阪急沿線文学散歩

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芦屋マリーナからのクルージングで思い出した辻原登『ジャスミン』

 芦屋マリーナから神戸港往復のクルージングの機会に恵まれました。


読書会では、いつも隣の建物から見おろしている芦屋マリーナですが、ここからクルーザーに乗ったのは、初めてです。


 好天に恵まれ、海から見る平和な阪神間、六甲山の景色は格別でしたが、辻原登の小説『ジャスミン』では、阪神淡路大震災の日、淡路島のホテルアナガから芦屋の平田町を目指し、西宮ヨットハーバーへ戻る場面、悲惨な光景が描かれています。

 主人公彬彦は、李杏を1月16日に開かれる淡路人形芝居の野掛け舞台に誘い、ホテルアナガに泊まり、そこで震災にあいます。

 彬彦は芦屋平田町に住む妹、みつるに連絡がつかず、ホテルのクルーザーを出してもらおうとしますが、ホテルには操船出来る者もおらず、阿那賀漁港でグラスファイバー製、二十五トンの漁船綱引丸を見つけ、それで芦屋に戻ることにします。

 運転するのは漁船の所有者の山口徹。阿那賀漁港を出てしばらくして無線が入ります。
<「こちら、阿那賀漁協。徹ちゃん、いまどこや」「江井崎の沖、五百メートルくらい」「神戸はどこも接岸できへんで。港はみんなやられとるらしい。液状化でバースはぐちゃぐちゃや」「芦屋はどうや」「芦屋に港、あったかいな」「川があるやろう、芦屋川。あの河口は砂浜になっとる。とにかくあのへんまで行ってみるわ。あかんかったら泳いでもらう。」「気の毒なこと、いいな。気ィつけてな」>

現在の神戸港です。神戸メリケンパーク・オリエンタルホテルは震災発生時はまだ建設中でした。

モザイクは震災前の平成4年に開業していましたが、色々な経緯を経て、現在はumie MOSAICとなっています。

川崎重工業の潜水艦ドッグには2艇の潜水艦が碇泊していました。
ここでUターンして芦屋マリーナに戻りました。

神戸大橋を潜り抜けます。

<左手に六甲アイランドがぼんやり浮かんだ。それを回り込めばすぐ芦屋川の河口だ。河口の右岸が平田町になる。「あかん。あの浜に着けるのは無理や。護岸がみんな崩れとる」「どこなら漬けられる?」彬彦はどなった。徹は答えず、黙って四、五百メートル東に向かって船を進めた。やや煙が薄らいできたような気がする。あそこ、と指さした。「西宮のヨットハーバーや。あそこなら着けられそうや」>

芦屋浜の埋立地が見えてきました。この奥が芦屋川の河口です。

<芦屋市に入った。見覚えのあるシーサイドタウンの高層アパート群が、外見はそのまま、にょっきり建っているのをみて、少しほっとしたが、それも束の間で、芦屋川に近づけば近づくほど破壊はひどくなる。上空は真っ暗になり、細かな燃えかすが降ってきた。>
辻原登さんは震災直後にこのあたりを歩かれたのでしょうか、当時の様子を見事に描かれていました。


彬彦は芦屋川からの上陸をあきらめ、西宮ヨットハーバーに向かいますが、私は平穏なクルージングを終え、無事芦屋マリーナに戻って参りました。





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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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