阪急沿線文学散歩

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遠藤周作は芦屋の浜で泳いでいた(『口笛をふく時』)

 現在の芦屋浜には昔の堤防と50メートルの海岸線が残っているだけですが、遠藤周作『口笛をふく時』では昭和14年、四年生になった小津と平目が芦屋浜に泳ぎに行く場面が登場します。

<「何すんねん」「海に行こ」彼らは水泳用の褌を鞄の中に入れていた。泳ぐ場所は阪神の間ではいくつもあった。海は今のように汚れてはおらず、少し足をのばせば浜辺にすぐ行くことができる。「芦屋の海に行って、アメ湯、飲もうか」「彼女に会えへんかなア」「会えかも、しれん」勿論、二人ともそんなことはあり得ないことを知っていた。彼らは国道電車のなかでも彼女たちの姿をあれっきり見ることができなかったのだ。四年生になってから補修の時間が一時間、付加されたため、あの娘たちと電車に乗る時間がずれたのも大きな原因だった。国道電車には乗らず、もっと海岸ちかくを走る阪神電車に乗って芦屋の浜に出かけた。>

この海辺で思いを寄せていた甲南女学校の女生徒に出会うのです。
<放心したように口をあけて平目は右の波打ち際を注目している。彼女だった。白い水泳帽と黒い水着を着て、あの芦屋川の川沿い道で一緒に歩いていた友だちと今、海に入ろうとしている。>

 平目は水泳に自信がないにもかかわらず、沖に向かって泳いでいった彼女たちの後を追っていきますが、溺れてしまい、ボート漕いでいる男と女生徒たちに助けられます。

<「よかったわ、ほんまに」平目がどうやら元気をとり戻したのを見ると彼女たちはまだ興奮さめやらぬ口調で「うち、どないしようかと思った。えろう、暴れはるんやもん」それから、急にびっくりしたように「あら、この人に会った記憶あるワ」と叫んだ。>
 そして東愛子たちに、「会うたびに面倒かけはるんやわ」と、あきれられるのです。

昭和35年の芦屋川河口付近の航空写真です。

現在の航空写真(黄色で丸く囲んだ部分が芦屋川河口、青色の線が防波堤だったところ)

先日芦屋川河口に行った時の写真ですが、ご覧のように芦屋川の水が消えていました。

『口笛をふく時』の最後では、小津が昔を懐かしんで、埋め立て中の芦屋浜を訪れる場面もあり、遠藤周作は実際に中学時代に芦屋浜で泳いでいたのではないでしょうか。




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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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