阪急沿線文学散歩

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『異人館の少女』五堂英雄氏の最後は市立芦屋病院

 藁科れい『異人館の少女』では中学生時代の主人公・橋本京子と田所リサ、そして六ノ荘館の五堂英雄との奇妙な関係が回想されます。

<“三人”は、ほんとうに友達だった。時の枠を超えて、社会の枠をこえて、かろうじて触れた −ふれあおうとした。しかし所詮、わたしたちは目に見えぬ何かによって、隔てられていた……。>

 そのような幻想のような中学時代の関係が語られるのですが、最後に現実の世界に引き戻されます。それはサラリーマン向け週刊誌に掲載された五堂英雄の死亡記事。タイトルは「画廊主から実業家に転じて二十余年 五堂英雄氏のゴーモク人生」で、彼の素性と最後が掲載されています。

<私が死をしったのは、東芦屋町の家にかかってきた別れの電話の数か月後のことだった。入試を目前に控えていた私は、何もしなかった。六ノ山館の葬儀にも行かなかった。ただ週刊誌の記事を黒布にくるみ、箱に入れて、机の奥にしまいこんだのだ……。>

 その週刊誌の記事によると、五堂氏は
明治四十四年十月生まれ。東京出身。一高をへて、東京帝国大学文学部卒業。美学専攻。
昭和二年に五堂産業創設。私邸は六ノ山館。

六ノ山荘町(六麓荘町がモデル)の宏大な屋敷に住んでいました。

<数年来の“疑獄”事件に加え、音楽ホール建設にまつわる代議士の汚職問題が表面化した昨年十月、氏は“休養のため”市立芦屋病院に入院。持病の“心臓”をたてにマスコミをシャットアウト、再起に備えていた。>
ここで「市立芦屋病院」という実在する病院名がでてきました。

公立病院でありながら、このような人物の籠城先として小説に登場するのは、やはり芦屋ブランドのせいでしょうか。
<疑獄の渦中、かねて別居中だった正代夫人(54)と正式離婚。浪人中の長男(19)を東京に、次男(17)を元夫人のすむ芦屋市内のマンションに、雇人を解雇し宏大な私邸を”閉鎖“、まったくの単身にもどって、なじみの芦屋病院に”籠城“−>

その後、旧友の逮捕も続き、大きなショックを受けます。
<さすがの五堂氏もショックを受けたらしく、一カ月後には“心不全”で、早々と世を去ることになった>

 震災後に芦屋に戻ってきた橋本京子は、数十年前の週刊誌のページを閉じ、きちんと折りたたみ、再び黒布でくるみます。そして涙をポロポロこぼしながら、芦屋川沿いを歩いて行ったのです。





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阪急沿線の街にゆかりのある小説や随筆、アニメの舞台を訪ね、当時の景色や登場人物に思いを馳せるセンチメンタル散歩です。震災以降、街並みは大きく変わりましたが、歴史ある美しい景観を守る一助になればと思っています。

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