阪急沿線文学散歩

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足立巻一『夕刊流星号』に描かれた小谷正一と辻久子さんの出会い

戦前天才少女としてデビューした辻久子さんは、西宮の甲子園に住まれていたこともあり、1973年にその自宅を売り払って、ストラディバリウスを購入したという逸話もある名バイオリニストです。


辻親子は井上靖の小説『舞台』のモデルにもなっており、それは井上靖と毎日新聞社で親しかった小谷正一から情報を得て、小説に書き上げたものだと思われます。

足立巻一『夕刊流星号 ある新聞の生涯』にも小谷正一をモデルとした石津経夫と辻久子の出会いが記されていました。

<石津は大学を出ると、すぐ毎日新聞社にはいったが、事業部に回された。そこで彼は音楽コンクールの仕事にかかわり、まだ十二歳の少女にすぎなかった辻久子に出会った。その才能というよりも、やはりバイオリニストである久子の父の、世俗への一徹な反逆が少女の指に結晶している事実に感動したらしかった。久子がコンクールで一等になって文部大臣賞をとると、すぐに「辻久子提琴独奏会」を企画した。事業部の幹部は危ながって反対したが、石津は押し切った。そのときは彼も街頭に立って入場券を売ったという。>

 小谷正一が関わっていたのは「日本音楽コンクール」で、当時としてはクラッシック音楽の唯一の本格的なコンクールでした。

(上の写真は今年で第86回となった日本音楽コンクールのポスター)

 第5回までは時事新報社の主催でしたが、同社が毎日新聞社に合併されたため、第6回から毎日新聞社の主催になります。小説に登場するのは1938年の第7回 日本音楽コンクールの出来事でした。


辻久子さんご自身『同行二人、弦の旅』で、「小谷正一さんとの出会い」と題して次のように述べられています。

<小谷正一さんは、私が昭和十三年の第七回音楽コンクールに応募したとき、ちょうど大阪毎日新聞社の事業部員として音楽コンクールの世話をされていて、それで知り合いました。その後も父と意気投合されて、ずいぶん親しくお付き合いするようになり、亡くなられるまでずっとアドバイスをしていただいておりました。小谷さんという方は、少し変わった人物がお好きだったと言っていいのか、将棋の世界では升田幸三さんとすごく親しくされたり、父とも大いに共鳴されるところがあったようです。>


 井上靖『舞台』は明らかに辻久子(小説では風見冴子)と父辻吉之介(風見逸平)をモデルとした小説で、小谷正一(小寺)との出会いも次のように描かれています。

<小寺が初めて風見逸平に会ったのは、十二年前、BK第一スタジオでK新聞社主催の音楽コンクールの第一予選が行われた時であった。>

小説で小寺は新聞社の事業部員ではなく、「審査員とも新聞社側の係員ともつかぬ変てこな資格」として登場しますが、明らかに小谷正一がモデルです。


<冴子の番が来る少し前に、審査場の入口で小寺は逸平に会った。冴子は自分が居ないとどうしても弾けないから、冴子の番が来たら自分を審査場へ入れてくれと言って、新聞社の事業部員と押問答をしているその時の逸平の姿は、妙に小寺の気持ちを引いた。服装がひどく見すぼらしかったせいもあるが、鬼気というか殺気というか、何か他の出演者の持たないそんなものを、逸平は身につけていた。>

 小説ではありますが、これは辻吉之助の実像に近かったのではないでしょうか。

<小柄でおかっぱの十二歳の少女の演奏は、全部の審査員が思わず拍手した程、ずば抜けて素晴らしかった。ウイニアフスキーの「ロマンス」、コレリーの「ラ・フォリア」とタルティーニの「コレリーの主題によるヴァリエーション」、いずれも一口に言って少女の技術ではなかった。>

結局数日後、日比谷の公会堂で行われた本選で辻久子は抜群の成績で一位に入賞し、文部大臣賞を獲得したのです。

12歳で日本音楽コンクールで一位になるとは、天才少女だったとしか言いようがありませんが、父吉之助のスパルタ教育なしでは天才少女は生まれなかったでしょう。




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井上靖 | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

おはようございます。
織田作之助の『道なき道』は読まれましたか?
この短篇も辻父娘をモデルにしています。
岩波文庫の『六白金星・可能性の文学』に収録されています。

まだ少し早いですが、良いお年をお迎えください。

[ 373 ] 2017/12/24 9:48:01 [ 削除 ] [ 通報 ]

373さんありがとうございます。
辻久子さんご自身が『道なき道』を紹介されていたので、岩波文庫を借りて、手元にあります。これから読んでみます。
来年もよろしくお願いいたします。

[ seitaro ] 2017/12/24 14:57:30 [ 削除 ] [ 通報 ]

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