阪急沿線文学散歩

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遠藤周作は昭和20年のメルシェ神父逮捕の日は仁川にいた?

 遠藤周作『黄色い人』の高槻の収容所に拘束されたブロー神父はカトリック夙川教会のメルシェ神父をモデルにしています。


 小説の冒頭は<黄昏、B29は紀伊半島をぬけて海に去りました。おそろしいほど静かです。>から始まり、川西航空機宝塚製作所の爆撃があった夜、主人公千葉が収容所のブロー神父へ送ろうとしている手紙から始まります。

 川西航空機の爆撃があった日は、エッセイ『阪神の夏』に書かれているように遠藤は仁川の母の家に戻っていました。

(矢印の位置が遠藤の家があった所、競馬場のところに川崎航空機ら空塚製作所がありました)

 ブロー神父が特高に連れていかれたのは、その3ヵ月もたたない前の出来事として書かれています。
<その通り昨年の寒かった冬のこと、デュランさんと会った夜、貴方が西宮の特高につれていかれた朝のことをカンタンに述べようとしているのですが、まだ三か月もたたぬあれらの思い出も、………>

 史実ではメルシェ神父がスパイ容疑で逮捕されたの昭和 20年5月7日、川西航空機宝塚製作所が爆撃されたのは昭和20年7月24日で、季節は小説に書かれている冬ではありませんが、「3ヵ月もたたない前」と完全に一致しています。
このように読んでくると、『黄色い人』は、戦時中遠藤周作が仁川に戻っていた頃の状況をベースに書いた小説のようで、メルシェ神父が連行されたことも知っていたのでしょう。

 また遠藤周作は昭和18年4月、慶應義塾大学文学部予科に入学しますが、父が命じた医学部を受けなかったため勘当され、父の家を出て、信濃町のカトリック学生寮白鳩寮に入りました。
『黄色い人』では面白いことに主人公千葉は遠藤が断念した慶應の医学部の学生です。
<覚えていられるでしょうが、四谷の医学部に進んだ一昨年の夏、仁川に帰省して教会をたずねた時、貴方は不安げな眼差しで、このうすい膜を感得されたようでした。>
 昭和18年の夏休みに、遠藤は小説に書かれているように帰省し、カトリック夙川教会のメルシェ神父を訪ねていたかもしれません。

 更に年譜によると、昭和19年に戦局が苛烈となり、慶應での授業はほとんどなく、遠藤は勤労動員で川崎の工場に通っていました。文科の学生の徴兵猶予制が撤廃されたため、夏に徴兵検査を受けます(『砂の城』ではこの時代の様子が描かれています)。しかし肋膜炎を起こした後のため第一乙種で、入隊一年延期となっていました。
この肋膜炎については、『黄色い人』では次のように書かれています。
<この四か月目の朝千駄ヶ谷の下宿で、咳きこみ少量の血痰を吐きました。レントゲンでみると左の肺に直径二糎ほどの白濁した空洞があります。「肋膜は癒着しているから気胸はできないけどさ」研究室で診察してくれた先輩の助手はぼくを見ないように床に視線を落としながらひとりごとのように呟きました。「休学して田舎で休んでいれば良くなるさ。徴兵をのがれてよかったじゃねえか」それから彼はくるしげな声をだして嗤いました。>

 そして、昭和20年3月に東京大空襲で白鳩寮が閉鎖となり、年譜では経堂の父の家に戻るとなっていますが、この時期に学校の授業もなく、勤労動員に耐える体でもなく、仁川の母の家に帰省していたのではないでしょうか。

『黄色い人』でも、ブロー神父が拘束される前から千葉は仁川に戻っていたことになっているのです。
 私の推測が正しく、当時遠藤周作がメルシェ神父の近くにいたならば、神父が特高に連行されるのを守れなかったと悔いていることにも頷けるのです。





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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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