阪急沿線文学散歩

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遠藤周作の子供の頃の遊び場、夙川公園(『一人の外国人神父』より)

 遠藤周作は昭和8年10歳の時から、昭和14年16歳で仁川に転居するまでの少年時代に、夙川に住んでいました。

 その頃の様子について、エッセイ集『心のふるさと』に収録された「一人の外国人神父」(初出;文芸春秋 1994年2月号)で次のように述べています。
<その夙川公園は少年時代の私の遊び場であった。今でもあの公園を友達と自転車のベルを鳴らしながら走っていた中学生頃のわが姿が思い浮かぶ。>


 遠藤周作は雲井町あたりに住んでいたそうなので、夙川公園とは自転車で走り回っていたのは蟋蟀橋と大井手橋の間のあたりのことでしょう。

<夙川はいわゆる阪神の住宅街で、少年時代、私はそこで育った。今は大分、様変わりしたが、当時は駅前に商店があるだけで、あとはのんびりとした住宅ばかりだった。>

遠藤周作が夙川に住んでいた、のんびりとした住宅ばかりの昭和11年の鳥瞰図です。

昭和12年ごろの夙川駅前の商店の配置図です。(「夙川地区100年のあゆみ」より)

<夙川の名所のひとつは、そこにフランス式の高い尖塔を持ったカトリック教会のあることだった。フランス式というのは、後になって私があの国に留学した折、田舎に行くと、小さな町や村に同じような大きさの、同じような形の教会をしばしば眼にしたからである。>

遠藤周作がフランス留学中に見たカトリック教会です。(NHK−BSプレミアムカフェ「ルーアンの丘から 遠藤周作・フランスの青春」より)


<向こうではあたり前の教会でも当時の日本では珍しいものだった。クリスマスや復活祭になると尖塔で鳴らす鐘の音が夙川の町のどこからも聞こえた。>

夙川カトリック教会の聖堂は昭和7年に完成し、直後にカリヨンも据え付けられました。


 2011年の修復が完成し、カリヨンの音が甦りました。
<私はこの教会で洗礼を受けた。別にそれは私の意志ではなく、母親のいいつけに従っただけだったが、同じように公教要理という基督教の基本的な教えを学ばされている信者の子供たちとここで仲良くなった。>
夙川カトリック教会で洗礼を受けたことが、遠藤文学の原点となっているのです。



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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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