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フランス映画『薬指の標本』で和文タイプライタ―活字盤に代わる小道具は?

 小川洋子さんの『薬指の標本』で、標本名を打つのに使う和文タイプライターの点検に業者が来て、活字盤が取り外され、机の上に置かれます。わたしがそれを元に戻そうとした時、
<それを抱えたままタイプの方に一歩踏み出した時、視界の中を弟子丸氏の足が横切り、わたしはつまずいて活字盤を落としてしまった。活字が一本残らず床に散らばった。>
という小説では一つの重要な場面となっています。

しかし、フランスでは、当然仏語の電動タイプライター。

さすがに和文タイプライターは使われませんから、映画化にあたってどうするのか思っていると、何と東洋文化を象徴する麻雀パイが登場しました。

中国人が赤い布に包まれた麻雀パイを持ち込みます。



 それを棚に置こうとした時、落として床一面に散らばる場面ですが、原作の和文タイプライターの活字盤が散らばるシーンを、麻雀パイを用いて映像で見事に再現しています。


原作では、次のように描かれています。
<それを抱えたままタイプの方に一歩踏み出した時、視界の中を弟子丸氏の足が横切り、わたしはつまずいて活字盤を落としてしまった。活字が一本残らず床に散らばった。>

<さあ、拾うんだ」彼が言った。決して冷淡な言い方ではなかった。むしろ諭すような穏やかさがあった。「一個残らず、元に戻すんだ」彼は足下にある活字を一個、靴の先で蹴った。それはわたしの前に、転がってきた。「麗」という活字だった。>

明朝、依頼人が来るまでに、元通りにするよう命じられます。

<弟子丸氏は腕組みし、わたしを見下ろしていた。一個の活字を拾ってくれるわけでも、升目に差し込んでくれるわけでもなく、ただじっと、わたしの折れ曲がった膝や、そんな格好でも決して脱げない革靴や、床を掃くスカートの裾を見張っているだけだった。彼の視線が、受付室の空気を全部支配していた。>

<彼の靴をこんなに近くで見るのは初めてだった。それはわたしがもらった靴と同じ意味で、完璧だった。彼の足を見事に包んでいた。どんなに小さなかたくずれも、汚れもなかった。>

朝になってようやく元に戻し終えます。
<「これで、全部だね」ようやく彼は見張りをやめ、わたしのそばに近寄ってきた。「一本残らず、元通りだね。長い間無音だった部屋の中を、彼の声が響いてきた。>
<彼はわたしの耳もとでひざまずき、肩を抱きかかえた。彼の腕は大きくて暖かく、気持ちよかった。腕の中では、身動きできない方がかえって都合がよく、安らかだった。余計なことを考えず、彼にされるままに任せておけばよかったからだ。>

そしてこんな会話をします。
<「夜は明けたのかしら」目を閉じたまま、わたしは言った。「ああ。もう朝だよ」「そう……」
「君は一晩中、僕のために働いたんだ」「二人で朝を迎えたのね」「二人はまるでベッドにいるような会話を交わした。でもわたしたちは、本物のベッドになど入ったことはないのだった。>

見事なまでの、原作の映像化ですが、和文タイプライターの代わりに麻雀パイを考えついたのは、監督のディアーヌ・ベルトランだったのでしょうか、それともフランス語版『薬指の標本』で既に麻雀パイに変えられていたのでしょうか、興味あるところです。




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小川洋子 | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

seitaroさん、こんばんは。
この本は、かなり前に読みましたが、頭に残っているイメージと映画のシーンがかなり一致しています。
日本の話だったのかな?と言うほどヨーロッパ、どちらかというと北欧の雰囲気で記憶しています。
たしかに和文タイプが一つの大事な役割を果たしていたことを思い出しました。
ちょっと麻雀ぱいにはちょっとびっくりです。

これで思い出したのが、香港の歌手の王心凌の「明天見」というミュージックビデオです。
2分35秒過ぎに和文タイプぽいのがでてきます。中国にもきっとあったのでしょうね。
https://www.youtube.com/watch?v=ciULG64RXhI

こればらしたら、大変なことになりますよね。

[ もしもし ] 2017/09/04 23:02:30 [ 削除 ] [ 通報 ]

もしもしさん、ありがとうございます。小川洋子さんの男性読者は少ないので、『薬指の標本』読まれていたとは驚きました。
もしもしさんのお好みの範囲は相当広そうで、なんでもよくご存知ですね。
You Tube見せていただきました。中文タイプの文字数考えると、これをひっくりかえしたら大変です。

[ seitaro ] 2017/09/06 22:04:53 [ 削除 ] [ 通報 ]

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