阪急沿線文学散歩

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ヴォーリズの洋館が小説に登場(『湖猫、波を奔る』)

 ヴォーリズが居を構えた滋賀県には近江八幡以外にもヴォーリズ建築事務所設計の建築物が数多くありました。その洋館のひとつが、琵琶湖を舞台とした小説、弟子𠮷治郎『湖猫、波を奔る』に登場します。


 第二章「穴を掘る」は中学二年の穴マニア林盛太郎が住んでいる家の庭に穴を掘る場面から始まります。
<盛太郎の住まいは彦根藩三十五万石井伊直弼の城下町、滋賀県彦根市にある。家の敷地は内堀と中堀に挟まれた内曲輪(第二郭)の跡地で、江戸時代には一千石以上の重臣の屋敷が建ち並んでいた。盛太郎の家の北側にある幅20メートルの内堀の対岸は、かつて十七棟の米蔵が並んでいた米蔵跡である。>

鳥観図の内堀と中堀に挟まれた赤色矢印の位置に、盛太郎の家があります。

内堀と対岸の写真です。内堀では白鳥と鴨が泳いでいましたが、対岸の十七棟の米蔵跡は梅林になっています。

<この一帯は明治維新後も裁判所、拘置所、中学校、高校、大学など公の建物だけが建っている場所で、盛太郎一家と隣家数軒の他に一般の人家はない。明治末期に来日した千六百棟もの西洋建築を手がけたアメリカ人建築家ヴォーリズが近江経済大学に勤務する外国人教師用の宿舎として建てた家を、外国人教師がいなくなった後、教養課程で土木工学を教えている盛太郎の父、林賢次郎に官舎として提供されているのだ。>
小説では近江経済大学となっていますが、旧彦根高等商業学校をこのように著したようです。

上の写真の洋館を盛太郎の家にしたのです。
大正13年の建築で、かなり老朽化していますが、現在は「ひこね市民活動センター」として、地域の会合などに使われているそうです。

 建設当時は似た建物が三棟あったそうですが、現在はこの建物が一棟残っているだけです。

<木漏れ陽の間に暖炉の煙突が目立つ瀟洒な洋館で、浴槽とトイレが同じ空間にあったり、当時の日本家屋の常識では考えられない斬新な建築であった。二階にある盛太郎の部屋の窓から手が届くほどの位置に「月明 彦根の古城」と呼ばれる国宝彦根天守が見える。>

残念ながら、建物の中には入ることができませんでしたが、盛太郎の部屋から見える彦根天守です。

<ある日の夕ご飯で母からこの家が建っているのは彦根藩士の屋敷跡だということを聞いて、「庭には武士たちの生活を偲ばせるものが何か埋まっているかもしれない。ちょっと掘ってみるかぁ」と庭を掘り始めたのだ。>

この庭で盛太郎は穴掘りを始めたのです。

 この堀をもう少し西へ進むと、歴史的建造物が見えてきました。

滋賀大学経済学部講堂(旧彦根高商講堂)です。
こちらは文部省建築課の設計です。昭和12年初めて来日したヘレン・ケラーが講演したのも講堂でした。

特徴的な玄関と窓。小塔は、屋根上にあるドーム型の換気塔、半円形屋根窓はドーマー窓型換気口です。

 滋賀大学には一棟ヴォーリズの洋館があります。同窓会館として昭和13年に建設された陵水会館です。


 スペイン瓦、ベランダの柱と垂木、外壁のスタッコ仕上げなどは、神戸女学院のケンウッド館(下の写真)によく似ています


ヴォーリズの特徴的な陵水会館玄関廻りのタイル市松模様です。

今回は彦根城を目指して来たのですが、このようにヴォーリズの洋館に巡り合えるとは思ってもみませんでした。



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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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