小樽はやはり雪の季節が似合っている……小樽に住む者が誰でも口にするセリフが、マスターの軀にも浮かんだ。しかし、夏場の観光客がいるからこそ、海猫屋をこうやって辛うじて維持していけるのだと思い返し、マスターは店内に貼りめぐらされたポスターをながめた。>

 小樽を訪ねた機会に「海猫屋の客」になってマスターにお会いしたいと思ったのですが、残念ながら昨年の10月末に閉店してしまったそうで、その後、「海猫屋」はどうなっているのだろうと訪ねてみました。

 レンガ造りの建物は小樽運河から少し入ったところにあり、昨年7月に小樽歴史的建造物に指定されていますが、行ってみると新しい店舗にするためか内装改造中の様子でした。


建物の由来の看板については小説にも登場します。

<海猫屋(旧磯野商店)、建築年明治三十九年(一九〇六年)、構造レンガ造三階建……建物の外に小樽観光課の札が貼りつけてあり、赤いレンガ造りの建物の由来が書き記されている。「小林多喜二の小説『不在地主』のモデルとなった磯野商店が倉庫として建てたもので、当時、一階は佐渡味噌、二階にワラジやムシロ、三階は家財道具が格納されていた。この建物の建築請負人は、だいなか中村組で、壁の構造は地震対策として二重レンガ積、屋根は防火のために瓦が用いられ、雪にも耐えられるよう一枚ずつ鉄線で固定された堅固な建物である」マスターは、店の入口脇にある建物の由来を、老婆のおつとめのように音読するのが習慣だ。>

 明治39年に建造された磯野支店倉庫に、1976年6月海猫屋が開店。喫茶店・ライブハウスとしてスタートし、小説にもあるように舞踏団の活動やアーティストが集う文化を優先した場所となったそうです。
 店主・増山誠氏は閉店にあたって記者会見し、「40年間頑張り、運河・レンガの海猫屋を大切にしてきた。次は、これまで生き方と違う生き方をしたい。何の悔いもなく、これまでのお客さんに感謝している」と述べられていたそうです。
http://otaru-journal.com/2016/09/0927-2.php

そばの小樽運河に行くと、海猫が鳴いていました。


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『時代屋の女房怪談篇』ヒロイン真弓とともに八重垣神社へ

 今回の私の出雲への旅の最終目的地である、八重垣神社、村松友視『時代屋の女房怪談篇』でもヒロイン真弓は、「八重垣神社説明概要」を手に持って訪れます。

 八重垣神社は、やまたのおろち神話の主人公である素盞鳴尊素戔嗚尊(スサノオノミコト)と稲田姫命の夫婦神を主祭神とした神社で、稲田姫命の両親に承諾を得て結ばれた二人は、正式結婚をした初めての大神とされ、縁結びに御利益がある神社です。

 

 素戔嗚尊は日本で初めて詠んだと云う短歌の歌碑、「八雲立つ 出雲八重垣妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」が境内にあります。

 

 その奥には、八重垣神社が“縁結び”に御利益がある証しでしょうか、根元は2本なのに地上で幹が1本にくっついている神秘「夫婦椿」が生えていました。

(杭が邪魔になって根元がよく見えない写真ですが)


 さらには「連理の杉松」という接木したのでしょうが、杉の木に松が生えている不思議な木もありました。

 

 

「鏡の池」と記した矢印に従って、更に奥に歩いていくと、途中に小泉八雲も「鏡の池」に興味を持っていたことが、小泉八雲ゆかりの地として掲示されていました。

 

 

『時代屋の女房怪談篇』からです。
<「八重垣神社説明概要」を手に握ったまま、真弓は鏡の森へ向かった。森へ入ると鬱蒼とした大杉によって、陽の光がさえぎられうす暗い道になっていた。地面から浮き出た木の根が、うねうねとしている様は、蛇体の這う姿に酷似していた。その根をよけて歩いて行くと、やがて鏡の池のある所へ出た。>


 この森は「佐久佐女の森」と呼ばれており、稲田姫命が八岐大蛇を避けるため、森の大杉を中心に周囲に八重垣を造って難を避けたと伝えられています。
<「これ、美容調整の御神徳って書いてあるけど……」真弓は、説明概要の文字を読み上げた。「だから、稲田姫命がこの池の水を飲料水にしたり、鏡のかわりに姿を映したりしてたんじゃないかな」「それで、鏡の池」
「その池へ、銅貨をのせた紙をのせて置いたとき、早く沈めば良縁が早くて、遅く沈めば縁が遅いって言われててね」>


皆様ためしておられました。



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『時代屋の女房』の真弓とともに小泉八雲記念館へ

 松村友視『時代屋の女房怪談篇』で松江に戻ってきたヒロイン真弓は小泉八雲記念館へ出かけます。
<真弓はホテル一畑前をしばらく歩き、宍道湖の風に吹かれた。旅へ出てからの時間は、何本もの糸がからみついて、ほどけないような気分だった。だが、そのほどけない状態のまま、もう少し時間を過ごしてみたいとという気持ちが真弓をつつんでいるのもたしかだった。ホテル一畑の前のあたりに、小泉八雲の文学碑があった。そこにたたずんでいた真弓は、あしたは小泉八雲の旧居へでも行ってみようかと思った。>

 

 一畑電車の松江しんじ湖温泉駅近くにある、宍道湖畔の千鳥南公園に「神々の首都 松江」という小泉八雲文学碑が「耳なし芳一」の像とともに建っていました。
 

小泉八雲旧居と小泉八雲記念館は松江城のお堀端に並んでいます。

 小泉セツと結婚した八雲は、松江城堀端のこの武家屋敷で暮らし始めました。

熊本へ転任するまでのわずか5ヶ月の住いでしたが、終生愛したらしく小泉八雲の「知られぬ日本の面影」第16章「日本の庭」にもこの家のことが描かれています。
 

さて真弓とともに隣の記念館に入りましょう。

 

現在は企画展「ラフカディオ・ハーンとアイルランド」が開催中でした。


<小泉八雲記念館の入口を入った右手のガラス張りの中に、八雲の机と椅子があり、せつ説明書のかわりに「セツ夫人『思い出の記』より」の文章がある。そして、その下に「八雲の身長160cm」と記してあった。真弓は、「耳なし芳一」や「雪おんな」で有名な小泉八雲については、漠然としか知らなかった。ラフカディオ・ハーンが日本へ上陸して、最初に住んだのが松江であることは、何かで読んだことがあった。そして、日本女性と結婚し小泉八雲の日本名となったことくらいは知っていたが、八雲の肉体的な特徴についてなど、これまで想像をしたこともなかった。>

 左目を失明し、右目が強度の近視だった八雲が原稿を書くために特注した脚の長い机が展示されていました。

<観光パンフレットのアウトライン的説明を頭に入れて、真弓はしばらく背の高い机と椅子のあるガラス囲いの中へ目を注いでいた。そして、八雲にちなんだ品々が展示されている奥の一室へ進んだ。>

 

<真弓は、足音を殺すようにして、ガラスケースの中に展示されている品々を、次々とながめていった。
 懐中時計、ほら貝、鉄亜鈴、近眼鏡、遠眼鏡、煙管、舟を型どった虫籠、ペン先入れ、ナイフ、毛抜き、鋏、帽子、小封筒……それらを見て先へ進みながら、真弓は時代屋の中にいる錯覚をおぼえはじめた。そこにある品々は、それがもし小泉八雲の遺品でないとしたら、取り立てて価値のあるものではなさそうだ。だが、小泉八雲のイメージをそこに重ねてみるとき、人々はさまざまな思いをそこから感じ取ることだろう。>
 時代屋の中にいる錯覚をおぼえるとは、真弓の面白い感想でした。


 因みにハーンは松江、熊本で教壇に立った後、明治27年に神戸に移り住み、英字新聞「神戸クロニクル」の記者として文筆を振るい、明治29年に帝国大学講師として東京に転居するまでの間の2年間神戸に住んでいました。

 最初は、下山手通4丁目7番地に住み、その後、同6丁目26番地、中山手通7丁目番外16番地へ転居しています。兵庫県中央労働センターは2番目に移った場所で、そこに小泉八雲旧居跡という石碑が建てられていました。

 

兵庫県中央労働センターのロビーには小泉八雲のコーナーが設けられています。
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村松友視『時代屋の女房怪談篇』安っさんと出雲大社へ

『RAILWAYS』の一畑電車に乗って出雲大社前駅に到着です。

昭和5年に建てられ、国の登録文化財にも指定されている駅舎の内側は、白く塗られた内壁に高い天井、窓はステンドグラスになっており、温もりを感じる建物です。

外から見た駅舎です。

 

 出雲大社で再び『時代屋の女房』の安っさん、マスター、今井さんのご一行に合流です。
<「とりあえず、出雲大社へ寄って行こか……」マスターは、ふり向きざまにそう言って、出雲大社の入口へ向かって歩き始めた。>
 出雲大社前駅から神門通りを少し歩くと、勢溜にある木造の大鳥居に到着しま  す。


 昔、ここでは、市が立ったり、芝居小屋、見世物小屋が来たりして人が集まっでいたので、「人の勢いが集まり溜まる場所」ということで「勢溜」と言うそうです。

 

 参道を歩くと、一番最初に右側に見えてくるのが「祓社」という小さなお社ですが、ここは丁度修造中でした。松の下り参道を進んで祓橋をわたると鉄製の鳥居があります。

<本殿の方へ向かって、まつの巨木が並木になっていた。下は砂利で、歩調のちがう三人の足音が、不規則に耳にひびいた。歩き進むにつれて、両脇の松の木が巨木な老木となっていった。>


 松並木の左手に縁むすびの碑があり、境内に幾つもある「うさぎ」が遊んでいます。

 

参道の最後の銅鳥居をくぐると、目の前が拝殿です。


現在も、60年ぶりとなる「平成の大遷宮」が続いており、全てのお社の改修、遷宮が終了するのは来年3月の予定とのこと。
<三人は、観光パンフレットにしたがって、出雲大社を見物した。青銅鳥居、拝殿、八足門、楼門、本殿、東西十九社、釜社、素鵞社、氏社、神祜殿……いずれも圧倒されるほどの壮大さで、安さんはいまひとつ爪がかからない気がした。だが、今井さんとマスターは、そのいちいちに律儀に感心し唸りながら先へ進んだ。>

八足門から本殿の北側に廻りました。

 本殿の修造は、平成24年に完了し、新しく生まれ変わった本殿を外から見ることができました。


 出雲大社の本殿の後方には隠れパワースポットと呼ばれ、素戔鳴尊を祀っている素鵞社がありますが、こちらは修造工事も終わり遷宮が7月末に執り行われたそうです。

出雲大社の参拝を終え、再び松江に戻ります。



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人生のスイッチバック(小林弘利『RAILWAYS』一畑口駅)

 松江から出雲大社への移動は『RAILWAYS』の舞台となった一畑電車です、
“映画『RAILWAYS』に込めた思い”と題して、錦織良成監督が明治45年に創立された一畑電車について次のように説明しています。


<そもそもは一畑薬師(正式名称は一畑寺、目のお薬師様として全国から参拝客が訪れていた)へお参りする参詣者輸送の目的もあって開業されたといいます。当時、宍道湖の南側には鉄道省が敷設した路線が開通しており、一畑薬師のある北側にも鉄道をということで、地元の有志が集まって鉄道を走らせたということです。>


現在は一畑寺駅は無くなり、手前の一畑口駅で電車はスイッチバックします。

<現在、一畑口駅(映画のラストシーンでもこの駅で主人公が人生のスイッチバックをします)で、平地ながら電車がスイッチバックして方向転換するのは、実は戦前までこの路線が一畑薬師まで延びていたことの名残です。スイッチバックの線路の先にはかつては、「一畑駅」があり、そこから千三百段の階段を上がって参詣者は一畑薬師にお参りしていたそうです。>


車内から見た一畑口駅プラットホームです。

 

 運転席から見た、昔一畑駅まであった線路。草むらのところで線路は無くなります。
<第二次大戦さなかの1944年、日本全国のありとあらゆる金属が武器調達のためにかき集められたとき、一畑電車のレールや鉄柱や架線などもそのあおりを受けて供出されたようです。戦後になっても一畑口駅から一畑駅へ続く路線は復活することはありませんでしたが、それ以外の残った路線は地元の人々の足として無くてはならない存在として電車を走らせ続けてきたのです。>

 このお話や映画に関する楽しいお話は、車内で女性車掌さんからも聞かせていただきました。

 

 小説の中では、人生のスイッチバックが次のように書かれていました。


<人はきっと「ただの夢」と言って自分の中で否定してしまうようなことでも、それを現実のものにしていけるだろう。そうしようと決意すれば、そちらに向けて一歩を踏み出せば。そこに切り換えポイントがあり、それは自分の手で動かすことができるんだと、気づきさえすれば。>


映画のラストシーンです。

一畑駅で中井貴一と高島礼子が演ずる夫婦。


何度見ても、身につまされるところの有る感動的な物語でした。



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小林弘利著『RAILWAYS』の一畑電車デハニ50形車両

 中井貴一主演でヒットした映画『RAILWAYS』は、錦織良成監督の原案をもとに、小林弘敏によってノベライズされた文庫本が出版されています。


 その最後に、錦織良成が「映画『RAILWAYS』に込めた思い」と題して、次のように述べています。

<一畑電車を「主人公」にした映画を撮ろうと決意したのは、いまから十年前のことでした。日本の原風景のような美しい景色が広がる沿線。遮るものがなにもないどこまでも続く田園。そのなかを寡黙に走り続ける日本最古級の電車。何十年間も風雪に耐え、戦火もくぐり抜け、終戦直後には復員兵も運んだこともある「デハニ50形」電車がいまも走り続けているという事実が、とてもいとおしく思えたからです。>

 このデハニ50形・52号車が終点の出雲大社前駅に展示されていました。

 

 説明パネルを読むと、1928年〜1929年に一畑電車のオリジナル車両として合計4両が製造され、2009年3月に現役引退。その後映画「RAILWAYS」撮影の為に2009年8月の1ヶ月間、再び営業線上を走行。映画公開に合わせて出雲大社駅前に展示するようになったとのこと。

 


車内に入ると、映画『RAILWAS』のパネルが展示されています。


錦織良成監督は次のように映画の説明をしていました。
<2009年二月のさよなら運転をもって運行を終了したデハニ50形の車輌は1928年に製造された一畑電車のオリジナル車輌ですが、オレンジ色に塗られたそのレトロな姿はいまもノスタルジックな思いをかきたててくれますので、ぜひご覧いただければ幸いです。>

車両の中の座席もノスタルジックな雰囲気が溢れています。

 

『RAYLWAYS』の49歳の主人公・筒井肇は大手家電メーカーの経営企画室長で、取締役への昇進が内定しながらも、自分の子供の頃の夢だった「一畑電車の運転士になる」ことを実現すべく会社を退職し、一畑電車に中途入社します。

 


小説では肇が初めて運転席に座った日のことが活き活きと描写されていました。
<いよいよ、肇が運転席に座る日がやってきた。空は快晴。風もほとんどなく、まさに電車運行日和といえそうな、うららかな日であった。車両の前に立ち、パンタグラフが上昇していくのを、肇は緊張した顔で見守っている。パンタグラフがちゃんと所定の位置にセットされると、彼は「うん」とひとつ自分に頷く。「前面よし、行き先、電鉄出雲市よし、パンタグラフ上昇よし」肇は決められた手順を守って運転席へ乗り込んでいくと、さらに指差し確認を続ける。「社内よし、車外よし、ドア閉じ位置よし、定位よし」張り切っている肇を指導員の福島は頼もしそうに見守っていた。>

 

<二十歳そこそこの青二才とはやはり風格が違う。「出発進行!」肇は定刻きっかりに宣言し、マスコンをゆっくりと前方に押し倒していた。>

さあ出発です。



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出雲大社までの『RAILWAYS』一畑電車で「てつたび」に出会う

 村松友視の『時代屋の女房怪談篇』から松江の紹介をしてきましたが、私は次の目的地出雲大社へは『RAILWAYS』の一畑電車で移動です。

 

 

松江しんじ湖温泉駅前には、今もRAILWAYSの垂れ幕がかかっていました。


2輌編成の可愛い列車で出発です。


車窓にはしばらく宍道湖の景色が続きます。

 

隣の車輌で何やらTV局の撮影が始まりました。


しばらく思い出せませんでしたが、あの丸っこい顔と体は鉄道写真家の中井精也さんではないですか。


帰って調べてみると、月一回NHKBSプレミアムで放映されている「中井精也のてつたび!」 でした。

今回の収録分は10月22日(木)19:30から放送されるようです。


鉄道写真家中井精也公式ブログ1日1鉄の9月18日のブログに一畑電車の写真がありました。
http://railman.cocolog-nifty.com/

さすがプロの写真家です。



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松江の珈琲館で一人物思いに耽る安さん(『時代屋の女房 怪談篇』)

 松江の町をぶらぶら散策していると、安さんお勧めの喫茶店を発見。


『時代屋の女房 怪談篇』からです。
<小泉八雲の文学碑の前に立っていた女が、どこか真弓に似ているような気がした。だが、昼間から何度もそんな感じをおぼえた瞬間があり、誰を見ても真弓にかさなってしまう自分を苦々しく思い、安さんは「京橋のたもとの珈琲館」と、タクシーの運転手に行先を告げた。>

 川のほとりにたたずむレンガ造りの珈琲館、創業40年の珈琲専門店とのこと。私も早速入ってみました。


 珈琲館でコーヒーを頼んだ安さんは、東京に残してきた猫のアブサンを思い出し、世話を頼んできたユキちゃんに電話するため席を立ちます。
<電話を終えて席へ戻ると、コーヒー・カップに銀色の蓋がしてあった。コーヒーを運んだとたんに席をたったので、冷めないようにそうしたのだろう。(サンライズあたりにはない芸だな……)そう思ってコーヒーを啜ると、特別な注文をしたわけではなかったが、やはりサンライスのコーヒーとはまるでちがった味のようだった。>

お勧めどおりのコクと苦味の調和のとれた自家焙煎コーヒーでした。


<レンガ造りの建物に蔦が這い、入口の脇にはコーヒーをローストする部屋がガラス張りになっている。>

入口のガラス張りの焙煎室です。


<常連らしい客たちの中には、いかにもコーヒー好きらしい初老の紳士などがまじっていた。コーヒーと入れ替りに席を立つのは、おそらくこの店らしからぬふるまいだが、その客のコーヒーを冷まさない用具をちゃんと用意しているところに、この店の気概が察せられるようだった。>
店内もコーヒーが楽しめる落着いた雰囲気です。
<京橋川の水面が、かすかにゆれて流れていた。安さんは、コーヒーを啜りながら、川面にぼんやりと目を投げていた。>


 窓から見えるのは「京橋川」という名前の堀川と京橋です。
安さんはこの席でぼんやりしていたのでしょうか。



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松江、時々仕事で行きますが、道を歩く人の少ない街です。この店横を通ったことありますが、今度は入ってみます。

[ ふく ] 2015/09/27 7:37:38 [ 削除 ] [ 通報 ]

松江は、観光地としてはよく整備された町だと思いますが、他の観光地と比べて、人出は少ないので、ゆっくり町歩きできました。バーは「山小舎」がお勧めです。

[ seitaro ] 2015/09/27 8:01:50 [ 削除 ] [ 通報 ]

松江といえばこの曲

JR松江駅では“雨の日限定”で、松江市在住のミュージシャ浜田真理子さんの「水の都に雨が降る」がBGMとして流れます。
歌詞の中には「松江に雨が降る」「古き水の都」「傘をすぼめひとり バス乗る」などなど、
優しい雨が松江の町並みに降る情景を歌っています。

■水の都に雨が降る−浜田真理子

https://www.youtube.com/watch?v=-XWTTK-RTG8

[ 笹舟倶楽部 ] 2015/09/27 14:56:03 [ 削除 ] [ 通報 ]

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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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