阪急沿線文学散歩

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ローマ字を国字にと盛り上がった時代(『夕刊流星号』より)

 足立巻一『夕刊流星号』は夕刊新大阪の創刊から廃刊までを描いたノンフィクションに近い作品ですが、新大阪新聞の盛衰のみならず、庶民の目線で見た戦後の世相がよくわかります。


 敗戦直後の話題で、興味深かったのはローマ字を国字にしようとする活動が盛り上がっていたこと。

昭和21年2月4日の流星号(夕刊新大阪)創刊号一面に載せられた記事です。
<そのすぐ左には、特派記者の尾崎咢堂会見記がある。熱海惜櫟荘に八十九歳の咢堂をたずねているのだが、咢堂は政治・経済のことにはまったくふれず、「まずこれから」といって国字問題だけを語り、漢字がいかに日本文化を毒したかを述べ、漢字制限などは無意味であり、即時全廃すべきだといい、ローマ字が一番よいと結んでいる。>

尾崎咢堂とは「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれ、文部大臣も務めた尾崎行雄のことです。

 創刊当初の編集長は、現・毎日新聞東京本社に当たる東京日日新聞の学芸部出身の黒崎貞治郎(小説では黒沼大治郎)ですが、彼の発案により「英字少国民」という子供向けの週刊ローマ字新聞まで創刊したのです。

 占領軍の要請で、昭和21年アメリカ教育使節団が日本に来て、六・三制など教育民主化を勧告したなかにローマ字教育をすすめる以下の「国語の改革」がありました。

「米國教育使節團報告書」第2章「國語の改革」

1.ある形のローマ字を是非とも一般に採用すること。
2.選ぶべき特殊の形のローマ字は、日本の學者、教育權威者、及び政治家より成る委員會がこれを決定すること。
3.その委員會は過渡期中、國語改良計劃案を調整する責任を持つこと。
4.その委員會は新聞、定期刊行物、書籍その他の文書を通して、學校や社會生活や國民生活にローマ字を採り入れる計畫と案を立てること。
5.その委員會はまた、一層民主主義的な形の口語を完成する方途を講ずること。
6.國字が兒童の學習時間を缺乏させる不斷の原因であることを考へて、委員會を速かに組織すべきこと。餘り遲くならぬ中に、完全な報告と廣範圍の計劃が發表されることを望む。

『夕刊流星号』からです。
<黒沼はそうした動きを見て、やがて日本語はローマ字で書かれ、つぎに英語に変わってしまう、と予言した。そのころ志賀直哉はフランス語にすることを小品のなかに書いたりしたが、黒沼はフランス語でなくて英語だと考えた。彼はローマ字論者でなかったし、ローマ字が英字でないことも知っていた。しかし、彼の勘では英字でなければならず、ローマ字会や内部の反対を一蹴して「英字少国民」と命名したのである。>

「英字少国民」の編集長は小説では小橋義正という人物ですが、号を重ねるごとに調子をあげ、編集者を増やすことになり、小橋が学校で親しかった友人・伊坂靖介を勧誘するのですが、彼こそ著者足立巻一氏自身をモデルにした人物だったのです。

 現在では誰も国字がローマ字になるなんて想像もできないことで、例えば『世にも美しい日本語入門』では美しく豊かな日本語があふれた名文に親しむ事の大切さを、安野光雅氏と藤原正彦氏が熱く語りあっています。

 外国人旅行者にも分かりやすいよう駅名や道路標識に英字やローマ字が普通に添えられるようになりましたが、あの時代志賀直哉でさえフランス語にすることを小品のなかに書いていたとは。

 調べてみると「国語問題」は志賀直哉が1946年に雑誌『改造』に発表したエッセイ。日本語は「不完全で不便」であり、そのため「文化の進展が阻害されて」いるから、これを廃止して代わりに「世界中で一番いい言語」であるフランス語を採用してはどうかと主張するものです。
 また、「国語問題」は戦後始まったことではなく、初代文部大臣の森有礼が、『日本の教育』「序文」(1873年)等で、「日本の言語」の廃止と英語の採用を提言していたのです。

しかし、「国語問題」は丸谷才一らに相当厳しく批判にされ、現在に至っているのです。



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井上靖 | コメント( 1 ) | トラックバック( 0)

素敵なブログですね。
閲覧させてもらいました。
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http://loser-john-4.jugem.jp/

[ 常闇の塔 ] 2017/12/26 6:20:34 [ 削除 ] [ 通報 ]

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