阪急沿線文学散歩

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辻原登『ジャスミン』神戸の関帝廟へ

 辻原登『ジャスミン』は上海・神戸を舞台とした大人の冒険小説。


 主人公の脇彬彦と妹のみつるが関帝廟を訪れる場面が描かれています。
<許禮平の母親が亡くなった。許家の墓は神戸の滝谷の中華義荘にある。遺体は冷凍保存されてボストンから飛行機で運ばれた。葬儀は、中山手の関帝廟霊堂で営まれる。彬彦はみつるから電話で知らされ、数秒ためらったのち、参列を決めた。>
東京に住む彬彦は神戸オリエンタルホテル(ANAクラウンプラザ)でみつると会い、タクシーで関帝廟に向かいます。

 私は今回、“ノマドな神戸異人館ガイド”さんに案内していただき、久しぶりに関帝廟を訪ねました。
<ふたりはタクシーを降りて、視線を特に上げると、関帝廟本堂の屋根に飾られたまっ白な双竜が見えた。兄妹は会葬者の群にまじって、ゆっくり双竜をめざして歩きはじめた。>

双竜は青く塗られていましたが、小冊子『関帝廟』にも「なかでも屋根の上に飾られた、玉をつかんで両方からにらみ合っている白色の双竜が目を引きます」と書かれていました。昔はまっ白の双竜だったのかもしれません。

<彬彦とみつるは密になった弔問客の流れにまじって、まっ赤な柱に青瓦の角屋根を載せた山門をくぐり抜ける。>

山門の瓦は、青瓦ではありませんでした。これも小冊子『関帝廟』には、「入口にある山門は真っ赤な柱にツノの突き出た青い屋根が特徴」と書かれていましたので、やはり震災後の修復工事で、瓦の色が変わったようです。

山門の右隣にある禮堂の門の瓦は青瓦でした。

<数珠を手に掛け、合唱しながら次の登竜門へと進む。柱と鴨居はベイラの一刀彫りで、黄河・龍門の鯉が龍になる姿が描かれている。>

立派な中門ですが、ベイラという言葉、インターネットでも該当する言葉はでてきません。

小冊子『関帝廟』の解説を読むと、「登龍門とも言われる中門。タイワンヒノキ(ベイラ)の一刀彫で、黄河龍門の鯉が龍になる故事になぞらえて台湾で作られ船で運ばれました」とあり、タイワンヒノキのことだとわかりました。中国語:で紅檜と書くそうなので、ベイラと発音するのかもしれません。

<登龍門を抜けると、目の前に大香炉が立ちはだかった、恭しく焼香して、本堂に入り、座布団に跪き、主神関帝座像に三拝九拝する。それから右手にある礼堂に入る。>

大香炉は昭和20年に戦災で焼けた中華会館から移転したもので、本来は「鼎」といわれる宝器で香を焚くものではないそうです。

 右手の礼堂はメンテナンス工事で見れませんでしたが、小冊子の写真からです。

小説では礼堂の中の葬儀の様子も詳しく書かれており、著者の辻原登はここでどなたかの葬儀に参列されたのかもしれません。

<礼堂を出ると、出棺を見送る人々は中庭の四阿(あずまや)に入って腰掛け、あるいは周りに屯して待つ。彬彦とみつるが大香炉の前を横切って四阿に向かっていると、彼の名前がささやくような声で呼ばれた。>

 多くの在神華僑の人たちは、神戸の関帝廟で葬儀を行い、神戸市長田区にある中国人墓地「中華義荘」に埋葬されるそうです。何度も戦災や火災、震災の被害にあってきた関帝廟ですが、その度に甦り、中に入ると日本を離れて中国を訪れたような気分にさせてくれました。





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辻原登 | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

ご無沙汰しています。ご紹介くださってる本を追っかけて読もうとしていますが、なかなか。。。
さて、紅檜ですが、中国語では「hong kuai」という発音になります。ちなみに最初のoが第二音(上がる音)で後ろのuaiは第四音(下がる音)です。したがってベイラと読むことはないでしょう。
ベイラ、いったい何なのでしょうか? 中国語じゃなくて台湾語(高雄族の言葉とか?)

[ ダンプ先生 ] 2018/09/19 14:46:36 [ 削除 ] [ 通報 ]

お久しぶりです。お元気ですか。
そうですか、ありがとうございます。ベイラで検索しても出てこなかったのですが、小冊子には台湾ひのきと書いてありましたので、中国人の間でそのように呼ばれているようです。どなたかご存じでしたら教えてください。

[ seitaro ] 2018/09/19 21:16:53 [ 削除 ] [ 通報 ]

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