阪急沿線文学散歩

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『異人館の少女』舞台は芦屋市立山手中学校

 芦屋市出身と思われる藁科れいさんの小説『異人館の少女』、ウィーン工科大学に留学し、そこで技師として働いていた主人公橋本京子が、帰国し芦屋の六ノ山荘町(六麓荘町)にたたずむ場面から始まります。

 
主人公が過ごした中学校は芦屋市立山手中学校のようで、三章の「学校生活」では不安定な思春期の少女の心が見事に描かれています。
<わたしの学校生活 −それは、理由もわからない苛だたしさにあふれていた。小学校を終え、こどもらしさという救いが脱げ落ちてしまうと、苦しみは深まった。やがて、あらゆることが脆い神経に触れ、一切が苦痛に感じられる時期がやってきた。芦屋市内の公立中学校 −風光明媚な、山と海を望める土地のあかるい校風のなかで、一人がんじがらめにされて動けない、虫けらのような感情を私は味わった。>

 六麓荘町に暮らす主人公が通った芦屋の風光明媚な中学校となると、芦屋市立山手中学校に違いありません。

山手からは海まで見はらせます。
 因みに山手中学は小川洋子さんの『ミーナの行進』で岡山から出てきた朋子が通った中学校でもあります。

 京子の中学時代の劣等感に苛まれる様子が次のように述べられています。
<歳月はのろのろと流れた。六ノ山荘と学校を往復するだけの日々を重ね、私は十五歳になった。三つ編みの髪、めがね、さえない膚の色、ふつりあいに大きな頭(わたしの頭は、ぐらぐらゆれるほど重く、左に、みょうにひずんでいた)、このあたまをささえる、爪の蔓のように細いくび。>
 歳をとると、光陰矢のごとしですが、まだ子供のころは書かれているように歳月はのろのろ過ぎて行くように感じていました。

 主人公は級友とつきあうのが苦手で、いつも一人。ところがある事件をきっかけに、転校生で、皆から“キヘン”と嫌われている田所リサとの交流が始まります。
 そして更に物語が非現実的で複雑なものになってくるのは、田所リサが六ノ山荘の主人、五堂英雄と芦屋病院で出会い、親密な交際を続けていたことです。

 芦屋病院とは朝日ケ丘にある市立芦屋病院のことでしょう。また田所リサが住んでいたのは清水町で、馴染みのある場所が小説にしばしば登場します。
 
 主人公京子が、遠くから眺めるだけで話したこともない、灘中に通う五堂家の次男英一郎に、意を決して公衆電話から電話する場面も、思春期の少女の心がうまく描かれています。

今はみんな携帯電話を持っており、公衆電話というのも昭和の懐かしい話です。

 社交的なところが感じられない主人公ですが、勉強は得意です。
<六月末の県下一斉テストで、わたしは総合首位をしめた。主任の先生は、わたしを大げさに褒めちぎった。「ようやった、ようやった橋本。これでおまえも、芦中の校史にのこるわけや……」おごそかな口調がおもはゆい。私はうつむき、ゆっくり顔をあげ、てれ笑いで賛辞に答えた。>

小説に描かれた主人公の姿は、著者の藁科れいさんの中学時代の思春期の思い出をそのまま書かれているのではないかと、どうしても思ってしまいます。




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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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