阪急沿線文学散歩

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西宮の年中行事、新酒番船とは(『菜の花の沖』と『老の思ひ出』より)

 新酒番船とはどのような行事だったのか昭和3年に発行された吉井良秀『老の思ひ出』と司馬遼太郎の『菜の花の沖』を更に読み比べていきます。
まず江戸末期に行われていた行事として説明されている『老の思ひ出』からです。
<茲に何時代から初まった事か分からぬが、新酒番船と云う事があって、我西宮の年中行事の一つで有った。是は毎年春二三月の交に、灘五郷や池田伊丹大阪杯の新酒を初めて江戸へ輸送するに当たり、五六艘若しくは七八艘申合わせて、一時に西宮港を出船し、各品川に先着を競争する、其出船の式を行うので有る、>

西宮神社境内に展示されている弁才船の中で、日本酒を輸送したのが樽船です。

摂津名所図会に描かれた樽船の航行の様子です。


<其競争する理由は、数艘中第一番に品川に到着すると、其酒は優待せられて高価に昇され、船も亦其一ヶ年中は港にて積荷の優先権を与えられる条件が有るから、船主や船頭は献身的勝を願うのである。>


 樽船に新酒を積んで江戸への一番乗りを競った行事でした。


 司馬遼太郎は、新酒番船について、さらに説明を上手く加えています。
『菜の花の沖』からです。
<この土地では、新酒の江戸一番乗りをきそう樽船のことをとくに番船という。荷はじめの新酒ばかりは縁起を祝い、江戸まで航走の競争が行われるのである。この行事は江戸期の初期をすこしくだったころから明治初期までつづいた。これほど長距離の海を、二世紀にわたり、毎年航走レースをした例は、世界でもめずらしいのではないか。
 品川に一番乗りした船には、褒章がある。酒はとくに高価に買い上げられ、その舟についても、優勝した年一年間、品川、西宮での積荷作業の優先権があたえられるのである。>

新酒番船入津繁栄図 慶応二年(1866)の新酒番船の入津後の風景です。


<樽廻船の新酒の番線がはやかったのは、大胆な沖乗りをやったからであろう。この当時、太平洋沿岸の菱垣廻船にしても、日本海沿岸航路の北前船にしても、毎日湊から湊へ日和見しながら歩き、天候が悪ければ何日でも湊にすわりこむという航海の仕方をとっていたから極めて遅かった。樽廻船とそれらの船は構造的には変わらないのだが、ただこの廻船の場合、沿岸の山々の見えない沖へ出、一枚帆を高度に利用し、できるだけ寄航せずにひたすら沖走りしたためであり、当然ながら危険もともなっていた。>


新酒番船について調べていると、大阪文学学校講師の秋吉好氏が『天保新酒番船』という小説を出版されていました。
もう少し新酒番船の話を続けます。




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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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