阪急沿線文学散歩

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「遠藤周作」と「遠藤正介」

 昭和53年に非売品として刊行された『遠藤正介』という本がamazonなどで広く流通しているのをご存知ですか。


 奥付を見ると日本電信電話公社内に置かれた「遠藤正介氏追悼事業委員会」により発行されたものです。


 遠藤正介氏とは「愚兄賢弟」と自らのご不満を揶揄されていた、遠藤周作の兄。灘中学校を四年で修了し、第一高等学校入学、東京帝国大学法学部卒業という大秀才。逓信省に入省し、日本電信電話公社総務理事を務められた方です。
 民間企業でも社長クラスの追悼集が発刊されることはしばしばありますが、このように非売品でありながら、広く流通している追悼集というのは稀でしょう。
 そこには遠藤正介氏を偲ぶ追悼文が多くの著名人や関係者から寄せられている他、妻の遠藤マツ子氏の対談、遠藤周作を含む親族からの追悼文の他に、自ら著した論文、随筆などが収められています。読んでいると、一高時代にはペンネーム吹田紀夫として短編小説も書いておられ、相当な文才があったようです。

 この追悼集に、遠藤周作は「飲み兄弟」と題した追悼文を寄せ、遠藤正介氏が生前、弟について述べたエッセイ、「愚兄賢弟」、「顔色なし“賢兄の座”」、「わが愚弟を語る」が収められています。

 いずれも面白い作品ですが、今回は「愚兄賢弟」から紹介しましょう。
<周作と私は二人兄弟である。最近は不知か悪意か分からないが、「あなたは、芥川賞の遠藤周作さんの弟さんだそうですね」などといって挨拶されることもあるので、念を押しておくが、私の方が二つ上の兄貴である。しかも世間の評価はどうか知らないが、遠藤家(?)では過去四十年間、常に賢兄愚弟として私の方が尊敬されてきたことも申し添えておきたい。>

 この後、大連時代や灘中時代、その後の受験のことなどが述べられていますが、遠藤周作の芥川賞受賞の日から過去四十年間に及んだ愚弟賢兄の立場が変わっていったそうです。
<この日を契機として、愚弟賢兄の立場は逐次逆転しはじめた。昔から私共二人は、月に一度、落ち合って飲むことにしている。最近では銀座でも渋谷でもどのバーにいっても、弟は「周作先生」であり、私の方は「この人は誰なの、先生」である。すると周作先生は「こりゃ、僕の兄貴や、堅物やから、呑ませてや」てな調子で、やれ柴田錬三郎がどうした、有馬稲子がどうしたという話をきかされてそれでも会計となると、辛うじて兄貴の体面で支払いだけはさせていただくといった始末。>
バーでの立場も激変し、正介氏も面白くなかったことでしょう。

<親せきの甥や姪も、昔は人格高潔学術優秀な私に対し尊敬を以って接していたが、今日では「嫌いな科目の勉強なんかせんでもええ、叔父さんが親爺に話してやる」とか「そりゃ親のいう方が無理や。子どもの気持ちが分かっとらん」とい周先生の方に多く蝟集するのは人情としてやむを得ぬものがあるのであろう。>
私の経験からもたしかに、長男と次男というのは性格が全く違うのですが、このエッセイの最後は次のように締めくくっておられます。
<「君の弟の書いとるものを読むとなかなかええことを書いとるが、君は兄貴じゃそうじゃが、種違いと違うのか」などと揶揄されるにいたっては、愚兄賢弟も極まれりというべきであろう。>
それでもお二人とも立派な業績を遺されたのですから、贅沢なご不満です。正介氏が、もし文筆家を志しておられたら遠藤周作を抜いていたかも。




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遠藤周作 | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

これは面白いですねえ!

[ akaru ] 2017/08/12 7:20:33 [ 削除 ] [ 通報 ]

akaruさん、読んでいただいてありがとうございます。遠藤周作の兄ということで、この本を購入したのですが、面白い逸話がいくつも掲載されておりました。

[ seitaro ] 2017/08/12 9:20:51 [ 削除 ] [ 通報 ]

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