犬と歩く夙川

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食は三代

サブタイトルに東西食文化考とありましたので、以前に購入したものを読んでおります。


出井宏和氏は銀座にあった関西風割烹の「出井」の経営者でした。「でした。」というのは出井が閉店してしまったからです。

出井は銀座にあった有名な割烹ですが、関西から東京へ出店したお店でしたが、経営難で閉店したそうです。そのあたりの経緯が少しだけ伊藤洋一さんのブログにありました。

湯島のいづ政をはじめ、出井で修行され独立されたお店がたくさんあるそうです。関西割烹ということば、関西では聞き慣れない言葉ですが、東京ではよく目にします。そのあたりのことも書いてある本なので、面白そうです。

また伊藤洋一さんの「カウンターから日本が見える」も面白そうです。





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食物漫遊記 種村季弘

種村季弘氏はドイツ文学者でかつて、幻想文学などに関する著作を読んだことがありますが、日本の食についてこんな面白い本を書かれていたとは知りませんでした。



Amazon kindle版を電車の中で読んでいます。



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駅名小話(加筆訂正)

『甘辛春秋』1966年春号に、福岡葉留路さんという方の書かれた,「甘辛駅名考」という小文が掲載されています。この方は駅名辞典などを編纂された方のようです。
末尾に、三宮から大阪間の駅名を使った小話が紹介されていました、

「酒と云えば、ずっと以前に三宮ー大阪間の駅名を使ったこんな小話があった。」と、始まります。

「おい、酒のめや(三宮)」
「なんぼや」
「ただ(灘)や」
「どうしてや」「代はすいよし(住吉)や」
「そんなら、よしや(芦屋)」
「二升のめや(西宮)」
「冷や酒はいかん」
「かんざけ(神崎)や」
「こや熱い」
『大方(大阪)うめた(梅田)」

 三宮、灘、住吉、芦屋、西宮、神崎、大阪の時代の話です。「今では六甲道、摂津本山、甲子園口、立花、塚本などが増え、神崎が尼崎になり」っていつのことかと思いながら車中で読みました。

今はそれにさらに甲南山手とさくら夙川の二つがふえています。


JR(旧国鉄 省線)大阪ー神戸間の駅の変遷について確認の意味でまとめてみました。

明治7年(1874)大阪ー神戸間に鉄道ができ、三ノ宮駅、住吉駅(20日遅れ)、西ノ宮駅、神崎(20日遅れ)駅開業。
大正2年 (1913)芦屋駅開業。
大正6年(1917)灘駅開業。
昭和9年(1934)都市かとともに、吹田ー須磨間の省線電車の運転が開始され、塚本、橘、甲子園口、六甲、元町駅ができる。
昭和10年(1935)摂津本山駅が開業します。
昭和29年(1954)神崎駅を尼崎駅に改称。

平成8年(1996)甲南山手駅開業。
平成19年(2007)さくら夙川駅開業。

西宮駅が開通当初から人と貨物の両方を扱う主要な駅だったということが改めて確認できます。そういえば昔はチッキとか駅留めの荷物とかってありましたね... 。海外からの小包とか、名古屋に里帰りした後、荷物をつめた柳ごおりをとりに西宮駅まで車で取りに行ったのをなんとなうっすら覚えています。




甘辛春秋
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チッキねえ。懐かしい言葉です。

[ akaru ] 2013/04/06 21:37:39 [ 削除 ] [ 通報 ]

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貝弥(かいや)の蒲鉾 続

「かいやの焼きとおし蒲鉾」については以前にも書きました。
文壇でも有名だったのでしょう。
小島政二郎が『吟味手帖』(昭和46年)という随筆に書いておりました。


日曜日に買ってきた『甘辛春秋』1969年春号を見ていますと、

こちらには竹中郁さんのインタビュー記事がありました。

竹中郁さんがかいやの主人に聞いておられるという構図です。


実は前回書きましたが、かいやさんはなんとなく入りずらいといつも買ってきてくださる方からは聞いていたのですが、それは現代の話しです。竹中さんの書かれたのは今から、五十年も前のことになります。ご主人も先代なのか先々代なのか違うかただと思います。







なんと、当時のご主人、MGのオープンカーで宝塚から通って来られていたようで、じんべの下には緑と赤との大きなチェックのスポーツシャツをお召しになっていたとかと書いてありびっくりしました。












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懐かしくて頼んでしまいました。母がかまぼこやらは、包丁では匂いが移るからとヘンケル(ゾーリンゲン)で切っていたのを思いだしました。東京のお寿司屋さんで最後に果物をお願いしたら、父に鉄は匂いが移る、店を変えてデザートにするべき、と𠮟られました。

[ ロックウェル ] 2013/03/29 13:06:14 [ 削除 ] [ 通報 ]

ロックウェルさん 私は総じて練りものがそんなに好きではなかったので、この蒲鉾のことを、全く記憶していませんでした。美味しいと思うようになったのは近年です。50年前にMGのオープンカーで宝塚から通っていたチェックのシャツの大将というのがとても違和感があって面白いです。

[ ふく ] 2013/03/29 18:49:52 [ 削除 ] [ 通報 ]

ふくさま チェックのシャツにMGってお洒落ですね。サニーガーデンに茶色のMGがありましたね。たしかアイスクリーム屋さんの車だったと思いますが。
練り物は大好きでした。親戚がいたり、知人がいたり、で昔は少々日持ちもしますしお土産に良かったのではと思います。山口の「白銀」とか、四国の「削りかまぼこ」なんて懐かしいです。阪神に売っているのでピンクの削りかまぼこ、たまに買って帰ります。やっこちゃんさんのところの、かんなくずみたいですけれど(笑)。慣れないと不思議な食感だと思います。
「焼き通し」なんともう皆(友人も募りました)届きました。今晩頂きます。かなり大きいです。

[ ロックウェル ] 2013/03/30 14:21:53 [ 削除 ] [ 通報 ]

焼き通しはお取り寄せできるのですね。知りませんでした。頼んでみます。

[ ふく ] 2013/03/30 14:44:00 [ 削除 ] [ 通報 ]

「焼き通し」、本当に久しぶりに頂きましたが美味しいものでした。友人たちも、朝9時一番に着いたと。それぞれ美味しかったと申しておりました。尾道の「桂馬」山口の「白銀」等、暫しかまぼこ談義でした。阪神に売っている、「大寅」のうづら卵が入ったものやキクラゲの入った白天も大好きです。生姜醤油で頂きます。

[ ロックウェル ] 2013/03/30 22:15:28 [ 削除 ] [ 通報 ]

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大黒頭巾はお金持ち

江戸文化食紀行に紹介されている
七福神と宝船の項。
この写真、もう少し大きなものがないかと検索したら、ありました。
東京都の図書館の貴重資料画像データベースです。
以前ですと、こういう画像を探そうと思うと、
出版されていない限り、
錦絵を閲覧できそうな場所を探して歩かねばならず大変でした。
面倒だなと思ううちに忘れてしまうことも多かっのです。

最近は居ながらにして、検索できるので、
楽しみが増えました。


http://www.kabuki-za.com/syoku/2/no267.html

商家のご主人、千両箱によりかかり、猪口を手に酒をのんでいます。
頭には大黒頭巾。焙烙頭巾ともいうそうで、老人がかぶっていることが多いとか。
そういえば、還暦のじいさまが赤いものをかぶってたりします。

http://www.geocities.jp/ezoushijp/hananomidorinaka.html


こちらの書物は東北大学の図書館のサイトにあった「教訓喩草絵本花の緑」、絵本花の緑中巻 石川豊信画 宝暦十三年(1763)


同じ年格好の白髪頭ながら、宝禄頭巾を被り、家来を従えてている人。棹さす船頭、もっこを担ぐ人、物売り、様々な生業の人々を描いる。


と、解説にあるところから、お金をもった成功者のじいさまがかぶったのではないかということになります。


これを読むまで、大黒さんみたいな帽子はおめでたいからかぶってるのかと思いましたが、いつから流行ったかとか、誰がかぶりはじめたのかとか、知らないことだらけということに気づかされます。学校では誰も教えてくれませんし、たぶん教えてる先生だって教科書にのってないでしょうから、知らない人が多いのでしょうね。こういうこと。


上の錦絵は国芳です。出版年は天保14年(1843)から弘化4年(1847)ぐらいまでの間とのこと。


こちらはサイトにあった明治期の輪島の大平椀ですが、この手は直径が30センチほどあったりします。さて、何の煮物がこんなにたくさん入っていたのでしょうね。




錦絵
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大黒頭巾は老人と赤ん坊の祭事に被りますよね。
老人の場合は「髷」が小さくなってしまう(最後には髷を結えなくなる)ので大黒頭巾を被るという話もきいたことがありますが。
いずれにしても絵の老人も千両箱にもたれかかって一献・・・ええですねぇ。やはり冨と寿のシンボルなんでしょうね。

[ ダンプ先生 ] 2013/02/02 14:43:45 [ 削除 ] [ 通報 ]

ダンプ先生はびっくりするほどいろんなこと知っておられますね。
老人の髷の話しは知りませんでした。あの扮装はそもそも子どもがするのか老人がするのかどちらでしょう。子どもの扮装を老人が還暦でするということが弦斎は見られます、これとていつから始まったか知りません。

[ ふく ] 2013/02/02 22:21:47 [ 削除 ] [ 通報 ]

江戸時代と言うのは思った以上に持ち物や着物に制限が加わっている時代だったと思うのです。幕府による士農工商による身分分けに各藩が決めた身分制度があるからです。
髷の結えなくなった老人は坊主かと言うとそうではないので区別をする大黒頭巾という話だったような・・・。だから大黒頭巾をかぶっているのは商人だけだとか。
紅いちゃんちゃんこと頭巾は還暦に赤ちゃんの扮装として着られますが、これは十干十二支で60年。赤色は縁起物で魔よけの色です。ということは十干十二支が日本に伝わって、かつ着物様式がほぼ固まった室町以降でしょうか?
ちなみに大黒頭巾をモチーフにした冑もあるようです。やはり縁起物ですね。

・・・髷と冠、頭巾はちょっと密接な関係があるようです。

[ ダンプ先生 ] 2013/02/03 1:24:24 [ 削除 ] [ 通報 ]

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江戸食文化紀行

江戸食文化紀行という歌舞伎座メールマガジンの連載。松下幸子先生の浮世絵と食べ物のお話がおもしろいです。浮世絵は国会図書館のデジタルアーカイブで検索すると、もっと鮮明な画像でも見られます。




江戸のお話ばかりではなく、関西もあります。
例えば恵比須と鯛とか。




歌舞伎座メールマガジン
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ただいま「江戸の献立」を、夫が持ち帰り、読んでおります。
美味しそうで美味しそうで、明日からのお献立に早速取り入れます。

[ アップルビー ] 2013/02/03 20:46:43 [ 削除 ] [ 通報 ]

アップルビーさま なべ家のご主人、松井今朝子さんとの共著でしょうか。これが江戸料理ですというものを意識していただいたことがありませんが、きっと知らないうちに食べているのかもしれません。
http://www.gourmet.ne.jp/nabeya/index.html

[ ふく ] 2013/02/04 9:22:51 [ 削除 ] [ 通報 ]

本当に、江戸前鮨は知っていますが、江戸前料理と申しますと「はて?」という感じです。なべ家さんのページも拝見しました。あわびご飯気になるところです。
松井今朝子さん、松下幸子さん、昨日の団十郎訃報がっかりされたでしょう。めったに歌舞伎を見ない私ですら、若き日の姿を思い出ししみじみしました。幼い日に観たお祖父さんの海老蔵も思い出しました。

[ アップルビー ] 2013/02/05 8:17:43 [ 削除 ] [ 通報 ]

アップルビーさま 歌舞伎は大人になってからは滅多にみませんが、この団十郎は辰之助とテレビドラマなどにもでていたように思います。昨年ロイヤルホテルのリーチバーでおみかけしたときはお元気そうでしたのに。お祖父さんの海老蔵?は見たことありません。

[ ふく ] 2013/02/05 9:00:21 [ 削除 ] [ 通報 ]

江戸前料理とは初めて聞いた言葉です。江戸前というと仰る通り、お寿司と蕎麦、鰻、どじょうでしょうか。これとイタリアンは東京の方が美味しいと父は申し上京の際に食しておりましたが。江戸前で天ぷらも有名ですが、ごま油より、紅花油など、関西てんぷらの方が私は好きです。これは小さいときからの食習慣で好みの問題でしょうけれど。

[ ロックウェル ] 2013/02/05 9:50:43 [ 削除 ] [ 通報 ]

お祖父さんの海老蔵は、團十郎になって二三年で亡くなりましたので、幼時に観たのは海老蔵時代でした。とても美男子で、見えを切った時に、脛が細かったのを記憶しております。

[ アップルビー ] 2013/02/05 10:26:48 [ 削除 ] [ 通報 ]

ロックウェルさま 天麩羅は江戸前が好きです。日本橋だったと思いますが、しもた屋の屋根の上に大きく、祖父がごやっかいになっておりました会社の風邪薬のネオン看板をあげてくださっているお店がありました。何度かつれていってもらいました。

[ ふく ] 2013/02/05 19:16:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

アップルビーさま いまの海老蔵さんのおじいさまの海老蔵さん、私は知りません。先代勘三郎や扇雀、梅幸、松本幸四郎ぐらいからでして、菊五郎や団十郎はなくなっていました。お父さんの海老蔵よりも声が素敵だったようですね。うちの母はお祖父さんの海老蔵さんが好きだったようです。

[ ふく ] 2013/02/05 19:19:13 [ 削除 ] [ 通報 ]

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甘辛春秋

鶴屋八幡という和菓子のお店が1960年代から70年だいにかけて編集発行に関わった、
あまカラ、甘辛春秋という雑誌があったことについては何回か書きました。
例えばですが...


少しだけ古本で購入して見入っていますが、
たまたま目にした
1969年甘辛春秋冬号に、さかづきについてありました。

ちょっと読むべしと思い、
スキャンしてしばし
メモとしました。










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私は鶴屋八幡さんの、卵、小豆せんべいや鶏卵素麺が大好きです。
よく海外へも送ってもらいました。缶じゃなくて箱になったのが寂しくもありますが。細かなおもちゃを入れておりました。
先日はいきなりメールで失礼いたしました。お近くを通って墓参りに行きましたので、シロちゃまたち、歩いているかしらん?と思いました。父の体調が安定しませんので、いつも当日予定を決めてうろうろ、です。

[ ロックウェル ] 2013/01/08 2:49:23 [ 削除 ] [ 通報 ]

「甘辛春秋」ではありませんが「味の手帖」1月号の茂木友三郎、宮内義彦、牛尾治朗氏の鼎談は面白いです。中国問題、留学生問題など、高坂正蕘氏の引用など結構新しい情報が多くなるほどと思いました。

[ ロックウェル ] 2013/01/08 2:57:13 [ 削除 ] [ 通報 ]

休み中に教えて頂きました「琥珀色の眼の兎」すぐに求めまして読み始めたままでしたので、どうにか読み上げようと思っていたのですが私には読みづらく、まだまだ、です。描写が細かくひとつひとつ想像しているとどうも前に進みません。。代官山でお目にかかった、スイスのお友達には早速、求めてお土産に渡したのですけれども。。本も書類も、手紙も溜まる一方です。。

[ ロックウェル ] 2013/01/08 3:12:22 [ 削除 ] [ 通報 ]

1972年からしばらく淀屋橋の商社におりましたのですが、出入りの女性社長が鶴屋八幡の横をどうしても素通り出来なくてとおっしゃって出来たての百楽をいつも差し入れして下さいました。パリパリとして香ばしくあんなに美味しい最中は初めてでした。デパートで買う百楽は普通です。最中は焼きたてに限るというのが、鶴屋八幡と聞いてあたまによぎる始めの事というのは、なんて食いしん坊なのでしょう。
甘辛春秋も楽しみに読んでいましたのに、値打ちも分からず読み飛ばしていたのでした。

[ アップルビー ] 2013/01/08 11:00:13 [ 削除 ] [ 通報 ]

ロックウェルさま 卵煎餅。たべたいです。最近もあるのでしょうか。しばらく鶴屋八幡にいっていません。あの雑誌を発行されていた方のお姉様?の息子さんを存じ上げています。浮世絵のコレクションんとかされていたようです。(千葉市美はそのコレクションが寄贈されてスタートしました) 味の手帖は以前に読んだことがあるように思いますが、最近は観ていません。
琥珀の眼の兎は話しは面白いのですが、翻訳があまりうまくないのでわくわくして読み進むという感じではないように思います。私の所、本が多すぎます。さてどうしたものか...
私も家にいるときはいるのですが、いないときはいませんので、きっといつかタイミングがあえばおめにかかれるかと思います。お父上さまお大事に。

[ ふく ] 2013/01/08 23:14:07 [ 削除 ] [ 通報 ]

アップルビーさま 淀屋橋の商社ですか。神出鬼没で想像不可能です。もなかって、どちら様のもそうですが、ほんの一瞬でふかふかになります。空也が本日中にといったり、菊屋が別々にして売ったりしたのがわかります。本店のもなか、その場で一度食べてみたくなります。

[ ふく ] 2013/01/08 23:16:31 [ 削除 ] [ 通報 ]

ふくさま
ちょうど昨日、時間ができましたので、花びら餅やおため用のお菓子や吉野拾遺(葛湯)をとデパート地下街をうろうろしておりました。
鶴屋八幡さんの卵、小豆に胡麻煎餅まだ健在ですよ。「百楽」最中も菊屋さんや吉信さんのような手作り用が昨秋から発売されていますが、餡が1つずつ個包装になっているので詰め易いと思います(他店は缶に数個分同封なので餡の量加減が難しい)し、縦長で頂き易いのでお勧めです。空也さんのは予約せねば買えない人気ですのに、某商社海外支店長宅では日本からの接待用に常備されているそうです(商社繋がりで。話が逸れてしまいました)。百楽、本店でできたてを是非、頂きたいですね。
お正月に「鳩サブレ」を頂戴し、思わずふくさまを思いだしました。既出と思いますけれど、鶴岡八幡宮の八の字から鳩サブレの形になったそうです。

[ rockwell ] 2013/01/10 8:08:39 [ 削除 ] [ 通報 ]

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おせち

お正月のおせち料理、辰巳浜子先生はなんと書いておられるかと思って、
『料理歳時記』の冬の項にある「おせち」を読んでみました。

        


冒頭にはおせちが百貨店で売られtいることについて淋しいと書いておられます。
そして使われている材料は、日本全国どこにでも手にはいるものだったとも書かれています。

 田作り(ごまめ)はしこ鰯の干したもの。大漁の時は肥料にするもの。
 昆布巻き 昔は庶民の食べ物である身欠き鰊を昆布で巻いたもの。
 黒豆 日本中田のあぜでとれた。
 数の子 ただのよううなもの
 するめ、鮭、安かった。

常とちがうのは、貴重品であった砂糖をたくさん使うところですと最後に書いてありました。そして、それぞれのお料理が意味するところについて、少し皮肉を書いておられるのですが、まさにその皮肉があたってしまっています。引用してみましょう。

「昆布はよろこんぶ、黒豆はまめで働けるように、田作りは稲の豊作につるび、数の子は子孫繁栄を意味して生めよ殖やせよに通事させたとか。現代の若い人は家族計画、加えて人口問題のやかましい折なので、数の子のほうが先を見通して、影を消してくれました。今に田作りも姿を消して、田んぼなんか作らなくてもいいですよ、お米は余っているし、企業企業で多忙だし...、観光地やゴルフ場やらで農作をする場所もないじゃありませんかと逃げられるかもしれません。いまさらおせちでもないではありませんか...。」

昭和四十八年の二月に初版のでている文庫本ですが、あとがきを見ると、昭和三十七年から四十三年の七年間、『婦人公論に』連載されていたものをまとめたと書いておられます。


確かに戦後は人口が増えすぎると食糧問題につながるといっていた時期もあったのですが、すでに昭和の時代から将来の少子化は、ある程度予測できたにもかかわらず後手にまわってしまったことが、先生の文章からもわかります。このところ、よく耳にする農業問題。これまたこの頃から、ある程度予測できていたことがわかります。この本の書かれた後、バブル経済に突入していきます。高度成長期になんとか手をうっておけばよかったものの、無駄にうかれすぎたことがいろいろと悔やまれます。暴走し始めた車は壊れはじまるまでとまらないのでしょうか。



さて、この文庫本の巻末は荻昌弘さんの後書きがあります。この方の書かれた随筆もおもしろかったので、本棚をさがしてみることにしました。


辰巳浜子
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おいしいもの 随筆 | コメント( 9 )

明けましておめでとうございます。
クックパッドなど無かった新妻時代、よく参考に致しました。梅をいつ頃買うかとか、柿の葉ずしは紅い葉っぱで作ってもいいとか、いろいろ思い出します。好奇心旺盛な方だと思うのは、冷凍庫は、氷とアイスクリームのみ、冷凍食品は茶碗蒸し(卵汁と具が冷凍されていて、解凍して蒸すもの)しか無かった時代に、松茸の冷凍に挑んでおられるところです。

[ アップルビー ] 2013/01/02 22:12:38 [ 削除 ] [ 通報 ]

アアプルビーさま 本年もどうぞよろしくお願い申します。浜子さまと芳子さまの違いというのが気になりました。私浜子さんのご本ゆっくり読んだことがないと思いますので、お正月に読んで見ることにいたしました。

[ ふく ] 2013/01/02 22:35:56 [ 削除 ] [ 通報 ]

ふくさま、今年も脱線してご迷惑をおかけすることとぞんじますが、よろしくお願い申し上げます。
引用して下さったおせちに関する部分は、当時多かったサラリーマン家庭の主婦には共通の気持ちだったように思います。
ちょっと、文献が見当たらないのですが、商家の場合は違うのではないかと思いますが。
昨年、イラン映画の「イラン式料理本」というのを見ました。ラマダンの後の親類縁者が集まって盛大にいただく伝統のご馳走を、全力で丁寧に作る母親、大学院に行きながら子育てをしている監督の妹は、無理解な夫の要求に答えてラマダンのお料理を作る。監督の美人妻に至っては、缶詰を開けるだけで、お客様にもそれを告白してしまう。世代間ギャップは万国共通だと納得した次第です。

[ アップルビー ] 2013/01/03 18:45:27 [ 削除 ] [ 通報 ]

アップルビーさま 高度成長期のサラリーマン家庭の主婦でしょうか。商家と勤め人の家庭は今より違っていたような気もします。 「イラン式料理本」ですぁ。明日、探してみます。今帰ってきましたが、検索してみなければ、全然検討がつきません。

[ ふく ] 2013/01/03 23:37:47 [ 削除 ] [ 通報 ]

浜子さまご自身が、サラリーマン家庭の主婦道の追求者だったと思います。昭和40年頃は、まだ超高学歴の女性も結婚して家庭に入るのが当たり前でしたので、家庭内ミニ浜子さまが多くいらっしゃったように思います。
「イラン式料理本」見当もつかないような説明で、検索のお手間をおかけする羽目になり、小さくなっております。

[ アップルビー ] 2013/01/04 9:37:24 [ 削除 ] [ 通報 ]

アップルビーさま サラリーマンのとらえかたも、多岐にわたって難しくなっているように思います。サザエさんのイソノ家やフグ田家でよいのでしょうか。イラン式料理本、DVDがでたら見てみたいです。テレビでやってくれるのなら見ますけど... 。同世代でもまだ働き続けた人はそんなに多くありません。男女雇用均等法が徐々に充実してきていますが...
まだまだです。確かにもったいないようなかたが家庭に入っておられます。浜子さまの本とても面白いく拝見しております。

[ ふく ] 2013/01/04 20:05:24 [ 削除 ] [ 通報 ]

なるほど、サザエさんは言い得て妙です。
マンガなので気づきませんが、終戦直後の設定で、波平さんは旧制大学出のサラリーマン、お舟さんは女学校出、マスオさんは早稲田出のサラリーマンの設定ですから、意外にクラスとしてはいい方です。まさしくそういったイメージでよろしいかと思います。

[ アップルビー ] 2013/01/04 20:34:05 [ 削除 ] [ 通報 ]

アップルビーさま なんとくつぶやいてみましたが、波平さんが旧制大学で、舟さんが女学校。マスオさん早稲田だったとは知りませんでした。よりぬきサザエさんが復刊されるようですが、そう思って読んでみますね。(^^)/

[ ふく ] 2013/01/04 20:41:34 [ 削除 ] [ 通報 ]

荻昌弘さんは、小林信彦の自伝的小説に登場していたと思い、あちこち見ておりましたら、seitaroさまのところで話題になった松田瓊子さんと縁戚なのですね。お父様の従兄弟の奥様。
ブーフーウーのお姉さんの荻さんは従姉妹さんだそうです。

[ アップルビー ] 2013/01/10 17:02:16 [ 削除 ] [ 通報 ]

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「う」のひきだし

ダンプ先生が書いてくださった、母上様のレシピが細かく書かれたノートのお話し。
ほんの少し前までは、口コミ、切り抜き、カード、ノートがすべての時代でした。



そういえばと思って探してみると、
「う」と書いた箱がみつかりました。


中味は今となってはたいしたものではありませんが、
雑誌は捨てましたが、そういえばこうした
食べ物情報の切り抜きや、メモ、お菓子などに入っていたお店の情報は残していま
す。

「う」って何だっただろう? 誰かが随筆で書いていたのですが、
思い出せませんでした。
検索してみたところ実は私のは〇にうなんですが、「う」でヒットしました。

向田邦子がうの「う」の引き出しを作っていて、
そこにたべものの店のメモやパンフレットなどの情報やレシピを保存していたとありました。

恐るべしインターネット時代、「う」のひきだし、で検索していただくと
とてつもない情報が氾濫しています。

その「う」の引き出しはどこにまとめられた随筆かと検索しましたところ
『霊長類ヒト科動物図鑑』文春文庫所収だそうです。


たぶん私がこの文庫を読んだ覚えがありませんので、
どこか別のところでみたのかもしれません。
雑誌でしょうか。こんな記事をアップしているかたがおられました。





向田邦子
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安愚楽鍋 近代文学あまカラ探しB

『安愚楽鍋』、確か国文科の妹の大学時代の教科書が安愚楽鍋でした。




今の時代の教育を受けていると、
戯作といってあざ笑う前に、もはやそこに書かれている文字が読めません。



仮名垣魯文によって書かれた戯作で、三編五冊。明治4年から5年にかけて出版されました。内容は文明開化の訪れ訪れを楽しむ庶民の実態を、あぐらをかいて食べる安直な牛鍋屋の座敷に凝縮して再現したかった作品。登場人物は田舎侍、工人、生(なま)文人、娼妓、商人といった庶民階級で....、とことのはバンクにはあります。

試みに、これを活字におこして読んでみようとしても、どうも読みにくいと申しますか、やはり読めなくてもこれはあの絵を見ながらよまねば雰囲気がでません。


そういえば、妹の教科書として配られた『安愚楽鍋』のプリントを明治27年生まれの祖父にみせたら、すらすらと声をだして読んでくれましたので、やはり昔の人はこんなものが読めるのだと感心したことを思い出しました。








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西宮を中心に古書や古い新聞に書かれた記事をもとに阪神間の昔をたどったり、出典になった本や古書の紹介をしたり、備忘録的ではありますが、ぼちぼちと更新いたします。もちろん犬の話し、海外ミステリー、書画骨董、食べもの、ワインの話しなども、たまには織り交ぜて書きたいと思います。
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