犬と歩く夙川

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犬の躾とオペラント条件づけ

犬のしつけって、どうしなさいこうしなさいと言われてもなかなかよくわからないのですが、なぜ?を教えていただくとよくわかります。

ちょっとgoogle検索してみて、今更なことですが、オペラント条件付です。某大学心理学科を卒業していますが、卒業して初めて古典的条件付けとオペラント条件付けという言葉を実社会で聞きました。

パブロフの犬やソーンダイクの猫。身近にあるべきだったのはソーンダイクの犬でした。学校出てから全然役立たなかった二年間の学習と思っていたのですが、感無量です。





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犬のはなし | コメント( 1 )

「パブロフの犬」は学校で教わって、今でも覚えています。
「ソーンダイクの猫」は今ネットで調べて、名前と中身が一致しました。
心理学という学問は面白そうですね。

[ 西野宮子 ] 2018/04/06 20:46:34 [ 削除 ] [ 通報 ]

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社家郷山からの虹

有馬温泉と芦屋川を結ぶ芦有ドライブウェイの東六甲展望台、芦屋の奥池の上にあるので、芦屋市だと思いがちですが実は西宮市にあります。

徳島からの帰り、阪神高速道路神戸線が混でいたので、北神戸線から有馬にでて芦在を通ったのですが、途中の展望台から虹がみえました。

ちょうど甲山の横あたりでした。






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六甲山 甲山のこと | コメント( 0 )
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東山魁夷と六甲山

何年か前のこと、
二科の回顧展の仕事で信濃美術館に行った時、
東山魁夷が裏六甲を描いた若描きの小さな作品を見た。
展示中の作品を横目で見ただけなので、
詳しいことは覚えていないけれど、
青年期を神戸で送った魁夷なので、
六甲山の風景をスケッチしていてもおかしくない。
調べようと思いつつ忘れていたので、
一応メモしておくことにした。


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描かれた西宮 | コメント( 0 )
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2005年閖上 名取の花火

2005年の夏、朝日新聞の主催で興福寺の展覧会が大阪、東京、仙台を巡回しました。
大阪会場が勤務先であったので、東京会場だった東京芸術大学から仙台市博物館まで作品を輸送する業務に携わりました。

たまたま作品を搬入した日は名取の花火でした。
是非見た方がよいといわれて、
仙台から名取まで電車に乗って、
そこから閖上の港まで延々歩きました。

その日はあいにくの霧で、
平地を歩けども歩けども、結局花火は見えませんでした。
道沿いのお家には、花火見物の方々が集まってバーベキューをしておられ楽しそうでした。


「閖上」って難しい字だと思ったのですが、
その次にその言葉を聞いたのは東北の震災の時でした。

その日、天王寺でもかなり横揺れし、
勤務先のホールの天井にあったシャンデリアが不気味に廻り続けたのを覚えています。

延々と平地が続く場所は大阪平野にもかなり存在します。
地震なんて無い方がよいと思いますが、
大阪市内でも、上町台地そのぞけばオフィス街があるところはほぼ低地です。
日常生活のなかで低地に居ることは多いです。

そして阪神、JR、阪急どの電車も低地を通っています。


阪神大震災で揺れの恐ろしさは体験しましたが、
未体験の津波。
襲われないとは限りませんが、
そなえはできているようには思えません。


2005年の名取の花火について書いてあるブログがありましたので貼り付けました。







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その他 | コメント( 0 )
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歴史的行政区域データセットβ版

かつてあった市町村が、
合併や区割りの変更でなくなる
ということが結構あると思います。

境界線上の町がどっちだったのかわからなくなることが多いからです。

ちょっと前まであったのに今は三木市に統合されている美嚢郡吉川町とか。

カーナビなどで困ったこともありました。

そんな時、使えそうなのが「歴史的行政区域データーセット]
、β版なので開発中と思われます。


近隣の行政区域は以下の通りです。



宝塚、芦屋、尼崎、東灘区あたりはひょっとすると一つの行政として一緒になっていたかもしれません。大阪維新みたいな人たちが出てきたら、これから先一緒になる可能性だってないわけではなさそうですね。


近隣は摂津国、旧武庫郡としての歴史を共有してますから、実はそんなに違和感がないかもしれません。最近は電車の沿線によって特徴がでるような気もするので、むしろ西宮だとか芦屋だとかに差をみつけようとするほうが難しいのかもしれません。南北交通が便利になったら変わるのかなと思ったりもしましたが、結局靜かな生活のしたい人は靜かなところへ、便利な繁華街の好きな人はにぎやかな所に集まるのかもしれません。







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阪神間と周辺のこと | コメント( 0 )
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神呪寺周辺の滝

戦国時代に荒廃した神呪寺が現在の地に伽藍を戻したのは宝暦五年(一七五五)のことといわれています。

それは摂津名所図会の七巻が刊行された寛政八年(一七九六)から約四十年前のことです。

そんなに古い話ではないのですが、以前にあった場所についての記録がなく、はっきりしたことがわかっていません。神呪寺には元禄頃に土佐派の絵師によって描かれたという縁起絵巻が残っており、その頃伽藍再建のために活動していたと書いたものがありますが、これについて書いた記録も確認できていません。

創建にまつわる伝説は詳しく書かれていますが、現実に起こったことについてはほとんど書かれていません。

摂津名所図会には寺院の伽藍の外にある幾つかの旧跡が記されています。

山頭祠 熊野・白山・蔵王・住吉・廣田・諏訪・八幡の七座を祭る。

九想の滝 本堂より巽三町にあり。

大井瀧 本堂より北の方八町許にあり。 

廣田神影向石 本堂より真南三町にあり。

白龍石 本堂の西谷一町許にあり。弁財天影向石 一名居箱石といふ。本堂より乾八町許にあり。

荒神石 本堂の上方一町にあり。

乾滝 当山北裏にあり。 

鳴滝 坤の方にあり。


この中で滝について調べてみました。

九想の滝は修験の行場だったそうですが、現在も、バス道を少し下った駐車場の奥にあります。 


大井の滝、この名前は水の利権にかかわる記録の中に分水した箇所として、よくでてきます。また仁川広河原と市街地を流れる仁川の中間にある仁川渓谷として、ハイキングに行く人が多かったところです。震災後は下流からは通行止めになっているようです。


※大井の滝については以下のブログに詳しく書いてあります。

http://d.hatena.ne.jp/arkibito/20150728/1438069757


山の北裏にある乾滝、そして鳴滝は坤、つまり西南にあると書かれていますが、この二つについてはどこにあるのか不明です。


 ※一町は約109.09m 方位を考えながらどこにあるのかなと思って地図におとしてみましたが、廣田新鋭向石は甲山八十八カ所巡りのなかにあったと思いますが、みつかるのでしょうか。






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犬のはなし | コメント( 2 )

ふくさん、こんばんは。
大井の堰は、上のコースで一度行きました。大学生たちが水遊びしていたのを羨ましく思いました。
通行止めの入り口から、しばらくあぶない道があるので注意です。
あとは急流のかなり上を通り過ぎます。こんな急流があるとは初めて知りました。
九想の滝は最近行っていませんが鳥居ができたり整備されているようですね。
その下流には、天竜の滝があります。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000080132/p10986858c.html

[ もしもし ] 2018/03/10 21:20:53 [ 削除 ] [ 通報 ]

もしもしさん こんばんは 犬仲間がよく犬を泳がせにいっている場所が大井の滝だったと今日知りました。天竜の滝は摂津名所図会にありませんが、播半があった頃、お庭に渓流がありましたが、そこに続いていたのだと思います。あのあたり、この二十年でマンションだらけになってずいぶん変わってしまいましたね。鷲林寺にある滝はまだ現役のようですが、行く気力はありません。

[ ふく ] 2018/03/10 21:28:31 [ 削除 ] [ 通報 ]

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摂津名所図会の神呪寺

摂津名所図会に描かれた神呪寺

上代の春日もうつる甲山という蕉門の俳人の

句を記し、山一面に堂宇が描かれている。


おそらくその意味は信仰の地の古代に心をはせるというような意味なのだろうか。

風雅を解さないので、詩歌など文芸は苦手だからよくわからないが...


と思って検索していると、

絵はがき博物館の絵はがきが何枚かでてきた。

現在の甲山の姿とはほど遠く、明治以降の既神域のなくなった甲山ではあるが、

名所図会に近い配置で寺院の伽藍が構成されている。


さらに写真に写る本堂の屋根には、現状の唐破風は無く、

絵図のものに似ている。


戦後の伽藍修復作業によって改築されたようである。








いろいろ検索していたら、秘仏如意輪観音が現在、東京国立博物館の仁和寺と御室派の寺院の展覧会にお出かけになっていることがわかった。

二ヶ月後のご開帳は今年もあるのでしょうか。とちょっと気になった。



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六甲山 甲山のこと | コメント( 2 )

確か 葛井寺の観音様も東京国立博物館に出かけていますね。こちらは千手観音ですけど。新聞で見かけました。
 展示はいつまでなんでしょう? 御開帳が気になりますね!

[ さとっさん ] 2018/03/10 0:03:10 [ 削除 ] [ 通報 ]

展示は明日までですので、重なりません。大丈夫と思います。藤井寺さん千手観音さんをお出しになりましたか。あの方は素敵です。

[ ふく ] 2018/03/10 8:10:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

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1947年国土地理院航空地図

終戦直後の甲山神呪寺の様子がわかります。
この写真を見ると、現在のすさまじい開発のあとが見てとれます。
ちょっときになったのは逆瀬川の上流です。
河川の改修前はかなり広い河原があったようですが、
今は逆瀬台という住宅地になっています。


1970年代



現在の神呪寺












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六甲山 甲山のこと | コメント( 2 )

真ん中の写真に感動!見事にイナズマ型の登山道が写ってますね。

[ imamura ] 2018/03/09 15:15:14 [ 削除 ] [ 通報 ]

ぎざぎざ道がなければどこが甲山かよくわかりませんでした。よくみると堂宇の後ろ側に白い道が見えていますので、そのあたりにそのあたりに弁天様とかがあったのかもしれません。役行者信仰と弁天様、鎮守も弁天様だったようですが、当時の参詣者はお大師さん、弁天さん、観音さん、荒神さん、お不動さんなどのお参りにいっていたみたいで、一時期は富くじなどもあったようです。今は如意輪さんと融通小判といってますが、結構ぐちゃぐちゃしており、おまけに修験も関係していて、わけのわからない信仰の世界だったんでしょうね。

[ ふく ] 2018/03/09 15:54:02 [ 削除 ] [ 通報 ]

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摂津名所図会 神呪寺1 (加筆修正)

摂津名所図会には、図の部分とは別に文字情報で「摩尼山神咒寺」について書いた部分もあります。以下いくつかにわけて掲載します。以下ゴシック字体が本文です。



摩尼山神咒寺」六甲山東面の中間兜山にあり。※摩尼山神咒寺→武庫山神呪寺

古儀真言宗 ※真言宗御室派

本尊如意輪観世音 弘法大師の作。長二尺ばかり。※弘法大師より後の時代

脇士持國、増長の二天も同作なり。 ※寛政十一年に仁王門を建て安置。

護摩堂 不動明王を安置す。智証大師の作。 ※不動堂を本堂の右に新しく建てて安置。

大師堂 弘法大師自作の像を安す。 ※本堂の左に大師堂を新しく建てて安置。

三十三所観音堂 中尊聖観音は聖徳太子御作。※納骨堂を建てて安置。

荒神祠 三宝荒神は役行者の作。

八幡宮馬上の像は弘法大師の作。

鎮守 弁財天女を安ず。役行者の作。毎月七日に開扉あり。又毎歳正月七日の夜には、福富の法会あり。箕面の富の如し。

※箕面山瀧安寺 役行者、弁財天を祀る。古来より身体健勝、商売繁盛の御利益のある箕面登美が行われる。夫木集藤原兼隆の歌に見える。

山頭祠 熊野・白山・蔵王・住吉・廣田・諏訪・八幡の七座を祭る。


九想の滝 本堂より巽三町にあり。

大井瀧 本堂より北の方八町許にあり。 

廣田神影向石 本堂より真南三町にあり。

白龍石 本堂の西谷一町許にあり。弁財天影向石 一名居箱石といふ。本堂より乾八町許にあり。

荒神石 本堂の上方一町にあり。

乾滝 当山北裏にあり。 

鳴滝 坤の方にあり。


※読み下しにつきましては国会図書館デジタルコレクションから、大日本名所図会第一輯第五編摂津名所図会 大日本名所図会刊行会 大正八年を山椒いたしました。


赤字の部分が、神仏分離、修験と寺院の関係、富くじの禁止等によって、現在では見られなくなっているようです。明治以降、社寺の祭礼のなかにあった民間信仰的というのか、遊興を兼ねる部分がそぎ落とされたりしてしまっておりますが、江戸期の名所や、さらにここから鷲林寺、観音山を経て六甲に続く、役行者、修験、弘法大師などにまつわる信仰の場としての神呪寺がどのような場所だったのか、気になります。


緑字の部分は寺域の外にある部分です。うち九想の滝など残っている場所もあります。



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西宮を書いた小説・随筆・紀行 | コメント( 0 )
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摂津名所図会 兜山

久しぶりに摂津名所図会の神呪寺を見ています。
武庫川女子大が提供してくださっているデジタルデータは初版であり、解像度がよいです。


右上には「兜山神咒寺の文字が書かれています。麓からは参道が続き、階段をあがった中腹には本堂があり、右手に観音堂、大師堂、潅頂堂が続いています。本堂の左手の階段を数段上がると荒神が祀られ、その左手にある鳥居をくぐり、少し狭く急な階段をあがると弁天が祀られています。その右手の細い道を東の方に歩いてゆくと、ちょうど本堂と観音堂の上あたりに鎮守社と舟玉社があります。一方、本堂への階段の一つ下の段を左手に進み、別の階段をあがり西に行くと方丈があります。

この図に描かれた神呪寺が現在と大きく違うところが幾つかあります。一番大きな違いは明治政府の政策により神仏分離が行われたため、現在の甲山は真言宗御室派の別格本山の寺院となっていますが、図が描かれた江戸時代の末期は神仏習合の時代であり、山には弁天様をはじめとした神様がお祀りされていました。そのため伽藍の構成も異なります。おそらく参道から本堂に到る道筋には変わりないと思われますが、図にある本堂横の観音堂はありませんし大師堂の位置も異なります。弁天堂は全く別の位置に写されており、鎮守、船玉社などはなくなっています。そして本の出版後である寛政十一年(一七九九)に建てられた仁王門、実際に見ると古風な観じがするのですが、当然のことながら図のなかには描かれていません。







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描かれた西宮 | コメント( 2 )

弁天堂の跡は今どうなっているんでしょうね?

[ imamura ] 2018/03/07 11:45:28 [ 削除 ] [ 通報 ]

かつての弁天堂のあったという、山にむかって西側の上段は確認できないような気がします。現在の登山道は東側の納骨堂のところからあがっていくように思います。終戦直後と1970年代の航空写真を別に追加であげてみましたが、よくわかりませんでした。

[ ふく ] 2018/03/07 13:55:40 [ 削除 ] [ 通報 ]

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西宮を中心に古書や古い新聞に書かれた記事をもとに阪神間の昔をたどったり、出典になった本や古書の紹介をしたり、備忘録的ではありますが、ぼちぼちと更新いたします。もちろん犬の話し、海外ミステリー、書画骨董、食べもの、ワインの話しなども、たまには織り交ぜて書きたいと思います。
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