犬と歩く夙川

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きしめん

名古屋駅ホームきしめん、時々いただきます。

昨日は中央線ホームで。

時間がないので、冷たいのを。


そのあと、電車でゴー!


長野へ。




遊びに行きたいですが、仕事です。


篠ノ井線、山を抜けると、


千曲川、川中島が見渡せます。


長野市に来るのは学生時代以来でしょうか。


こんなところだったかな?


全く覚えていません。








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一日中雨雲と移動

大阪から名古屋へ 

雨雲と移動。

今晩は冷え込むのでしょうか。








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今晩から冷え込むと言ってました〜 !!

[ Numa ] 2014/12/11 18:36:40 [ 削除 ] [ 通報 ]

Numaさん こんばんは。長島とか弥富を通過して新名神でおうふくしました。鈴鹿はちょっとだけ六甲に似ているような気がしました。

[ ふく ] 2014/12/11 19:54:40 [ 削除 ] [ 通報 ]

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得月楼と寺田栄一さん

 河村市長が保存したいといったけれども、火事で焼けてしまった納屋橋の近くにあった「鳥久」には、かつて文豪が出入りしたと書かれています。実は文豪が出入りしたのは、「鳥久」となる以前の「得月楼」(以下「」略)の時代でした。夙川に住んでおりますが、母は納屋町に生まれ、得月楼のすぐご近所に住んでおりました。

@鳥久しいは得月楼であり、得月楼の経営者は寺田栄一だった。

 話の発端は得仙という鮟鱇鍋の店のことからです。たまたま予約のとれない店として、その噂を聞いたので、得仙を知っているかという話からはじまりました。
すると、得仙は納屋町の得月の別れだというのです。

 栄ちゃん(得月の主人寺田栄一さんのことのようです)も文学のようなことをして、戦後はお店を手放して、守口漬けを売っていた。などなどといっておりました。

母がそこに住んでいたのは小学校を卒業するぐらいまでのことですので、極めて断片的な話です。得月楼も母の実家も堀川を背に建っておりました。どちらも壮絶な名古屋大空襲で焼け残りましたが、戦後は税制が変わり、名古屋市中の繁華街では暮らすことはできなくなり、得月楼さんも母の実家も住まいを別のところに移したようです。

母の実家は長らく山翠という中華料理を出す料亭になっておりましたが、洋館は壊されましたが、それは手の込んだ大正期の数寄屋造りの部分であった日本家屋はその建物を譲り受けた某企業の方が犬山(岐阜県)に移築され、命脈を保っているそうです。

さて得月楼と寺田栄一さんについては、ネットで拝見する限りは断片的なことしか書いてありませんので、ネットの記録が消えないうちにまとめておこうと思います。


A寺田栄一とはどんな人だったか

名古屋市立図書館に、寺田栄一について知りたいという2012年の質問の答えがネット上にありました。

(1)「中京名鑑」昭和3年版172頁にに記述がある(毎日新聞社)
(2)ネットで検索すると愛知県文学資料館の頁がヒットする
(3)「愛知の文学碑 碑に見る文学史」(吉田弘 愛知県郷土資料刊行会 1979年) 233頁に履歴があり久保田万太郎門下とわかる。
(4)中日新聞データベースを検索すると、『中日新聞 2006年1月26日夕刊』5面「生きることは描くこと 生誕100年 杉本健吉物語」(中日新聞縮刷版 平成13年2月)に杉本と寺田が奈良旅行に出かけたときのことが書かれており、『中日新聞 2001年2月8日夕刊』(中日新聞縮刷版 平成18年1月))9面「中部の文芸」に紹介されている『婆佐羅たちの宴 名古屋演劇ペンクラブ半世紀』という記載がある。
(5)「婆娑羅たちの宴 名古屋演劇ペンクラブ半世紀」(水谷三佐子 中日出版社 2000年)の96−102頁に「得月の若旦那として趣味人寺田栄一の生涯」記述がある。
(6)著作に「荒川ふく小伝」という名古屋豆本台29冊(亀山巌 1972)がある。



(2)には以下のようにあります。
明治37年(1904)〜昭和47年(1972)。名古屋市に生まれる。大正12年(1923)作家の小山内薫(おさないかおる)と知り合う。俳句は大正14年(1925)久保田万太郎の門下に入る。大正15年(1926)築地小劇場の客員となる。昭和3年(1928)小山内薫の逝去と共に築地小劇場を退く。昭和22年(1947)より十数年にわたりNHKのラジオドラマの演出などを手がける。ねんげ句会同人。


鎮守への裏の畑みち鵙高音

※鵙(もず)・・・百舌。モズ科の鳥。全長は20センチメートルほど。性質は荒く、トカゲやカエルなどを捕らえ、木の枝などに突き刺しておく習性は「モズの速贄(はやにえ)」として知られる。秋の季語。


俳人としての栄一さんについて、昭和9年4月から「いとう句会」という渋谷大和田町にあった「いとう旅館」久保田万太郎を宗匠に開かれていた句会があったそうで、いとう句会という頁がネットにあります。


「?」として栄一さんがでてきます。ほかにも小島政二郎なんかがでてきます。こうした面々との交流から得月には文人が訪れたことがわかります。以下青瓜こと寺田栄一さんの句です。


http://blog.goo.ne.jp/kojirou0814/e/d8541436c5d63205d9c3d7170e38dc05

「青瓜」こと寺田栄一さん。 

紅梅にまたちらちらと降りはじめ

貝殻も味のうちなり蜆汁

裏川を城の花屑流れけり

花屑と真つ赤な木瓜の花びらと

水に浮く灯さへ涼しくもつれけり

ミシン踏む音の聞ゆる釣しのぶ

寺広し紫陽花の窓百合の窓

香水やうちとけがたく美しく

蝙蝠や縄跳びの一人去り二人去り

みんみんに降りそびれたる天気かな

水蓮と河骨畳廊下かな

萩の道芒の道とおのづから

二階にも客あるらしく小春かな

店を売り冬あたたかに母と住む

堅気とは退屈なもの根深汁






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鳥久 得月 納屋町 全焼

河村市長が解体をさしとめたいといっていた、

名古屋駅にほどちかい堀川沿い、納屋橋のそばにある旧納屋町、

旧得月楼、鳥久が全焼。

http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061521/p11123473c.html


大阪でいえば船場といったところだったのでしょうか。

古い商家の建物が残っていたのですが、所蔵者が解体してマンションを建てようと

していたところ、市長が保存できないかといったという話が新聞にのっていました

が。

今朝未明、全焼してしまったようです。 不審火でしょうか。

以下朝日新聞より。



名古屋市で22日未明、今年3月に閉店した老舗料理店「鳥久(とりきゅう)」=同市中村区名駅南1丁目=の木造2階・地下1階の建物が焼失した。江戸後期から明治の間に造られたとみられる建物は、保存すべきかどうかをめぐって議論になっている最中だった。

現場はJR名古屋駅から東に1キロほどの繁華街で、建物は市内を流れる堀川に沿って立っていた。午前3時35分ごろ、燃えていると119番通報があった。愛知県警中村署によると、けが人はなかった。北隣で額縁店を営む高山貴久代さん(87)は「バリバリとすごい音がして目が覚めた。2階の窓から外を見ると、鳥久の勝手口から激しく火の手が上がっていた」と話した。

 市によると、鳥久は戦前、料亭「得月楼」として使われた。坪内逍遥ら文化人が多く訪れたと記された文献もあるという。9階建てマンションに建て替える計画の鳥久側に対し、河村たかし市長が「(名古屋に)欠かせない決定的な財産」と保存を求めて対立。20日には、鳥久側代表の竹中均さん(56)が手作業による解体を始めたばかりだった。

 現場に駆けつけた竹中さんによると、前日の21日正午から午後3時ごろまで、解体業者が照明器具を外したりブルーシートをかけたりした。10日ほど前には、川側の木製の雨戸が壊される被害があったという。

 竹中さんは「27歳のときから29年過ごしてきた場所。いくら解体したいといっても、こんな形になるとは思ってもいなかった。放火だとすると許せない」と語った。

 河村市長は午前11時すぎ、市内で報道陣に対し「どえりゃーびっくりした。かけがえのない名古屋の宝を失った」と述べた。





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所有者のコメント、「こんなかたちで失うことになり残念です。ちゃんとしたかたちで解体してやりたかった。」と述べてました。
でも、不審火の原因として一番に疑われるでしょうね。

[ Numa ] 2014/11/22 17:30:57 [ 削除 ] [ 通報 ]

Numaさん 御返事が遅くなってしまいました。このニュースを一日中流していたところで、長野の地震が起こって、その後いっさい言わなくなったと母がいってました。昔隣に住んでたから興味があってずっとテレビ見てたそうです。

[ ふく ] 2014/11/28 11:00:55 [ 削除 ] [ 通報 ]

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得月と名古屋市長

名古屋市長が、堀川沿いにある日本家屋の取り壊しに待ったをかけてるという話を新聞で見ました。

納屋町の得月の跡のようです。


最近まで鶏のお店になってましたが、

戦前は料亭、得月楼といいました。

現在、あんこうが有名な得仙はこの店の流れを汲んでいるようです。

このブログに詳しく書いておられます。

http://meiheisan.com/torikyuu.html

太平洋戦争の末期、名古屋市内も結構激しい空襲に遭い、名古屋城など主要な建物が

焼けました。

ところが、この周辺は焼け残ったそうです。

母の実家はこの料亭の隣だったので、いろいろな話をききました。

得月楼の主人と小島政二郎さんの話など、

すでに書いたかと思いましたが、書いてないようなので、

時間のある時に、改めてご紹介します。

本日も電車の中より失礼しました。




河村 市長 得月
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そうなんですね、河村市長いいこと言いますね。
東海地方のニュースでは知りませんでした。あまり大きな話題になってないようです。ネットで検索して始めて知りました。
得月楼も、現在営業している得仙も知りませんでした。けっこうな高級店のようですね。機会あれば伺ってみたいです。

[ Numa ] 2014/11/01 12:17:52 [ 削除 ] [ 通報 ]

朝日新聞のデジタルで見たのかもしれません。中日では載ったと思いますが…。戦前は尾張藩御用達の商家か、荷物を積んだ船が通る運河である堀川沿いに並んでいたそうです。得月は祖母曰くどうってことのないあんこう鍋のおみせでしたが、あんこうを
食べさせる店が少ないから、か予約が取れない店で有名だそうです。子どもの頃は毎年春夏二度は名古屋に帰省していましたが、代が変わるとみんな東京に住んでおり、法事ぐらいでしかあつまらなくなりました。名古屋もまた大阪と並んでこせいの強い町ですね。

[ ふく ] 2014/11/02 8:51:14 [ 削除 ] [ 通報 ]

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関西では話題にならないけど

こんな記事が中日には出たらしい。
御家騒動か?
検索にかからないよう。



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今日の朝刊ですか?
気がつきませんでした。
美術館の館長、美を愛でるものは色をも好む?!
情けないですね〜

[ Numa ] 2014/07/03 19:04:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

Numaさん 先月のことのようです。本当にそういうことがあったのか、あるいは別の問題があるのかわかりません。昔と違って、ハラスメントと行ったものが勝ちみたいな状況もあります。個人の感覚が基準になるからむづかしいです。あ…館長でなく、部長が主人公のようです、

[ ふく ] 2014/07/03 19:20:22 [ 削除 ] [ 通報 ]

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ロースころ定食

あまりにも久しぶりに三芳屋さんに来たので、

西宮ブログにロースころについて書いたのかどうか忘れました。

名古屋にくると、といっても大曽根あたりですが、食べたくなるのが、

ロースころ。もともと東濃のものらしいのですが名古屋にもあります。

関西にはないとおもいます。





定食はきしめんサラダとご飯つきですが、流石にご飯はパスしました。

釜揚げきしめんとうどんの店とありますが、徳川美術館にようのある時は必ずよります。芳光のわらび餅も近所にありますが、肉入りのうどん。味の濃さがちょうどよく、こんな味付けは関西ではたべられわせん。




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ロースころ? 知りませんでした。

[ Numa ] 2014/05/20 17:57:53 [ 削除 ] [ 通報 ]

Numaさんが知らないということは…。たぶんここでは書いていないのかも。香露というそうですが、この地方独特です。きしめん、みそ煮込み以上に私は好きです。が、たぶん関西出身の方には味が濃すぎるかもしれません。

[ ふく ] 2014/05/21 12:20:29 [ 削除 ] [ 通報 ]

「三芳屋」懐かしいですね。
定食になると千円ぐらいしてましたねぇ、ご馳走でしたよ。
あの甘辛の肉が美味いですよね‥。
おろし生姜がチューブ入りっぽいのが不満でしたが、どうでしたか?

[ ノルバスク ] 2014/05/23 9:39:38 [ 削除 ] [ 通報 ]

ノルバスクさん 値段は微増です。今回の生姜はチューブじゃなくて本物のおろし生姜みたいでした。あの醤油辛い甘味は関西の蕎麦つゆみたいな甘味とはまた違いますね。

[ ふく ] 2014/05/23 11:48:24 [ 削除 ] [ 通報 ]

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津へ

比較的穏やかな午後、

今日もニャンズがいました。




津にいきました。

近鉄上六。


津は時々きますが、
こちらの出口はいつも静かです。


うかがったのは、オープン前の県立博物館でした。



昨日の雪のない新幹線と違い、

近鉄ルートは雪がのこってました。



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津に博物館が出来るのですか。津には以前よく行きました。いつも車でしたけど。

[ akaru ] 2014/02/18 8:36:10 [ 削除 ] [ 通報 ]

imamuraさん 以前から古い博物館が駅のすぐそばにありました。津は車がないと生活できないかもしれません。この博物館もバスは一時間に一本。図書館なども同じようなことのようです。博物館も採算を考えたら何もできないそうです。人口集中している場所と少ない場所、どちらが住みやすいかの選択肢は個人によってかなり違っているようです。

[ ふく ] 2014/02/18 12:11:09 [ 削除 ] [ 通報 ]

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きしめんとテレビ塔

べたですが、
名駅で、住吉の立ち喰いきしめん。

テレビ塔近くで用事をすませました。



ウルトラマンの映画は栄でみたから、この塔みると、ウルトラマンおもいだします。


関西人はお土産にういろうを買い、

味噌煮込みうどん食べるのでしょうが、

名古屋ハーフは万年堂の干菓子か、サンキラか初鰹かってかえる!



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お疲れさまでした〜!

[ Numa ] 2014/02/16 15:42:51 [ 削除 ] [ 通報 ]

ありがとうございます。お天気がよくてよかったです。

[ ふく ] 2014/02/16 16:36:32 [ 削除 ] [ 通報 ]

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伊吹山は雪が少ない

毎年何回も往復する東海道。
都会に雪がなくても根雪のある関ヶ原。

伊吹山はともかくとして、
あんなに降ったのに、
いつも真っ白なあたりには雪が全くありません。

今年の雪は例年と降る場所が違うようです。


中央線が木曽福島から塩尻までとまっているとか。






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西宮を中心に古書や古い新聞に書かれた記事をもとに阪神間の昔をたどったり、出典になった本や古書の紹介をしたり、備忘録的ではありますが、ぼちぼちと更新いたします。もちろん犬の話し、海外ミステリー、書画骨董、食べもの、ワインの話しなども、たまには織り交ぜて書きたいと思います。
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