阪急沿線文学散歩

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://nishinomiya.areablog.jp/bungakusanpo

遠藤周作『赤ゲットの仏蘭西旅行』ロビンヌ夫人の作法教育

 遠藤周作は昭和25年27歳のとき、戦後最初の留学生としてフランスの現代カトリック文学を勉強するため、フランス船マルセイエーズ号で横浜港を出港します。船艘で寝起きする四等船客で、三雲夏生・昴兄弟とフランスのカルメル会修道院で修行をめざす井上洋治が共にいました。


 先月、NHKプレミアムカフェでハイビジョン特集 ルーアンの丘から 遠藤周作・フランスの青春(初回放送:2006年)が再放送され、当時遠藤が夏を過ごしたロビンヌ一家にお話を聞く貴重な映像が紹介されていました。

 それでは「いざ、エチケットの国へ」と旅立った遠藤周作の『赤ゲットの仏蘭西旅行』ロビンヌ家の作法教育からです。
<今、しみじみ、振りかえってみると、あの北仏、ルーアンでの夏休みは、ぼくのフランス留学の中、一番牧歌的なたのしかった季節であったように思われます。緑したたる丘と、金色の谷、ノルマンディの澄んだ夏の光とをこの町から離して、ぼくは思いうかべることはできません。>

昭和25年のルーアンの街は、まだ戦禍のあとが残っており、現在の情景とはかなり異なっていたようです。

<その丘の上に、ロビンヌ家の館はありました。十月、夏休みが終わって大学が始まるまで、ぼくはこの建築家の家でフランス家庭の空気を知り、その生活に慣れることになったのでした。>

<七月十二日、ぼくはぽつんとルーアンの駅におりました。五、六人の降客の後にくっついて、ゆっくり階段をのぼり、改札口に出た時、一人の、中年のしかし、美しい夫人が近よってきました。「あなたが、ムッシュー・エンドウですか」「はい」夫人はやさしく微笑みました。その眼は、青く夢見るような翳をおびていました。「私は、マダム・ロビンスです」
夫人の横には金髪の、賢そうな少年がぼくを見上げていました。「ドミニック」と夫人は園子に言いました。「皆をよんでらっしゃい」子供は走っていきました。「あなたがどこの出口から出られるか。わからないので、各出口に、子供を一人ずつおいておきました。私は、十一人の子供があるのですから……」>

ロビンヌ一家と遠藤周作の写真、本当に大家族でした。

その兄弟たちから長塚圭史が当時の遠藤周作の様子をインタビューします。
洗礼名のポールで呼ばれていたのかと思いきや、愛称は日本と同じ周ちゃんでした。

 ロビンヌ家の一員として迎えられた遠藤は、ロビンヌ夫人からマナーを教わりますが、なるほどものぐさの遠藤ならずとも、これを守るのは大変です。
<ものぐさでは、日本にいた時、いかなる友人にもひけをとらなかったぼくであるから、第一日目から始まった、マナーの上品、動作の典雅という夫人の原則は面倒くさくて仕方ない。髪はぴちんとわけ、靴はちょっとでも、よごしていると夫人から、叱られる。食事のたびにたえず注意しておかなければならぬ。食事は眼のまわるように忙しい。
1.夫人がフォークをとるまではフォークをとらぬ。
2.一皿ごと夫人が、すまさぬうちに、食べ終えてはならぬ。
3.魚料理にナイフ(肉用)を使っては絶対いけない。
4.コップは正面に必ず置くこと、etc。
 日本でのテーブル・マナーは英国風だから、3、4など英国式にすると夫人に叱られる。
「ポール、食事中葡萄酒を飲む時、前もってナプキンで口をふくことを忘れぬように」
「食事中、黙っていてはいけません。話しなさい。話さぬということは礼儀じゃないのです」
昼食の後のコーヒーの時、ぼくが煙草を半分、喫って捨てた時は、今思い出しても、こわいくらい叱られました。>

 学生時代、欧米の学生たちと旅をしたとき、オランダ人のテーブルマナーは、イギリス以上の大変厳しものだと驚いたことがありましたが、フランスも劣らず厳しいようです。
2.などとても私にはできそうにありませんが、大変参考になりました。




goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11598259c.html
遠藤周作 | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

 全然知らない話ばかりです 留学されていたんですね〜

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2017/05/06 9:09:30 [ 削除 ] [ 通報 ]

戦後初めての留学生でした。灘高では劣等生だったらしいですが、遠藤周作の生き様を調べれべ調べるほど、偉大な人だったと実感しています。

[ seitaro ] 2017/05/06 9:54:22 [ 削除 ] [ 通報 ]

名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

■同じテーマの最新記事
遠藤周作と夙川カトリック教会聖堂の正面に戻された聖テレジアの像
遠藤周作の子供の頃の遊び場、夙川公園(『一人の外国人神父』より)
遠藤周作にとってゴッド・マザーのようなロビンヌ夫人
<<新しい記事へ     以前の記事へ>>
このブログトップページへ
seitaroイメージ
阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

カテゴリー一覧

QRコード [使い方]

このブログに携帯でアクセス!

>>URLをメールで送信<<