阪急沿線文学散歩

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『時代屋の女房怪談篇』ヒロイン真弓とともに八重垣神社へ

 今回の私の出雲への旅の最終目的地である、八重垣神社、村松友視『時代屋の女房怪談篇』でもヒロイン真弓は、「八重垣神社説明概要」を手に持って訪れます。

 八重垣神社は、やまたのおろち神話の主人公である素盞鳴尊素戔嗚尊(スサノオノミコト)と稲田姫命の夫婦神を主祭神とした神社で、稲田姫命の両親に承諾を得て結ばれた二人は、正式結婚をした初めての大神とされ、縁結びに御利益がある神社です。

 

 素戔嗚尊は日本で初めて詠んだと云う短歌の歌碑、「八雲立つ 出雲八重垣妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」が境内にあります。

 

 その奥には、八重垣神社が“縁結び”に御利益がある証しでしょうか、根元は2本なのに地上で幹が1本にくっついている神秘「夫婦椿」が生えていました。

(杭が邪魔になって根元がよく見えない写真ですが)


 さらには「連理の杉松」という接木したのでしょうが、杉の木に松が生えている不思議な木もありました。

 

 

「鏡の池」と記した矢印に従って、更に奥に歩いていくと、途中に小泉八雲も「鏡の池」に興味を持っていたことが、小泉八雲ゆかりの地として掲示されていました。

 

 

『時代屋の女房怪談篇』からです。
<「八重垣神社説明概要」を手に握ったまま、真弓は鏡の森へ向かった。森へ入ると鬱蒼とした大杉によって、陽の光がさえぎられうす暗い道になっていた。地面から浮き出た木の根が、うねうねとしている様は、蛇体の這う姿に酷似していた。その根をよけて歩いて行くと、やがて鏡の池のある所へ出た。>


 この森は「佐久佐女の森」と呼ばれており、稲田姫命が八岐大蛇を避けるため、森の大杉を中心に周囲に八重垣を造って難を避けたと伝えられています。
<「これ、美容調整の御神徳って書いてあるけど……」真弓は、説明概要の文字を読み上げた。「だから、稲田姫命がこの池の水を飲料水にしたり、鏡のかわりに姿を映したりしてたんじゃないかな」「それで、鏡の池」
「その池へ、銅貨をのせた紙をのせて置いたとき、早く沈めば良縁が早くて、遅く沈めば縁が遅いって言われててね」>


皆様ためしておられました。




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『時代屋の女房』の真弓とともに小泉八雲記念館へ

 松村友視『時代屋の女房怪談篇』で松江に戻ってきたヒロイン真弓は小泉八雲記念館へ出かけます。
<真弓はホテル一畑前をしばらく歩き、宍道湖の風に吹かれた。旅へ出てからの時間は、何本もの糸がからみついて、ほどけないような気分だった。だが、そのほどけない状態のまま、もう少し時間を過ごしてみたいとという気持ちが真弓をつつんでいるのもたしかだった。ホテル一畑の前のあたりに、小泉八雲の文学碑があった。そこにたたずんでいた真弓は、あしたは小泉八雲の旧居へでも行ってみようかと思った。>

 

 一畑電車の松江しんじ湖温泉駅近くにある、宍道湖畔の千鳥南公園に「神々の首都 松江」という小泉八雲文学碑が「耳なし芳一」の像とともに建っていました。
 

小泉八雲旧居と小泉八雲記念館は松江城のお堀端に並んでいます。

 小泉セツと結婚した八雲は、松江城堀端のこの武家屋敷で暮らし始めました。

熊本へ転任するまでのわずか5ヶ月の住いでしたが、終生愛したらしく小泉八雲の「知られぬ日本の面影」第16章「日本の庭」にもこの家のことが描かれています。
 

さて真弓とともに隣の記念館に入りましょう。

 

現在は企画展「ラフカディオ・ハーンとアイルランド」が開催中でした。


<小泉八雲記念館の入口を入った右手のガラス張りの中に、八雲の机と椅子があり、せつ説明書のかわりに「セツ夫人『思い出の記』より」の文章がある。そして、その下に「八雲の身長160cm」と記してあった。真弓は、「耳なし芳一」や「雪おんな」で有名な小泉八雲については、漠然としか知らなかった。ラフカディオ・ハーンが日本へ上陸して、最初に住んだのが松江であることは、何かで読んだことがあった。そして、日本女性と結婚し小泉八雲の日本名となったことくらいは知っていたが、八雲の肉体的な特徴についてなど、これまで想像をしたこともなかった。>

 左目を失明し、右目が強度の近視だった八雲が原稿を書くために特注した脚の長い机が展示されていました。

<観光パンフレットのアウトライン的説明を頭に入れて、真弓はしばらく背の高い机と椅子のあるガラス囲いの中へ目を注いでいた。そして、八雲にちなんだ品々が展示されている奥の一室へ進んだ。>

 

<真弓は、足音を殺すようにして、ガラスケースの中に展示されている品々を、次々とながめていった。
 懐中時計、ほら貝、鉄亜鈴、近眼鏡、遠眼鏡、煙管、舟を型どった虫籠、ペン先入れ、ナイフ、毛抜き、鋏、帽子、小封筒……それらを見て先へ進みながら、真弓は時代屋の中にいる錯覚をおぼえはじめた。そこにある品々は、それがもし小泉八雲の遺品でないとしたら、取り立てて価値のあるものではなさそうだ。だが、小泉八雲のイメージをそこに重ねてみるとき、人々はさまざまな思いをそこから感じ取ることだろう。>
 時代屋の中にいる錯覚をおぼえるとは、真弓の面白い感想でした。


 因みにハーンは松江、熊本で教壇に立った後、明治27年に神戸に移り住み、英字新聞「神戸クロニクル」の記者として文筆を振るい、明治29年に帝国大学講師として東京に転居するまでの間の2年間神戸に住んでいました。

 最初は、下山手通4丁目7番地に住み、その後、同6丁目26番地、中山手通7丁目番外16番地へ転居しています。兵庫県中央労働センターは2番目に移った場所で、そこに小泉八雲旧居跡という石碑が建てられていました。

 

兵庫県中央労働センターのロビーには小泉八雲のコーナーが設けられています。
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村松友視『時代屋の女房怪談篇』安っさんと出雲大社へ

『RAILWAYS』の一畑電車に乗って出雲大社前駅に到着です。

昭和5年に建てられ、国の登録文化財にも指定されている駅舎の内側は、白く塗られた内壁に高い天井、窓はステンドグラスになっており、温もりを感じる建物です。

外から見た駅舎です。

 

 出雲大社で再び『時代屋の女房』の安っさん、マスター、今井さんのご一行に合流です。
<「とりあえず、出雲大社へ寄って行こか……」マスターは、ふり向きざまにそう言って、出雲大社の入口へ向かって歩き始めた。>
 出雲大社前駅から神門通りを少し歩くと、勢溜にある木造の大鳥居に到着しま  す。


 昔、ここでは、市が立ったり、芝居小屋、見世物小屋が来たりして人が集まっでいたので、「人の勢いが集まり溜まる場所」ということで「勢溜」と言うそうです。

 

 参道を歩くと、一番最初に右側に見えてくるのが「祓社」という小さなお社ですが、ここは丁度修造中でした。松の下り参道を進んで祓橋をわたると鉄製の鳥居があります。

<本殿の方へ向かって、まつの巨木が並木になっていた。下は砂利で、歩調のちがう三人の足音が、不規則に耳にひびいた。歩き進むにつれて、両脇の松の木が巨木な老木となっていった。>


 松並木の左手に縁むすびの碑があり、境内に幾つもある「うさぎ」が遊んでいます。

 

参道の最後の銅鳥居をくぐると、目の前が拝殿です。


現在も、60年ぶりとなる「平成の大遷宮」が続いており、全てのお社の改修、遷宮が終了するのは来年3月の予定とのこと。
<三人は、観光パンフレットにしたがって、出雲大社を見物した。青銅鳥居、拝殿、八足門、楼門、本殿、東西十九社、釜社、素鵞社、氏社、神祜殿……いずれも圧倒されるほどの壮大さで、安さんはいまひとつ爪がかからない気がした。だが、今井さんとマスターは、そのいちいちに律儀に感心し唸りながら先へ進んだ。>

八足門から本殿の北側に廻りました。

 本殿の修造は、平成24年に完了し、新しく生まれ変わった本殿を外から見ることができました。


 出雲大社の本殿の後方には隠れパワースポットと呼ばれ、素戔鳴尊を祀っている素鵞社がありますが、こちらは修造工事も終わり遷宮が7月末に執り行われたそうです。

出雲大社の参拝を終え、再び松江に戻ります。



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人生のスイッチバック(小林弘利『RAILWAYS』一畑口駅)

 松江から出雲大社への移動は『RAILWAYS』の舞台となった一畑電車です、
“映画『RAILWAYS』に込めた思い”と題して、錦織良成監督が明治45年に創立された一畑電車について次のように説明しています。


<そもそもは一畑薬師(正式名称は一畑寺、目のお薬師様として全国から参拝客が訪れていた)へお参りする参詣者輸送の目的もあって開業されたといいます。当時、宍道湖の南側には鉄道省が敷設した路線が開通しており、一畑薬師のある北側にも鉄道をということで、地元の有志が集まって鉄道を走らせたということです。>


現在は一畑寺駅は無くなり、手前の一畑口駅で電車はスイッチバックします。

<現在、一畑口駅(映画のラストシーンでもこの駅で主人公が人生のスイッチバックをします)で、平地ながら電車がスイッチバックして方向転換するのは、実は戦前までこの路線が一畑薬師まで延びていたことの名残です。スイッチバックの線路の先にはかつては、「一畑駅」があり、そこから千三百段の階段を上がって参詣者は一畑薬師にお参りしていたそうです。>


車内から見た一畑口駅プラットホームです。

 

 運転席から見た、昔一畑駅まであった線路。草むらのところで線路は無くなります。
<第二次大戦さなかの1944年、日本全国のありとあらゆる金属が武器調達のためにかき集められたとき、一畑電車のレールや鉄柱や架線などもそのあおりを受けて供出されたようです。戦後になっても一畑口駅から一畑駅へ続く路線は復活することはありませんでしたが、それ以外の残った路線は地元の人々の足として無くてはならない存在として電車を走らせ続けてきたのです。>

 このお話や映画に関する楽しいお話は、車内で女性車掌さんからも聞かせていただきました。

 

 小説の中では、人生のスイッチバックが次のように書かれていました。


<人はきっと「ただの夢」と言って自分の中で否定してしまうようなことでも、それを現実のものにしていけるだろう。そうしようと決意すれば、そちらに向けて一歩を踏み出せば。そこに切り換えポイントがあり、それは自分の手で動かすことができるんだと、気づきさえすれば。>


映画のラストシーンです。

一畑駅で中井貴一と高島礼子が演ずる夫婦。


何度見ても、身につまされるところの有る感動的な物語でした。



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小林弘利著『RAILWAYS』の一畑電車デハニ50形車両

 中井貴一主演でヒットした映画『RAILWAYS』は、錦織良成監督の原案をもとに、小林弘敏によってノベライズされた文庫本が出版されています。


 その最後に、錦織良成が「映画『RAILWAYS』に込めた思い」と題して、次のように述べています。

<一畑電車を「主人公」にした映画を撮ろうと決意したのは、いまから十年前のことでした。日本の原風景のような美しい景色が広がる沿線。遮るものがなにもないどこまでも続く田園。そのなかを寡黙に走り続ける日本最古級の電車。何十年間も風雪に耐え、戦火もくぐり抜け、終戦直後には復員兵も運んだこともある「デハニ50形」電車がいまも走り続けているという事実が、とてもいとおしく思えたからです。>

 このデハニ50形・52号車が終点の出雲大社前駅に展示されていました。

 

 説明パネルを読むと、1928年〜1929年に一畑電車のオリジナル車両として合計4両が製造され、2009年3月に現役引退。その後映画「RAILWAYS」撮影の為に2009年8月の1ヶ月間、再び営業線上を走行。映画公開に合わせて出雲大社駅前に展示するようになったとのこと。

 


車内に入ると、映画『RAILWAS』のパネルが展示されています。


錦織良成監督は次のように映画の説明をしていました。
<2009年二月のさよなら運転をもって運行を終了したデハニ50形の車輌は1928年に製造された一畑電車のオリジナル車輌ですが、オレンジ色に塗られたそのレトロな姿はいまもノスタルジックな思いをかきたててくれますので、ぜひご覧いただければ幸いです。>

車両の中の座席もノスタルジックな雰囲気が溢れています。

 

『RAYLWAYS』の49歳の主人公・筒井肇は大手家電メーカーの経営企画室長で、取締役への昇進が内定しながらも、自分の子供の頃の夢だった「一畑電車の運転士になる」ことを実現すべく会社を退職し、一畑電車に中途入社します。

 


小説では肇が初めて運転席に座った日のことが活き活きと描写されていました。
<いよいよ、肇が運転席に座る日がやってきた。空は快晴。風もほとんどなく、まさに電車運行日和といえそうな、うららかな日であった。車両の前に立ち、パンタグラフが上昇していくのを、肇は緊張した顔で見守っている。パンタグラフがちゃんと所定の位置にセットされると、彼は「うん」とひとつ自分に頷く。「前面よし、行き先、電鉄出雲市よし、パンタグラフ上昇よし」肇は決められた手順を守って運転席へ乗り込んでいくと、さらに指差し確認を続ける。「社内よし、車外よし、ドア閉じ位置よし、定位よし」張り切っている肇を指導員の福島は頼もしそうに見守っていた。>

 

<二十歳そこそこの青二才とはやはり風格が違う。「出発進行!」肇は定刻きっかりに宣言し、マスコンをゆっくりと前方に押し倒していた。>

さあ出発です。



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出雲大社までの『RAILWAYS』一畑電車で「てつたび」に出会う

 村松友視の『時代屋の女房怪談篇』から松江の紹介をしてきましたが、私は次の目的地出雲大社へは『RAILWAYS』の一畑電車で移動です。

 

 

松江しんじ湖温泉駅前には、今もRAILWAYSの垂れ幕がかかっていました。


2輌編成の可愛い列車で出発です。


車窓にはしばらく宍道湖の景色が続きます。

 

隣の車輌で何やらTV局の撮影が始まりました。


しばらく思い出せませんでしたが、あの丸っこい顔と体は鉄道写真家の中井精也さんではないですか。


帰って調べてみると、月一回NHKBSプレミアムで放映されている「中井精也のてつたび!」 でした。

今回の収録分は10月22日(木)19:30から放送されるようです。


鉄道写真家中井精也公式ブログ1日1鉄の9月18日のブログに一畑電車の写真がありました。
http://railman.cocolog-nifty.com/

さすがプロの写真家です。



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松江の珈琲館で一人物思いに耽る安さん(『時代屋の女房 怪談篇』)

 松江の町をぶらぶら散策していると、安さんお勧めの喫茶店を発見。


『時代屋の女房 怪談篇』からです。
<小泉八雲の文学碑の前に立っていた女が、どこか真弓に似ているような気がした。だが、昼間から何度もそんな感じをおぼえた瞬間があり、誰を見ても真弓にかさなってしまう自分を苦々しく思い、安さんは「京橋のたもとの珈琲館」と、タクシーの運転手に行先を告げた。>

 川のほとりにたたずむレンガ造りの珈琲館、創業40年の珈琲専門店とのこと。私も早速入ってみました。


 珈琲館でコーヒーを頼んだ安さんは、東京に残してきた猫のアブサンを思い出し、世話を頼んできたユキちゃんに電話するため席を立ちます。
<電話を終えて席へ戻ると、コーヒー・カップに銀色の蓋がしてあった。コーヒーを運んだとたんに席をたったので、冷めないようにそうしたのだろう。(サンライズあたりにはない芸だな……)そう思ってコーヒーを啜ると、特別な注文をしたわけではなかったが、やはりサンライスのコーヒーとはまるでちがった味のようだった。>

お勧めどおりのコクと苦味の調和のとれた自家焙煎コーヒーでした。


<レンガ造りの建物に蔦が這い、入口の脇にはコーヒーをローストする部屋がガラス張りになっている。>

入口のガラス張りの焙煎室です。


<常連らしい客たちの中には、いかにもコーヒー好きらしい初老の紳士などがまじっていた。コーヒーと入れ替りに席を立つのは、おそらくこの店らしからぬふるまいだが、その客のコーヒーを冷まさない用具をちゃんと用意しているところに、この店の気概が察せられるようだった。>
店内もコーヒーが楽しめる落着いた雰囲気です。
<京橋川の水面が、かすかにゆれて流れていた。安さんは、コーヒーを啜りながら、川面にぼんやりと目を投げていた。>


 窓から見えるのは「京橋川」という名前の堀川と京橋です。
安さんはこの席でぼんやりしていたのでしょうか。



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松江、時々仕事で行きますが、道を歩く人の少ない街です。この店横を通ったことありますが、今度は入ってみます。

[ ふく ] 2015/09/27 7:37:38 [ 削除 ] [ 通報 ]

松江は、観光地としてはよく整備された町だと思いますが、他の観光地と比べて、人出は少ないので、ゆっくり町歩きできました。バーは「山小舎」がお勧めです。

[ seitaro ] 2015/09/27 8:01:50 [ 削除 ] [ 通報 ]

松江といえばこの曲

JR松江駅では“雨の日限定”で、松江市在住のミュージシャ浜田真理子さんの「水の都に雨が降る」がBGMとして流れます。
歌詞の中には「松江に雨が降る」「古き水の都」「傘をすぼめひとり バス乗る」などなど、
優しい雨が松江の町並みに降る情景を歌っています。

■水の都に雨が降る−浜田真理子

https://www.youtube.com/watch?v=-XWTTK-RTG8

[ 笹舟倶楽部 ] 2015/09/27 14:56:03 [ 削除 ] [ 通報 ]

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『時代家の女房 怪談篇』の松本そば店が『だんだん』で復活

『時代家の女房 怪談篇』で真弓は中海で出会った男と美保関に行った後、松江に戻り、出雲そばを食べに行きます。
<「ここはね、絶対に旨いはずだから」
天満宮の前から高架をくぐって寺町へ向うと、すぐに左側に「松本そば」という蕎麦屋があった。松江へ戻って出雲そばを食べようと提案した男は、まっすぐにそこまでやって来た。>

(写真は松江天神町の白潟天満宮)

 

<松本そばは、ごく小さな目立たない店だったが、ここは旨いという男の言葉が、入る前からすでに力強く真弓を納得させていた。>
 私も小説に登場する松本そば店の出雲そばを食べてみようと探しましたが、百六十年続いた寺町のお店は、残念ながら平成十一年に閉店されたとの事。
しかし松本そば店で更に調べると、あのNHK朝ドラ『だんだん』で登場した「松本そば店」が寺町のすぐ近く、白潟本町のスティックビル1階にオープンしていることを知りました。しかも閉店してしまった伝統ある松本そば店で修業し、現在は独立し、二店舗を松江市内で展開している「一色庵」の店主がその営業を担うことになったとのことで、味は引き継がれているようです。

 早速スティックビル1階の松本そば店を訪ねてみました。

 

ビルの外からは分かりませんでしたが、なるほど店の中央にNHK『だんだん』のセットがそのまま移され、そこで食べることもできるようになっていました。

 


店内には「だんだん」で使用された劇中の小道具がそのまま配置されています。


茉奈 佳奈の色紙も壁に掲けられていました。

『時代屋の女房 怪談篇』の松本そば店は次のように描かれています。

<店へ入ると、客は座敷の方に一組いるだけだった。そこを通り越し、小さな庭の脇へ迫り出したような席へ二人は坐った。「わりご二つ」>


 最初から蕎麦湯が出されるのは小説通りです。


<まず、蕎麦湯が出された。それを飲むと、胃壁にあたたかい湿布をしているような、やさしい感触をおぼえた。蕎麦湯によって、ゆうべのハイボールが身体からにじみ出る感じもあり、ふと、トランペットの「ゴッド・ファーザー」が甦った。」>
相当なこじつけにも思われますが、村松友視の実感だったのでしょう。

<かなり時が経ってから、三段がさねの「わりご」が出た。海苔、鰹節、ネギ、それに大根おろしが山盛りにされた皿があらかじめ出ていて、それが薬味だ。男は蕎麦の上へその薬味をふんだんに、つゆを注いだ。真弓も、男にしたがってつゆをかけ、ひとくち啜って、「おいしい!」低い声で叫んだ。すると、男は満足げにうなずき、二段目のそばにかかった。真弓も、それに追いついた。「もう二つずつ、いきますか……」三段目までいく前に、男がそう言ったので、真弓はあわててうなずいた。>
ここまで美味しそうに表現されていたので、わざわざ「松本そば」を探して訪ねたのです。

今回頼んだ三味割子そば。蕎麦の風味、ちょっと辛めのだし、期待に違わぬ味でした。



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『時代家の女房 怪談篇』安さんと玉造温泉・玉作湯神社へ

『時代家の女房』一作目でも登場する喫茶店「サンライズのマスター」(津川雅彦)とクリーニング店の今井さん(大坂志郎)と安さん(渡瀬恒彦)の三人は、どっかへ旅しようと積み立てていた金を使って、真弓の追跡に玉造温泉にやってきます。


 発端は真弓が出雲へ行ってしまったと聞いたクリーニング店の今井さんが、玉造温泉へ行ってみようと言い出したからです。
<「とにかく、今井さんの顔立てて玉造温泉へやって来た、これでええやないか」マスターは、今井さんの顔をのぞき込み、言い諭すような調子で言った。「この保性館が取れたしあわせをやな、少しは味わってほしいわ」「そりゃわかるけどさ、とにかくこれは真弓ちゃんを追っかける旅だってことが眼目なんだから、そこんとこを忘れちまうとえらいことだって言ってるのさ」>
 御一行が選んだ玉造温泉の保性館は実在していました。

 開業300年以上の歴史を持つ老舗旅館だそうで、玉湯川沿いに歩いていると、昭和天皇も泊られた「幽泉閣・紅梅閣」という日本家屋が見えました。


 今回私は松江からバスで玉造温泉に向かい、玉作湯神社を訪ねたのですが、小説でもこの神社が紹介されています。


<玉造温泉駅前からバスで九分ほど行って、そこから五分ほど歩けば、玉作湯神社がある。したがって保性館からは近い玉湯川上流の木立のなかだ。祭神は櫛明玉命で、出雲神話によれば、須佐之命が天照大神に献じた三種の神器のひとつ、八尺勾玉を奉った神様だという。>

 鳥居をくぐり石段を登っていくと、この石灯籠と狛犬の左手に収蔵庫がありました。

 

<境内の古代住居を模した収蔵庫には、付近から出土した勾玉、管玉、古代ガラス、玉をといだ砥石などが保管されている……仲居が、どこか見物に行く場所はないかという今井さんの質問に、さっきの今井さんと同じように、何かを暗記したのをなぞって答えたらしいのがおかしかった。>

 

石段を登り切って本殿に到着。

 

社殿は大社造りで、歴史を感じる神社です。(本殿後ろから)

 

 小説では触れられていませんが、玉作湯神社には、触って祈れば願いが叶うと言われる『願い石』があり、多くの人が訪れています。


「たまなび」で次のように解説されていました。
<古代からこの地方は“まがたま”の生産が盛んだったことから“玉作信仰”も盛んだったそうです。ある日、そんな村人の前に山からまぁるい自然石が現れたのです。誰かが削ったわけでもなく初めからまぁるい自然石が山から現れることは普通ありえない(自然石は川などの水流か人の手によって丸くなるらしい)事から、村人は「石の神様の御神体が現れた」とたいそう喜び神社にお奉りしたそうです。そして、良い原石が発掘されたり、良い“まがたま”ができた時にはこの石に奉納したり、この石に触れながらお願い事をしていたのだとか。>

 

 玉湯川沿いを歩くと、古代から玉造に伝わる「出雲型勾玉」を受け継ぐというパワーストーン専門店がいくつかありました。


マスターと今井さんがこんな話をしています。
<「メノウに勾玉か……ひとつくらい買うて帰るかな」「マスター、誰にプレゼントするんですか」「プレゼントの相手くらいゴマンといるがな。今井さんも、奥さんにどないや」>

店に入ると、家人は一人でストラップの勾玉を選んでおりました。



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村松友視『時代屋の女房 怪談篇』を携え松江へ

 娘たちと訪ねたのは何年前のことでしょう。久方ぶりに松江・出雲に出かけました。列車の中で読んでいったのは『時代屋の女房 怪談篇』。

 

 映画化された一作目で夏目雅子が演じた真弓が、怪談篇では「あたし、出雲あたりに行って来たいんだけどかまわない?」と珍しくわざわざ断わって、一人旅に出かけます。


 三作目の怪談篇は、直木賞を受賞した一作目『時代屋の女房』程、小説としての評価は高くはないでしょうが、現代の怪談に松江・出雲の観光案内が組み合わされ、ここを旅する者にとって、とても面白い読み物となっています。しばらく真弓と彼女を追いかけてきた安さんと共に、松江・出雲を歩いてみましょう。


 私はJRで松江まで出かけましたが、東京からの真弓は飛行機で米子空港へ、そこからタクシーで松江に向かい、途中で中海の廃船の景色に驚き、車を停め、しばらく茫然と眺めることになります。
 怪談篇が出版されたのは1986年、今から30年近く前のことです。当時は中海の大根島沖に砂の堆積を防ぐため十二、三隻の廃船が沈められていたようで、廃船の情景に惹かれ、シャッターを切る写真家が後を断たなかったとのこと。怪談篇の始まりとしては格好の風景です。

 私もその寂しげな風景を見てみたいと思っていましたが、護岸や道路の整備が進み、廃船は順次撤去され、現在は一隻が残されているのみで、いずれ無くなるようです。

 

 松江のビジネスホテルに到着した真弓は、一眠りした後、「山小舎」というバーに入ります。
<街へ出てしばらく歩き、「山小舎」という店のたたずまいに惹かれて入ると、二階にも席がある木造りのバーで、落着いた大人っぽい雰囲気が店全体をつつんでいた。カウンターには五、六人の客がいた。いちばん隅に坐った常連らしい男が、何やらマスターと話しに興じていたが、真弓が中海の廃船のけしきを不思議だったというと、それはそうだと胸をはった。>
小説の最後まで、重要な舞台となる「山小舎」は松江大橋北詰に実在する老舗のバーでした。

 

 私も今回の松江での宿泊は松江大橋の近くのホテルにし、そのバーを訪ねてみました。外観は石積みの山小舎風のバーです。


 創業1957年という正統派老舗バーで、マスターは三代目とのこと。
内部の撮影は控えましたが、木造の落ち着いた空間がひろがり、雰囲気の素晴らしいバーでした。

次回は小説に従って玉造温泉へ



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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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